「ノワール王子、ディサ国からの使者をお連れ致しました」


 通された部屋は何の変哲も無い普通の穴だった
 王子の部屋だからといって特に広いわけでも豪華なわけでもない

 俺は方膝をついて頭を垂らし、
 既に暗記している挨拶文を述べる


 この句を述べ終わるまで、
 相手の顔は見てはならない

 一応、これがディサ国流の謁見なのだが、
 果たしてそれがワイバーンに通用するのかどうかは謎だ




「遠方よりご苦労だった
 畏まる必要は無い、面を上げるがいい」

「はっ」

 そして、初めて俺は王子の姿を見た



「…………………。」



 しーん…

 妙に間延びした沈黙が漂う
 絶句、とはこういう事を言うのだろう


 そこには、何とも言えない生物が立っていた


 本気で言葉に詰まる
 目の前の生物を上手く表現できる言葉が見つからない

 …というより、二の句が告げない



「…えーっと…」


 妙に淡く、パステルなカラー
 全体的に丸みを帯びたフォルム

 俺が見てきたワイバーンたちとは似ても似つかない姿
 まさに『異形』といった姿の竜がそこにいた




 妙に滑らかな肌はウロコの一枚も無い
 大きなアメジストのような瞳は何故か妙に潤んでいる

 普通のワイバーンには本来ツノが生えているべき額には、
 何故か知らないがプリティなお花が咲いていた


 そして、翼のあるべき場所には
 巨大なピンクのリボンがヒラヒラしている

 思わず視線を逸らした俺が見たもの
 それは竜にあるまじき、お魚さんの尻尾だった


 ふと視線が交差する

 のぺ〜っとした、緊張感とは無縁の顔
 頭上で左右に揺れる花が脱力感を誘った


 張り詰めた緊張感を纏った空気と、
 まったりとした間の抜けた空気が混合した、
 何とも言えない居心地の空気が充満する




  




 なにこれ
 この生物は一体、何?


「………………。」


 俺は震える肩を抑えながら、
 そっと彼から視線を逸らした


 居た堪れない
 理由もなく目頭が熱くなった


 黙ってスルーするには痛々しく、
 しかし笑いを誘うには威力がイマイチ足りない


 微妙だ…





「…の、ノワール…王子
 ご、ご、ご機嫌麗しゅう…」


 ダメだ、声が震える
 肝臓あたりが痙攣してる気がする

 この腹の底から湧き上がって来る、
 生暖かい笑いを誰か何とかしてくれ…っ!!



「…笑いたければ笑え
 我ながらわけのわからん姿だと常々思っている」

「あ、い、いえ、そのようなことは…」


 まぁ…確かに意味不明な姿だけど
 でもハッキリそれを言っちゃったら亀裂が入る



「…わかってる…オレだって、わかってんだよ…
 自分が物凄くユルいキャラだってことは!!」


 自分で言っちゃった!!


「でもな、これもみんなお前らのせいなんだよ!!
 畜生っ…どうしてくれんだよ、お前らのせいで、
 オレはこんな切ない姿に生まれちまったんだぞ!!」


 確かに切ない
 切なさに胸が痛くなる姿だ

 …でも、シリアスな感情がイマイチ湧きにくい姿でもある




「何なんだよ、オレって何の生物なんだよ!!
 自分で自分がわけわかんねぇんだよ!!」


 うん…
 だろうね

 俺もわかんないよ



「しかも、何で頭に花咲いてんだよ!!
 まさかオレの脳ミソ吸い取ってんじゃねぇだろうな!?」

 軽くホラー


「この花のせいで頭の上だけ年中春なんだよ!!
 それにな、お前…この花がなんて名前か知ってるか!?」

「し、知りませんっ
 すみませんっ!!」




「イヌノフグリって名前の花なんだよ!!
 フグリって知ってるか!?
 玉袋だぞ、玉袋っ!!
 オレは頭から犬の玉袋をぶら下げてる
 言わば玉袋ドラゴンなんだよちくしょおおおお―――…っ!!」


 笑っちゃいけない
 思わず笑いそうになったけど、堪えるんだ俺!!



「ぐわああああ!!
 オレの脳ミソ養分に玉袋咲かせてるとか、
 思っただけで情けなさ過ぎて泣きたくなるっての!!」


 聞いてる俺も泣けてきた



 …というか、何?
 この展開は何なの?

 困惑する騎士をよそに、
 頭に花を咲かせた鬱々と熱い王子は更にヒートアップ





「お前たちのせいなんだぞっ!?
 オレが頭に玉袋が生えたのも、
 あまりにデカ過ぎて逆に怖いリボン状の翼が生えたのも、
 意味もなくピチピチした尾っぽが生えたのも、全部お前たちのせいだっ!!」


 うん…
 事の重大さが何となくわかってきた

 つまり代々こういう珍しい生物が生まれてきていたんだな、
 俺たちの遠い先祖が犯した罪とやらのとばっちりを受けて

 ワイバーン一族に呪いをかけた神って…
 もしかして笑いの神だったんじゃなかろうか


 だとしたらそのセンスに惚れたぞ、俺は





「どうしてくれるんだよ…
 人をこんなファンシーな姿にしやがって!!
 竜としても、王子としても、この威厳の無さは致命的だぞ!?」

「も、申し訳ございません…」


 でも、ちょっと面白い

 思わずチラチラと横目で見てしまう
 直視すると吹き出しちゃうからダメだけど



「好奇の眼差しを受けることには慣れているが、
 盗み見されるのは気持ちの良い物ではないな
 笑ってもいい、向き合って話すがいい
 聞きたい事があれば遠慮なく言え、知りうる範囲で答えてやる」


 …口ではそういってるけど、
 これで向き合った途端に本当に吹き出したら…やっぱり怒るんだろうな…

 でも、思ってたより好意的な気がする
 …じゃあ遠慮なく、疑問を口にしてみようか―――…



「それではお尋ね致しますが…」

「ああ、言ってみろ」


ワイバーンの肉って食べられるんですか?

待て


 間髪置かずノワールの制止が入る



「…はい?」

「軽く身の危険を感じさせる質問はするなっ!!
 空気を読め、空気をっ!!」


「…そうですか
 それでは―――…」


 じー…

 ノワールの姿をじっくりと観察

 舐めるようにその姿を見回してから、
 浮かんでいた疑問を口にしてみる


「……メスですか?」

「王子っつってんだろ!!」


「だって…見当たりませんよ!?

何がだっ!!
 お前、人の一体ドコを見ているっ!!
 というか探すなンなもんっ!!」


「だって玉袋は見えてるのに…!!」

「いや、正確には違うからっ!!
 あくまでも花の名前がフグリなだけで、
 頭に生えてるコレは一応ツノだからっ!!」


「…じゃあ、匂いを嗅いでも生臭くないんですか?」

「当たり前だっ!!
 いいから話をそっちに持っていくなっ!!」




 ぜぇぜぇ…

 肩で息をするノワール
 …どこら辺が肩なのか、イマイチわからないけど

 とりあえず血圧はかなり上昇していると見える







「ノワール王子、申し訳ございません
 ワイバーンに関してはとことん無知なもので」

「…お前…オレで遊んでるだろ…」


「そう見えますか?」

「見えるわっ!!
 どいつこもいつもオレを笑い者にしやがって!!
 お前にらわかるもんか!!
 オレの誕生の瞬間…歓声ではなく、
 爆笑が起きたオレの気持ちなんて…!!」


 うーん…
 ギャラリーの気持ちは良くわかる

 ある意味笑うしかなかったんだろうな…







「威厳も迫力も、あったもんじゃない!!
 オレは生まれてこの方、ずっと笑いものだ!!
 オレが一体何をしたって言うんだ―――…!!!」


 突然地面に伏せるノワール
 その瞬間、微かに『びったん』という柔らかめの音がした…ことは気にしないでおこう



「うぅ…ううぅぅ…っ……」


 どうやら突っ伏し泣きをしているらしい
 うーん、うつ伏せの姿も妙にユルくて笑いを誘う

 とりあえず慰めておくべきか

 爬虫類っぽくない姿がこの場合には幸いした
 俺はノワールに触れようと手を伸ばす



 ―――…その瞬間、



「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ…」



 何!?


 突然ヒヨコのような声が聞こえ始める

 でも何で?
 何故にヒヨコ!?

 そしてドコから!?


「………………。」


 ……まさか……
 そんな、まさか…な…

 でも、もしかしてこれって―――…


 ノワールの泣き声!?




「の、ノワール王子…?」

「…ぴぃ…ぴよぴよ…」


 いや、ピヨってないで!!
 普通に喋ってくれ


「ぴよ…ぴ…すまん、取り乱した
 オレは何故かヒヨコのような声が出るんだ」

「……め、珍しいですね……」


 ノワールに関しては、
 今更という気持ちも否めないけど




「威嚇としても、意思の伝達としても、
 咆哮をあげることは竜にとって必要不可欠な行動だ
 なのにオレの場合、声をあげると何故かピヨコちゃんだ!!」


 ほのぼの

 お花にリボンにヒヨコちゃん…
 ある意味癒し系と言えなくも無い…かな…

 うん、これ…ミニサイズだったら可愛いかも知れない


 ただ実際は牛よりデカいわけなんだけど
 …こんな所だけ竜っぽさを受け継がなくても良かったのに




「責任取れよっ!!
 オレが本来の姿に戻るためには、
 お前の協力が絶対に必要なんだからなっ!?」

「…ノワール王子…」

「嫌なんだよ、この姿がっ!!」


 でも俺は正直言って爬虫類よりも、
 今の姿の方が好きなんだけど

 それを言っちゃったら、またピヨコちゃん声で泣き出すんだろうな…


 …それはそれで可愛いんだけど、
 苛めっ子という印象を持たれても困る

 …よし、フォローしておくか…




「ノワール王子、聞いて下さい」

「……何だ?」

「正直言って私は爬虫類系…特にトカゲ等の類は苦手なんです
 ですがノワール王子、貴方にだけは苦手意識が湧きません!!
 貴方にとってその姿は忌み嫌うものかも知れませんが、私にとっては――…!!」


「……セオフィラス……」

「私は騎士としての誇りに誓い断言します
 ノワール王子、私は貴方の肉なら食せます!!

食うな!!


 びしっ

 ノワールの裏拳が炸裂する
 流石に力は抜いてくれていたが、なかなかキレのある突っ込みだ



「ノワール王子、俺にとって貴方のその姿は、
 口に含んで舌の上で転がしたくなる存在です」

オレは飴玉か!?


「一応フォローしているつもりなんですが」

「全然フォローになってないわっ!!
 あぁ、もう勘弁してくれよっ!!」


 怒ると泣くタイプらしい
 じんわりと瞳が潤んできてる

 うるうる
 うるるん、うるるん


 妙に潤んだ瞳が無言の圧力

 今にも零れ落ちそうだ
 この目は…ちょっと反則だ





「わ、わかりました!!
 わかりましたから泣かないで下さいっ!!
 このセオフィラス、力及ばずながら尽力致します!!
 ノワール王子が元の姿に戻れるよう頑張りましょうっ!!」

「その言葉を待っていた…感謝するぞ!!
 セオフィラスといったな、これから宜しく頼む!!」


 …意外とノリやすいタイプだ…


 差し出される右手
 俺はその手に自らの手を重ねた

 がっしりと交わす硬い握手



 ぷにょん



「―――――……。」



 どうしよう…

 すっごいもち肌だ…

 たぷたぷと柔らかくて、
 でもしっとりと吸いついてくる


 しかも温かい

 爬虫類なのに、体温が高い!!
 これぞまさにつき立てのモチ


 あぁぁ…どうしよう、
 手触りが反則的なくらい気持ちいい!!

 いつまでも触っていたくなる―――…




「お、おい、セオフィラス…」

「……………はい?」


揉むな

「―――…はぅあっ!?」


 ぷにんぷにん
 無意識の内にノワールの手を揉んでいた

 しかも両手で



「し、失礼致しました…」


 危なかった
 このままノワールが静止してくれなかったら、

 顔まで埋めていたかも知れない



「思わず食感を試したくなる肌触りですね」

「……食感?
 触感ではなく、食感?」


「ええ、手触りはもう存じてますから
 次は舌触りを知りたいと思ってしまいまして
 …あ、思ってるだけですから安心して下さい」

「当たり前だっ!!
 お前のようなタイプの男とは初めて会ったぞ
 …ったく…お前を使者として指名した奴は、
 一体どういう基準で選んだんだ!?」


何となく面白そうな気がしたから、と聞き及んでおります」

ディサ国ぅぅぅぅぅ―――…っ!!


 突っ伏して、怒りの拳で地面を叩くノワール
 どうやら行き場の無い怒りを持て余しているらしい




「一体、お前の住んでいる国はどんな国なんだ!?」

「言葉を飾って美化すれば、
 型にはまらない自由の国…と言えますね」

言葉を飾るな


「三日に一度は天変地異に見舞われ、
 二日に一度は意表をつくような怪奇現象が起こり、
 毎日のように事実は小説より奇なりという言葉を噛み締めて生きています」

「そんな奇奇怪怪っぷりを自由の一言で片付けるなっ!!」



「ちなみに騎士たちの間では頭にセロリが生えるという、
 由々しくもフレッシュな事態に見舞われてますが」

「…いや、フレッシュってお前…
 まさかいつもそんな事が起きているのか?」


「砂浜に打ち上げられた幽霊船が虹の橋を渡り、
 民家の屋根に次々とダンボールで作った簡易便器を設置し、
 春風と共に仄かな哀愁を漂わせて去っていったという話ならありますが」

意味わかんねぇよ!!



「迷惑な話ですよ、全く
 だって座ったら崩れてしまうんですよ!?
 大体ダンボールとガムテープ作った便器なんて耐久性皆無です!!」

「いや、使うなよ!!
 というかそういう問題なのか!?」


「我が国では良くあることですから」

「………………。」


 ノワールは思った
 もしかして国そのものが自分より呪われているのではないか、と…






「…ま、まあ良い
 とりあえず交渉成立ということで良いな?」

「はい」


「よし、父上に報告してくる
 親子で個人的な話もあるから、
 セオフィラスはここで待っていろ!!」

「えっ…」


 言うが早いか、
 ノワールは部屋から出て行ってしまった

 頭の花を左右に激しく揺らしながら――…



「……で、俺はどうすれば……」


 ぽつん

 残された俺は、
 孤独な放置プレイ


「…………。」


 仕方が無い

 俺は報告書を取り出すと、
 今まであった事を書類に記し始めた