東鳩ss外伝『mission飛海月』 投稿者:まさた


穏かな空だった。
際立った気流の流れも無く、異常気圧にも遭遇しない。風も微弱程度で、積乱雲などの
航路の妨げすらなかった。まさに快適な天候だったと言えた。
「・・こんなんじゃ居眠りしていたって飛べるな」機長の軽口に副長が笑った。
「・・そうですね。こんな日は滅多にないですからね」そう言って副長は空を眺めた。
本当に静かな空だった。所々の真っ白な雲が、自分達の通る姿を見送っている様だった。

「・・・おや?」
最初に気付いたのは副長だった。ソレは何気無しに視界に映っただけだった。副長は自分
が寝ぼけているのだと思って目を擦ってみた。しかし、ソレが副長の目から消える事がな
いのを確認すると驚愕した。
「・き・・き・・機長、アレを見て下さい、アレを・・!!」
機長は折角の上機嫌をぶち壊されて、少し不快な思いをした。だから、鬱陶しげに副長の
指差す方向を見やった。
「・・・・何だ・・あれは?」
機長は目を疑った。何故、空の上空にこんなものが居るのか?と。いや、問題はそんな事
ではない。今はまだ小さく見えるが、次第に大きさを増している。つまり、我々はアレに
近付いて行っているのだ。しかも、目算からしても中途半端な大きさではない。
「・・ふ、副長! 進路を変更だ。大至急迂回するんだ!!」
これはヤバイ!そう判断した機長が叫ぶ。しかし、凍り付いた表情で副長が悲鳴を上げる。
「・・ダメです!!・・舵が・・舵か動きません。吸い寄せられています!!」
機長は自分の操縦桿を握り絞めた。上下、左右。だが、機体の進路は変る事なく、アレに
向って直進していた。
「・・・・馬鹿な・・」
機長は信じたくなかった。だが、自らの顔が強張るのが、どうしても理由が付かなかった。


その後、一機のジャンボ旅客機が、管制塔のレーダーから消失した。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

『・・アテンションプリーズ LNA855便は13:40に到着の予定・・』


館内放送がフロント内にこだました。天井の掲示版のパネルがカチャカチャと切り替わる。
それを見やる人、誰かとおしゃべりをする人、受付で何か尋ねている人、椅子で熟睡して
いる人、思い思いの人たちが、空港内で時間を過ごしていた。

「・・綾香さん、社長たちの飛行機は14:00到着の予定でしたよね」
便の確認をしようとパネルを見やりながら、松原葵は隣にいる綾香に声をかけた。
「そうよ・・でも、まだちょっと早かったみたいねえ」
来栖川綾香はウエーブがかた黒髪を跳ね除けながら応える。


綾香と葵は、東鳩ssの創設者にして社長である来栖川芹香、及びそのお付きして同行
している姫川琴音の帰りを待っているのだった。芹香は先週末から3日間、クリムゾンで
の会議に出席していた。「くだらない、時間とお金の無駄だわ」と綾香は毒づいていたが、
そんな妹を見て芹香は困ったような顔をしていた。「これも必要なことなんですよ」芹香
はそうしずしずと言うと、琴音をお供に会場に向ったのだ。もちろん、それは会議とは
名ばかりの、苦情処理でしか過ぎない。芹香はその為の生け贄なのだ。


綾香はそれを思い出しては、溜まったイライラに舌を打つ。そんな自分を自虐しながら、
大きく背伸びするとコキコキと首を鳴らした。
「ちょっと、お茶でもしよっか? ねえ、葵?」
綾香は悪戯っぽく笑って見せると、葵は「えっ? えっ? でも・・」と目を白黒させた。
そんな葵の堅苦しさも、見方によっては結構楽しい息抜になる。クスッと綾香は微笑むと、
葵を喫茶店の方向に向けさせると、ハイハイハイと背中を押して行く。
「まあまあ、堅いこと言わない言わない。息抜きだって必要よ、ほらほら」
「・・あっ・ちょっと・・あ、綾香さ〜〜ん」
葵は叫びをその場に残しながら、なし崩しに綾香と共に喫茶店の中へと消えていった。

その直後、掲示板のパネルが切り替わり、一機の飛行機の到着が未定になったことに、
二人は気付かなかった。

 ・
 ・
 ・

窓の外に見える景色は、なんとも殺風景だった。

青い空、白い雲、青い空、白い雲、白い雲、白い雲、青い空、青い空・・・・。

最初の頃は物珍しかった所為か、楽しげに見ていたが、それが単調な繰り返しとわかると、
後はただ退屈なだけだった。ふあぁと欠伸を噛み締める。こんな事なら無理言って窓際に
席を変えてもらうんじゃなかったと、琴音は我が侭を言った自分を恥ずかしく思った。

「・・え? 眠かったら眠っても構わないですよ、ですか? ・・いえ、大丈夫です、社長」
コクコクとうなずく芹香を横に、琴音は恥ずかしそうに答えた。すると、芹香はにっこり
と微笑みながら琴音に「無理しないで下さいね」と言って、手にした専門雑誌に再び目を
落とす。そんな芹香を見て、琴音はますます恥ずかしさに頬を赤めた。


会議の内容は酷いものだった。理性を失い一方的に捲し立てる首脳陣の面々。彼らも異様
な化け物達の恐怖や国民の苦情など、プレッシャーが掛かっているのではあろう。しかし。
(・・・あんなの酷すぎる・・酷すぎるわ)
それは、琴音でさえ顔を背け、耳を塞ぎたくなる内容だった。いっそのこと、逃げ出して
しまった方が、どれだけ楽なことかと思えた程だった。それでも、芹香はひとつ一つに
対して、キチンと丁寧に礼儀を持って対応していた。「あなた達が言う化け物とは、自分
達のことじゃないの」琴音はそう心の中で叫んで止まなかった。芹香を見る目が熱くなる
のをじっと堪えながら。


「・・何か飲み物でもお持ちしましょうか?」
琴音が顔を上げると、スチュワーデスの綺麗な笑顔がそこにあった。
「・・え? 何か貰いましょう、ですか? ・・じゃあ、私はオレンジジュースで」
琴音はそう頼むと、彼女はにっこりと笑うと「わかりました」とだけ言葉を添えた。琴音
はそっと横目で芹香を見ると、その視線に気付いた芹香と目が合った。慌てて視線を落と
す琴音。クスッと芹香は微笑むと、「無理しないで下さいね」と言って、再び雑誌に目を
落とした。
(・・・社長こそ・・無理しないで下さいね)
琴音は心の中で、この声が芹香に届きますようにと祈りながら呟いた。

 ・
 ・

『・・ポーン。この度は当飛行機のご利用、誠に有り難う御座います。当機は後30分程
  で目的地の羽田空港に到着致します・・・』

緩やかな機内放送が流れる。短いようで長かった三日間も、ようやく終ろうとしている。
琴音は残りのジュースを飲み干すと、カップを潰して簡易屑入れに押し込んだ。そして、
簡単な背伸びをして鈍った体をほぐす。横を見ると、芹香も肩に手を当ててほぐしていた。
「・・やっと、着きますね」
琴音はできる限りの微笑みを浮かべて言うと、芹香も微笑んで「そうですね」と答えた。
今までの緊張が一緒にほぐれた感じがした。
しかし、ややもしないうちに、再び機内放送にポーンという電子音が流れる。

『・・ただいま前方に、強い乱気流が確認されました。当機は安全の為、迂回した航路を
  取りますので、到着の予定に少し遅れが出るかも知れません。もう暫くの船旅を・・』

ふーっと疲れたような溜息が機内を充満した。どうやら、退屈な旅に飽き飽きしていたの
は、琴音達だけではなかったようだ。琴音と芹香は互いに顔を合わせると、力無く笑った。
溜息が出るのを押さえられない。「まいったな」と琴音は一人呟いた時、前の席で母親と
話している子供の声が耳に入った。
「・・ねえ、お母さん。お空にクラゲが浮かんでいるよ」
「・・ふふふ、マーちゃんったら。面白いこと言うのねえ」
「・・ホントだよ。ふわふわってクラゲが浮いているんだよ」
「・・はいはい、いい子だから、ジュースでも飲みましょうね」
琴音はそんな会話を微笑んで聞きながら、何気無しに窓の外を見た。
「・・・え?」
琴音は自分の目を疑った。だから、目を擦ってから、もう一度見てみた。
「・・・うそ?」

それは目の錯覚ではなかった。飛行機の斜め前方。浮遊する海月の姿が、確かにあった。
しかも、かなりその距離があるはずなのに、既に十円玉ほどの大きさがある。近付けば、
二〜三百メートルの大きさになることは間違いなかった。そして、この飛行機は、その
海月に向って斜め前方に器用に飛んでいる。いや、吸い寄せられているのだ。

琴音は驚愕して周りを見回した。まだ、この事に気付いている乗客はいないようだった。
しかし、よく見てみれば、通路を頻りに行き交うスチュワーデスの笑顔が、恐怖に引き
攣っているのが手に取るようにわかる。
「・・・社長!」
琴音は小声で芹香に素早く状況を話した。芹香はあらましを耳にすると、その顔を青ざめ
させたが、聞き終わる頃には鋭い色に輝く瞳に変っていく。
「・・はい。私達がやるのですね?」
芹香が頷くのに合せて琴音もコクリと頷いた。機内は暑くもないのに、何故か琴音の背中
に冷たい汗が流れ出た。

 ・
 ・

事体はかなり深刻だった。一触即発。いつパニックに陥ってもおかしくない。恐怖と絶望
が操縦室を支配していた。

真っ直ぐに操縦室に向った芹香たちは、途中、係員の女性に呼び止められた。だが、芹香
達が『SS』の人間だと知ると、挿るような瞳で案内してくれた。非公開組織とは言え、
SSの名前は水面下で有名だった。化け物が巣食うこのご時世の中、化け物狩りを名乗る
組織は幾つかあるが、その中で東鳩SSはAクラスである。知っている者も少なくない。

「・・駄目なんだ。操縦桿も効きかない。通信も入らない。計器まで狂っているんだ」
嘆きながら機長が訴えた。つまり、こちらからの行動は何も取れない、ということだった。
「・・それで、あとどれくらいであのクラゲまで辿り着くんですか?」
琴音はできる限り低い威嚇するような声で尋ねる。ビクンと体を動かした機長はタドタド
しい口調で、五分程度の残り時間しかないことを告げた。
「・・あと五分・・」
芹香たちでさえ顔が強ばるのを隠し切れない。芹香は機長に近付き、優しい口調で言った。
「・・・私たちに任せてくれませんか?」
「・・できるのか?」
「・・・最善は尽くします」
か細い声だがそこに含まれる気迫は並みではなかった。機長は気圧されて、視線を遮るよ
うに帽子を深く被る。どの道、選択の余地など無いのだ。
「・・頼む・・乗客の命を助けてやってくれ」
芹香はコクリと頷くと、琴音に目配せする。
「・・はい。いつでも構いません」
琴音はそう言うと、芹香の背後に回り彼女の腰を両手で抱えた。
「・・お願いですから、決して諦めないで下さい。私たちが必ず何とかしますから」
琴音の言葉に芹香もコクコクと頷く。そして、二人はその場から姿を消した。

機長は頭の帽子を脱いで胸に抱えると、それをクシャリと握り締めた。
「・・・神よ、願わくば、あの二人の少女を守りたまえ」
機長は祈るように呟いた。

 ・
 ・

巡航とはいえ、時速850kmで大空を飛行する機体は、まさに大空の支配者と言っても
過言ではない。風を切り裂き、機体の唸りを上げ、青空を突き進んでいく勇姿は、空の
住人の全てが畏怖する存在だったのかも知れない。時にしてふと思う。もし、彼らがその
大空の支配者の恐怖から逃れるためには、いったいどんなとこを考えるのだろうか?と。
もし、その恐怖から開放される為には、どんな手法を取ってくるのだろうか?と。

機体の頭部、操縦室の真上に芹香と琴音は現れた。そして、超高速の気圧が殴り付ける
ように二人を襲った。・・はずなのだが、緩やかな微風が二人の長い髪を、はためかせる
程度に過ぎなかった。事前に芹香の作り出した空気圧の壁が、二人に襲い掛かる暴風を
遮断しているのだ。

『・・・――ーーぉぉん うおぉーーぉぉん うおぉーーぉぉん』

壊れた汽笛のような呻き声が空を漂っていた。ねっとりと纏わり付くように、そして、
絡み付くように。それは、悲壮感に溢れた鳴き声か、いや、悪魔の誕生を祝する産声だっ
たのかも知れない。生ある者が耳にすることが許されぬ、そんな、呪われた叫びだった。

「・・・この鳴き声・・これが、この飛行機を引き寄せているのですね?」
琴音は悔しそうに海月を見ながら言った。琴音のチカラは知覚できるモノでないと、その
効力を発揮することが出来ない。音・光・熱・電波といった、形として姿が無いものには
役に立たないのだ。
「・・・いいのですよ。それより、琴音さんには、後で重要な役割を担って貰いますから」
芹香は苦渋する琴音ににこりと微笑むと、次にはケタ外れの闘気を伴って海月を睨んだ。
隣にいたSSの琴音でさえ、その芹香の闘気に、全身が震える程だった。

芹香は天に手を翳すと、光の軌跡を帯びながら印を描く。そして、それを何度も描くうち
に、琴音はふと奇妙なことに気付いた。何処からともなくやって来た烏が、芹香の隣を
平行して飛んでいるのだ。時速850kmの超高速で飛んでいる飛行機と並んで、その烏
は飛んでいるのだ。そんな、馬鹿なことがあって良いはずが無い。いや、あってはいけな
いのだ。
しかも、その烏は、その数を次第に増していった。数十、数百の軍勢が、いつの間に
かに自分達を取り巻いているのだ。
「・・・γ∪・・Ωυw・・ΓδΖ!!」
芹香が叫ぶと同時に、烏に異変が起った。一斉に「カーーッ」と叫ぶと、お互いに衝突し
合い融合を始めたのだ。烏たちは見る見るうちに溶け合っていき、その姿を巨大な化け物、
四つの翼を持つ二首二尾の怪烏へと変化させた。
芹香が振り下ろすように右手を海月へと向けた。
『クカァァーーーーッッ!!』
二首の怪烏は同時に叫ぶと、四翼を広げて羽ばたいた。怪烏は乱気流を作り出しながら、
音速を超えた超高速で、飛海月に向って飛んでいった。

「・・・凄い」
琴音は思わず息を呑んだ。黒魔術のチカラがこれほどとは思っていなかったからだ。実戦
に芹香が出てくることはまず無い。それだけに、琴音は芹香の実力を知ることが無かった。
以前、綾香が言っていた言葉が思い出される。
『・・私なんて足元にも及ばない。芹香姉さんの黒魔術は世界一よ』
まさにその通りだと思う。同じ特異なチカラを持つ者として感じるのだ。

ズズズーーーンという重低音が遠くから響いてくる。怪烏が飛海月に体当たりをしたのだ。
『・・うおぉーーぉぉん・・うおぉーーぉぉん』
飛海月の悲鳴が一層強く纏わり付いてくる。あの怪烏も飛海月の巨体に比べると、まだ
まだ小さく見える。バレーボールに野球の硬球が当るようなものだった。それでもその
破壊力は要塞のような巨体を怯ませるのには十分のようだ。怪烏が啄ばんで出来た飛海月
の傷口からドロリとした水分が流れ落ちる。それは、遥か下方の海面へと落ちて行き、
さながら滝のように大きな水飛沫を作り出していた。

芹香は休むこと無く、次の動作に移っていた。一気に畳み掛けるつもりなのだ。芹香は
素早く胸に付いていた黒猫のブローチを外すと、それを地面に優しく放った。ブローチは
緩やかな弧を描きながら、地面に落ちるとニャーと鳴いた。いや、ブローチと思っていた
それは黒猫とその姿を変化させ、その四肢で器用に着地したのだった。身体をほぐすかの
様に伸びをする黒猫。それは琴音の記憶が正しければ、芹香の飼っている猫のはずだった。
ふと、黒猫は気付くように飛海月を見やると、毛を逆立てて威嚇を始める。狩人としての
野生の血が、飛海月を獲物として捕らえたようだった。
「・・エーデルハイド!!」
芹香が鋭く言い放つと、黒猫はさらにその興奮を高揚させた。全身に薄っすらとした霊気
が漂うのが見える。
「・・Ληr・Λην・・qι∩mρ・・」
芹香が瞑府の印を結び呪い言葉の詠唱を始める。空間に亀裂が入るような破壊音が、聞く
者の精神を不安へと導く不協和音となる。それは、破壊・破滅・壊死・滅亡を表現する、
業火の唄だった。赤黒く燃え狂う火炎球が芹香の前に産み出される。鋼鉄をも溶解させる
灼熱の炎だ。
「エーデルハイド!!」
芹香の掛け声を共に黒猫が大きくジャンプした。それを目掛けて芹香が火炎球を放った。
ゴガガーーンとの轟音を響かせながら、黒猫を中心に爆発する火炎球。なんて惨いことを、
琴音が一瞬そう思い掛けた時だった。
「・・クキェーーーッッ!!」
甲高い鳴き声が辺りに響いたかと思うと琴音はその目を見張った。飛び散ったと思われた
その炎が、荒々しいの大翼を、美しい長尾を、朱雀の頭を、作り出しているのだ。
「クキェーーーッッ!!」
フェニックスだった。不死の肉体を持つと言われる火炎鳥。死海の淵から蘇りし誕生の
象徴。火炎鳥は再度高々に嘶くと、炎の翼を優雅に羽ばたかせた。そして、芹香が指差す
飛海月に向かって、火の道標を作り出しながら飛んでいった。

『・・うおぉーーぉぉん・・うおぉーーぉぉん』
この世界の全てを否定しているのか、自分自らの存在を呪っているのか。飛海月の姿は、
近付くにつれその凶々しい巨体を押し付けるように見せつけ、その嘆き声は、耳を塞いで
も体の心にまで響いて狂わせんばかりであった。
鞭のごとく振るう触手が、先に接触していた怪烏の体に絡み付いていた。もがき暴れる
怪烏は、その掻き爪で触手を引っ掻き、その嘴でカサを啄ばみ、飛海月の至る所に深手を
負わしていく。しかし、飛海月の触手にくっと力が入ると、怪烏は絶叫の叫びと共にこと
切れる。ボロボロとその体を崩していく怪烏は、元の烏の姿へと分散していく。それを
掬うように手足を伸ばす飛海月だったが、八方へ逃げ羽ばたいていく烏を捕まえることは、
例えその手が多くても難しかった。
だが、その時、ふと、飛海月の動作が停止した。いや、硬直したのかもしれなかった。
自分に向って突進してくる美しき火炎鳥の姿に心を奪われたのか。或いは、あらゆるもの
をもその業火で焼き尽くす力に恐怖したのか。何れにせよ、火炎鳥の存在に魅入られてい
るかのようだった。

一瞬のラグの後、飛海月が火炎鳥に触手を伸ばす。しかし、時既に遅く、火炎鳥はその
触手をなぎ払うと、飛海月の体を焼き裂く。発火を伴った横一文字の傷痕が飛海月の体に
付けられた。
「クキェェーーーッッ!!!」
火炎鳥は上昇しながら高々に嘶いた。そして、上空で大きく旋回すると、急降下の加速を
加えて、縦一文字の火文字を飛海月に焼き付けた。
それは、あまりに華麗だった。見るもの全てが息を呑み、その姿の美しさに、その力の
強力さに、魅入られる。大きさこそ怪烏に比べて半分程度だったが、生物としての強さは
比べること自体が間違っていた。

ズズズガァァァァァーーーーーンッッ!!!

飛海月の十文字の火文字が誘爆を起こした。爆音が天に轟き、空気を振動させた。爆発に
よる衝撃波が、芹香たちと機体を襲う。黒煙が飛海月を包み込んでいき、焼ける異臭が鼻
をつんと突く。もはや、飛海月はその体型を保ってはいなかった。引き裂かれたパーツが、
スロービデオでも見ているかのように崩れ落ちていった。

その直後、ガクリと足元の機体が動いた。楫が機長達の手に戻ったようだ。機体は炎上し
続ける飛海月の脇を、摺り抜けるように通り過ぎていった。もし、あと少し遅かったら?
との恐怖が、琴音の脳裏を過ぎっていく。

ドガアァァァーーーーーーンンッッ!!

後方に離れて行く飛海月が、もう一度大きく爆発した。それが、飛海月の最後だった。
「・・琴音さん・あれを!」
芹香が濛々とする黒煙の中を指差した。煙の中で身を丸めながら、ゆっくりと降下して
いく黒猫の姿。琴音はコクリと頷くと、今回の功労者である黒猫を引き寄せた。芹香は
縮こまった黒猫を抱き抱えると、そっと優しく頭を撫でてやる。黒猫が嬉しそうに身を
捩ると、芹香は黒猫が懐に大粒の宝石を抱えているのに気付いた。それは、紛れもなく
純粋の『ストーン』だった。
「・・にゃ〜〜」
黒猫が静かに鳴いた。それを見て、芹香と琴音が細やかに微笑んだ。
「・・・エーデルハイド、ありがとう」
芹香は可愛い自分の従者に顔を近づけると、そっと鼻の頭に祝福のキスをした。黒猫は
クシュンとくしゃみをすると、むず痒そうに鼻を前足で擦った。そんな反応が面白くって、
芹香と琴音はお互いに顔を合わせるとクスリと笑った。黒猫はそんな二人の思いなど知ら
ぬかのように、ふぁ〜と大きな欠伸をすると、気持ち良さそうに芹香の腕の中で眠りに
ついていった。

 ・
 ・
 ・

空港内のロビーはちょっとした騒ぎになっていた。報道管制が引かれ、雑誌の取材記者や
TVの解説者が、空港関係者に頻りと解説を求めている。あちこちで喧騒が聞こえ、泣き
喚く人、怒鳴る人、悲嘆する人たちなどが、険悪に空港会社を責め立てていた。そして、
新しい飛行機が到着するたびに、人だかりが右に左に移動しては、通行口を通る人たちを
質問攻めでもみくちゃにしていた。


「・・あっ、あそこです、綾香さん!」
葵は素早くその姿を見つけると、まだ気付いていない綾香に知らせた。無理も無かった。
乗客が降りてくるはずの出入り口とは、まったく別の管制塔の方から出てきたのだから。
「・・姉さん・・芹香姉さん!!」
綾香は我が目で姉の姿を捉えると、無意識の内に早足になっていた。それに、慌てて付い
て行く葵。綾香は芹香の前まで来ると、色々言おうと思っていた事があった。心配してい
たこと、無事だったのかと尋ねたいこと、何があったのか聞きたいこと。しかし、そんな
綾香の思いとは別に、芹香はにっこりと笑うとこう言った。
「・・お出迎え、ご苦労様。何か変ったことはありませんでしたか?」と。
綾香は思った。自分の偉大なる姉は、自分が考えているより、とてもしっかりしていて、
とても暖かいの人なのだと。そう思うと今までの心配事など、どうでもよくなってしまっ
た。そして、そんな風に考える自分が綾香は可笑しかった。
「・・お帰りなさい、姉さん。道中、色々と大変だったでしょう?」
微笑みながら言う綾香。
「・・いえ、何もありませんでしたよ。琴音さんも居てくれましたし、エーデルハイドも
  居てくれましたから」
芹香はそう微笑んで言うと、腕の中で寝ている黒猫を優しく撫でた。黒猫のくーくーと
いう寝息が聞こえて来る。

そう、何もなかったのだ。芹香たちは今ここに戻って来ている。乗客も全員無事なのだ。
それ以上に何があるというのだろうか?

綾香はそんな姉の姿を見てクスッと笑った。
「OK、わかったわ。でも、こっちには、姉さんにやって貰う仕事が、たんまりと残って
  いますからねえ」
綾香の言葉に肩を軽く竦める芹香。そんな、芹香を見て綾香がにんまりする。
「・・それじゃあ、まず。生還祝いに美味しい紅茶を嗜んで貰いましょうか?」
悪戯っぽく笑って言う綾香。芹香は困ったような顔をしながらも、細やかに微笑んだ。




                                              < 終わり >
========================================