東鳩ss外伝『 一念木 』 投稿者:まさた


雨の隆山は暗雲のかかる闇だった。

ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・ドガァァァンンッ

雷鳴が天を駆け巡り大地を揺るがした。大木の裂開する破壊音が響き渡る。

ドシャッッ

二つに裂かれた大木は発火を伴いながら地面に倒された。しかし、激しく打ち付ける豪雨
の中、白い水蒸気を発しながらやがてその火は消えていく。その様を静かに見詰めながら、
少女はゆっくりと張り詰めていた気を開放させた。薄らと微光していた身体が元に戻る。

「・・・ふぅ・・また駄目だ・・」

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少女の来訪は決して半端な意志ではなかった。少女がそこを訪れた時、多くの者が嘲り
笑っていた。だが、彼らは直ぐに自分たちの愚かな過ちに気付く事になった。

「・・・次、お願いします」

男達は皆そこそこの強者だった。しかし、彼らは一人の少女を押し倒す事すらできずにい
た。少女は逸脱した強さを持っていたのだ。既に男達も遊び交えの取組などしていない。
真剣で少女を倒しにかかっていたが、決して結果が変る事はなかった。

「・・・だめ・・こんなのでは・・」

少女は自らを呪い呟くと、道場内に倒れた男達を振り返り見た。それは、少女の鍛練法の
一つだったが、何処に行っても自らの技量を十分に発揮する事が出来ずにいた。後には
もどかしさが残るのみ。少女は自分の力に満足する事がなかった。いや、出来ないのだ。

「・・・もっと強く・・強くなりたい・・」

ここにはもう何も得るものが無い。そう判断した少女が道場を出ようとした、その刹那。

――― ゾクリ !!

おぞましい殺気。醜悪な気配。心臓を鷲掴みにする重圧感。
少女の背中に冷汗が流れた。

「・・・お嬢さん、お強い人だのぉ。とてもお強い・・じゃが、その拳は泣いているのぉ・・」

「ほぉほぉほぉ」と隠居笑いをしながら老人が姿を現した。老人は隠居暮しが長そうで、
とても実戦とは無縁と思える。だが、この尋常ではない殺気は、少女の身を引締めさせた。

「ほぉほぉ・・そう身構えなさるな、お嬢さんよ。この殺気はお前さんの殺気。
  わしはただ、お前さんの殺気を跳ね返しているだけじゃよ。落ち着きなされ」
「・・・私の・・殺気?」

老人は唸るように肯いた。

「・・若さゆえか・・。お嬢さんはその拳の先に何を見ているのかのう?」
「・・・拳の先に・・ですか?」

少女は老人の言葉に自分の拳を見やった。幾万も繰り出して拳。物心付いた時から少女は
その拳を振るってきた。自らの向上心と満足感を、少女はその拳で勝ち取って来たのだ。
だが、その拳の先にあるものは何かと問われた時、少女の心は戸惑いと焦りに覆われた。
自らの拳の理由、それがもたらす行く末。少女が満足できない理由がそこにある気がした。

「・・ついて来なされ」

表に出る老人の後を少女は黙って付いて行く。道場の裏、山道の奥、二人が30分ばかり
登り着いた所は、山林の中で開けた場所だった。そこに年輪を感じさせる古木がある。
まるで、山の主のようなのは大きな古木は、その場所から世相を見てきたかのようだった。

「・・・これはのぉ、一念木と言うんじゃ」
「一念木・・ですか?」

少女は不思議そうに尋ねた。

「・・一念木は一生のうち一度だけしか花を開かせることが出来ない。
  そして、この古木は300年もの間、未だに花を咲かせていないんじゃよ」
「・・一生のうちに一度だけ・・」
「お嬢さんが花を咲かせることが出来た時は、己の拳の意味を知る事が出来るはずじゃ」
「そんな、花を咲かせることなんて出来るわけが無いじゃないですか」
「ほぉほぉ・・そうかのぉ?」

老人は悪戯っぽく笑うと、一本の別の木の前に歩み寄った。その木は花どころか葉さえも
付いていない枯木だった。老人はゆっくりと手を当てると、気を発散させた。

ドンッ

空が、大地が、空気が、震えた。少女の身体にも衝撃が走りぬけた。脱力感が襲う。

「・・あっ」

少女は立っていられずに、地面に座込んでしまった。そして、見上げた瞬間、その目を
見張った。枯木が息吹き始めているのだ。死んだ様な幹に生気が蘇り、蕾が生えて若葉を
作り、そして鮮やかな白い花を身に付けていった。

「・・あ・・ああ・・」

少女の目の前で枯木が満開になった。信じ難い事だった。

「・・・わしの拳は破壊力こそ無いが、物を活かす事が出来る拳じゃ。
  お嬢さんの拳は何の為の拳かのう?」

老人は優しく笑った。少女は老人の隠居笑いを聞きながら、木に咲く花をいつまでも魅入
っていた。

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少女は倒壊した大木を一瞥する。そして、自分の拳をじっと見つめた。

「・・・私の拳は・・・私の意味は・・」

打ち付ける冷雨がさらに強さを増した。佇む少女の姿が見えなくなる程に。