昼休みの中頃――…



 この時間帯なら騎士団長も部屋にいる筈だ
 何度も時計を確認しながら、セオフィラスは深呼吸を繰り返す

 緊張に今から竦みそうになる足に鞭を打ち、
 何度も自分を励ましながら騎士団長の部屋へと向かった



「…身嗜みは大丈夫だよな…?
 挨拶も練習したし――…よし、行くぞ…!!」

 意を決して、重厚な扉を叩く
 深みのある音が緊張感を更に高めた

 程無くして、中から騎士団長の声が掛かる


「――――…入れ」

「は、はい!!
 失礼致します!!」



 恐る恐る扉を開く
 緊張で心臓が止まりそうだ


 そして―――…

 その部屋へと足を踏み入れた瞬間、
 セオフィラスは意識が遠退くのを感じた


 そこには騎士団長が椅子に腰掛けていた
 休憩中なのだろう、手にはティーカップが握られている

 そして、その傍らには―――…近衛騎士団長の姿があった


 昨日の今日だ、あまりにもタイミングが悪過ぎる
 いっそ、このまま倒れて何もかも忘れてしまいたい衝動に駆られた





「…貴様のせいで部下が驚いているだろう
 ―――…邪魔だ、早々に去るがいい」

「そんな冷たい事を言うものではないよ
 折角訪ねて来たんだ、追い出さないでくれ
 騎士君からも、そう言ってやってはくれまいか」


 出て行け

 そう声を大にして叫びたい
 しかし、今の自分の身分がそれを許さない


 肯定も否定も出来ず、曖昧な笑顔を浮かべる事しか出来なかった





「アニェージ、お茶のおかわりは?」

「要らぬわっ!!
 私の部屋から早く出て行けっ!!」

「うーん、そんなに照れなくて良いのに
 別に団長同士が仲良くしていたって問題は無いでしょ」


「かっ、カルラっ!!」

「お〜…恐い恐い
 こんなに怒りっぽい上司で大変だね、騎士君」

「い、いえ…そのような事は…」


 普段から熱血で語尾は荒いが、
 騎士団長は決して怒りっぽいわけではない

 そう…彼が攻撃的になるのはせいぜい、
 近衛騎士団長とゴールドが相手の時くらいのものだろう


 今だって近衛騎士団長が怒りの原因なのは明白だ




「ま、喧嘩するほど仲が良い…と思ってくれたまえ
 俺とアニェージはこう見えて、結構イイ仲なんだよ」

「カルラっ!!
 戯言を抜かすなっ!!
 誰が貴様なんかと…っ…!!」

「照れちゃって〜」


 頭に血を上らせて行く騎士団長とは対称的に、
 近衛騎士団長は飄々と言葉を受け流している

 どう見ても一枚…否、三枚は近衛騎士団長の方が上手だ


 …恐らく、いつもこの調子なのだろう

 傍から見ていると、確かに仲が悪いようには見えない
 近衛騎士団長が笑顔を崩さないから尚更そのように見えるのだ


 彼らの関係を知らないものが見れば、完全に友人同士だと思うだろう





「…でも意外でした
 騎士団長殿と近衛騎士団長殿が、
 名前で呼び合っていたなんて思いませんでした」

 名を呼び合っているだけで、傍からは親密に見える
 近衛騎士団長が騎士団長を脅迫しているようには全然見えない


「…ああ、俺たちは幼馴染だからね
 家も近所だったから、昔から良く一緒に遊んだんだよ
 アニェージは俺より三つ年上でね、まぁ…兄貴みたいなものかな」

「えっ…!?」

 という事は、元々は二人の仲は良かったのだろうか
 だとすると―――…尚更、今の二人の関係は哀し過ぎる


「…ふん、こんな弟など要らん
 今の貴様を弟や友と呼ぶ気にはならんな」

「そう…それでも構わないさ
 友と呼ぶ代わりに―――…恋人、と呼んでくれたまえ」

「誰が呼ぶものかっ!!
 たとえ腕を切り落とされようと眼を潰されようとも、
 貴様をそう呼ぶ事だけは、絶対に有り得ないっ!!」




 我慢の限界だったらしい
 ついに騎士団長は手にしていたカップの中身を近衛騎士団長に浴びせかけた

 それでもまだ、怒りが静まらないのだろう
 空のカップを握った手が震えている


「…っ…誰が…誰が、貴様など…っ…!!」

「そう気を荒げるものではないよ
 特に、部下の前ではね…アニェージ騎士団長殿?
 上に立つものは常に冷静でなければ、部下が要らない心配をしてしまうだろう?」

「――――…くっ…!!」

 悔しそうに唇を噛む
 行き場の無い怒りを持て余して、騎士団長は拳を震わせていた




「騎士君、折角訪ねて来てくれて悪いけど…
 今日は騎士団長殿は調子が優れないみたいだ
 これでは午後の職務にも差し支えるだろうから、もう休ませる事にするよ」

「わっ、私は別に―――…!!」

「今日の仕事は終わりだ
 部屋に戻って、少し横になった方が良い
 俺が付き添って看病してやるから心配するな
 ああ、ついでにシャワーを借りさせて貰うよ、誰かさんのおかげで紅茶まみれだ」


 騎士団長の顔が見る間に色を無くして行く
 この後の自分の運命を悟ったのだろう

 怒りに震えていた身体は、今度は恐怖に震え始めた
 眼鏡の奥の瞳が、不安そうに揺れている


 自分が知っている騎士団長の姿とは到底思えなかった




「…それでは騎士君、悪いけどお引取り願えるかな?
 アニェージは見ての通り、顔色も優れないみたいでね
 話は後日改めて―――…という事にしておいてくれ、ね?」

「あ、あの…ですが――…!!」


「…話も出来ずに…すまない…
 明日、私の方から連絡をさせて貰う…」

「き、騎士団長殿…」


 そう言われてしまえば、もうどうする事も出来ない
 このまま部屋を後にするしかなかった

 所詮は一介の騎士
 騎士団長にも、近衛騎士団長にも逆らえない


 セオフィラスは深々と一礼すると、そのまま部屋を飛び出した








「…騎士団長…殿…」


 焦燥感と苛立たしさ
 そして何も出来ない自分に対する怒り

 セオフィラスは中庭に置かれたベンチに腰掛けると、がっくりと項垂れた



「俺のせいで――…
 俺さえ騎士団長殿の部屋に行かなければ…」


 切っ掛けは自分だ

 彼が近衛騎士団長を追い出そうとしたのは、
 二人の関係が自分に悟られる事を恐れた為だ

 自分さえ騎士団長の部屋に行かなければ、
 彼もあのような真似をする事は無かっただろう


 ただでさえ騎士団長は脅迫されている身の上だ
 それなのに近衛騎士団長にあんなことをして――…

 無事で済む筈が無い
 それは騎士団長の表情を見て確信出来た





「…騎士団長殿、今頃は酷い目に――…」


「不器用な男ですからねぇ」

「……あ……」


 気配に気付かなかった
 いつの間にか金髪の男が傍に立っていた



「…ゴールド殿…ここへは良く来られるんですか?」

「中庭の一角を借りて、薬草を育てているのですよ
 ここは日当たりが良いですから、成長も早くて助かります」

 彼はそう言うと薬草の採取を始める
 何となく手持ち無沙汰で、セオフィラスもそれを手伝う事にする


「…騎士団長もね、もう少し上手く立ち振る舞えれば良いのですけれど…
 一本気な所がありますから、計算して行動するという事が苦手なのですよね
 余計な策などを練らなくても剣の実力だけで騎士団長にまで上り詰めた人ですし」

「正直過ぎる所がある…とは思います
 言葉を飾る事も苦手ですし、熱くなり易い所もありますから…」


 正義感の強い熱血漢という所でも尊敬していた
 しかし、その事が災いするという事も今回の剣で充分悟った




「…まあ、ある意味いい薬なのでしょうけど
 この事を切っ掛けにもう少し落ち着いた性格の持ち主になると良いのですが」

「そんな悠長な…!!
 脅迫も強姦も犯罪ですよ!?
 近衛騎士団長殿は罪を償い、騎士団長殿に謝罪するべきだと思います!!」


「でも…どちらかと言えばボクは近衛騎士団長の味方ですから」

「……えっ……」


 信じられない
 どうして加害者である近衛騎士団長の肩を持つのか


 騎士団長がどれ程辛い目に遭っているか、彼は充分知っている筈なのに――…




「ど、どうして…!?」

「だって―――…」

 そこでゴールドは言葉を区切ると、
 セオフィラスに満面の笑顔を浮かべた


「だって、ボクは騎士団長と仲が悪いですから」


「なっ…!!」

「一方的に喧嘩を吹っ掛けられて迷惑してるのです
 かと言って、その喧嘩を真正面から買ってしまうのも大人気ないですし
 今回の件はボクの変わりに騎士団長に報復して貰えているような気がして、かえって心地良いのですよ」


 確かに二人は不仲だ
 それも、騎士団長が一方的にゴールドに突っ掛かって行っている事も確かだ



「多少は気の毒に思いますが、いい気味だと思うのも事実なのです
 近衛騎士団長に足腰立たなくなるまで痛め付けられれば、多少は大人しいですし
 おかげでボクの方も以前より無意味なストレスを感じなくて済みますし、嬉しい限りです」

「そ、そんな…!!
 確かにゴールド殿の心中もお察しできますが…
 しかし、それでも騎士団長殿は大変苦しんでおられて――…」

「せいぜい苦しみなさい、としか言えませんね
 先程も言いましたがボクは近衛騎士団長の味方なのです」


 ゴールドは実に楽しそうな様子だった
 そして、妙に含みのある笑顔を浮かべる


 嫌な予感がした



「…ま、まさか近衛騎士団長に協力をしていたりなどは…!?」

「ふふふ…騎士団長より勘が良いですね
 まぁボクがした事はせいぜい拷問の知識を与えたり、
 その際に使えそうな薬を調合して渡す事くらいなのですが」

「…ご、拷問…と、薬って…!!
 ま、まさかこの薬草は―――…!!」


 籠の中には採取されたばかりの薬草が積まれている

 もしこれが騎士団長に使用するものなら、
 薬草の採取を手伝ってしまった自分は――…




「…この草は強い殺菌力がありますが、傷に塗ると激しい痛みを引き起こすのです
 本来は水で薄めて医療用の消毒薬として使用するのですが…
 草の絞り汁の原液は、そのまま拷問の道具として良く利用されるのですよ
 拷問で受けた傷の上にこの汁を垂らす事で、追い討ち的なダメージを与えることが出来ます」

「ご、ゴールド殿っ…!?」

「こちらの草も薄めて使用すれば麻酔薬なのですが、
 原液で使えば痺れ薬にもなる優れものなのですよ
 この実は催淫効果があって――…あ、これに関してはボクの個人的趣味ですが」


 眩暈がしてきた


 ゴールドの真意が掴めない
 薬草の使用用途がわからない以上、取り上げる事も出来ない

 薄めて使えば害はなさそうだ
 しかし、原液で使用する場合は脅威となる



「……ああ、そのような表情をしないで下さい
 騎士団の方から訓練中に怪我人が出たので、
 消毒薬と痛み止めとしての麻酔薬が欲しいと言われていたのです
 この実は今夜、ボクが恋人に使用しようと思っているだけなので安心して下さい」

「そ、そう…ですか…
 それは失礼致しました
 我が騎士団に協力頂きまして――…」


「あ、お礼の言葉は結構です」

「ですが―――…」



「実は昨日、近衛騎士団長にお願いされましてね
 この薬草たちの原液を差し上げてしまったのです
 …ついでに、この実も幾つか添えて―――…ね
 今頃は騎士団長、ベッドの上で悲鳴を上げているのではないでしょうか?」

 悪びれもせず、ゴールドは満面の笑みを浮かべた
 それはもう楽しそうに――…



「―――…っ…!!
 ゴールド殿、貴方という人は…っ!!」

「騎士団長に宜しく伝えて下さい
 あはははははははは…!!」


 黄金色の悪魔は薬草の籠を抱えると、
 高らかに笑い声を上げながら去って行った








 翌朝、朝一で俺は騎士団長室に呼ばれた


 正直言って、顔を合わせにくい

 それでも任務の変更を申し出なければならないし、
 それに騎士団長自身の体調も気になる

 心の覚悟を決めて、騎士団長室のドアをノックしようとした時―――…


 突然、部屋の中から怒鳴り声と何かの破壊音が聞こえた




「――――…き、騎士団長殿っ!?」


 非常の時かも知れない
 失礼だと思いながらも、セオフィラスはドアを開け放った

 その途端、想像以上に強い風が吹き抜ける


「……あ…っ…?」

 そこには怒りも露な騎士団長
 そして表情を崩さず、笑顔を湛えている黄金色の男


 更にその奥には―――…派手に割られた窓ガラス



 恐らく、またいつものように騎士団長がゴールドに難癖をつけているのだろう
 しかし…何故ここにゴールドの存在があるのかがわからない

 騎士団長はセオフィラスに気付いていないのか、声も荒くゴールドに詰め寄る




「貴様、今がどのような状況か理解しているのか!?
 ただでさえ戦力が少ない上に、若手の訓練もままならない状況だぞ!?」

「ええ…それはこちらも理解しています
 ですがこれは、リノライ様直々に下された判断ですから
 貴方の言葉通り人手不足なのです――…貴方たちに動いて貰わなければならない程に」

「……くっ……」


 途中から聞いている為、話の筋がわからない
 恐らく話の流れからしてゴールドがリノライからの伝言か何かを伝えに来たのだろうが――…



「だ、だが今…私が城を空けると警備上にも支障が…」

「騎士団長の職務は副騎士団長に引き受けて貰います
 若手の訓練は近衛騎士団の方に任せる事になりました
 城の警護も安心して下さい、新しく傭兵を雇う事が決まりましたから
 ですから貴方が気を病む必要は無いのです、安心して出張に行って来てください」


 出張―――…騎士団長が…?


 確かに今、城を空けるのは不安だ

 しかし生真面目な騎士団長が任務に難色を示すのは珍しい
 彼の性格上、どのような任務だろうと真正面から真剣に向き合う筈だろうに…

 それにこの取り乱しようは一体どうした事だろう
 明らかに騎士団長の様子がおかしい――…






「…というわけなので、早速支度をお願いします」

「だっ…だが、何故だ!?
 何故、私がカルラと二人きりで出張に行かなければならない!?」

「出張先の近くに魔女の研究施設があるらしいのですよ
 もし魔女に遭遇したとき、若手の騎士たちでは太刀打ち出来ないでしょう?
 ですが近衛騎士団長と騎士団長、二人の力があれば魔女とも互角に戦える筈です」

「―――…っ…!!」


 反論の言葉が見つからないのだろう
 騎士団長は悔しそうに唇を噛む


 しかし―――…

 まさか、騎士団長と近衛騎士団長の二人で出張とは…
 騎士団長にとっては、あまりにも辛過ぎる任務だ


 言葉の雰囲気からしても、恐らく数日で戻って来られるような短期の出張ではないのだろう




「そう嫌がらずに、旅行気分で楽しんで来たら良いじゃないですか
 話によると貴方と近衛騎士団長は幼馴染で仲が良いのでしょう?」

「…くっ…わ、私たちは別に―――…」

「隠さなくても貴方たちの仲の良さは知ってますよ
 昨日だって、随分と二人で楽しんだのでしょう?
 あの薬はボクが調合したのです、お気に召しましたか?」


 騎士団長の動きが止まる
 言葉の意味がすぐには理解が出来なかったらしい


 しかし次の瞬間、彼はゴールドの胸倉を掴み上げた





「きっ…貴様ぁ―――…っ!!」

「その様子では、かなり楽しんで頂けたようですね
 気付いてますか?
 貴方の声、随分と擦れてますよ…ふふふ」

「だっ…黙れ!!
 貴様だけは許さん!!
 よくも…よくもあんなものを…っ!!」


 ギリギリと胸倉を締め上げる
 しかし当のゴールドは相変わらず笑顔を崩さなかった


 憎らしい程、余裕たっぷりに挑発さえしてくる



「どうぞ、殴りたければ殴って下さい
 お礼として近衛騎士団長に大量の薬の餞別を渡しましょう
 どうせ暫くの間は国に戻って来れないのです、その間充分に楽しめる量を差し上げます」

「なっ―――…!?」

「試作段階ですが、新作の媚薬も何種類かありましてね
 今朝、近衛騎士団長とお会いした時に渡しておきました
 出張から帰ってきたら、是非とも感想を聞かせて下さいね」

「う、嘘だろう…?
 そっ…そんな―――…!!」





 騎士団長の手から力が抜ける


 ゴールドはそんな彼には目もくれず、
 型崩れしてしまった服の襟を整え始める

 彼にとっては不仲な男の運命よりも、己の身嗜みの方が気になるらしい


「…出発は明後日との事ですからね
 それまでに覚悟を決めて、せいぜい楽しんできて下さい
 貴方たちが長期の出張に赴く事は、もう決定しているのですから」

「――――…っ…!!」


 ゴールドは不敵な笑みを浮かべて一瞥をくれると、
 さも楽しそうに鼻歌を歌いながらその場を後にした

 セオフィラスと擦れ違い様、しっかりと手を振ることを忘れずに――…

 相変わらずの余裕っぷりに、もう腹さえ立たない
 ただ騎士団長への同情心が増して行くだけだった







「…き、騎士団長…殿…?」


 恐る恐る声をかける
 彼はそれまで、セオフィラスの存在に気付いていなかったらしい

 微かに声を上げて反応を示す
 しかし、あまりにもショックが大きかったのかその場に屈み込んでしまった


「きっ…騎士団長殿!?
 お、お気を確かに…っ!!」

 慌てて騎士団長に駆け寄る
 立ち上がらせようと触れた肩は哀れな程に震えていた



「――――……だ…」

「騎士団長殿…?」

「嫌だ…嫌だ、行きたくない…っ!!」


 彼の手がセオフィラスに伸ばされる

 両手でその身体にしがみ付くと、
 まるで子供のように胸に顔を埋めて嗚咽を漏らし始めた


「き、騎士団長殿…」

「カルラが…カルラが、私を…っ…!!
 もう嫌だ、いつまで私は耐えれば良いのだ…!?」


 …泣いている…
 あの気丈で逞しい騎士団長が、泣いている――…

 思わずその身体を抱き締める




「き、昨日も…酷い事をされた…っ!!
 薬で動けない私を、夜明けまでずっと痛め付けて…!!
 それでも、今までは騎士の仕事を理由に逃げて来られたのに、
 これから何ヶ月もカルラと二人きりだなんて…私は…私は…っ…!!」

「騎士団長殿…」

「恐い…恐いっ…!!
 嫌だ、行きたくない…頼む、助けてくれ…っ!!」


 助けたい
 しかし手段が見つからない

 所詮、自分は一介の騎士
 何の力も無い存在だ

 どうしようもない
 その事は騎士団長自身が一番良く理解している筈だ



「嫌だぁ――――…っ…!!」


 変えられない現実を前に泣く事しか許されない

 涙を流す事で、騎士団長は少しでも楽になれるのだろうか
 もしそうなのだとしたら、自分も共に涙を流そう

 震える身体を抱き締めながら、
 セオフィラスは彼の救いを求めて見知らぬ神に祈りを捧げた


 少しでも彼の苦痛が和らぐように―――…