「……あぁ、先に民を紹介しておくべきか……」



 突然、王の足が止まる
 何かを思いついたらしい

 嫌な予感


「先にも言った通り、我が王子は異形の姿
 恐らくその姿に驚かれることと思う
 先ずは我々民の姿を見て耐性を得て欲しい」

 つまり…
 俺にトカゲ観察をしろと?

 そう言うんだな?



「我々についての知識も必要と思う
 民の紹介も兼ねて、まずは一般居住区へ来て貰いたい」

 やなこった

 …とは言えないんだよな…
 確かにワイバーンに対しての調査も仕事内容に入ってたし


「今、説明に適した者を呼ぼう」


 そう言うと王は両手を叩き合図を送る
 これって、あれだ

 レストランでの『シェフを呼べ!!』ってやつに似てる





 程なくして新たな竜がやって来た
 全体的に緑色のワイバーン

 今朝会ったセリに似ている


 セリ…なのだろうか
 しかしセリより体が大きい気もする

 いや、でもあまり自信が無い
 俺にとって爬虫類はみんな同じ顔に見える



   




「この者はバルバという
 饒舌な竜で知識も深い
 遠慮などせずに何でも聞くがよい」


 別人…いや、別竜だった…
 間違って呼ばなくて本当に良かった

 でも困ったな…

 色でしか見分けがつかない…
 顔の区別がつかないって、結構致命的かも



「文官のバルバと申します
 セオフィラス殿、何なりとお聞き下さい」

「は、はい…」


「それでは参りましょう」

「よ、宜しくお願い致します」


 俺は道具袋から報告書を出すと、
 ペンを握り締めてバルバという竜の後に付いて行った







「あ、あの…バルバ殿
 ワイバーンというのは、
 基本的に何色の肌をしているのでしょうか?」

「基本的といわれても難しいですね
 我々の肌色は実に多種多様です
 貴殿たち人の髪や瞳の色と同じです
 血縁のあるもの同士では色が似てきますが」


「そうですか…」

「あぁ、ですが我々の場合は、
 肌の色から様々な情報が得られます
 例えば属性や性格などがある程度推測できますね」

「な、なるほど…」


 思ったより報告書に書けることが多い
 俺はテスト期間の学生顔負けの勢いでペンを走らせる

 この数分の間で、かなりの情報が得られた
 騎士団長も王子もさぞかしお喜びになるだろう




「具体的な例をお見せした方が宜しいですね
 例えばそこの角にいるワイバーンですが…」

 バルバが指し示した所には、
 赤い色のワイバーンが座っていた

 こちらに気付いたのか、軽く会釈をしてくる


「赤い竜は火属性を持っている事が多いです
 暖色系は火精の好む色で加護を受けやすいと
 云われていることが関係しているのかと思います」

「そうなのですか」

「ちなみに熱し易く冷めやすい、
 頭に血が上りやすく喧嘩っ早い
 そしてある意味単純な性格の持ち主が多いというデータがあります」




「……………。」


 ああっ!!
 目の前のワイバーンの視線が痛いっ!!

 すっごい睨んでるっ!!
 今にも一撃が飛んできそうな勢いっ!!


「…ね?
 怒りっぽいでしょう?」


 『ね?』じゃねぇよ!!
 そこは実施で教えてくれなくていいから!!



「ちなみに向こうに青いワイバーンが見えますね?
 青い色は逆に水精の加護を受け易いといわれています」

「…そ、そう…ですか…」


 青い竜と目が合った
 反射的に頭を下げる

「ごきげんよう、文官殿とディサ国の使者よ」


 微かに首を傾け、にっこり、と
 穏やかな笑顔が返ってくる

 表情が乏しいと思っていた竜も、
 こうやって仕草を交えてくれれば感情がわかり易い



「一見澄んで見える水面も、
 水底には腐泥が溜まっているように、
 水属性の竜も随時笑顔絶やさぬ者に限って
 腹の底では何を考えているかわからないものです」

「……………。」


 にこにこ

 満面の笑みが、
 今ではちょっと恐い

 ワイバーンにもゴールドみたいな奴がいるんだな…




「ちなみに向こうの影に立っている者ですが…」

「あ、はい
 …背中に模様がありますね」


 白っぽい斑点のような物が浮かんでいる
 ワイバーンの中にはこういう模様があるものもいるらしい


「この模様にはどのような特徴が?」

病気です」


 …………。
 こいつらって、仮病使っても一発でバレるんだな…



「そ、それでは、そちらの黒っぽいワイバーンは…?」

「あぁ…黒ずんでますね
 これは少々精神を病んでます


 それは…
 普通にこの場に放置しておいていいのだろうか…




「……で、では、奥の方の黄色っぽいワイバーンは…?」

壁に向かって延々と薄笑い


 医者を呼べ


「というかそれは、
 脳に来てるということですか」

「背中が黄ばんできている竜は、
 危険信号を発しているともいえますね」


「そ、その場合、どう対処すれば…」

「そうですね…私の場合は、
 体育座りで夜空の星座を使って小話を一つ…
 どんなにつまらない話でも延々と薄笑いをしていて貰えるので、
 ちょっとだけトークに自信がつきます


 いいのかそれで

 というかこの内容、
 報告書にどう書けと!?





「―――…まぁ、我々についてはこの位でしょうか…」

「は、はぁ…」


 参考になったと言えばなった
 どうでもいいと言えばどうでもいい内容もあったけど



「それでは以上のことを踏まえて王子に謁見しましょう」

「は、はい」

「まぁ王子は異形ですから
 我々普通のワイバーンとは異質の存在です
 今話したことも王子に対しては、
 ことごとく例外ですのでご注意下さい」


「えーっと…
 す、すみません、
 具体的に王子はどのようなお姿なのでしょうか…?」

とても言葉に出来ません


 不安要素増殖中



「我々の常識が通用しない御方です
 王子がワイバーンだということは忘れて、
 これはこういう生物なのだと思っていた方が
 精神的に楽だと思います」

「い、いや、そういわれましても…」


「実は予備知識的に説明しようと思ったのですが…
 しかし、あれをどう説明したものかと悩みまして――…」


 俺は一体…
 どんな珍竜を目の当たりにさせられるんだろう…



「そ、それでは性格などは…?」

情熱的なマイナス思考と申しますか…
 アツい性格ですけれど鬱々としていますよ
 たまに自虐的になるときもありますが、
 時と共に自然に立ち直りますから大丈夫です」


 熱く激しく、そして暗い
 正直言ってわけがわからん

 まぁ、異形ってことなんだろうな…色々な意味で



「あっ…そういえば王子のお名前は?」

「王子の名はノワール様と仰います
 ノワール・オルディガエ…現王唯一のお世継ぎです」


「…と申しますと、
 やはり黒色の竜なのでしょうか?」

「いえ、違います
 お生まれになった時は黒かったと言われておりますが…
 今は一言では言い表せない色の竜となってしまわれて…」


 その言い回しが妙に不安感を煽る
 本気でどんなのが現れるのか予想が出来ない



「それでは参りましょう」

「……不安だ……」


 とてつもない化け物だったらどうしよう

 ぐちゃぐちゃの原形を保っていないグロテスクな感じの奴
 剥き出しの内臓っぽかったり、変な触手が出てたり…


 俺、トカゲ嫌いだけど、
 グロ系も苦手なんだよな…


 嫌な予感をどっさり抱えつつ、
 王子の部屋へ強制連行される俺…

 反射的に斬りかかってしまったら、どうしよう
 その辺が一番の心配どころである