東鳩SS外伝「さようなら・・・」後編 投稿者:佐藤 昌斗

 ―夢。
 ―昌斗は夢を見た。
 ―それは過去の…まだ昌斗が”僕”の頃の夢だった…。


「うぇ〜ん…。痛いよう…」
「立て昌斗!! これしきの事で泣く奴があるか!?」
 昌斗は、まだ物心つかないような幼い頃から、父親である先代の”影使い”に、一族に伝
わる暗殺術を教え込まれていた。
 幼い頃の昌斗は、およそ暗殺者にはとうてい向かない優しく、そしてすぐ泣く子供だった。
いつも訓練中に泣いては、父親から叱咤され嘆かれていた。
「うぇ〜ん!! …もうむりだよ〜っ! 痛いのはいやだ!!」
「ええぃ…今日はこれで終わりだ!!」
 いつもいつもこのように泣いては、訓練を―傷つく事を嫌がった。そんな昌斗に父親は気
絶するほど痛めつけ、己の怒りを静めて訓練を終えるというのが日課となっていた。
「昌斗…こんなに傷付いて…。可哀想に…」
 そして、父親の怒りを買い傷だらけの昌斗をいつも母親が、母親だけが、優しく手当して
くれた。
 ふと目覚めると、優しく自分を見つめる母親の微笑みがある…。それが、子供の頃の昌斗
の、唯一の安らぎであり心の拠り所であった。そして、優しいそんな母親が昌斗は大好きだ
った。

 それから数年ほど経った頃、昌斗はあまり泣かなくなった。泣くとさらに厳しくされるこ
とが解ったからだ。
「泣かなくなったが、不甲斐ないのは変わらんのか?!」
「くっ…」
 しかし、相変わらず父親には一方的にやられていた。そして、毎日毎日傷付いては母親に
手当してもらっていた。この、母親に手当を受けているときが日常での、昌斗の唯一の安ら
ぎの時間だった。
「昌斗…強くなりなさい。自分を守れるように、強く…」
 いつしか母親は、そう言うようになった。恐らく、昌斗が傷付くのが辛かったのであろう。
昌斗は幼心に、
(強くなろう…。母さんが悲しまないように。…自分を守れるくらい、強く! 強くなるん
だ!!)
 こう思うようになった。
 その日から、昌斗は段々強くなっていった。自分の身を守るために、そして、母親を悲し
ませないために…。


 ―それからさらに数年が経ち、ついに”その日”が来た。

 あれから暫くして昌斗は、なかなか傷を負わなくなった。それどころか、逆に父親に傷を
負わせることもあるくらいにまでなっていた。
「昌斗…。いよいよお前に一族を継ぐに足りる”強さ”があるか問う時が来た…」
 その日、昌斗が丁度16歳になった”その日”は、いつもと違っていた。父親は、昌斗と
地下の訓練場奥にある板間にお互いに向き合うように座ると、そう言った。
 父親は暫し昌斗と向かい合った後、ゆっくりと立ち上がり神棚に置かれていた一振りの日
本刀を持って戻って来た。そして、
「昌斗…来い」
 とだけ言うと、昌斗の横を通り抜け、コンクリートが敷き詰められた練習場へと向かって
行った。昌斗が今一つ要領を得ない顔で側に来ると、
「昌斗…。どちらかを選べ…」
「何を…選べというのです??」
 と言い、昌斗が何のことか解らず尋ねたその次の瞬間、
「私を殺して”影使い”を継ぐか! ここで私に殺されるかだ!!」
「?!」
 そう言い放つと同時に父親は鞘から日本刀を引き抜き、昌斗に斬りかかった。驚きつつも
何とか一刀目をかわし、距離を取る。ふと、微かに痛みを感じ見て見ると、服が切り裂かれ
地肌が除いており、うっすらとだが血も滲んでいた。
「父さん! 本気ですか?!」
「…問答無用。行くぞ!!」
 昌斗の言葉には本当に耳を貸すつもりは無いらしく、そう言うと父親は一気に距離を詰め
て来た。
(速い?! それに…本気だ!?)
 昌斗はそう感じると、父親を迎え撃つべく構えを取った。

「はあっ…はあっ…」
 それから暫く経ち、昌斗の身体は深くはないものの切り傷だらけで、しかも出血のためか
体力はもう限界に近かった。
「…どうした、もう終わりか?」
 それに比べ父親の方はほとんど疲れていない、それどころか傷らしい傷すら負ってはいな
かった。
(このままだと本当に危ない…。早くあの刀を奪わなくては!)
 昌斗は焦っていた。「焦りは冷静な判断を鈍らせる」、という父親の言葉を昌斗が思いだ
したのは、父親に完全に行動を読まれ、カウンター気味に蹴り技を喰らい、コンクリートの
床に倒れ込んだ時であった。
「馬鹿者が。焦りは隙を生むと教えただろうに。…まあ良い。ここまでだ、昌斗!」
 昌斗は父親がそう言い、刀を頭上に掲げるのを見ていたが、綺麗に鳩尾に入ったらしく起
き上がることも、ましてや避けるなど到底不可能だった。
(これで終わり…か。僕は死んだらどうなるんだろう? 僕は…)
 昌斗は覚悟を決め、目をつぶり父親が刃を振り降ろすのを待った。と、その時。
 バアッン!!
 と、地下への唯一の出入り口が開け放たれる音と共に、昌斗に”何か”が覆い被さった。
(?! この温もりは…まさか!?)
 …丁度同時だった。昌斗が目を開けるのと、父親が刃を振り下ろすのと…母親が昌斗を抱
きしめたのは。

「母さん!!?? 何でっ?!」
 昌斗は母親から身体を離し、改めてお互いの顔が見えるように抱え直すと、そう尋ねた。
母親は、段々色を無くしていく顔に微笑みを浮かべ、そっと昌斗の頬に震える手で触れると、
「昌斗…何て顔してるの? …私は、いつも言っているでしょう…? 笑いなさいっ…て。
笑っていれば…どんなことでも乗り越えられるって…。だから、笑いなさい。ねっ? まさ
…と…」
 最後に、昌斗が涙を流しながらも何とか顔に笑みを浮かべたのを見ると、母親は昌斗の大
好きだった笑みを浮かべたまま、息を引き取った・・・。
「死んだか…。一族よりも、母であることを選んだか…。まあ、せめて一族の宝刀である運
命(さだめ)で死ねたことを誇りに思うが良い…」

 ―昌斗は信じられなかった。
 ―母親が目の前で死んだのも。
 ―父親の…この台詞も。

 この時、昌斗は自分の中で何かかが壊れたような気がした。そして、同時に、
「…ふふふふっ」
 昌斗は笑っていた。心の無い…”空っぽな”笑みで。
「…何が可笑しい?」
 父親は昌斗の笑い声を聞き、可笑しくなったか?と思いつつも尋ねた。否、昌斗に”何か”
を感じ、尋ねずにはいられなかったのだった。
 昌斗は、ゆっくりと顔を上げた。そして、母親を床に静かに置くと、ゆっくりと立ち上が
った。
 父親は我が子の雰囲気にこの時、最初で”最後”の恐怖を感じた。
「…だって可笑しいじゃないですか。斬り殺されるのが名誉だなんて…ふふっ」
 昌斗の言葉に父親は恐怖を感じつつも口を開いた。
「あれは…一族の女だ。一族の宝で死んだのだ。…これを名誉と言わずなんと言う?」
 と、そう言い終わったのと同時に、昌斗が口を開き、
「…なら、父さん。僕―いや、”俺”が、貴方にも…その名誉を与えましょう!」
 そう言った次の瞬間、父親の運命を持っていた方の腕が飛び、昌斗の目の前に転がった。
「うっぉおおおおおおおおッ?!」
 父親は痛みのために叫び声を発し、たまらず血が溢れ出す傷口を押さえ、コンクリートの
床に膝をついた。そしてふと、何かを感じ後ろを向くと、そこに自分が、自分の”影”がい
た。
「…これは…まさか”影傀儡(かげくぐつ)”…か?」
 影傀儡とは、相手の影を覚醒させ、本体と全く同じ容姿へと変貌させて自分の想う通りに
操ると言う、「影使い」最高の秘技とされていた。
「そうか…あれのペンダントは…”ストーン”だったな」
 ふと目を向けると、昌斗の握りしめた手から光が漏れていた。不可能を可能にすることの
出来る光が…。
 昌斗は床に落ちている腕から運命を取ると、父親に一言、
「さようなら…」
 とだけ言い、手にした運命を振り降ろした…。

 それから、昌斗がふと気が付くと、そこには父親の遺体も、そして母親の遺体も無く、た
だ紅い染みがコンクリートの床に広がっているだけだった…。



                     *



 ―そこは、暗闇が覆う黒の世界だった。
 
 ―自分の存在以外は何も感じられない黒い世界。

 ―浮いているのか立っているのかすらも解らない暗闇の中。その中に昌斗はただ独りいた。

(…ここは…夢の中?)

 ここがまだ、自分の夢の中であることは理解できた。だがそれだけで、自分の想う通りに
出来るというものでもなかった。 

 どれくらい経っただろうか? やがて、暗闇の中に光が見えた。そして、その光は段々大
きくなっていった。否、大きくではなくどうやら近づいて来るようだ。

(…子供の頃の俺?)

 そう、光に見えたのは”僕”の頃の昌斗だった。

 ”僕”は何をするわけでも話すわけでもなく、ただ悲しそうな表情(かお)で、”俺”で
ある大人の昌斗を見つめていた。

 ”俺”も同じように、いつもの笑みを浮かべてただ”僕”を見つめていた。そしてどれく
らいの時間が経ったのか、ふと気が付くと、”俺”の後ろから、現実という名の光が射し込
んで来ていた。

 ”俺”はその光に気が付き、光を見ると”僕”に、

「さようなら…」

 と一言言うと、光に向かって歩き出した。”僕”は、黙ったままだったが、やがて”俺”
が光に包まれると、”俺”が戻って行く瞬間、

「さようなら…」

 と、小さい声だがはっきりと”俺”に言った。”俺”はその声を聞いても、一度も振り返
らなかったが、”僕”が泣いているのは、何故か解った。

 

  
                     *


 
 ―目が覚めると、もう…朝だった。

 耳を澄ますと鳥の鳴き声が聞こえて来る。その時ふと、昌斗の頬に濡れた感触がした。
「…涙?」
 指先で拭って見ると、それは紛れもなく、枯れ果ててしまったと想っていた涙だった。夕
べのことを思い返してみたが、何か夢を見たような気がするだけで、どうしても内容までは
思い出せなかった…。
「…おっと。思い出せないことを、いつまで考えても仕方ないですね」
 そう自分に言い聞かせるように呟くと、昌斗は『塔』に出向く準備に準備に取りかかった。

 用意を済ませ、玄関に鍵をかけ門を潜(くぐ)る。すぐに歩き出そうとするがふと、自分
の家を昌斗は眺めた。そして、暫く眺めた後、

「さようなら…」

 と呟くように言うと、今度こそ背を向け、まだ早く人通りの少ない道路を、己の一族の居
場所でありそして、今の自分の唯一の存在理由である、『塔』に―非、日常に向かい歩き出
すのだった…。



 ―佐藤昌斗が進む道は…何を生み、そして何を与えてくれるのか…。それは恐らく、今の
ところ誰にも−昌斗自身にも、解らないことであろう…。



                          外伝「さようなら…」<終>

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 ふぅ…やっと完成いたしました。佐藤昌斗版「東鳩SS」。取り合えず今回は、「佐藤昌
斗」と言うキャラを、深く掘り下げてみました。
 この話で多少は、佐藤昌斗と言う東鳩キャラが、ご理解いただけるのではないか?と思
 います。…よけい分かんなくなったりして…(汗)。

 では最後に、この世界に触れることが出来たのを、風見ひなたさん・スタッフの皆さん
 に感謝しつつ、次回にお会いしましょう!!