その場の流れと勢いとノリにより、
 何故かワイバーンとの交渉に赴くことになった騎士のセオフィラス

 表情は言うまでもなく暗い
 何せこの任務の相手はドラゴンなのだから


 もしも遠征先で自分に何かあったら―――…

 残される家族の事を思うと任務など頭に入らない
 どんなに重要な任務だろうが、セオフィラスも人の子だ


 嫌なものは嫌なのである
 いくら訓練を積もうが、昇給をチラつかされようが、嫌なのだ


 ……でも、断れなかった





「あぁ…憂鬱だ…」


 がっくし

 肩を落として道行くその姿は、
 任務に赴く前から半分死んでいる


 いや、一応セオフィラスにも正義感や愛国心はある
 普段の彼ならば喜び勇んで遠征にも赴くだろう

 しかし、今回はそうもいかない



 家族のこともある
 命の保障も無い

 けれど、更に深刻な事情を抱えているのだ
 騎士団長にも、そして家族にさえも口外出来ない事情が


 その事情とは――――…




「俺は…俺は、トカゲが大っ嫌いなんだぁ――…っ!!」


 駄目、これだけは駄目
 昔から爬虫類の類は嫌いだった

 でも―――…その中でも特にトカゲは天敵ともいえる存在で


 第三者にしてみれば軽く聞き流されそうな事情だが、
 当のセオフィラスにしてみれば死活問題なのだ

 奴の眼力で失神出来る自信がある
 むしろ視界に入った時点で白旗掲げて全力退却を試みるだろう




「それが何で…何で、
 わざわざトカゲの住処へ行かなきゃならないんだ…」


 しかも、ただのトカゲじゃない
 ワイバーンという巨大なトカゲなのだ

 そんな生物がいるというだけで嫌なのに、あえて会いに行けというのか


 更にトカゲ相手に交渉をしろと?
 巨大トカゲに協力を求めろと?
 連れ帰って来いとまで言いやがると?


 寝言は寝て言えや


 尊敬する騎士団長が相手じゃなかったら、
 月夜の晩に奇襲をかけているところだろう




 たとえばゴキブリが大嫌いな人物がいたとしよう

 その人物を全長5メートルはあろうかという巨大ゴキブリの巣へ押し込み、
 更に『仲良くなったら一緒に帰っておいでね』と笑顔で見送るようなものだ

 しかも『エサと間違われないように気をつけてね』の一言を添えて―――…


 これはもう、国家規模の嫌がらせとしか思えない


 愛国心?
 忠誠心?
 騎士のプライド?


 んなもん知るか
 こっちはそれどころじゃねぇ





「…逃げようかな、マジで…」


 国も家族も捨てて
 どこか―――…そう、トカゲのいない国へ

 貧しくてもいい
 トカゲさえいなければパラダイスさ


 あぁ、そうだ
 鳥だ…トカゲを根こそぎ捕食してくれる鳥

 鳥が沢山いる国へ行こう
 俺も一緒に羽ばたいてやるさ――――…



 ……ふっ……

 何も言うな
 俺にだってわかってるさ



 このままじゃ話が進まないんだよ





「…行くしかないんだよな…
 ああわかったよ、行けばいいんだろ、行けば…」


 くっそ――…

 怨むぞ、筋肉メガネ男
 尊敬する騎士団長だが、それとこれは別


 下っ端騎士でも、時にはやさぐれたくなる日もある
 酒でも飲んで鬱憤を晴らしたいところだが、金欠なのでそれも叶わない

 無事に帰還して昇給してもらった暁には、
 酒買って女買って、暫くの間は遊んで暮らしてやる





「…さてと…じゃあ、ぼちぼち行くかな…」


 何気なく後ろを振り返ってみる
 振り向きざまにポーズを決めるカッコイイ俺

 後ろで無造作に束ねた長い髪が風に吹かれて絶妙の演出
 やっぱり旅立ちの瞬間は、丘の上から町を見渡すのがお約束だろう



「……お…あれって……」


 見覚えのある人影が視界に映る
 近衛騎士団長に引きずられて行く騎士団長の姿が見えた

 …騎士団長…散歩を嫌がる犬のようになってる…


 案の定、何か喚いてるな
 声がここまで響いてきてるよ

 まぁ、処構わず喚き散らすのは今に始まったことじゃないけど




「騎士団長殿〜…!!」


 手を振ってみる
 そんなに遠くないし見えるかな

 …あ、気付いた


 って…こっち来るよ
 別に来なくてもいいのに


 ま、いいか
 笑顔で見送って差し上げよう

 これも部下の役目だ




「せ、セオフィラスっ…!!」

「お早うございます、騎士団長殿
 凄い荷物ですけれど…これから出発ですか?」


 にっこり
 あえて笑顔で尋ねるのが優しさってもんだ

 通夜みたいな顔で見送っても空気が重くなるだけだろうし



「まぁ…少し気は早いけど婚前旅行みたいなものさ
 騎士君、二人の愛の船出を君も祝ってくれたまえ」


 近衛騎士団長が何か戯言をほざいてる

 でもサラリと聞き流す大人な俺
 ここが俺と騎士団長の違いだろうな




「騎士団長殿、御武運をお祈りしてます
 俺も頑張って来ますから、騎士団長殿も負けないで下さいね」

「……ワタシ、イク………トオク……コレカラ……」


 やべぇ

 カタコトになってきてるよ、この人!!
 きっと今、彼を笑わせたら『HAHAHA☆』みたいな笑い声が返って来るよ!!


 ショックで放心してるのか脳が停止してるのか不明だけど、
 このままそっとしておこう


 …変に弄って壊しても面倒だし




 俺は心の中で愛の賛歌を口ずさみながら二人を見送った

 次に彼らと再会できるのはいつになる事だろう
 …まぁ、それ以前に無事に帰還できるかどうかも怪しいけど



「さて、俺も行くか…」


 俺が乗る船も既に用意されてる
 船に乗って、馬車に乗り継いで、それからまた船に乗って―――…

 あ―――…面倒臭ぇ―――…


 なんでわざわざトカゲに会いに行く為に、
 ここまで大移動しなきゃならないんだ…


 ぶつぶつ
 心の中で文句をタレながら粗末な船に乗り込む俺


 それがこの上なくやる気の無い冒険の始まりだった