漫画講座
マンガはこう描く
阪本雅城
「ぼくは、漫画家になれるでしょうか?」
「きみは、漫画家になれる!」
と、わたくしは答える。
なぜかなら、きみは漫画がすきだからである。
「好きこそものの上手なれ」とはむかしからある諺である。
「漫画を描くのが大好き」それだけで、りっぱな漫画家といえるだろう。
人物漫画のかきかた
われわれに、いちばん近いものは人間だ。ぼくたちは人間の中に、人間として生きている。だから漫画でも、人間をかくことが、いちばんはじめの、いちばん大切なことだ。
それなら、人間をどこから、どんなふうにかいたらいいだろうか。それは、どこからかいてもいい。足の爪さきからかいても、人間はかけるし、髪の毛のさきからかいても、鼻をはじめに、耳を先にかいても、人間の絵はできあがるだろう。顔に胴体に、手足がついて、人間の格構ができる。が、まづ顔からかきはじめるというのが、誰でもやる順序であろう。
顔
顔は、人間の象徴であるから、顔のない人間なんてあるものではない。顔だけで人間はわかる。人間は、まづ顔からかくことを習おう。
顔にもいろいろあるが、その全体の形、すなわち輪かくが、大きな特徴をあらわしているものだ。だから、顔の輪かくをまづつかみとることがはじめだ。円、四角、三角ーーーといろいろの形がある。同じ円い顔でも楕円もあれば、卵形もあるし、おまんじゅうをつぶしたような形もある。四角な顔にも、正方形もあり、長方形もある。三角も正三角形もあれば、逆三角形も、またそれらを組み合わせたような菱形もある。十人十色、千差万別なのが人間の顔だ。
だから、顔の細かい部分に気がひかれたら、全体を大ざっぱにつかまえるということはできない。見ようによっては、円くもあり四角でもあり、三角でもあり、円と四角と三角が重なって、いっしょくたの、何が何やらわからない、ということにもなりかねない。顔の輪郭を、大きくつかみとれというのは、最初の印象で、大ざっぱに見てとれというのである。
相手はナスかカボチャと思え
相手の人間を、人間と思わないことだ。相手を人間さまと思えば、みようにえらをうに思えたり、強そうに思われたり、いろいろと、くだらない考えがわいて、絵をかくじゃまになる。相手を人間と思わないで、ナスかカボチャと思ってかかるのがいちばんよいのだ。
人間の顔は、よく見ると、人間以外の何かににているのである。ライオンに似た親父さんもあるし、カンガルーのような顔のおばさんもいる。カボチャに似た兄ちゃんもいるし、ナスビそっくりの顔のお嬢さんもいる。ナス、カボチャ、イモ、キュウリ、タマネギなどなど、八百屋の店先きを思い出して、それに当てはめたら、どうやら顔の輪郭がきまってくるだろう。どうせ、漫画家である君たちだけが、腹の中で八百屋の店頭を想像しているのだから、遠慮することはない。
「なんだい、おれの顔をカボチャみたいにかきやがって」
と、相手がおこったら、
「いいえ、カボチャがあなたに似ているのです」
と言ってやったらよかろう。豊臣秀吉は「サルに似ている」と、いわれておこったら、家来の曽呂利新左右衛門が、「太閤さまがサルに似ているのではございません。サルが太閤さまに似ているのです。」と、答えのたので、秀吉がいい気になった、という話がある。
それはさておきーーー顔の輪郭をきめたら、その中に、顔の部分品を配置するのである。部分品は、まず鼻をかくのがよい。鼻は顔のまん中にデンとすわっているものだから、顔の中心をきめるのにいい。次は目、次は口、そして耳をかけば、顔はできあがる。目をかく時、まゆ毛をかく。まゆ毛には、あるなしかのうすいのもあり、毛虫のはったようなる濃いまゆ毛もある。つり上がったのも下がったのもある。案外顔の特徴をきめる重要な役目をもっているものだ。
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