東鳩SS偽伝 「獣」 投稿者:悠 朔
 "それ"はコードネームで「凶獣」と呼ばれた。
 "それ"は獣と考えるには人に近すぎた。
 "それ"は人と呼ぶにはあまりに凶々しく、またあまりに人間離れしてもいた。
 故に……人は"それ"を「凶獣」と呼んだ。

 澄んだ鈴の音が響いた。
 高く。
 軽く。
 涼やかに。

「行くぞ……」
 男は崖下を警戒しながら進むその不気味な姿を見据えながら、ぼそりと呟いた。
『どこへです?』
 ひとり言であったはずの男の呟きに答える者。
 男は凄絶な笑みを浮かべた。
「決まってる。苦界(クガイ)と六道(リクドウ)の敵討ちだ。あの「凶獣」に一泡吹か
せてやる……」

 また……澄んだ鈴の音。
 そして、男の姿はかき消すように消えた。

「EVER GRAYと……この天神(アマカミ)の名に賭けて! 必ずな!」



東鳩ss偽伝「獣」
                                 「 Soldiers 」

                            原作:風見 ひなた
                                (東鳩ss)
                                  著 :悠 朔



「永遠なる灰色?」
 ここは東鳩ssのスタッフ・ルーム。
 時刻は夕刻を迎え、その場に佇む二人は遅いティータイムを楽しんでいるところだった。
 いや、楽しんでいるのは片方だけで、もう片方にはその余裕はないらしい。呑気に「?」
マークを浮かべる志保に、綾香は厳しい表情で肯いた。
「我々は黒でも白でもなく、己の色として灰色を選ぶってリーダーが言ったのが始まりら
しいんだけどね……。あと黄昏って意味も含んでるらしいけど」
 綾香の説明によるとEVER GRAYというのは近畿方面ではかなり名の知られたハ
ンターチームであるらしい。
 個々の戦闘力がずば抜けたものであるのもさる事ながら、特に他を圧倒するほどの完璧
と言って良いチームワークには定評がある、まさに一流と呼ぶに足るハンターチーム。
 それが綾香の評価だった。
「それで? その黄昏さんがどうしたっていうの?」
「こっちに向かってるんだって」
 綾香の単純明快な返答に、志保は呑みかけていた紅茶を盛大に吐き出した。
「うわっ! ちょっとなにするのよ……。あやうく一張羅が台無しになるとこだったじゃ
ない」
 言葉とは裏腹に、綾香は無難に回避して見せた。恐らくあらかじめ志保の反応を予想し
ていたのだろう。
「じょ、冗談じゃないわ! ただでさえ十月に仕事取られて赤字続きだって言うのに、そ
んなのに来られたらオマンマ食い上げになっちゃうじゃない!」
 実際は営利団体ではない東鳩ssのこと。赤字続きといっても知れているのだが、気分
的に不愉快なのは確かだ。
「一月前に獲物を仕留め損ねて、それを追いかけてるらしいわよ」
「うっそでしょ〜。なんでこっちに逃げんのよぉ……。しかも一流どころが取り逃がした
奴ですって!? 最悪よねぇ。あ〜もう!! 化物でもなんでも手負いが一番やばい事に
は変わりないっていうのに〜」
 一通り騒いだところでふと、志保は気付いた。綾香の顔にどうも締まりが無い。簡単に
言えば真剣そうな顔をしていはするものの、目が笑っているのだ。
「ちょっと、なによその顔は……」
 綾香は一瞬「え?」と、意外そうな表情をして見せたが、志保の視線の鋭さに隠すのを
止めた。
「そんなに楽しそうに見えた?」
「ええそりゃもう。この状況で何が楽しいのかあたしにはわかんないけどね」
「決まってるじゃない……ここに新たな風が吹くって事が、よ」
 そう言って綾香は微笑みを浮かべた。
 出た賽の目を楽しむ女性は、新たな変化の予兆に心を躍らせていた。
 その変化がいかにして訪れるか、どれほどの傷を残していくか、それさえも知らぬまま
に。
「それでね志保。ここに面白い依頼書があるんだけど……」
 そう言って、綾香は一枚の紙切れを手に、意味ありげに微笑んだ。

 一月の間に三度……。
 三度の戦闘を敢行し、そのすべてに敗北した。
 暗闇の中、炎を前に、誰も話そうとしないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
 失ってしまった二人の仲間は、もう帰って来ない。その現実が重く、空席という形で眼
前に示されている。
「天神くん焦ってはいけません。焦りは隙を生むことになりますよ……」
 十代で構成されているEVER GRAYの中で、唯一人青年と呼べる容貌の男南星(ナ
ンセイ)。しかし実際の年齢は誰も知らない。ただわかっているのは数々の修羅場を潜り
抜けてきた歴戦の戦士であることだけだ。
 かつては指導者であったが、今は天神の最も信頼する片腕的存在となっている。
「わかっている……。わかっては……いるんだが……な」
「ともかく武器を揃えない事には始まりませんね。今の装備では"奴"には蟷螂の斧です」
 冷静な指摘だった。
 しかし理性は理解しても感情が付いてこない。
 失いたくなかった仲間。家族にも等しい、いやそれ以上の、誰よりも何よりも大切な、
掛け替えの無い仲間。
 それを奪い去っていったあの「凶獣」を今すぐ引き裂いてやりたいという衝動が、どす
黒い感情の波となって今天神の中で暴れまわっている。それを押さえつける事は容易では
なかった。あまりに失ったものが大きすぎる。
「……羅経(ラケイ)を苦しめますよ。感情を平静に保って下さい天神くん。……皆気持
ちは同じです」
 ハッとしたように天神は後ろを歩く青年を見やった。
 人の良さそうな、気の弱そうな青年。
 この中で最もハンターに向かない、けれどある意味において最も重要なファクターとな
っている青年だ。
「怒りは内に貯ためときな。今度"奴"に会う時にぶつけてやればいいんだよ」
 計都(ケイト)。
 苦界が死んだ今となってはチームたった一人の女性。
 計都とは災厄を司る悪星の名。その名が示す通りの激しい気性の持ち主だ。
 激しい怒りに囚われながらも、なんとか理性を保っている。膨らみ過ぎた風船と同じだ。
あとほんの少しのきっかけで爆発してしまう。
 ある意味において天神に最も近く、ある意味においては最も危険な爆弾を抱えた、チー
ムの最後の火力支援(アタッカー)。
 最初は八人居たチームが、今はもう半分だ。
「いつまで……いつまでこんな生活を続けなくちゃならないんだ……」
 羅経がポツリと呟いた。
「反閇(ヘンバイ)も大歳(ダイサイ)も、六道も、苦界も、皆死んだんだぞ! いつま
で僕たちは……こんな、こんな危険の中に居なくちゃいけないんだ……」
 血を吐くような叫びだった。
 誰もその問いに答えられない。答えがわからないからではない。答えるのが恐ろしい故
に、誰もが口を閉ざした。
「……これからは羅経に後衛(バックス)を務めてもらう。斥候(セッター)で遊ばせて
おく余裕はもうない」
「天神!!」
 羅経が睨み付けてくるのを、天神は平然と見返した。
「忘れるな……俺達は異端だ。生きていく手段は自ずと限られてくる。……無駄死にした
いならチームから出て行けばいい。俺は止めはしない」
 彼は常に無表情だ。
 ただ……ささやかな変化を示す時がある。それが今だった。
「怨むならこの世界を作った神か、弱い人間か……あるいは無能な俺か……。選ぶのはお
前だ。好きにしろ……」
 もしかしたら仲間の死を最も悲しんでいるのは天神かもしれない。その責を痛切に感じ
ているのも……。
「明日には隆山に入る。……それまでには決めておけ」
 立ち上がり焚き火から離れていく天神を見る三人に、様々な感情、感慨が去来する。
 誰よりも力を求めたのは彼ではなかったか?
 守りたいものを誰よりも早く失ってしまったのは彼ではなかったか?
 もう失いたくないと泣いたのは、彼ではなかったのか……。
 失ったものに泣いたのは天神だけではない。
 けれど、彼ほどそれを強く願っただろうか?
「天神!」
 たまらず羅経が声をかける。
 振り返った天神の顔は優しいものだった。
「明日は早い。早く寝ろ」
 そして澄んだ鈴の音を残し、天神の姿は虚空に消えた。

 どれほど時が流れたのか。
 目の前でチロチロと燃える炎。
 炎はいつのまにか消えかかっていた。白い炭の中でところどころ赤い燠火(おきび)が
顔を覗かせている。
 横たえていた身体を黙ったまま焚き火の方へにじり寄せ、薪をくべる。息を吹きかける
とわずかに火の粉を散らし、炎は少しだけ勢いを取り戻した。
 ――天神は……まだ戻ってきてない、か……。
 計都にとっては今の状態はさほど厭うものではない。
 ただ仲間を失っていく事が辛いだけだ。
 いや、彼女自身は羨んでいるかもしれない。死んでいった仲間達を。この苦しみに満ち
た世界から解放された者達を。生きる意味を問い続ける生から解放された者達を。
「ねえ南星……起きてる?」
 彼女達にとっては生きる事は苦痛以外の何者でもない。羅経の叫びなど計都にとっては
滑稽なだけだ。
 計都の呼びかけに南星は閉じていた瞳を開き、身を起こした。
「貴方はまだ戻れるんじゃないの? 貴方は私達と違う。人として生きる事が……」
 ――南星は私達とは違う……。チームの「メンバー」ではあっても……「仲間」じゃあ
ない。本当の意味で、南星は「仲間」と呼ぶには相応しくない。彼は「人間」だから……。
「私をのけ者にするんですか?」
 その思考を読んだかのように、南星が男臭い笑みを浮かべた。
「私もまた異端です……。悪魔に魂を大安売りで叩き売った地獄の住人。猛禽の爪と猛獣
の牙持つ無慈悲にして冷酷な、人の仮面を被った殺戮者……。それが私です。人を人とも
思わず……衝動の赴くままに、様々な形でいろんな人を殺してきました」
 いつもは静かに微笑んでいる南星の表情に憐憫が浮かぶ。
「思えば酷い事をしてきました……。私が自我をしっかり保っていれば、あんなことは起
きなかったのに……。私の手はもう血まみれなんですよ」
「……もう……戻れないの?」
 苦笑を浮かべ、南星は肯いた。
「考えてもみてください。今化物達がいなくなってしまえば、次に迫害されるのは誰だと
思いますか? ハンター達ですよ……」
 人は何よりも異端である者を嫌う。
 今は化物というはっきりした憎しみの対象があるからいい。しかし並の人間には化物を
倒す手段はないに等しい。
 その凶悪な存在を打ち倒す存在としてハンター達は容認されている状態だ。敵が居なく
なってしまえば普通に生きている者にとってはハンターは無用で、なおかつ目障りな存在
に変わる。化物を倒すヒーローから、人並外れた力を持ついつ何をするかも判らぬ忌むべ
き存在に堕ちる。
「私はここでしか生きていけない……。私の中で眠る修羅が普通の生活では満足してくれ
ない……。カッコ付けすぎですね、これは」
 また苦笑を浮かべる。
 その言葉に安堵する。
 その笑みに惹かれている自分に、計都は気付き始めていた……。

『お兄ちゃん……』
 それは現実の声ではなかった。
 現実に届くところに、その少女の姿はなかった。
 だから天神はその少女の姿を想像するしかなかった。最後に会ってからどれほど時が経
ったかすら、もう判らなくなっていた。
「聖哀(セリア)……」
 ――最後を看取る事すら……出来なかった…………。それさえも許されなかった……。
 満天の星空を見上げ一人佇む。
 正直自分でも暗い事をしているとは思っている。
 けれど人には思い出に浸る時も、また必要だ。
 己の半身。
 生まれる前から共にあった少女。
 そして……。
 隔絶された空間。
 人ではないものを見る目で自分を見る大人達。
 すべてが忌まわしい記憶と共にある。
 ――自分はまだ良かった。それでもまだ。
 多感な双子の妹。
 聖哀はどれほどの苦痛を味わっていただろうか。
 天神には想像する事しか出来ない。
 誰にもその苦痛を知らせず、悟らせず、ただ耐えて……ただ耐えて。
 逝った。
 夏の暑い日……だったろうか。
 それさえわからない。
 モルモットのために一定に保たれた環境では、それさえも知ることは出来なかった。
 ただ蝉の声が五月蝿く聞こえていた事だけは、よくおぼえている。
 しばらく何の連絡もない日が続き、それを不審に思いはじめた頃だった。
 周囲の人間に風邪を拗らせているのだろうと言われていた少女は、あまりにあっけなく、
静かに息を引き取った。
 気丈に耐えてきた心が、元々病弱であった肉体を少しずつ少しずつ壊していった。
 ――その苦痛にさえ気付いてやれなかった。
 せめて側に居たなら何かをする事が、苦痛を和らげる事も出来たかもしれない。しかし
現実は無情に二人を引き離し、二度と出会わせなかった。
「また……二人。お前の元へ行ったよ……」
『あそこの外は楽園だと思ってた。けれど現実は違う! 外だろうと中だろうとみんな同
じだ!! あの頃となにも変わっちゃいない!』
『私達は結局異端なんだ……。楽園なんてない! この世に存在しないのよ!!』
 六道と苦界はそう叫んで名を捨てた。
 羅経や大歳達も同じだ。
 天神だけ。
 天神だけが名を捨てずにいる。あるいは、捨てられずにいる。
 残されたのは名だけだった。
 すべてを失っていた天神昂希(タカキ)という少年と、天神聖哀という少女を結ぶ、唯
一の絆。
 捨てる事など出来るはずがなかった……。
「いつか……必ず。必ず皆が幸せに笑っていられる場所を作って見せる。……倒れていっ
た仲間のためにも。……彼らの分まで幸せを感じられるように」
 ――だからどうか……それまで見守っていてくれ……聖哀…………。


 隆山。
 廃都。魔都。聖地。
 様々な異名、様々な曰くを持つ現代に出現した魔界。
 生き残るために他者を蹴落とし、生き残る事に命を賭けなくてはならない矛盾の街。
 絶える事のない街の光は人の恐れの現われ。
 闇に潜むもの。
 異界より現われた化物。
 この世には人の驚異となるものが多すぎる。
 絶える事のない街の光は人の愚かさの現われ。
 光が輝きが増すほど、闇はその深みを増すのだから……。

「……それで? 僕たちに何を買えっていうんだい?」
 雅史は不信そうに店内を見渡してから綾香に問うた。
 非公認(アンダーグラウンド)の銃砲店。
 綾香が東鳩ssのメンバーを引き連れて来たのは、そういう店だった。
「なんでもどうぞ? 経費は会社持ちだし、欲しいものがあったら買っちゃっていいわ
よ」
 綾香は手頃なマシンガンを物色しながら、雅史の方を見もしないで答える。
「馬鹿にしてるのかい? 僕たちはハンターだよ!? こんな玩具に頼らないでも化物を
倒せる!」
「わ、私もそう思います!」
 雅史の言葉に葵が賛同したが、綾香は気にも止めなかった。元からそういう反応を葵が
示すであろう事は目に見えていたし。
 彼女は自分の拳に誇りを持っている。
 ――私と違って……って考えるのは、まだ早いかしらね?
「……こういったものを使えって急に言われても」
 困っているのは美加香と理緒だ。
 美加香は使い方のわからない銃という武器を前に困惑していたし、理緒は"経費会社持
ち"の言葉に、いかに使うかに頭を悩ませていた。
「お嬢さん……揉め事は店に持ち込まないようにして下さいや。警備保障の連中に見つか
ったりしたら大目玉を食らっちまう」
 店の親父は低く笑う。何故か暗がりにいるのが妙に似合う小男だ。
「ごめんなさいね。どうもこの子達良く判ってないみたいだから。あ、これなんかいいか
もね」
 言いながら銃を手に取る。純粋にショッピングを楽しんでいるようでもあり、また、も
しかしたらメンバーの反応に注意を向けていたのかもしれない。
「わかってないって……どういう事ですか!」
 雅史と葵の眼光をものともせずに睨み返し、綾香は平静に話し出した。
「プロなら……どんな時も生き残れる準備をするものよ。前回までのミッションのミスを
生かせないようなら、あなた達にハンターを続ける資格はないわよ」
 これはわたしが指摘されるべきことなんだけどね。そう前置きして。
「別に銃を撃てって言ってるわけじゃないわ。でも銃器は化物にまったく無効なわけでも、
扱いが難しいものでもない。パワーストーンの力を引き出す方がよっぽど危険ね」
 一瞬自嘲するような笑みを浮かべたが、それはすぐに消えた。
「役に立つと言ってもここに置いてあるのは銃器の中でも威力の大きい、言い換えれば扱
いの難しいものばかりなんだから、素人にいきなり使えなんてわたしも言う気はないわ。
けど、せめて煙幕とか閃光弾ぐらいは持っていって欲しいわね。……勇者は短命よ」
 せめて撤退時の目くらましぐらいは用意しておけ。そういう事だ。
 突然入り口から気のない拍手が響いた。
「なかなかの演説だったが……買い物をするには少々邪魔だな。できれば余所でやって貰
いたいんだが……」
 4人の男女は東鳩ssのメンバーを刺激しないように一応は気を使っているようだが、
だからといって遠慮する様子は見せなかった。
 思い思いに狭い店内へと散っていく。
 その中の一人が店主の前に立つと懐かしそうな笑顔を浮かべた。
「あんた……」
「今は南星と名乗っています。……おやっさん、お久しぶりです」
「ああ、ああ! よく無事で……」
 今にも抱き合って涙を流しそうな勢いだ。
「もう何年ぶりになる?」
「……それほど長くはないですね。1年経ちましたか?」
「なんの音沙汰も無くそれだけ姿を見せなきゃ、この業界じゃ死んじまったって事さ!
よく無事で帰ってきてくれた……」
 残りのメンバーは訝しげに南星を見詰めていた。
 "帰ってきた"という事は、南星はこの街の出身者だということだろうか?
 彼は自分の事を話さない。
 決して裏切らないメンバー。それで良かった。
 ハンターに過去はいらない。現在さえあればいい。だから誰も何も聞こうとしなかった。
「EVER GRAY……」
 綾香が呟く。
 畏怖するように。
「ほう……?」
 天神がその呟きに反応を示した。
「意外に有名なのか? 俺達は」
「こっちの情報網が優秀だと思ってくれればいいわ」
「なるほど……さすがは東鳩Security Serviceという事にしておこう。……おや?」
「天神……もしかして……彼女は……」
 天神、羅経、計都の視線が東鳩ssの中の一人に集中する。
 それは、
「まさか君……NE−510じゃ」
「呼ばないで!!」
 視線の先にいた少女――姫川琴音――は鋭い拒絶の声を上げた。
「その呼び名で……私を呼ばないでください……」
 同時に3人に納得の表情が浮かぶ。
「名前……教えてくれないかな?」
 羅経は優しく微笑んで、琴音に問い掛けた。
「姫川……琴音……です。これからは……そう呼んで下さい」
 自分を抱きしめるように腕を回しガチガチと震えている少女に、綾香と美加香、雅史が
EVER GRAYから護るように立った。
「そうか……君は受け入れてくれる仲間を見つけたんだな」
 天神はどこか安堵したように、反面寂しげな表情を見せた。あるいはそれは哀れみであ
ったか。
「嫌な事を思い出させてしまったようだな……。すまなかった。天神昂希だ。俺の名は昔
から変わっていない。こっちが計都、羅経だ。カウンターで話し込んでいるのが南星。
……なにか困った事があったら何でも相談に乗る。いつでも訪ねてくれ」
 天神は住所を控えたメモを琴音に渡すと、それ以上なにも言わず、店から出ていった。
「まさかこんな形で会えるとは思ってなかったわ。今はどうしてるかは……聞くまでもな
いか」
 計都が苦笑を浮かべる。
「結局私達にはこの道しかないのかしらねぇ」
 ハンターは血塗られた道だ。
 人のささやかな幸せを手にするには、あまりに過酷な職業。
 だからといって、他に受け入れてくれる場所など無い。
 彼女達が生きる場所は、所詮戦場にしかないのだ。
「生きていたらまた会いましょ。それじゃ、私はこれで……」
 計都が立ち去るのを見送って、羅経は僅か数秒、琴音と見詰め合い、そして……何も言
わないままに去った。
 少なくとも他人にはそう見えた。
「琴音ちゃん……あの人達はいったい?」
「昔……同じ所で生活していた人達です……」
 その一言で、美加香は思い出していた。
『挙げ句に精神病院に入れられて、毎日検査、検査、検査。動物のような暮らし、気の狂
いそうなただただ白い壁。言葉を喋る事も許されず、ときどき両親が部屋の窓から気味悪
そうに覗くのが見えて…それが、お見舞い。目が合ったら、慌てて視線を外してました…』
「じゃあ、あの人達……」
「はい。私と……同じ人達です」
 不意に涙が零れた。
「そしてたったひとつの支えでした……」
 涙は止まらないまま、床に零れ落ちた。
 他の仲間達の死を、彼女は知らなかった。
 浩之に早くに救い出され、受け入れてくれる者を得た彼女には知りようもなかった。
 何も言わずに涙を流す琴音に、仲間達はかける言葉を失っていた。
 ――それでいいです。
 今は慰めは欲しくなかった。
 それは失ってしまった友達のために流す涙であったから。

 EVER GRAY最後の一人が購入した物を受取って店から姿を消す。
 それと同時に、葵は弾かれたように店から飛び出した。
「葵!?」
 誰か……多分綾香であったのだろうが、その声にも躊躇することなく駆ける。
「待って下さい!!」
 大きな鞄を持った青年――南星――に声をかける。が、青年は気付かぬ振りをして足を
止めようとしない。
「まってください! ティ……」
「その名前は捨てました。……今の私は南星ですよ。松原葵さん……」
 間髪を入れず、南星は葵の言葉を遮った。
 その歩みは止まらない
「どうして……?」
 その問いにも答えない。
「どうしてなんですか?」
 南星は何も答えない。
「どうしてなんですか!」
 振り返る事もない。
 ただ去るのみ。
 葵の声さえ、彼を止める事はなかった。
 誰かのために死を覚悟した者を止める事は……誰にも出来ない事だった。


                                    <続く>
…………………………………………………………………………………………………………
朔「というところで前編は終了と相成りました。今回のこの話が東鳩ssデビュー作とな
 ります。『悠 朔』です。出てこられた方々〜。期待して下さい。みんな揃って不幸に
 なりましょう!!(爆)」

参考までに、パーティーの役割分担です。
EVER GRAYフルメンバー時               現在
主攻撃(ポインター)  1 天神              前衛兼主攻撃 天神
火力支援(アタッカー) 3 計都 六道 大歳        火力支援   計都
前衛(フォワード)   1 苦界              後衛     羅経
後衛(バックス)    1 反閇              側衛     南星
側衛(ウィング)    1 南星
斥候(セッター)    1 羅経

…………………………………………………………………………………………………………
次回予告!
 「凶獣」に決戦を挑むEVER GRAY。
 東鳩ssのメンバーはその時どう動くのか?
 南星が用意した秘策とは?
 そして現われる者達が巻き起こす嵐。
 己の力に翻弄された者達の行く末に何が待つのか……。

天神「忘れるな……俺達は異端なんだ」

次回、東鳩SS偽伝 「人」
 大いなるうねりに、流されながら……。