東鳩SSジン・ジャザム外伝『血塗れの福音・序の章』 投稿者:ジン・ジャザム
 綺麗な瞳だった。
 不思議な瞳だった。
 色々なものを見つめてきた瞳だった。
 だから
 私は彼の側に居たかった。
 彼の瞳に映る世界を私も見たかった。
 それはきっと壮大で鮮明で
 閉じた世界に生きる私の知らない世界。
 ……そう。
 この檻を打ち砕いて
 彼の生きる世界へ
 彼の隣へ

 ……でも、その願いはきっと許されない。
 私の世界にも
 彼の世界にも
 そして

 運命にも


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 〜東鳩SSジン・ジャザム外伝〜

                 血

               塗 れ の

                 福

                 音


                  著 ジン・ジャザム
                  原作(『東鳩SS』) 風見ひなた

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              ――序の章――


 激しく降り注ぐ雨。
 激しく吹き荒む風。
 黒い雲に覆われた空。
 嵐。
 暗闇を光が走る。
 天より降る雷ではない。
 それは男の掌より放たれる光。
 雷哭。
 光はその名に相応しく、闇を裂く一閃の雷の如く、男の前方に動く影に襲い
かかった。
 光が、爆ぜる。
 男の放った気弾がその影に命中したのだ。
 閃光が暗闇を駆逐し、辺りを白く染め上げる。
 そして轟音。
 爆風。
 嵐の中で嵐が吹き荒れた。
 男は油断なく、光の向こうを睨む。
 その瞳には金色の煌めき。
 古来より金色の瞳は、人在らざるものを意味するという。
 例えば……鬼。
 そう、鬼だ。
 力ある者と彼の同族には分かるであろう。
 男は人の姿こそしているものの、決して人ではないことを。
 彼は鬼。
 エルクゥと呼ばれる最強の生命。
 彼はその力で数多(あまた)の敵を狩っていた。
 いや、それだけではない。
 先程、彼が放った気弾。
 『雷哭』と命名された破壊の力。
 それは『哭嘴(こくし)』の技。
 『哭嘴』とはその名の通り、死を告げる(告死)技。
 『四天姫護術』の流派の一つである。
 ……最強の躰と最強の技。
 この二つを兼ねるが故に、男は無敗であった。
 なのに
 彼の躰から流れる、この激しい雨の中で幾度となく洗われているのに、未だ
一向に止まる様子を見せない、紅い液体は何だ?
 胸を押さえた手の向こうに隠された、斜めに走る紅い筋は何だ?
 何が彼をここまで追いつめた?
 男の顔に苦痛の表情は浮かんでいない。
 だが、強者の余裕もまた、存在しなかった。
 ……光が、収まった。
 男は先程から、そちらから目を背けていない。
 そして彼はその視界に
「!」
 動く影を認めた。
 渾身の『雷哭』の一撃を受け、それでもなお動く影。
 それは……
「白い……化物……!」
 そう、白い影。
 九つの首を持つ、白い大蛇(おろち)。
 だが、その瞳だけが血のように紅い。
 その九つの首が、十八つの瞳が高速で男に迫ってきた。
「!!!?」

 轟ゥ……惨ッ!

 視界が紅に染まる。
 そして男の意識もまた、紅い紅い闇の中へと沈んでいった。
 ……男は薄れゆく意識の中で、白い化物の声を聞く。

『待っていろ、ジン……主(ぬし)は妾(わらわ)のものじゃ……。』



 ――数日後
    BAR『アルカナ』――

「ジンが……化物にやられた!?」
 カウンターに腰掛けていた優男が、クールな彼にしては珍しく、大きな声を
あげた。
 無理もない。
 今しがたこの場にいる仲間から、彼の相棒であるジンの失態を告げられたか
らである。
「奴が化物風情に後れをとるだと? そんな馬鹿な話があるか!……何かの間
違いだろう?」
 興奮したために、彼のグラスから乳白色の液体が数滴、こぼれ落ちる。
 酒ではない……ミルクだ。
 まったくの下戸であること、それが彼唯一の弱点であった。
「いや……間違いない。楓を通して聞いた話だからな。」
 興奮しているジンの相棒に、隣りに腰掛けている男が冷静に答えた。
 グラスをくいっ……と傾ける。
 ウィスキーが彼の喉へと落とされた。
 彼は下戸ではない。
「しかし西山!」
「まあまあ、落ち着きなさい……セリス。」
 なおも西山に食ってかかろうとするジンの相棒――セリスを、彼らの仲間の
一人、ダイが後ろから小突いた。
「『恋人』がやられて、心配するのは分かるけどね……いつものクールな君は
どうしたんだい?」
 からかうように微笑み、セリスの隣りに腰掛ける。
「誰が恋人だ、誰が!……ジンの強さはぼくが一番知っている。そのジンに不
覚を負わせるような化物の存在が信じられないだけだ。」
 憮然として答えるセリス。
「そう……問題はその化物だな。もしかして相当ヤバイ奴じゃないのか?……
っと、畜生!」
「ふっ……やーみぃ、下手くそですね。」
 今度はビリヤードに興じる二人組から声があがる。
 同じくセリスたちの仲間、やーみぃと風見ひなたである。
 ――この場にいるメンバーにジンを加えた六人。つまり、西山英志、セリス、
ダイ、風見ひなた、やーみぃ、そしてこの場にいないジン・ジャザムの六人は
チームである。
 ……何のチームか?
 それは彼らの今までの会話が教えてくれる。
 彼らは『ハンター』。『化物』を狩る者たちである。
 ……『化物』とは何か?
 それはこの世界に本来、存在しない命。
 世の法則から外れた『けがれ』である。
 化物は暴走し、人々を襲う。
 故に彼らのようなハンターの存在が必要なのだ。
 ハンターたちは超常的な力を以て化物に対抗する。
 そして、この六人の名を同業者の中で知らない者はいない。
 西山英志をリーダーに、最強のメンバーで結成されたハンターチーム。
 業界でも一流、いや超一流の『化物狩り』である。 
「そう……そのジンを倒した化物のことだが……UMAの奴に情報収集を依頼
してみた。」
 やーみぃの疑問に西山が答える。
「UMA? あの生意気なハッカーか?……また偏屈な男に依頼したもんだな
ぁ……。」
「でも彼の腕は確かです。……で、師匠。UMAは何と?」
 ひなたの問いに西山は真剣な表情になった。
 そして、一言だけ答える。
「『凌辱者』……。」
「!!!!!!!?」
 その一言はその場にいる全員を凍り付かせるのに充分だった。
 やーみぃが叫ぶ。
「『凌辱者』……最上級の化物じゃないか!」
「香港のハンター組合が全滅させられたと聞きます……。」
「しかも人の負の感情を極めて好む、色々な意味で最悪の化物……ふう。」
 ダイは溜め息を吐くと、グラスの中を空にした。
「ここに来ていたのか……で、ジンの奴はどうしている?」
 セリスが西山に尋ねる。
「ああ……今朝、傷が癒えると同時に奴を追いにいった。」

がつんっ!☆

 思わずセリスはカウンターに頭をぶつけた。
 クールな二枚目である彼にしては、珍しいリアクションだ。
「ば……馬鹿か、あいつは! 何で一人で追うんだよ!? おい、西山! 呑
気に酒飲んでる場合か! 早くジンを追わないと……」
 慌てるセリスを西山が制した。
「それは千鶴さんに止められた。」
「!……何で!?」
「『これはジンにしかできない狩り』らしい。他の者は手出し無用と。」
「ジンにしかできない狩り……? どういうことだ?」
「……さあな。だが、ジンの奴も同じことを言っていた……『これは俺の戦い
だ。』とな。」
「……ジン。」
 ジンが言い出したら聞かない性格であることは、相棒のセリスがよく知って
いた。ジンがそう言い出す以上、これはジンにとって大きな意味を持つことな
のだろう。セリスは黙る他なかった。
(ジン……もしかして、昔のことと関係があるのか?)
 心の内の問いに答える者は誰もいなかった……。


 ――同日の早朝
     柏木の屋敷――

「怪我の具合はいいんですか、ジン君?」
 黒髪の美女が、目の前に跪く男ジンに声をかけた。
「はい……見た目ほど深い傷ではありませんでしたから。」
 ジンは頭を上げないままで、自らの主――『鬼天の巫女』にして鶴来屋を統
括する女性、柏木千鶴の質問に答えた。
「そう。それで……追うのですね、奴を。」
「はい。あの白い化物……奴を倒さぬ限り、俺の悪夢は終わりません。」
 慇懃に、落ち着いた声で語るジン。
 だがその内に、決して止まることのない熱情が込められていることに千鶴は
気付いている。
 幼き日からずっと共にいた千鶴とジン。
 千鶴がジンのことで知らないことなど何一つない。
 千鶴はジンの総てを、そう、その想いすら掌握している。
 無論、千鶴はそのことを理解し、それ故にジンを自分の思い通りに操ること
ができるのだ。
 ジンが『哭嘴流』を継ぎ、千鶴の『姫護』に就いたこと。それは定められた
ことなのかもしれない。
「白い化物……ジン君の家族の仇ですね……。」
「俺の生まれた街を滅ぼした奴でもあります。」
 ジンの脳裏に幼い日の記憶が甦る。
 ……世界を炎と血が紅く染め上げたあの日。
 奴は……あの白い化物は、九つの口で俺を嘲笑った。
 ジンは拳を強く握った。爪が掌に食い込む。
 あのとき俺が生き残ったのは、俺の中の鬼が覚醒したため。
 幼いながらも鬼と化し、目の前の化物が燃やす命の炎を散らすため、襲いか
かった俺。そんな俺を、奴はまるで愛おしむかのような瞳で見つめ……
 俺の躰を引き裂いたのだ。
 死の淵に追いやられた俺は、そのとき初めて、奴の声を聞いた。

『待っていろ……主は妾のものじゃ……。』

 ジンの握り締めた拳から血が流れ落ちた。
 奴め!……あのときと同じ台詞を! ガキの頃に吐いた台詞を! 無力な俺
を嘲笑ったときの台詞を! 今の! 俺に!
「自分を失えば……命を落としますよ。」
 ふと、千鶴の穏やかな声がジンの耳に届いた。
 それでようやくジンは己を取り戻す。
「申し訳御座いません……。」
 頭を深く下げながらジンは内心、舌を巻いた。
 千鶴さんは本当に……何でも分かっている。
 あの後、死にかけていた俺は鶴来屋に保護された。
 おそらくは幼くして鬼を制御した俺に目を付けたのだろう。
 そして、俺は柏木家に預けられた。
 千鶴さんとはそれ以来の付き合いである。全てを見抜かれるのも無理はない。
 ジンは苦笑する。
 俺の命は今、この人のためにある。それが『姫護』としての俺の存在理由。
 だが、今は……
「お行きなさい。」
 千鶴がそう言った。
 ジンは思わず頭を上げる。
「十年以上も待ち続けた仇でしょう?……お行きなさい。貴方の悪夢を終わら
せるために。貴方が流した血、その果てに掴んだ強さのために。貴方が貴方で
あるために。貴方は貴方のために……白い化物を狩るのです。」
 千鶴が厳かに命じた。
 千鶴の言葉は、ジンの熱い激情に触れた。
 ジンの躰は歓喜のため、僅かに震えているようだった。
「ありがとうございます……!」
 そんなジンの様子に千鶴は思わず微笑んだ。
 ……本当に、分かり易い子。
 侮蔑ではない。
 千鶴は、この愚直なまでの情熱家を愛おしくすら思っていた。


 ――さらに数日後
      屋敷の庭――

 少女は独りだった。
 彼女を世話する使用人はいる。
 彼女の母親は幼いとき死んでしまったが、彼女を愛する父親がいた。
 端から見れば家柄のいい、何の不自由もない家。
 だが、少女は独りだった。
 病弱な彼女は、外へと出してはもらえなかった。
 彼女の父親は彼女を溺愛するあまり、彼女を自分の手の中から離したくはな
かったのだ。
 この広い、大正時代の建築を模倣した屋敷は、彼女を閉じ込める鳥籠だった。
 だから少女は翼を欲していた。
 この籠から抜け出し、自由な空へ羽ばたくための翼を。
 少女は夢見る。
 その無垢なる瞳で、そして無知なる心で外に広がる世界を。
 自らに訪れる運命も知らずに。

 少女の名は遊輝。

 この美しい少女を、十八つの紅い瞳が愉快そうに見つめていた。


                            白の章へ続く

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あとがき

ジン「ジンで〜すっ!」
遊輝「遊輝じゃ。」
ジン「二人合わせて、超龍神……(どごぉぉぉぉぉんっ!)」

 何かとってもアトミックバズーカーなツッコミ。

遊輝「やらすなぁ!」
ジン「ふっ……今時、漫才のひとつもできないでヒロインできるか、遊輝!」
遊輝「黙らんか、このたわけ!……たく、ようやく妾と主との関係が明らかに
なるというのに……。」
ジン「その通り! つーワケでお待たせしました! 俺と遊輝の馴れ初め、東
鳩SSバージョンです!」
遊輝「ようやく妾もまともな扱いを受けるか……やれやれ。」
ジン「……まとも?(くすっ)」
遊輝「……なんじゃ、その不気味な笑いは……」
ジン「はい、今後の展開っ(設定資料を渡す)」
遊輝「何々……(読んでいる。)……(顔が青ざめる)……こ、これはまた、
やたらとダークな展開じゃな(汗)」
ジン「だろ? というワケで注意。この話、かなりダークです。正直、救いは
ないと思います。覚悟して読んで下さいまし。」
遊輝「しかし、いいのかコレ? 主は救いのないダークなど駄作中の駄作と宣
っているではないか?」
ジン「仕方ないんだ……この話は『始まり』でしかないんだから。」
遊輝「始まり?」
ジン「そう、東鳩SS世界での俺とお前の長い闘いの始まり。言ってしまえば
『ベルセルク』の『鷹の団』編だな。絶望から始まる物語。足掻く者のための
物語。……俺とお前の物語はこの絶望からしか始まらないんだ。そして、この
絶望があるから、俺たちは一緒に歩くことが出来る。」
遊輝「……そういうものかのぅ?」
ジン「人が絶望に苦しむ姿を描きたいのではない。人が絶望の中ですら剣を手
に戦う姿を描きたいのだ。俺のダークの目的は『人間賛美』。それ以外の理由
でダークは書かない。」
遊輝「ま、真面目な話になってしまったのぅ(汗)」
ジン「はっ!……好きなダークものの話になるとついっ! まあでも俺が『ベ
ルセルク』を好きな理由もそこにあるな。うん。」
遊輝「確かに。あんだけダークな話なのに、読んでて気分が沈まないしのぅ…
…ところで(ピーッ)って『人間賛美』だと思うか?」
ジン「絶対違うが、それを論議し出すと濃い話になるので省略。」
遊輝「少々マイナーになるが、劇場版の(ピーッ)は?」
ジン「あれはキャラを殺して、お涙頂戴シーンを切り売りするだけの駄作……
原作は読んでないから知らん(原作は有名。)……って、この話止めよう。伏
せ字で好き勝手宣うのって卑怯だし(汗)」
遊輝「それもそうじゃな(汗)とにかく、そーゆーことじゃから、ダークでも
許してね☆……ちゅーワケじゃ。」
ジン「そういうことッス。一応、予定では四部構成。『序』『白』『赤』『終』
の各章になります。」
遊輝「本当は二部構成だったのにのぅ(『白』『赤』)……ところでジン。」
ジン「何だ?」
遊輝「この話……『序の章』の段階で、もうだいたいの設定が見えてくるんじ
ゃが……。」
ジン「ではまた会いましょうっっっっ!(汗×二億)」