「…はぁ…」


 濡れた髪を拭きながら、着替えのシャツを物色する

 シャワーを済ませても心だけはスッキリしない
 むしろ、一刻過ぎる毎に重くなって行く


 食欲は湧かないが、無理矢理にパンの切れ端を口に押し込むと、
 ジュースで流し込んで何とか胃に詰め込んだ

 睡眠時間は殆ど得られないのだ
 体調を崩さない為にも、栄養だけは摂らなければ

 自己管理も出来ないようでは騎士など到底勤まらない


 ましてや、自分は騎士達の長、騎士団長だ
 常に彼らの見本となる存在でなければならない


 どのような理由があろうとも、倒れるような事があっては示しがつかないのだ





「…そろそろ…時間か…」


 この時間帯は、時計が進むのが妙に早い気がする
 そして、深夜になってからは急に時が経つのが遅く感じる

 気のせいだとはわかっているが、文句を言わずにいられない
 今の自分は、処刑執行時間に怯える罪人のようなものだ

 …いっそ、首を切り落とされた方が楽なのだが――…


「今夜は…何をされるのだろうな…」


 火炙りか、水責めか…
 それとも串刺しだろうか

 犯され方によっては裂傷も出来る
 治りが遅いから、出来れば遠慮したいものだが…



「こればかりは…運だからな…」

 カルラは毎日、手を変え品を変え迫ってくる
 アニェージが一番苦しむ手法を探しているのだ

 そして効果的だと思った拷問は何度でも繰り返される
 気が狂いそうになるほど執拗に責められて、何度気を失ったかわからない


 たとえ気絶しても、次の瞬間には水を浴びせかけられて起こされる
 どんなに泣き叫んでも、夜が明けるまで解放される事は無いのだ

 考えただけで、足元が竦む
 湯気の立つ身体が妙に冷えて感じた




 シャツを羽織っても一向に身体は温まらない


 それどころか、身体が小刻みに震え始めた
 一歩、また一歩とカルラの部屋に近付くにつれて震えは大きくなる

 寒さからではない
 この震えは恐怖から来ているのだ

 でも、こんな姿を彼にだけは見られたくなかった
 アニェージの最後に残ったプライドだ

 深呼吸を繰り返して、上辺だけの平静を保つ


 手の震えが治まった事を確認してから、カルラの部屋のドアを叩いた





「…いつも時間通りだね、実にお前らしいよ
 でも、たまには早めに来てくれても良いんじゃない?」

「戯言を抜かすな」

「つれないねぇ…まぁ、良いか
 シャワーは浴びてきたみたいだし、始めようか」


 ベッドの上で手招きされる

 自室にもある見慣れたセミダブルのベッドが、
 アニェージにとっては処刑台にさえ見えた



「…さあ、手を出して――…次に足だよ
 お前の場合、無意識にカウンターを繰り出してくるから、
 両手足を拘束しないと危なくて…腕力はお前の方が上だからね」

 次第に自由を奪われて行く
 最後に身体をベッドに固定されて終わりだ


 夜が明けるまで、この状態での我慢が続く



「さあ、今夜は何をしようか?
 朝まで退屈させないから安心して
 色々と楽しそうなものを用意したんだよ」

「……私の意志など、関係ないくせに…」

「随分と生意気な事言うね、今夜はご機嫌斜めかな?
 その口に轡でも咬ませてやりたい所だけど、
 それじゃあ折角の可愛い声が聞こえないから…代わりに下の口を塞いじゃおう」



「…っ…き、貴様…!!」

「ちゃんとお前の意志を尊重してあげる
 さあ、この中から好きなのを選んで良いよ
 アニェージは、どれを挿れて欲しいのかな?」

 ずらりと並ぶ玩具たち
 アニェージを体内から苦しめる為の凶器だ

 どれも思わず目を背けたくなるようなグロテスクな形状をしている


「早く選んでよ」

「…っ…だ、誰がっ…!!」

「選べないんなら全部味わってみる?
 六本あるから一時間交代で使えば、ちょうど夜明け頃かな」


 冗談じゃない

 中には棘や触手の生えたものから、
 アニェージの二の腕より太い物もある

 痛い、の一言で済ませられるような代物ではなかった



「…くっ……ひ、左から…二番目のを…」

 せめて一番細いものを選ぶ
 それでもアニェージの手首ほどの太さがあったが…

「ふぅん…これが良いの?
 でも、ちょっとシンプル過ぎるよ
 これじゃあ物足りないんじゃない?」


「…充分だ」

「遠慮しなくて良いのに…
 じゃあ、オプションを付けてあげるよ
 アニェージはどんなのが好みだったかな…?」

 鞄の中身を物色し始めるカルラ
 中にはアニェージ用に買い集めた器具が詰まっている


 いっそ彼ごと鞄を燃やしてやりたいが、この状態ではどうする事もできない




「あー…そう言えば昨日、全部使い切っちゃったんだよね
 明日、倍の量を使ってあげるから今日は我慢してくれる?」

「…ん…何がだ…?」

「グリセリン液
 挿れる前に使っておくと後が楽なんだよね
 毎日使ってると減りが早いな…明日、買いに行かなきゃ
 でも今日は仕方が無いから、何か他の物で代用しようね
 微温湯に酢を混ぜると結構効くって言うけど…どうかな?」


 一体、何処からそんな知識を仕入れてくるのか
 恐らくゴールドからだろうと予測してみるが、確証は無い

 わざわざ聞き出す気も無い
 何も知らない方が幸せだろう



「ちょっと作ってくるよ
 鍋、火にかけてくるから待ってて」

「まっ、待て…!!
 何故そんなものを腹に流し込まれなければならないんだ!?」

「だって、お前の為じゃないか
 身体も綺麗になるし挿入も楽になるし…一石二鳥だろ?」


「ふん…私の為だなどと、よく言うな
 腹を下して苦しむ私を見て楽しんでいるくせに…!!」

「だって、実際に楽しいんだから仕方が無いだろう?
 お前のプライドがズタズタに切り裂かれていく様がはっきり見えるんだ
 実に面白い見せ物だ…本当にお前は虐め甲斐のある男だよ、アニェージ…」


 言葉とは裏腹に
 わざとふざけた仕草で投げキスを贈るカルラ

 彼にとってはこの行為も既に道楽のひとつなのかも知れない



「…くっ…」

「怖い怖い…そう睨まないで
 すぐに戻ってくるから寂しくないでしょ?」

 ウインクをひとつ
 カルラは楽しくて仕方が無いという表情でその場を後にした


 残されたアニェージは恐怖と怒りに唇を震わせる
 もう声すら出す余裕がなかった

 ふと視線を向けた時計
 まだ数分しか経っていない


 時間は非情とも言えるほど、ゆっくりと流れて行った