東鳩ss外伝『 嵐 』 投稿者:まさた


その日は風の強い日だった。
大型の台風が近付いているということで、商店街は早くから店じまいをしている。
学校の帰り道、私は馴染みのお店でなんとか閉まる間際に食べ物を買い付ける事ができ、
顔をほころばせながら帰路へとついていた。
嵐の所為だけではない、人々の心が何かに脅えている、そんな印象が強く感じられていた。

私はいつものように鳥居をくぐり、境内の隣の玄関に向かっていった。
私の家は代々からの神社だった。祖父のまたその祖父が、神宮の神主を勤めていたという
話を、私はよく聞かされた。伝統があるのにと父はよく嘆いているが、私にしたらそんな
昔話より、今の生活の方が十分深刻な問題だった。

「ただいまー。いま帰ったよー・・・・」

私が玄関の扉を開けると、刺激臭が私の鼻を突いた。顔を顰めて家内を見て絶句。荒らさ
れたの形容詞ではとても事足りない。台風でも通りすぎたかのように、破壊されていた。
そして、そこら辺りに飛び付いている大量の血痕。

「・・・なに・・これ?」

別の家に来たのではないかと考えたかった。だが、散らばる残骸が、私にとって馴染み
深いものの壊れたパーツだということが、否が応う無しに我家であるということを物語っ
ていた。
体中の血の気が引いていく。考えたくない不安が募ってくる。

(・・・うそ・・やめてよ・・冗談でしょう・・お願い・・)

私は足の踏み場を探しながら、家の奥へと入っていった。
ここは台所で、ここは洗面所で、ここは居間で・・・・
一個所ずつ確認しながら、私が境内の中に入ったときだった。

「――――ッ!!」

目を疑った。いや、見たくなかった。まるで赤ペンキでもぶちまけたような血の海の中。
寄り添うように倒れている人の影。
私は走った。途中、血に滑って転んだ。だから、這いつくばって行った。赤く汚れながら。
僅かな距離だったが、永遠の時間に感じられた。私がそこに着いたとき、私の顔は涙で
くしゃくしゃになていた。

「・・お父さぁあん、お母さぁぁああん!!」

私は抱き合いながら倒れている二人を揺すった。始めはゆっくりと。そして、今は激しく。

『・・・りお・・・理緒・・』

微かに父の唇が動いた。私は父に叫んだが、もはや私の声は聞こえていなかった。

『・・・タカヤマだ・・隆山の社に・・行け・・』

父はそれだけ言うと、ぷっつりと糸が切れたように、身体の力を失って死んだ。
私は、何度も呼んで、何度も叫んで、何度も揺すって、何度も叩いて、二人に生き返って
くれと懇願した。
だが、冷たい骸と化した二人は、そのまま二度と目覚めることがなかった。

 ・
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数日後、私は簡単な身支度をすませると、いつものように鳥居をくぐった。
そして、立ち止まると、振り返ることなく背中越しにこう言った。

「・・・お父さん、お母さん・・行って来るね」


それ以来、私はもう二度とその鳥居をくぐることはなかった。