東鳩ss外伝『mission火豚』 投稿者:まさた

『 EMERGENCY EMERGENCY 第一級警報が発動しました。職員は直ちに・・・』


ドゴゴゴオオォォーーーーーーーーーンンッ


激しい爆音に警報が掻き消された。熱波が爆風と共に辺りを瞬時に焼き尽くす。部屋を
飾っていた装飾品は勿論の事、大理石の床や柱、壁に至るまで、黒く炭と化していった。

「・・ちょっと待って下さいよぉ。何ですかぁ。あんなのアリなんですかぁぁ」
涙目に理緒が訴えた。咄嗟の判断で素早く身を隠したのが幸いしたが、一歩間違えば自分
も消炭である。あ、ゴメン。失敗しちゃった、てへ。で済まされる問題ではない。
『・・・大丈夫よ。いま奴のデーターをサーチしたけど、奴は熱爆発をするためにはしば
  らくチャージの時間が掛かるみたい。だからその間に倒して』
インカムの先から聞こえる志保の声。簡単に言ってくれるぜ、と雅史は顔を顰めた。


怪物のコードネームは「火豚」。全長3mの火炎玉を吐く豚である。全身岩の様な鱗で
覆われており、性格は獰猛。熱爆発なんて技もあると知ったのは、つい今し方だった。


「・・それで、志保。具体的には何分間が勝負なんだ?」
苛立ち気に雅史が叫んだ。
『ちょっと待って頂戴。・・・凡そ10分って所ね』
ややもって志保の返答が戻ってくる。
「10分か・・・それなら何とかなりそうだな」
雅史は親指の爪を噛んだ。

「よし、葵は牽制、僕が奴の動きを止める。理緒、隙を突いて奴に護符を叩き付けてくれ」
「はい」
「わかりました」
「速攻で片を付けるからな。いくぞ!!」

雅史達は合図と共に部屋の中に転がり込んだ。それに気付いた火豚が頭を動かす。火豚と
の距離は20m程。雅史は距離を縮めるべく突進し始め、葵と理緒が左右に分かれた。


「ブヒヒヒィィーーーッッ!」


火豚は咆哮し、駆け寄る雅史を睨んだ。口元がモゴモゴと動いている。1600度という
高温の火炎玉を作り出しているのだ。勿論、食らえば火傷どころの話ではない。そして、
雅史が辿り着くよりも早く、その火炎玉は完成したらしかった。火豚の顔が笑うように
歪む。と、その刹那、火豚の顔が衝撃で弾かれた。

「気功弾!!」
休む隙き無く葵の第二弾が火豚の顔に着弾した。火豚は堪らず嘶きながら後を引いた。
そして、体制を立て直そうと頭を振った時だった。
「・・遅いんだよ!」
一気に間合いを詰め寄った雅史が、右手に生出した光球を握り絞めた。バシュッと微音を
立てて光球は鋭い光の刃へと変る。それを雅史は火豚の右目へと突き刺した。

「ブヒヒヒヒヒィィッッ!!」 痛感に悶える火豚。
暴れ狂う3mの巨体が部屋を揺らした。そこへ間髪入れずに理緒が跳馬の要領で、火豚の
背中に護符を貼りつけた。火豚を背に、理緒が突き出した握り拳に、さらに力を入れる。
「破邪!!」
理緒の背後で火豚が轟音と共に爆裂した。火豚が口に作った火炎玉にも引火し、更なる
爆発に火豚は巻き込まれていった。爆風に飛ばされじと身を伏せるメンバー達。パラパラ
と塵が飛び、埃が舞う中、メンバー達は重そうに身体を起こす。

「・・・やったの・・かな?」 葵が不安げに呟いた。
その言葉に雅史や理緒の表情も曇る。
「・・そうあって欲しいよ」
雅史は呪わしげに唾を吐き捨て、火豚を取り巻く粉塵に目を凝らした。次第に煙が薄まっ
ていくに連れ、そのメンバー達の形相が強ばっていく。そこには、あって欲しくない姿が、
火豚の姿があったからだ。しかも、火豚の半身は爆風で吹き飛び、肉を見せ、どす黒い血
を滴らせながらも、残りの半身で身体を支えていたのだ。
雅史・葵・理緒の顔が蒼白になっていく。そして、更に。


「・・ブロロロロォォォォ・・」


熱爆発の合図だった。内なるエネルギーを外部へ一気に放つ恐ろしい技。一瞬にして焼き
尽くされた室内の恐怖が、雅史達の脳裏に蘇った。

「・・おい、10分後じゃなかったのかよっ!!」
絶叫する雅史の声がインカム越しに志保の耳にも届く。
『早くどこかに隠れて!!火豚の体内温度が急上昇しているの!ああ、もうダメぇ!!』
志保の悲鳴にメンバー達が驚愕した。瞬間、火豚は閃光を放った。


ドゴゴゴゴゴオオオォォォーーーーーンッッ!!


爆音と共に軽い衝撃波が雅史達を襲い、彼らは尻餅を着く程度に床に倒れた。決して焼か
れたワケではない。メンバーは全員無事だった。火豚の身体はもはや熱爆発に絶えられず、
外部に発散する前に内部爆発させてしまったのだ。飛び散る肉片は砂塵化して消えて行く。
そして、火豚の居た場所に宝石がコトリと音を立てて落ちた。


雅史達は呆けていた。事の現象が理解出来なかったのだ。ただ、一つだけ、はっきりと
分かることがある。それは、自分達は生きているのだと、言う事だった。
インカムにノイズ混じりで志保のメッセージが入ってきた。

『・・・おめでとう、雅史・葵・理緒。ターゲットは消滅。ミッションは無事終了したわ。
  あなたたちが無事で本当に良かった・・。あなたたちに勝利と幸運の女神の祝福あれ・・』

三人は言葉を聞いて初めて、自分達の勝利を実感した。だが、歓喜の言葉の代わりに口か
ら出たものは、大きく深い溜息だった。三人一緒になって。

 ・
 ・

志保はインカムを外すと、目を瞑って大きく背伸びをした。そして、香しい香りが自分の
鼻孔を擽るのに微笑した。

「・・ありがとう、綾香。今日は素直に頂いておくわ」
そう言って志保は、自分の前に出された珈琲の入ったカップを受け取った。

「・・ふふふ、私が親切をすると何かあるような言いぶりじゃない、志保?」
「あるような、じゃなくて、実際にあるじゃないの、綾香は?」
志保は鼻で軽く笑った。綾香はそれを面白そうに聞くと、悪戯っぽく笑って見せた。
「・・ふふ、たまにはね。でも、今日のコレは私からの感謝を込めてよ」
「わかってるわよ。だから、頂いておくのよ」
「あらあら、すっかり憎まれ口ねえ」

二人はお互いを見てふふふと細やかに笑った。そして、カップをカチッと合わせると、
勝利の祝杯を一足先に苦い味で味わった。