「……えっ……」




 間の抜けた声が夕暮れの部屋に響いた


 あまりにも唐突な事態に遭遇すると、
 人は現実を認識する能力が鈍るらしい

 しん、と静まり返った部屋に旅鳥の声だけが静かに響く

 言われた言葉の意味を理解できず、
 青年は失礼だとは思いながらも堪らず聞き返した



「あの…副団長殿、申し訳ございません
 失礼ながら、もう一度仰って頂けないでしょうか…?」

「ああ、望むなら何度でも言おう
 お前は今日から特別任務に就いてもらう
 任務の内容はワイバーンの調査及び捕獲だ」

 ディサ王国騎士団の副団長は先程と同じ台詞を口にした

 聞き間違いでも幻聴でもない
 青年は襲い掛かってくる眩暈を堪えるのが精一杯だった




 ワイバーン―――…


 太古の時代、人と共存していたといわれる竜の一種だ
 竜族の中では比較的大人しく、その背に人が乗る事も出来たという

 古い書物の中では旅人がワイバーンの背に跨り空を駆けたという表記が幾つも書かれている



 しかし―――…あくまでも、太古の話だ
 既に人とワイバーンが共存関係を絶って久しい

 切っ掛けは何かが原因で起きた仲違いらしいが、
 詳しく表記されている文献は今の所発見されていない

 しかし、その事を切っ掛けに人は竜を魔物として恐れるようになり、
 そして竜は人を捕食の対象として扱うようになった―――…と、いわれている

 現在では人は国を創り、竜は何処か遠く険しい山へと住処を移した
 勿論、ワイバーンとの交流は太古の昔に途絶えたままだ


 そのワイバーンを調査
 それどころか捕獲してくるなど、正気の沙汰ではない


 巨大な竜に飲み込まれて一貫の終わりだ








「…話は以上だ
 異論は無いな?」


 異論…?
 聞くまでも無い

 山のようにあるに決まっていた



「お、恐れながら副団長殿
 私などには荷が重過ぎます…!!
 他にも適任の者がおりますでしょうに――…」

「お前がこの任務に就く事は既に決定稿となっている
 騎士団長アニェージョフ・ロマティアズモンド殿直々の御命令だ
 よもや騎士団長殿から下された任務を放棄するなどという事はあるまいな?」


 一介の騎士である自分に拒否権は無い
 その事は痛いほど身を持って理解している

 まして今は国中が戦火に包まれている状況下
 最前線に送られない点は喜ぶべきなのかも知れない

 しかし、それを差し引いてもこの任務は酷だった



「そ、それは……しかし――…!!」

「……期待を裏切るな
 言いたい事はそれだけだ―――…もう下がれ」

 扉が閉じられる
 木製の扉が鋼鉄の要塞のように感じられた

 残された青年は抜け殻のようになりながら、ふらふらと外を目指す
 目前には美しい夕焼けが広がっていたが、それが彼の視線に映る事は無かった







 青年の名はセオフィラス・ミルドリザヴェータ


 騎士団に属して4年目になり、ようやく仕事にも慣れてきた騎士の端くれ
 しかし特に剣に秀でている訳でもなければ魔法に自信があるわけでもない

 それでも騎士の職に就いたのは――――…金が目当てだったからだ

 常に命の危険が付き纏う危険な職業
 しかしその分、得られる報酬も大きいという噂を聞いたのだ



 元々貧しい家庭に生まれた彼は稼ぎ頭の父親の死と共に路頭に迷った

 自分だけなら何とか生きていけたかも知れない
 しかし彼には目の見えない母親と、病に蝕まれた妹がいた

 戦続きで物価が上がっている上に、妹の病には高価な薬が必要だった


 家財道具を売り払っても生活費すらままならない状況
 毎日、毎日、借金だけが積み重なって行く

 家族皆で生きて行ける程の収入を得る為には騎士になるしかなかった


 奇跡的に試験に合格し、騎士にはなれた
 しかし―――…生活は一向に楽にならない


 元々大した才も無い自分に、多額の給与が支払われる筈も無かった





「…でも、この任務を成し遂げれば…」


 昇給どころか昇進も夢ではない
 少なくとも、家族に一日三食の食事を与えてやれるようには――…

 しかし脳裏に浮かんだ希望を即座に打ち捨てる


「…ワイバーンなんて…無理に決まっている…」


 相手は巨大な竜なのだ

 死ぬ気で挑めば一体くらいは倒せるかも知れない
 しかし倒すのと捕獲するのとでは難易度が桁違いだ

 竜は巨大な身体に伴うそれ相応の力もある
 その爪は巨大な岩をも砕き、吐く息は豊かな森を一瞬で荒野に変えるという


 ワイバーンの首に鎖をかける前に、こっちが命を落とすだろう





「…俺には無理だ…」


 騎士ならば、どのような任務でも命を懸けて挑むべきだろう
 しかし自分の身に何かあった場合、残された母と妹は―――…

 光を失った母は一人では日常の生活すらままならない
 病気の妹も一向に改善の兆しは見えず、外出する事さえ許されなかった


 今、ここで命を落とせば母と妹も程無くして自分の後を追う事になるだろう


「…騎士団長殿に理由を説明して…
 別の任務を与えて貰うしかない…な…」

 下っ端の騎士が騎士団長に―――…などと、
 想像するだけで、あまりの恐れ多さに身が縮む思いがする


 それでも家族の命には変えられない







 セオフィラスの足は無意識に中庭へと向かっていた


 町がどんなに戦火に焼かれようとも、
 この場所だけは常に季節の花が咲き乱れている

 あまりにも弱々しく儚い命
 人の手で容易く摘み取ってしまえるような小さな命

 それでも毎年、同じ時期に花は咲く
 その健気な姿にセオフィラスは勇気付けられてきた


 辛い日々の生活、常に付きまとう死の恐怖
 苦しみに耐え切れなくなった時は、いつもこの場で涙が枯れるまで泣いた

 どんなに泣いても弱みを曝しても、花だけは自分を嘲笑う事が無いから
 そして咲き誇る花の姿に励まされながら、毎日を何とか堪えて過ごしてきた





「…花を…花を、見に行こう…
 少しだけ勇気を分けて貰って…それから、騎士団長殿の部屋へ…」

 小さな花にしか縋る事が出来ない自分に嫌気が差す
 しかし、それでも逃げ場のある自分はまだ恵まれている方だ


 同じ騎士の中には国を捨てて失踪する者や、自ら命を絶つ者も少なくは無い

 彼らは皆、人並み外れた才に恵まれた屈強な勇者たちだった
 しかし―――…強過ぎるが為に、逃げ場というものを知らなかった

 誰にも頼る事が出来ず、己の力しか信じられず――…
 そして、やがては全てを捨て、姿を消して行ったのだった



「俺は…弱いからこそ、こうして頑張れたのかも知れない…」


 誰だって、自分一人だけの力で立ち続けるのは辛い
 時には他の者の手を借りて、互いに支え合って生きても良いと思う

 弱音を吐いても甘えを見せても構わない
 その弱さを明日への強さに変える事で、自分はこうして生きてきたのだから


「…この城も、ここに住む大勢の人に支えられて建っているんだ…」


 空を見上げると、聳え立つ城が夕闇に照らされて輝いていた

 小さいながらもその城は美しい
 この城を…この国を、セオフィラスは誇りに思っている







 ここは王都ティルティロから遠く離れた偏狭の小国ディサ


 魔王クレージュの実子であるカイザル王子が、
 王座継承の試練として与えられた島国である

 国の名がついているとは言え、貧困に喘ぐ枯れ果てた小さな島だ

 この島を――…ディサ国を豊かに発展させた時、
 晴れてカイザル王子は魔王カイザルとしてティルティロへ招かれる事になっている


 そう――…表向きは



 実際は国という名の監獄だ

 魔王クレージュは王座を譲るつもりなど毛頭無かった
 遠く離れた島国の統治を押し付ける事により後継者を王都から追い出したのだ


 試練という名の追放
 その事は当事者である王子自身が一番良く理解していた

 怒りを覚えないと言えば嘘になる
 しかし、このディサ国に何の罪も無い


 王子は片腕である補佐官のリノライと共にディサ国発展に努めた





 二人がディサ国統治を始めて早10年――…


 カイザル王子が統治を始めて以降、国は変わった
 相変わらずの小国は未だ貧困からは逃れられない

 しかしカイザル王子は王として申し分の無い優秀な統治者だった
 この島に住む者たちの大半が、それを認めている


 ディサ国の民は次期魔王としてカイザル王子が魔界に君臨すると確信を持った

 王位継承の試練は成功だと、誰もが口を揃えてカイザル王子を褒め称えた
 魔王クレージュも我が息子の能力は認めざるを得ないだろうと、信じて疑わなかった


 ところが――――…



 事もあろうことか、その魔王クレージュ自身がディサ国に刃を向けたのだ

 元々小さな島国に大した兵力や、戦の蓄えがある筈も無い
 連日のように魔王の兵が城を襲い、ようやく持ち直した国の財政も一気に転落して行った


 魔王クレージュとカイザル王子は元々、仲の良い親子ではなかった

 それは周知の事実であった
 しかし、まさか親子で戦になるなど、一体誰が想像出来ただろう


 王都ティルティロと辺境の島国ディサ


 戦況は当然ながらディサ国が圧倒に不利だった
 戦火は鎮まるどころか、更に勢いを増している

 それでもディサ国の民はカイザル王子に忠誠を誓い剣を取って戦地に赴く


 いつか王子が王座につく、その日を信じて―――…





「…カイザル様…必ずや、魔王クレージュを討ち取り下さい…」


 このような不毛の地であったディサ国でさえ立ち直らせる力の持ち主だ
 カイザル王子が王座につけば、豊かさと更なる発展が期待できる

 そして何より――――…平和が手に入る


 自分たちの救世主、魔王カイザルの誕生を信じて今は耐えるしかない







「…あ…先客か…」


 中庭に人の姿を見つけて歩を止める

 今の戦況からしても、花に癒しを求めたくなる気持ちはわかる
 先客の邪魔をしないように、セオフィラスは踵を返そうとした


 ――…が、そこに見知った姿を捉え、思わず姿勢を正す



 長い髪と重厚な鎧

 その姿は自分の上司―――…
 騎士団長アニェージョフ・ロマティアズモンドその人だった

 どうやら人と会っているらしい
 微かに話し合う声が聞こえてくる


 セオフィラスは気配を殺しながら近付いて―――…思わず息を呑んだ




 最悪な現場に立ち会ってしまった
 騎士団長と向かい合って話している人物には見覚えがある

 夕日輝く見事なブロンド
 すらりとした肢体に他者を魅了する甘い微笑み

 元々顔が良い上に華やかな容姿はどうしても人目を引く
 この男―――…ゴールドは、良い意味でも悪い意味でも有名だった


 そして、騎士団長とゴールドの不仲もディサ国ではよく知られた話である





「―――…貴様、何故それだけの力を持ちながら騎士団に属さない!?
 今は一人でも多くの戦力が必要な時期だ、それくらい貴様にもわかっているだろう!!」

「…だから、言ってるじゃないですか
 ボクにもちゃんと与えられた仕事があるのですよ
 具体的なこと言えませんが、これでも色々と忙しい身の上なのです」


 どうやら、騎士団長がゴールドに突っ掛かっているらしい

 ゴールドもそれなりの剣の腕を持っている
 それなのに騎士団に属さない事を不服に思っているのだ


 彼の剣はすべて我流のものらしい
 騎士団に入って基本から剣を学び直せば更に上達するだろう


 騎士団長はそう思い、ゴールドに入団を迫っているのだが――…見事に玉砕している





「…というわけで、そろそろお引取り願えませんか?
 まだやるべき仕事が残っていて、大変なのですよ」

「ふん、私には毎日遊び呆けている優男にしか見えぬがな!!
 リノライ様の直属の部下だと思って目を瞑ってきたが…最近の貴様は目に余る!!」


「…ボク、何かしましたか?」

「ふん、私が知らぬとでも思うか!?
 貴様は人間の青年に虐待を加えていると言うではないか!!
 か弱き者を守る事が我が役目、貴様の悪行を見過ごす事は出来ん!!」

「…もしかして、ジュンの事ですか?
 それなら貴方は大きな誤解をしていますよ
 ボクとジュンは海より深く、空より広大な愛の絆で結ばれているのですから」



 これもまた有名な話だ


 ゴールドはディサ国内で五本の指に入るような色男だ
 それなりに強く、逞しく、更に優しいとなれば国の女たちが放っておかない

 ところが人気があるにもかかわらず、ゴールドには浮いた噂のひとつもなかった

 それがある日、突然現れた人間の青年との熱愛が発覚
 城中がこの噂で持ちきりになり、連日根も葉もない噂が飛び交っているのだが――…


「馬鹿を言え、男同士で何が愛だ!!
 どうせ力づくで無理矢理言う事を聞かせているのだろう!?
 騎士として―――…いや、同じ男して許すわけには行かん!!」


 今にも殴りかかりそうな勢いだ

 騎士団長には彼らの関係が受け入れられないらしい
 確かに男同士ではあるが、二人が恋人同士である事は紛れも無い事実なのだが…




「…やれやれ…困った人です
 別に貴方にどう思われようと勝手なのですけどね
 ご自分とジュンの姿を重ねて見ているのでしたら止めて頂きたいです」

「なっ…何だと!?」

「貴方の噂も多少、耳に入ってくるのですよ
 例えば近衛騎士団長との関係――…などがです
 力でねじ伏せられて意に沿わぬ関係を強いられているのは貴方の方でしょう?」


「きっ…貴様―――…!?」

「近衛騎士団長から交際を迫られているとは聞いていましたが…
 ついに実力行使に出られて、美味しく頂かれてしまったそうですね
 しかも、その事を脅迫のネタにされているとか―――…お気の毒です」


 遠目からでもわかる
 騎士団長の顔から一気に血の気が引いた

 その表情が全てを肯定している



「まぁ、好きでもない男に組み敷かれている貴方には同情しますよ
 でも安心して下さい、ボクとジュンは心の奥底から愛し合ってますから」

「…くっ……!!
 こ、この様な事が許される筈が無い…っ!!」

「ふふふ…もう日が暮れますね、楽しい夜の始まりです
 今夜も近衛騎士団長の寝所に来るよう誘われているのでしょう?
 断れば可愛い部下に近衛騎士団長と貴方との関係をバラされてしまいますからね」

「だっ…黙れ!!
 黙れ黙れ―――…っ!!」


 せめてもの抵抗なのだろう

 騎士団長はゴールドを突き飛ばすと、そのまま走り去って行く
 残されたゴールドは苦笑を浮かべながら暮れ始めた空を仰いでいた





 俺は――――…動く事もできずに、その場に立ち尽くすしかなかった


 …今日は色々と有り過ぎて頭の中が混乱している
 まさか、あの硬派で生真面目な騎士団長が――…


「き、聞いてはいけない事を…聞いてしまった…」

 こんな事を知ってしまって、一体どうやって騎士団長を訪ねれば良いのか
 尊敬する上司だが、まともに顔を見られる自信が無い

 この状態で、上訴しに行くなど絶対に無理だ―――…



「…はぁ…困った…」


「まぁ、そうでしょうね」

「―――…!?」

 突然背後から声が掛かる
 振り返るとそこには黄金色に輝く男が立っていた

 一体、いつから気付かれていたのだろう
 彼の表情からするに、相当前から気配を感じ取られていたらしい



「…あ…えっと…お、お疲れ様です
 ご、ゴールド殿、今の話って――…」

「騎士団長の事、黙っておいてあげて下さいね
 貴方たちに知られないように身体を張って耐えているのですから」


「えっ…あ、ああ勿論そのつもりだけど
 でも、騎士団長殿の事はお気の毒で…
 何とかして助けて差し上げられる事は――…」

「無理ですね、彼自身がそれを望んでいませんし
 騎士団長は貴方たちに事実を知られる事を一番恐れているのですから」


「それは…そう…ですけど…」



 でも、あの様子では自力で解決するのは難しそうだ

 騎士団長は真面目過ぎる分、頭が固いし口達者なわけでもない
 近衛騎士団長にもゴールドにも口では圧倒的に負けている


 となれば実力行使での解決だろうが――…

 しかし近衛騎士団は騎士団の中でも選り選りのエリートが、
 ヘッドハンティングされて構成されている特別な集団なのだ

 いくら彼が騎士団長とは言え、相手は更にそのエリートを行く近衛騎士団長
 魔法の腕も剣の腕でも――――…恐らく、近衛騎士団長の方が上であろうことは確かだ





「騎士団長もお気の毒ですね
 いっその事、近衛騎士団長の想いを受け入れてしまえば楽になれるのでしょうが…
 ですが彼には好きな女性がいますから、なかなかそういうわけにも行かなくて――…」

「えっ…騎士団長殿に!?
 信じられない、あの硬派な騎士団長に好きな女性が…
 騎士団の詰め所でもそんな話出たこと無いけど、それって本当の話ですか?」

「ええ、昔取った杵柄で情報収集は得意なのです
 騎士団長は城の洗濯女であるヤロスラヴァさんに片思いしてるのですよ
 以前訓練中に怪我を負った時、彼女に包帯を巻いて貰ったのが切っ掛けだそうです
 まぁ…騎士団長もあの堅物な性格ですからね、告白するなんて考えもつかないのでしょうが…」


 …ヤロスラヴァ…

 どこかで聞いたことのある名だ
 日常的な雑談なんかじゃなくて、もっと畏まった場所で彼女の名が―――…



「…あっ…!!
 そ、それって…まさか…!?」

「ええ、近衛騎士団長のお姉さんなのですよ
 近衛騎士団長は騎士団長が好き、
 でも騎士団長は近衛騎士団長のお姉さんの事が好き…というわけです」

「うわぁ…
 三角関係とはまた面倒な…」


「更にもう一つ面白い話を聞かせてあげます
 実はボク、そのヤロスラヴァさんからラブレターを貰った事があるのですよ
 でもまぁ…ボクには愛するジュンがいますから、丁寧にお断りしておきましたが」

「…ど、どこまで複雑なんですか、それ……」

 という事は、騎士団長が何かとゴールドに突っかかる理由はそこにもあるのだろう
 どちらにしろ、かなり複雑な恋愛事情である事に違いは無い



「うーん…見事な泥沼なのです
 まぁ、ボクの知った事ではないのですがねぇ
 近衛騎士団長も実の姉が恋敵のようになってしまって…
 そのストレスが爆発して、現在の状況に陥っているのでしょうが」

「…八方塞りって感じですね…」

 騎士団長も、自分も
 どうして物事は平和に進んではくれないのだろう――…


「まぁ、それも人生勉強なのですよ
 騎士の若人よ、貴方もせいぜい頑張りなさい」

「…はぁ…どうも…」


 ゴールドは軽く手を振ると、そのまま城内へと消えていった







「……騎士団長殿が…まさかなぁ…」


 結局騎士団長と話をするのは諦めた
 この状況ではまともに彼の顔を見ることが出来ない

 それに―――…どうせ騎士団長の部屋へ行った所で、面会は出来ないだろう

 足取りも重く岐路への道を辿る
 頭の中を支配しているのは、尊敬する騎士団長の事ばかりだった


「…い、今頃は騎士団長殿…近衛騎士団長殿に――…」


 想像できない

 自分の知っている騎士団長は、いつも凛々しく生真面目で曲がった事が大嫌いだった
 そんな彼が脅迫されて、屈しているだなんて―――…あまりにも受け入れ難い現実だ


 騎士団長に対する同情と、近衛騎士団長に対する怒りで頭の中がぐるぐる回っている




「…でも、近衛騎士団長殿は騎士団長殿の事が好きなんだよな…
 どうして好きな人相手に、脅迫して無理矢理だなんて…そんな酷い事―――…」

 いや、好きだからこそ…なのかも知れない
 愛情に憎悪や嫉妬が加わって歪んでしまう事は良くある


 恋愛すらした事の無い自分には想像の範囲内でしか言えないのだが…

「…騎士団長殿も苦労なさってるんだな…
 俺だって貧乏で苦労してきたけど、それとはまた別物の悩みだよな…」



 その騎士団長から直々に下された任務


 この任務を辞退するとなると、
 配置の変更やら何やらで騎士団長に更に仕事を増やす事になってしまう

 騎士団長はただでさえ辛い状況なのに――…


「それでも…この任務を受けるわけには行かないよな…」

 騎士団長は頭は硬いが情にも厚い
 理由を話せば理解してくれるだろう


 そう、きちんと話す事さえ出来れば―――…



 セオフィラスは重い心と足を引き摺りながら、鬱々と帰路を辿った