「…はぁ…」


 今日何度目になるだろう
 ジュンは深々と溜め息を吐きながら時間を持て余していた

 本を読んだり魔石を彫ってばかりでは身体が鈍る
 しかし戦況が芳しくない現状では簡単に出歩く事も難しい

 こんな時に限ってゴールドは留守だった
 召喚魔法実験に使う資材を買いに遠出してしまったのだ

 少なくとも今月中は帰らないだろう


「…ゴールド…早く帰って来いよ…」

 今夜、彼がいないと思うだけで寂しさに襲われる
 一人暮らしをしていた過去が今では信じられない

 人を好きになると、こうも心弱くなるものなのか…
 沈み行く夕陽を眺めながら寂しい気分に浸っているその時だった


「――…おい、生きてっか!?」

 静寂を突き破るように元気な声が響く
 この特徴的な喋り方は本人を見なくてもすぐにわかる

「…レグルス…?」

 慌ててドアを開く
 そこには同世代の友人、レグルスと―――…

「なっ…何でカイザルさんまで…!?」

 何故かディサ国城主のカイザル王子までもが立っていた
 もう執務時間外なのでジャージ姿だが、一応気を遣っているのかマントだけは羽織っている

 元々飾らない性格のせいで、こうしていても彼が王子だという実感が湧かない
 庶民の自分やレグルスにとっては下手に緊張しなくて済むので好都合なのだが…



「恋人が不在で夜を持て余しているのではないかと思ってな
 たまには三人で語り明かすのも悪くは無いかと思い立ったのだ」

「リノライさんも今夜は書類整理で朝帰り決定らしいからよ
 せっかくだからよ、相方抜きで三人で色々話そうぜ?」

 あぁ、そういえば…
 ゴールドの買出しにレンも付き添って行ったのだった
 恋人と離れていて寂しいのは彼も同じだ

 きっと、カイザルがその辺の気持ちを考慮してくれたのだろう


「狭い部屋だが…入ってくれ」

 廊下で立ち話するわけにも行かない
 俺はとりあえず二人を部屋に招き入れる

「おう、邪魔すんぜ――…
 …何かこの部屋、エロくねぇか?」

「えっ!?」

 俺は慌てて室内を見回す
 何かヤバい物でも放置したままだっただろうか


「ジュン、案ずるな
 部屋が薄暗いという事を言いたいだけだ
 なかなかムードのある部屋で良いではないか」

「あ…ああ、そうっすか…」

 この部屋は窓が小さい
 その代わり部屋の四隅にランプが灯され、淡いオレンジの光に包まれていた
 照明に照らされた薄暗い室内はロマンチックなムードがあるが、見ようによっては確かに…


「ゴールドの野郎って情熱家っぽいからよ
 こういう部屋にいると手ぇ握って口説かれたりとかしてねぇか?」

「…別に、この部屋に限った事じゃない
 奴は所構わずの恥知らずだから…ははは…」

 もう、笑うしかない
 握られるのが手なら、まだマシな方である
 ゴールドは暇さえ見つければ戯れてくるのだ



「レンさんだって、さらりと凄い事言うからな
 ゴールドに負けず劣らずの情熱家だと思うが」

「ふむ…確かにリノも言っていたぞ
 実験中に、いつも惚気を聞かされると
 我らの見えない所で随分と熱い事だな」

「…うっ…」

 急に話の矛先を向けられて言葉に詰まるレグルス
 見る間に白い肌が赤く色付いて行った

「…想像外の純真な反応だな…
 そこらの生娘よりずっと初々しいな、今時の若者とは思えぬ」

「うっ…うるせー!!
 だって慣れねぇだろ普通はよ!!
 今だって現実が信じられなくなる時があるってのによ…」

 照れ隠しなのか、指先で頭を乱暴に掻き毟る


「…まさか自分が太った男に押し倒される目に遭うだなんて想像もしねぇだろ
 いや、別に文句や不満があるわけじゃねぇんだけどよ…実感が湧かねぇんだ」

「まぁ、その点に関しての気持ちはわかるな
 俺もまさか金髪マッチョとだなんて想像もしていなかった
 しかも相手は人間じゃないし…まぁ、外見上は殆ど変わらないが」

「我とリノも、主従というよりは兄弟のようなものであった
 まさか婚約する事になるとは想像もしなかった…世の中、何が起こるかわからぬな」

 年上の、それも男の恋人が出来てしまった三人
 互いの境遇に共感できる部分も決して少なくはなかった



「つか、何でオレが抱かれてんだ…
 明らかに不自然だと思わねぇか!?
 確かにオレの方が年下だし華奢だけどよ…納得行かねぇ」

 しかし客観的に見ても、あらゆる面で明らかにレンの方が強い

「俺は決して非力なわけでも華奢なわけでもない
 普通の女性を相手にするなら充分な体格を持っている
 それなのにゴールドがあんなマッチョだったなんて…今じゃ姫扱いだぞ」

 事実、庭でお姫様抱っこをされて運ばれている姿を目撃して者が多数出ている
 城の者に見られた時は憤死するかと思うほど恥かしかった

「我はこう見えても王子だぞ!?
 何で部下に良い様にされなければならぬのだ!!
 忠誠を誓った主の上に圧し掛かって、許されると思っているのかあの者は!!」

 まぁ、許しているからこそ今の関係が成り立っているのだが…


「でも、レグルスも大変だな
 レンさんってある意味何が起きるかわからない」

 レンといると妙な珍事件が起こる
 それは周囲も身を持って知っていた

「あー…確かにな…
 たまに妙な事故が起きたりするけどよ
 でもそんな事は別に大した問題じゃねぇんだ
 一番深刻なのは、やっぱり体格差なんじゃねぇかな…」

「背の高さは、それ程変わらぬように見えるが?」

「あー…身長の事じゃなくってよ…」

「あぁ、下半身の話か」

 直球ストレート
 ジュンは思わず噎せ返った


「確かにレグルスは華奢であるからな
 その細腰では、さぞ辛いだろう…難儀な事だ」

「ま、まぁな…今じゃ慣れてきたけどよ
 でもよ、オレよりジュンの方が深刻じゃねぇ?」

「ええっ!?」

 突然話を振られて飛び上がるジュン
 内心、出来ればその話題には関わりたくなかった

「たまに部屋から物凄い悲痛な声が聞こえて来んだけどよ…
 喘いでるってより断末魔っぽいんだよな…お前ら普段どんなプレイしてんだ?」

「き、聞かないでくれ…」

 思わず頭を抱え込むジュン
 SMマニアのサディストに毎晩痛めつけられている事は出来れば黙っていたい

 というより、あまりにも過激すぎて自分では説明が出来ない


「でもよ、大人のプレイって興味あるな
 きっと凄い事やってんだよな…聞かせてくれよ」

「ゴールドは色々と知識が豊富そうだな…
 実を言うと我もリノも、あまり知らないのだ
 良ければ参考までに教えてはくれないか?」

 絶対に参考にしない方が良いと思う…

 しかし目をキラキラさせて期待しているカイザルとレグルスを見てしまっては拒めない
 ジュンは仕方が無く羞恥心を堪えながら話し始めた

 心の中でゴールドを怨みながら