「……あ」

 ノワールの部屋を覗き込むと、そこには見覚えのない男が立っていた
 先ほどまでの会話の流れから察するに、恐らく彼はノワールだろう
 そう確信を得ているセオフィラスは躊躇いなくその名を口にする


「ノワール王子、無事に変身できましたか?」

「……何とか人の形にはなっている…と思うが」

「どれどれ…」


 元々の姿がアレだった為に一抹の不安は残る
 失敗していても、それはそれで面白い気もするが…
 チェックということでノワールの姿を確認するセオフィラス


「そうですね…肉体の構造的に関しては特に問題はなさそうです
 ただ…少し髪と瞳の色に特長があるような気もしますが…」

 髪と瞳は一見黒く見えるが、光の加減によって青や紫に輝いて見える
 穴の中なので黒が強く見えるが陽光の当たる野外なら更に鮮やかに見える事だろう
 深みのある綺麗な色だが服などの素材ならともかく、髪と瞳がこの色というのは珍しい



「名と同じく漆黒にしたかった
 だが何故か黒い色になることが出来ない…これが限界だ」

「そ、そうですか…
 ですがこれはこれで綺麗ですから宜しいと思いますよ」


 色々と努力した結果なのだろうか、全身が微妙に黒っぽい色合いでコーディネートされている
 ライトアーマーとローブが混合されたような衣は光沢のある上品なつくりだ
 品を自然と生み出す辺りが王族としての片鱗を感じさせる

 全身像から見た印象は魔法戦士
 黒っぽいその容姿からクールな性格を思わせる……が、口調は相変わらずらしい



「さあこれでオレを愛玩することも無いだろう
 やっと落ち着いて話が出来るな!!」

「…頭の花くらいは残して下さって結構だったのですが」

「そんなアホくさいこと誰がするか!!
 人に模している間くらい普通でいさせてくれ」

「少しくらい竜の名残が欲しいような気も致しまして…」

「…わかった、それなら装飾を付ける
 だからその物足りなそうな視線を向けるのは止めろ」


 そう言うとノワールは肩に手をかざす
 するとそこには竜の翼のような鰭のような装飾が現れた
 濃い深海のような藍色と淡い水面のような鮮やかな水色が混ざり合ってキラキラしている
 全体的に黒い姿にとっては良い意味でのインパクトになった


「…これでどうだ?」

「えっ…あ、はい、お似合いです」

「そうか、良かった」


 満足そうに笑みを浮かべるノワール
 ダークな雰囲気が妖魔らしさを際立たせる
 人に模していても、やはり人ではないと感じさせられた
 それに何故か不思議な空気を身にまとっている

 暗くクールな雰囲気と竜が持つ独特の空気が妙に合っている気がする
 一見して近寄りがたい危険なものを感じさせる容姿
 …しかし、だからこそ近付いてみたくなる好奇心を誘う



「同じ目線で会話が出来る点に関してはいいな」

「…そう…ですね…」

「ただこの姿だと無駄に部屋が広くて落ち着かないな」


「…は…い…」

「この姿なら人の集落にも探索へ行けるだろか?」

「…はあ……」


「…………。
 おい、何故そう上の空なんだ?」

「えっ……も、申し訳ございませんっ!!」



 はっと我に返る

 目の前には不機嫌そうな表情のノワール
 竜のときの姿と違い今の彼は表情がハッキリと判別できる
 眉を顰めた彼の視線は不審の色を含ませていた


「まだ改善の余地があるか?
 人として不自然な場所があれば遠慮なく言ってくれ」

「い、いえ、他には特にございません…!!」

「ならどうしてそんな目でオレを見る?
 何か妙な点が残っているんじゃないか?」

「だ、断じてそのような事は…」


 しどろもどろになるセオフィラス

 言えない
 本当のことなど言えるはずが無い
 まさかノワールに見惚れていただなんて…絶対に言うわけにはいかない

 いくら綺麗でも元々は竜だ
 これはあくまでも人に化けているだけで本当の姿ではない
 正体は自分の大嫌いなトカゲなのだから妙な気は起こすな

 鼓動を早める胸にそう言い聞かせながらセオフィラスはノワールから視線を逸らせた






「はぁ…」

 頬がまだ熱い
 心臓がドキドキと激しく鼓動を打っている
 結局あの後は赤面してしまってうまく会話にならなかった
 まだ調査したい事があると嘘をついて逃げるように部屋から出てきてしまった

 そのままフラフラと自室に向かって足を運ぶ
 頭の中はミステリアスな竜の化身のことで一杯だった
 こんな状態で本当に彼と旅に出る事ができるのだろうか



「困ったな…」

「………今度は何なんだ」

「うわっ…!!」

 振り返ると相変わらずの仏頂面が立っていた
 ご機嫌斜めの美少年はセオフィラスの部屋の前で待ち構えていた


「お、お戻りになったのでは…?」

「結局心配になって貴様の部屋まで来てしまったんだ!!
 一時間以上経っても戻らなかったら王子の部屋まで様子を伺おうと思っていたところだ!!」

「そ、そうでしたか…」

「それで…何事も無かっただろうな!?
 貴様のその不自然に赤い顔に物凄く不安を煽られるが…」


 何事も…って、一体彼は何を想像しているのか
 思わず自分も進んだ想像をしてしまい耳が熱くなってくる
 あの瞳で見つめられながら抱きしめられたら、それだけで意識が飛びそうに―――…




「こ、こら貴様っ!!
 そこで意味深に恥らうなっ!!」

「も、申し訳ございませんっ!!」

「……それで、何があった?
 その赤い顔の理由を聞かせて貰おうか」


「えっ…そ、それは―――…その…
 ノワール王子の人に変身した姿を見て、その――…」

「………うん?」

「……何と言いますか…胸がドキドキして………」



「どれだけ気が多いんだ貴様はぁっ!!」

「ひぃぃっ!!」

 竜の声で咆哮を上げるセリ
 その剣幕に萎縮するセオフィラス
 美少年といえども中身は竜、迫力は申し分ない


「この淫乱尻軽男っ!!
 貴様まさか欲求不満なのか!?」

「い、い、いえ、断じてそうのような事はっ…!!」

「だったらワイバーンに欲情するなっ!!」

「よ、よ、欲情までは行きませんっ!!
 ただ少しだけ、ときめいただけで…下心はございませんっ!!」

「信用できるかそんな事っ!!
 ラキオバだって最初はそう言っていた!!
 俺はもう大人の男なんて信用するものかっ!!
 言葉巧みに人をだまして、一度気を許せば後は手の平で踊らされるんだっ!!」


 いや、あと五年も経てばセリも大人の男の仲間入りをするのでは…とか、
 かなり私情が入っている…というよりセリとラキオバとの関係は一体…とか、
 色々と突っ込みたい話題が大量に出てきたが突っこみどころが多すぎて結局何もいえない

 ただ一つ、言えることは―――…


「せ…セリ殿……声が、凄く響いてますけど……」

 土壁の穴の中
 音響効果抜群のその環境で少年の高い声はかなり響き渡っている

 この声がノワールやラキオバの耳まで届いてないことを切に祈るセオフィラスだった