東鳩ss 第二話「自分達すら見えない闇夜に」 投稿者:風見 ひなた
 >プロローグ

 空高くそびえるビル、闇夜を照らすネオンサイン。
 集団化することによって栄光を掴んだ者たちの楽園がここからは見える。
 哀れかな、その光輝たる成功に満足せず貪欲に至上を求める者たちの砂の城が。
 彼女はため息を一つつくと、夏の夜の息吹に身体を任せる。
 高層ビルの屋上には都会の煙にまみれた風が吹く。
 だがどこまで汚れようと風は風。本質は変わらない。
 人間達よ、気付いているか。自らの本質について。
 気付いているか、その明かりのあまりの暗さを。
 自分たちの作った世界の外にびっしりとたかっている闇に蠢く者たちの呪詛を。
 或いは自らの内に作ってしまった灯しようのない暗黒を。
 彼女には見える。
 人間としての本質を捨て、闇に混じりしその身なれば。
 目の前の街に広がる人の群、彼らの立つ地の強さ、彼らの内に紛れる闇の眷属、人を呪
う声、そして嘲笑。
 聞こえる、彼女が力を振るう時を乞いる声が。
 彼女は笑った。
 ならば、期待に応えてやろうではないか。
 駆けろ、舞え、そして踊らせよ我が眷属よ。
 自らの同胞に殺される恐怖を教えてやるがいい。
 汝等を闇に追いやった人間に死と猜疑と絶望を与えよ。
 それこそが我らの主の糧となる。

 彼女はビルの縁から宙に舞うと、空気を蹴って闇を駆ける。
 足下には人群の動き回る闇が見えるのみ。
 爽快な愉悦の中で彼女は眷属達を解き放った。
 たちまち遥か下の方から聞こえてくる叫び、怒号、混乱、悲鳴。
 殺し合え、人間達!
 だがその前に一つ訊こう。

 お前達は自分が見えているか?


 >Aパート

 ―東鳩SS事務所

「殺人事件?」と雅史が訊き返した。「そんなの僕たちの管轄じゃないだろう?」
 志保は目の前のメンバー達を眺めてみた。
 琴音、美加香、葵、理緒。
 口には出さないまでも一様に同じ疑問を抱えているようだ。
「ちょーっと説明の仕方が悪かったみたいね…」と呟いてから、彼女はどのように説明し
ようかと頭を巡らせた。
「事件が起こったのは一週間ほど前から。繁華街で三回ほど集団暴行事件が発生してたん
だけど…」
 琴音がそっと手を挙げた。
 志保はまだ説明途中なのに、とでも言いたげな表情をしたが琴音は構わず質問した。
「でも、毎日かかさず新聞読んでますけどそんな情報聞いたことありませんよ?」
 志保はちょっと頬を膨らましながら、
「そんなの報道管制がかかってるに決まってるじゃない!」と言い放つように答えた。

 多くの場合、化物がらみの事件においては報道規制されることが多い。
 市民の無用のパニックを避けるためであるが…それでマスコミが引き下がるのには、も
う一つ大きな理由がある。
 はっきり言って、ネタにならないのだ。
 なんせ世界中のどの都市でも一ヶ月に一度は必ず化け物がらみの事件が起こる。
 特に隆山市やサンフランシスコなどの都市ではその発生率も化物ランクも桁違いの数字
を持ち、専門用語ではこれらの化物発生特異点を「聖地」と呼ぶ。
 もちろんそんな危険な場所にでも住みたがる人間がいるのは、そこに来栖川の本社や様
々な企業の重要施設がある…という理由と、何らかの形で「外地」にいられなくなった者
がこの世には案外多い…という理由、そして住民に支払われる援助金(どこから出ている
か彼らが知ることはないが)は彼らの生活を補って余りあるものである…ということだ。
 「聖地」に警察組織は存在しない。
 より正確に言えば「外地」で幅を利かせている警察は存在しない。
 これらの都市はほぼ完全に自治運営されている。…ある程度の戦闘力を持つハンターを
核とした警備員が都市を守る。
 そして彼らの手に負えない「化物事件」と判断されたとき正規のハンター達…東鳩ss
であり、十月処理者派遣局である…が動き出すのだ。
 少しばかり脱線した。
 話を元に戻せば、そんな訳でいちいち化物事件をスクープしていては紙面が足りないし、
民衆だっていちいち感動したりもしない。大体乗せたところで政府や企業団体からおとが
めを喰らうだけなのだ。
 こんな逆境でも報道しようと考える骨のあるマスコミもおらず…かくして今日も一面に
はカルガモ親子のお遊戯が堂々と飾られている。

「………ってゆーお約束があるじゃない!忘れたの!?」
 志保は長い長い説明を逐えぜいぜいと荒い息を吐いた。
「志保、言わなくてもいい基本的な情報からの懇切丁寧な第三者に聞かせるような説明あ
りがとう」と雅史が幾分しらけたような表情で言う。
「ま、ね。ちょっとは感謝していいわよ」志保はけろりとして応えた。
 雅史は、はぁ、と息を吐いて首を振った。
 この女…皮肉も通じねーのか。
「あぁ、そうだったんですか。私全然知りませんでしたぁ…」と葵が感心したように言う。
 ………こんな馬鹿もいやがる。
 雅史は諦めて手を振ると志保に先を促した。
 志保は頷き説明を続け始める。
「いい?まあともかく、その集団暴行事件は自警団が到着した時点で沈静化したわ。残っ
たのはぐしゃぐしゃになった死体の山と呆けたような顔の加害者、怯えまくった傍観者だ
けね」
 雅史はごりごりと頭を掻いた。
「……それって、単なる集団ヒスじゃないの?」
 志保はくすっと笑った。
「突然集団発狂した民間人が素手の一撃で道行く他人を惨殺、沈静後に本人達には記憶な
し…どこが『単なる』事件なのよ」
 一言もんなこと事前に言ってないだろが…と雅史は思ったが、怒りを抑えて黙っておい
た。
「てなわけで二回までは自警団も見逃したみたいだけど、今回にいたってようやくあたし
たちに依頼を持ち込んできたってわけ…分かった?」
 一同は、はぁっと息を吐いた。
 志保の説明に疲れ切ってしまったのだった。
 ただ一人理緒だけがはーいっ!と手を挙げた。
「ほい、理緒ちゃん」とちょっと嬉しそうに志保が指す。
「えーっと、…………結局私達は何をすればいいんでしょうか?」
 我が意を得たり、と一同が頷く。
 志保は呟いた。
「がびーん」

 ―隆山市立公園

 へーのきは暇そうに空など見上げつつ、タバコを一服くゆらせていた。
「…………やることないなぁ〜〜〜〜〜」
「あるとおもうけどなぁ、たくさん」といささか呆れた調子でカレルレンが応じる。
 死んだ魚のような無気力な眼でただただタバコをぷらぷらとさせる。
 身体の奥底までリラックス…というか弛緩しまくっていた。
「だってめんどいからなぁ、今回の任務………いくら仕事がないからって何で調査依頼 
なんか引き受けてくるかな?」
「へーのきさんにかかったら封滅作戦だろうが追跡指令だろうが何でも面倒くさいんじゃ
ないですか」
 カレルレンのツッコミにへーのきはちっちっと指を振った。
「俺は戦闘はめんどうくさいんじゃない。……平和主義者なのさ」
 いささか聞き飽きた主張にカレルレンはちょっとばかり気を滅入らせる。
 まったくよくいうものだ、戦闘時にバーサーカーと化す男のセリフとは思えない。
「それを言ったら僕だって平和主義者ですよ。…………だからこそこういう非戦闘的活動
で活躍しなくちゃいけないんじゃないですか?」
 へーのきは大きな欠伸をして頭を掻いた。
「だって、こんな仕事してても意味ないからねぇ」
 カレルレンは呆れた面もちでこの先輩を眺め見た。
 或いはこの怠け癖のせいで来栖川警備会社を放逐された、というのは事実ではないかと
思ってしまう。
 当時を知る者はその名を聞いて、勤勉かつ有能な若き警備団第二分隊長の勇姿を思わず
にいられないというが………。
 どうしても信じられない姿である。
 へーのきは眠そうに目をこすった。
「雲を掴むような捜査よりも、公園のベンチで鳩と戯れてる方がよっぽど有意義だよ。ど
うせ時間が来るまでは動きようがないんだから……」
 カレルレンはそれで得心した。
 やる気がないのではなく、無駄な行動をするより体力を温存した方がましだと知ってい
るだけの話だった。
「にしても………『塔』の暗殺者ですか?」
 カレルレンが不平を言うようにその単語をぼそっと口に出した。
 瞬間、へーのきの表情が険しい物に変わる。
 それを見てカレルレンは反射的に体をすくませた。
「その名前を太陽が出ている内は口に出すな………命が惜しければな」
 へーのきの低いが威圧感のある声にカレルレンは顔色を失った。
 やはりこちらが本当のへーのきなのか。
 だが、それだけ言うと彼は再び公園で鳩に餌付けする暇人の顔に戻った。
 カレルレンはごほっと咳払いする。
「失礼しました……『アレ』のメンバーの捕獲ですか…………」と言い直す。
 へーのきは眉を動かすと、今度は発言を許諾した。
「そう………この街の………いや、世界の裏を支配する闇の最高団体………その構成員の
生け捕り。最悪に難しい仕事だよ」
「こう言っては何ですが………正気の沙汰とも思われませんね」
 ふ、とそれを聞きへーのきは少し笑う。
「あの局長もな………たかだか『聖地』の一ハンターが連中に喧嘩売ってどうするんだか」
「巻き添え喰うのは僕らですよねぇ。こんなこと局長やセリスさんには言えませんが…」
 カレルレンの前置きを聞いて、へーのきは苦笑するとカレルレンの口元に指を立てた。
「言えないことなら言わない方がいいよ」
 カレルレンはむっとしてへーのきの顔を見た。
 彼はゆっくりとベンチから腰を上げている。
「そろそろ仕事する振りしなけりゃ局長やセリスの旦那が牙生やすからね」      
 その後輩はちょっとばかりむくれた表情で彼に続いた。
 先輩の行動が保身的に映ったのである。
 まったくそのとおり、これは保身以外の何者でもなかった。
「へーのきさん、なんで話を逸らすんですか?」
 それに対する返答は、やはりちょっとばかりの苦笑。
「カレルレン、話なら今度ゆっくり聞いて上げるよ。……盗聴器の付いてない服でならね」
「え」
 カレルレンの顔がひきつった。
 へーのきはそれを見て快活に笑った。
「さて、いくか。セリスの旦那がかれこれ二時間も公園で鳩を太らせてやがるって怒って
くるからね」
 と、いうことはこの人は自分やカレルレンの服に盗聴器が付いていることを承知でのび
のびとしたさぼりの姿勢をとっていたのか。カレルレンと上司の悪口をくっちゃべったの
か。
 カレルレンは、今始めてこの眠そうな顔の先輩に畏敬の念を抱いた。
 くるっとへーのきが振り返った。
 びくっ、とついついカレルレンは立ちすくむ。
「そうそう、我らが親愛なるライバル東鳩ssの皆さんはいかがなさってる?」
 なんだ、そんなことか。
 カレルレンの顔に露骨に安堵が浮かんだ。
「先日からの連続集団暴行事件について捜査を行っているみたいですよ」
「なんだ」カレルレンの返答を聞いてへーのきはわずかに呟いたのみだった。「俺達と同
じ役じゃないか」


 >インターミッション

 ―『円卓』

「それで、あなたがたの動きは今回はそれで終わりですか?」と女性の声が訊いた。
 無言で頷き、返答する青年。
 眼の辺りまである前髪が揺れ、小さな音を立てる。
 そしてその下にあるのは冷徹なまでの理性をたたえた瞳。
「派遣者数わずかに一名、女性。目的は『共食い』………そしてハンターの攪乱。これは
信用に足る物なのですか?」女性の追求は続く。
「僕たちが信用なりませんか?」と青年が訊いた。その口元にはわずかに笑みが浮かぶ。
 女性に返答を許すこともなく、彼は続けた。
「………ご心配なく。僕の忠実な部下を付けておきました。いや、実に便利な奴でしてね
………絶好の操り人形ですよ」
 青年は実に愉快そうに言った。
 それを見て、女性の顔にわずかに嫌悪が走る………それはこの密談に出席している青年
と女性以外の者の邪推だったろうか?
 何にせよ、この女性が軽々しく人に嫌悪を抱くことはない。
「分かりました。では、計画の成功を願って」そう言うと、女性はとっとと席を立ってし
まった。やはり彼らの分析は正しかったようである。
「おやおや、もう少しここにいて下さればもっと面白い見せ物があったものを」楽しむよ
うな、からかうような口調。
 それが余計に彼女の怒りを誘うと知っているのに。いや、だからこそか。彼はそう言っ
た。
 ちらっと彼女はその顔を見ると、扉を急ぎ足で出ていった。
 後には三人の青年が残される。
「月島、彼女を刺激しすぎじゃないか?」ともっとも頑強そうな椅子に座っていた男が青
年に注意する。
 月島 拓也は軽く笑うと、ちらっと男を見た。
「そうは言うが久々野。僕なんぞはあの取り澄ました顔を見ていると、ついつい下品なジ
ョークでも掛けたくなるな」
 久々野 彰は、はっ、とその戯れ言を吐き捨てると月島を見た。          
「せっかく『秩序法典』の通りに計画が進んでいるんだ。彼女の機嫌を損ねるわけには行
かないんだぞ」
「そうかな?彼女はいくら機嫌を害しても僕たちには攻撃できないさ。何しろ『儀式』に
は君と彼女が……………」
 久々野はふん、と鼻を鳴らした。
 眉間に軽く皺が寄っている。
「分かっているさ。だが、抵抗できない女を虐めて喜ぶような悪癖は持ち合わせていない
んでな………お前と違い」
 月島はそれを聞いて笑い声を立てた。
 次第にそれは「爆笑」にすり替わっていく。
「見事な皮肉だね、久々野。結構……彼も君と同意見らしい」
 月島の言う『彼』とはもう一つの椅子に座っている男だった。
 冷たい目で月島を睨んでいる。
 彼こそは世界最強の暗殺組織『塔』の副総統岩下 信だった。
 普段は穏和で優しい男だが、今のその視線は敵意に濡れ輝いている。
 殺意を露骨に向けられた『塔』参謀長、月島拓也はにやにやとそれを楽しむような笑み
を浮かべている。この男は他人から受ける非難や害意を楽しむ嗜好があるようだった。
 或いはそれは万人への挑戦ととれるものであり、事実彼はチャンスがあればどんな者と
でも相対し、屈服させることが出きるだろうという絶対的な自信を持っていた。
 岩下は一言も発さず、ただただ黙って月島の顔を見つめるのみだ。
 そんな険悪な空気の中、総統である久々野はふん、と彼らを見て呟いただけだった。
 ただただ時間が過ぎてゆく。
 月島と岩下は膠着状態のまま睨み合っていた。
 それを打ち砕いたのはやはり久々野だった。
「で、月島。今回の作戦の成功は疑いないのだろうな」
 月島は不敵な表情を浮かべるとこくりと頷いた。
「僕の計画に穴など存在しない。…………僕の玩具は実に精巧なんでね」
 がたり、と岩下が席を立った。
 月島も久々野も制止はしない。

 岩下はシークレットルームを出ると、重苦しい空気の漂う中枢部から早足に遠ざかろう
とする。
 途中何人かの構成員に会い、そのたびに最敬礼を持って挨拶される。
 岩下は『塔』ではかなりの人気を得ていた。
 もちろん総統たる久々野のカリスマには及ぶべくもないが。
 彼が人気を得たのは、その実直で穏和、誠実な人柄による。
 副総統の仕事とは、詰まるところ総統の秘書官である。
 彼は多少堅物なまでの仕事への厳しさと寛大かつ公正な判断力により多くの部下達に好
かれていた。
 暗殺組織とはいえ、そこには当然秩序も必要である。
 いや、非合法組織だからこそ秩序はより締め付けるように必要とされるのだ。
 たかだか二十代前半で最下層からナンバー2の地位を得た彼は、世襲でトップの地位に
就いた久々野よりも下っ端の気持ちを分かっていたと言えよう。或いは、分かっていると
考えられたろう。
 岩下は根強い支持層を持っていたが、決して久々野には逆らおうとはしなかった。
 逆らってもかなわないを悟っていたのか、その人物像に魅了されていたのか、その職務
に異常なまでの情熱を注いでいたのかは彼にさえも分からないことだが。
 久々野からの信頼も篤い彼はまさに理想のナンバー2だった。
 部下にも慕われ、まさに岩下にとっては苦労への最大の報酬をあてがわれていたと言っ
ていいだろう。
 だがそれにも関わらず彼の心の中は空虚だった。
 何故だろうか、最近になって異常なまでの虚しさを感じるのだ。
 それは人恋しいとかそういった類のものではなく、あるべきものが欠けている、といっ
たものだった。何か欠けがいのないものが自分から抜け落ちているのだ。
 そして、確かに以前それを埋めるものはあるべき所にあった。
 しかしいくら記憶の戸棚を漁っても岩下にはそれを見つけることは出来なかった。
 岩下は心の底で、渇望と困惑に焦らされていた。
 そしてそれは何故か月島と久々野に失われたものにくくりつけた糸が直結しているよう
に思われるのだった。
 突如不安に襲われた彼は、直ちに信用に足る部下を呼び寄せて命令を出した。
 それは、一人の暗殺者の出動要請であった………。

 久々野は岩下が去った後の扉を眺めて息を吐いた。
「彼は優秀な男だが、常に側にいるとなると息が詰まるな」
 その顔をちらりと横目でみながら、月島が微笑を浮かべる。
「そうかな?僕などは彼の気付かぬ悲劇を思うにつれ笑いがこみ上げてたまらないがね」
 久々野は鼻から息を吹き出す。
 いかにも『趣味の悪い男だ』と言わんばかりに。
 すると月島は余計に嬉しそうに笑みを浮かべるのだった。
「まあ、僕にとっては彼は息の詰まる存在とはなり得ないね。彼は大事な人質を取られて
いるのにそれをすっかり忘れている……そんな喜劇をも演じているのだから」
 久々野は一層鼻白んだ様子で肩をすくめた。
「馬鹿なことを………もし彼が事実に気付いたときはどうなるか知っているだろうに」
「そのときは、始末するだけのことさ。前回と同じようにね…これで3回目かな?」
 月島が首を傾げる。
「4回目だ」と久々野が指摘した。
 ぽん、と手を打つ。
「ちょっとど忘れしていたようだ。そうそう、彼は3回僕が殺して、1回は君が殺したん
だったね」
「その記憶を思い出させるな!不快な思い出だっ!」
 月島がにこやかな笑顔を浮かべたのと久々野が怒号を上げたのはほぼ同時だった。
 やがてそのままの表情でしばし相対した後、月島はやんちゃ坊主が叱られた後のように
すごすごと座り直し、久々野は自分の行動にやや赤面した。
 久々野はずずと茶を啜って喉を潤すと、わずかに咳払いした。
「だが、もし自分が彼と同じ環境に身を置かれることを想像すると…寒気がするね」
 月島はやや意外そうな表情を浮かべた。
「君がそういう感情を持つとは意外なことだね。あの姫様とはもっと淡泊な間柄かと思っ
ていた」
 久々野は半眼で月島を見据えた。そしてそのままそっくり言葉をお返しする。
「月島、お前だって愛する妹を誰かにさらわれたならぞっとしないはずだが?」
 その言葉が走り出た瞬間、空気が凍り付いた。
 いつも笑顔しか現れない月島の顔には今や戦慄を禁じ得ない鬼気に満ちていた。
 彼の普段を知らない者が見れば現代に生きる鬼神かと思ったろうが、そのいつも被る笑
顔の仮面を知っているのなら人の心の闇をかいま見る事になったろう。
「そのときは……そいつを壊して、取り戻すだけのことさ……そう、瑠璃子は僕だけのも
の。絶対に渡さないよ……………誰にもね」
 さしもの久々野ですら、その暗黒にねとつくような声には悪寒を感じずにはいられなか
った。
 この男にだけは、火を付けてはならない。
 久々野はこのときそう強く認識した。
 その決意と同じくして、瞬間的に月島の表情は笑顔の仮面に覆われる。
「さて、そういえばたった今まで危険分子の存在を忘れていたね。直ちに消してしまった
方がいい……確か、長瀬 祐介………だったかな?僕の玩具に見つけ次第殺すように命令
しておこうね」
 だが、その口調は未だ暗黒に彩られていた。


 >Bパート

 ―隆山中央通り喫茶店『河豚風味』

「暇だね〜」
「そ、そうかなぁ…」
 美加香の呟きに、琴音がつつっと汗を流しながら応える。
 二人の前には紅茶とケーキが置かれている。
 しっかりと三時のおやつを堪能しているようだ。
「ねえ、なんでこのお店が『河豚風味』って言うか知ってる?」と美加香が訊く。
 琴音はイチゴショートを口に運びながら、首を傾げた。
 いかにも美味しそうに顔をほころばせる。
 美加香はニヤリと笑うと琴音に顔を近づけた。
「店長の趣味で時々ケーキにフグ毒が入ってるんだって」
 ぶっ!!
 美加香の顔面に純白のクリームがぶちまけられた。
「うひゃぁぁぁぁ!?何するのよ琴音ちゃん!」
「それはこっちのセリフっ!よりにもよってなんてもの食べさせるのっ!?」
「嘘に決まってるでしょうが!どこの世界にケーキにテトロドロキシン掛ける店があるの
よ!」
 美加香はハンカチで顔を、琴音は口元を拭いながら大声で絶叫しあった。
 なお、店の奥では店長以下ウェイトレスさん達が額に血管を浮かべている。
 隣に座っていた客はケーキに手も着けずに店から退出していった。
 そんなことは全く意にも介さない二人である。
「美加香ちゃんたら、冗談の質が悪いんだから…………」と琴音が憮然として言う。
「ごめんよぉ」と美加香が笑いながら応じた。
 そして二人はゆっくりと紅茶を啜る。
 美加香はなんとはなしに窓の外を眺めると、ため息をもらした。
「今頃葵ちゃんや雅史先輩は町中かけずり回ってるんだろうなぁ……」
「だから、私達も捜査しようって言ってるのに………」と琴音が呟く。
 美加香はそんな琴音を見て、はあっとまたまたため息をつくと首を振った。
「そんなの、全く無益じゃない。市が拘留してた連中は一人残らず死んじゃうし、現場に
は何の手がかりもないし………」
 午前中一杯、東鳩メンバーは警備団拘留施設や現場調査に走り回った。
 だが、残念ながら事件の加害者達は既に全員が故人となっていたのだ。
 むろん、自殺などではない…病死である。特に、衰弱死。
 事件直後、警備団に拘留された加害者達はその後すぐ衰弱を始めた。そして次の朝、警
備団員が見回りに行くと、既に死亡どころかひからびてミイラ化してしまった遺体が残る
ばかりだったという。
 遺体を解剖しても何ら異常は見えず、事件は混乱するばかりだった。
 現場には手がかりとなるものなどなく、この時点で美加香は琴音を連れて事件からとん
ずらした。これ以上の捜査は無意味だと判断したのである。
 その証拠に時々PHSに連絡が入るが、どれも当てのないものばかり。
 仕方なしに美加香と琴音以外は被害者の遺族を回ったはずだが、判ったのは市民達が不
意に周囲が狂暴化する恐怖に脅えているということのみだった。
「やっぱり事件が起こるのを待つしかないわね」と美加香は呟いた。
 琴音は物憂げな顔を向ける。
「でも、それって無能って事じゃないかなあ……頑張れば事件を防止できるんじゃ…」
「無理無理。今の状況じゃ手の打ちようなんかないって」と美加香がいささか投げやりな
調子で言う。
「そんなことないと思うけど………」
 などとまだぶつぶつ言う琴音に、不意に美加香は真剣な目を向けた。
「大体、防止してもそれがどうして防止になったと判るの?」
 琴音はきょとんとして…次いで、ハッとした眼になった。
 ようやく気付いたのだ。
「防止しても…収入にはならない…!?」
 美加香は頷く。
「そういうこと。あくまでも私達は営利団体。事件を阻止して、首謀者を倒さない限りは
事件は解決したことにならないのよ」
 琴音はいまさらながらにその非情さにぞくりとした。
 つまり、それは初めの一人を必要とする。
 誰かが被害を受けて始めて事件となり、それから動かなくてはならない。何をどうして
も犠牲者は欠かすことが出来ないのだ。
「………非情ですね」と琴音は呟いた。
「それが嫌なら、警備団に入団するんだったわね」と美加香は応え、紅茶を啜った。
 それから、ひょいと鞄を膝の上に載せた。
「行きましょうか。そろそろ動かないとさぼってるのがバレちゃう」
 琴音は慌ててティーカップを傾けた。
「ちょ、ちょっと待って美加香ちゃん!」
 美加香はそんな琴音をじーっと見ていたが、やがてぼそっと呟いた。
「………フグ毒が入ってるのって、ケーキじゃなくて紅茶だったり」

 一瞬後、二人の悲鳴が店内に響いた。


 >隆山裏町廃ビル屋上

 彼女はビルの屋上から街を見下ろしていた。
 今日もまた彼女は人間を殺さなくてはならない。
 正直に言えば良心の呵責を感じないということはない……。
 ときどき自分の行動について深く罪を感じる。
 無論それは暗殺者としてはあるまじき感傷であり、その点では彼女は明らかに不適格な
人物であった。
 だが、それでよいのだと彼女は思う。
 でなければ…自分に感情という物が存在していないのであれば、自分が戦う理由などど
こにもないのだから。
 彼女が戦うのは決して組織の為などではなく、あくまでも彼女が守らねばならない者の
為であった。
 それは一人の少女と一人の青年。
 全く無力な囚人と狂気にその身を蝕まれる暴君。
 だがどちらも彼女にとっては自らの身などより遥かに大事な者であり…そして彼女の生
きる理由そのものであった。
 彼らがいなければ今の自分など存在し得なかったであろう。
 それが良い意味でも悪い意味でも。
 彼らのためであれば、自らの手を鮮血で汚すことなどなんの躊躇もしない。
 そんな性格だからこそ、彼女は冷酷な暗殺者であった。
 ちらりと彼女は仲間を見てみる。
 いや…仲間とも言えない。彼女たちには「意志」というものが欠けているのだから。
 彼女たちには意志というものは存在しない。彼女の愛した男が消してしまった。
 その方が扱いやすいからだ。
 かくいう彼女自身さえあと少しのところで消されてしまうところだったのだ。
 だがそのときに目覚めた能力のおかげで彼女は消されずにすんだ。
 それでも彼女は彼を怨む気にも憎む気にもなれなかった。何故なら、彼は彼女にとって
の全能であるから。
 彼女は所詮は彼の前で人格を認められてはいないのだ。
 いや、彼女ばかりでなく彼は自分と自分が愛する者以外を全て「駒」としか見なしてい
ないのだから。それでも彼女は幸せだった。
 意識の外にあるよりはどんな形でも良いから彼の中に存在していたかった。
 振り向いてくれるなんて事は絶対にあり得ない。今までもこれからも。
 だけど彼女はいつまでも彼に付いていきたいと思う。たとえこの身が砕け散った後でも。

「いこうか…」彼女は呼びかけた。必要もないことだが。

 そして三人の乙女が街に舞う。
 太陽は沈み、月のない夜。
 闇夜の中で悪夢が始まる。


 >隆山中央通り

「なんだこいつらっ!」へーのきの警棒がサラリーマン風の男を打ち据えた。
 小さくうめき声を漏らし、男は倒れる……。
 カレルレンとへーのきは突然通行人達に包囲された。
 張り込みとして通りに立っていただけなのだが、気が付けば彼らは一般市民達の敵意の
視線に晒されていた。
 そして、男が口火を切って襲いかかってきたのである。
 へーのきは警棒を握りしめて市民達を睨み付け、牽制した。
「どうやら集団暴行事件の次の被害者は…よりにもよってハンターになりそうだな」
 皮肉げに低く呟く。
 カレルレンはごくりと唾を飲みへーのきと背中合わせに立った。
「どうします、へーのきさん?」
「………選択肢は三つだ」
 へーのきは警棒をきつく握りしめると、笑いながら呟く。
「一、こいつらを全員ぶちのめす。二、おとなしくこいつらに殺される。三……」
「救援が来るまで戦って戦って戦い続ける!」
「正解だっ!」
 へーのきは虎のような表情を浮かべると、精神のリミッターを取り外した。
 戦闘準備完了!
 その瞬間、群衆が叫びを上げて襲いかかってきた。
「おらおらおらおらおらおら!ハンターとてめえらの違いってもんを見せてやるぜ!」
 へーのきは戦闘に入ると凶暴性を増す。
 それによってストーンを制御しやすい状態に持っていくのだ。
「へーのきさん、殺さないで下さいよ!」
「ち、まだるっこしい!」
 カレルレンの声に舌打ちなどしつつ、へーのきは警棒を振りかざす。
 途端に正面にいた者たちがはじき飛ばされた。
 スピードこそないが、力は充分に乗った攻撃である。
「次はどいつだ!?」
 鬼神は来栖川警備保障時代からの愛用警棒をかざし牙を剥いた。


 >東鳩ss事務所

「よっしゃあ!みんな、ついに事件が発生したわよ!」志保は待機していたメンバー達に
告げた。
 不謹慎な話ではあるが、このとき一同は気合いを充分に込めていた。
 ようやく退屈な形だけの聞き込み調査から解放されるのである。
 気分が盛り上がらないはずもなかった。
「場所は中央通り3−14地区!今回は十月のへーのきとカレルレンが交戦しているわ!」
 思わず琴音は彼女たちの社長を見やった。
 全く戦闘に参加しないまでも、社長の決定は全員の意志。
 彼女の裁量でこれからの行動を決定せねばならなかった。
 芹香はすくっと椅子から立ち上がると、いつもは全く聞き取れない声を張り上げた。
「十月に協力して騒ぎを鎮圧させて後、迅速に騒ぎの元凶を関知、これを撃破しなさい!
関知は綾香に一任、残ったメンバーはただちに十月に協力すること!」
『了解っ!』
 琴音は美加香をみやってこっそりと呟いた。
「やっぱりうちって営利じゃないんだね」
 美加香は苦笑するしかなかった。


 >隆山中央通り

 戦闘開始から十五分。
 さしものへーのきにも疲れが見え始めた。
 なにしろストーンエネルギーを発揮させたまま闘い続けてきたのだ。
 低出力とはいえ、これは疲れる。
 大体から言って、普通は攻撃の瞬間だけエネルギーを使い、あとは休ませる…というの
が戦闘の基本である。だから長く戦うことが出来るわけだが、今回のへーのきの場合は波
状攻撃に晒されて休みなく警棒を振るっている。    
  これで疲れない方が異常であった。
 それに加え、へーのきは元々パワーはあるものの決して力の総量は高くはないというタ
イプの能力者である。
 ルーンは力の総量が高く、攻撃に使用するエネルギーも高いという高次元のバランス型
能力者だ。セリスは力の総量は高くはないが、エネルギーの使用に関して抜群のセンスを
持っている。UMAは総量が低くても使用エネルギーが小さい。カレルレンはあまり力を
使わないように戦うのが得意だ。
 つまり、へーのきは力の総量は高くもないくせに使用するエネルギーは異常に高いとい
う……極端に持久戦に弱い能力者なのである。
 感情を制御すると言っても限界がある。
 へーのきの戦闘モードは徐々に薄れつつあった。
「く…集中力が…まずいな」
 へーのきは独語しながら警棒でまたひとりなぎ倒した。
(どうする?このまま救援が来るまで待つか………それとも)
 やはり、この手段しかあるまい。
 へーのきは後ろでひたすら攻撃をかわすカレルレンに呼びかけた。
「カレルレン!こうなったら、一気に片を付けるぞ!」
「え!?一般市民にデスクラッシャーをかける気ですか!?」
 カレルレンの言いたいことはよく分かる。
 へーのきの本領は実は遠距離・団体戦にある。
 デスクラッシャーは離れた場所を一気に吹き飛ばす大技で……その破壊力はまさに脅威。
 これを撃てば市民達は跡形もなく消し飛ぶだろう。
 そして爆発に巻き込まれる二人もまた無事ではすむまい。
 だがそれでもここでなぶり殺しにあって果てるよりはましであった。
「カレルレン、悪いが……もう保たないっ!」
 そんな叫びを残し…へーのきは咆吼を上げた。
 ストーンを埋め込んだブレスレットが明滅し、やがて眩しいまでの赤い光を発する。
 激怒の赤!
 へーのきの感情制御によってもたされた怒りがストーンの周波数に呼応し、呻りを上げ
る。
 そしてその手に真紅の玉が浮かび上がる。
 これが目標に接触したとき、そこを中心に破壊の空間が完成する。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 咆吼と共に急速に大きくなってゆく光弾。
 だが、その瞬間に何か不吉なものがカレルレンの視界の中で動いた………。
 初めに倒したサラリーマンの身体が裂け、中から緑にぬらぬら輝く異形の『虫』が這い
ずり出て、へーのきに突き進んでゆく!
 へーのきはそれに気付かない………。
「危ないっ!」
 カレルレンがへーのきの身体を突き飛ばした。
 そして瞬間的に銃を抜き放つと、虫に向かって連射する。
  宙に浮かび上がる数本の熱線!
 それは信じられないくらい正確に虫の身体の中心軸を焼き焦がした。
 たまらず虫は地面に叩きつけられ………灰になり、からんと緑色の宝石を地面に落とし
た。
「これは……………!?化物!?」
 カレルレンは思わず驚愕の声を上げた。
 やはり一連の事件は化物の仕業だったのか………。
「うっ………く」
 へーのきの呻きに、慌ててカレルレンはその身を持ち上げた。
 無事ではなかった。
 どことなく生命感を喪失し、唇がひくひくと震えている。
「ち……デスクラッシャーの途中で失敗しちまったから……反動がきちまった………」
 弱々しくそう呟くと………へーのきは意識を失った。
 カレルレンはもはや自分に万策残されていないことを悟った。
 倒れたへーのきを庇いつつ残った連中をさばききるなど……自分には出来まい。
「万事休す………か」自嘲気味にそう呟いた。

 東鳩ssが到着したのはこのときだった。


「よし、二人を保護するぞ!」雅史の声に一同は軽く頷く。
 そして猛攻が始まった。
 カレルレンの叫びで事情を把握した東鳩ss陣は容赦ない攻撃を仕掛けていった。
 琴音が敵の動きを封じ、美加香と葵が体術で敵を捌いて、理緒と雅史がとどめを刺す。
 その間に後方待機する綾香は自分の額にバンに搭載された端末の生体接続端子を張り付
け、志保は端末のキーを高速で叩いていた。
 いつものおちゃらけた雰囲気を感じさせない真剣な顔で志保は作業してゆく。
 綾香の意識を魔力によって拡散させ、志保がそれを端末でデータとして捉える。
 漠然としか捉えられない綾香の情報を整合性のある情報として志保が組み直す。
 東鳩ss独自の魔法と科学の融合探査法だった。
 やがて志保の目の前のディスプレイがぱっと周囲の空間を三次元的に表した。
 さらにその空間内に細かい粒子が流れている……。
 ストーンエネルギーによる世界のゆがみがそこに示されていた。
 能力者とは、ストーンエネルギーによって世界を歪ませることで様々な現象を生み出せ
る者のことを言うのだから。
 そして歪みが一番顕著なのはもちろん目の前の東鳩ss陣であるが……。
「見つけた!」
 志保の指がキーに触れると、すぐ側のビルの外観が映し出される。
 その屋上に強烈な歪みが生じていた。
「みんな!おそらくあの雑居ビルの屋上からこいつらを支配している奴がいるに違いない
わ!」とバンのスピーカーが警告する。
「それ、間違いないんだな!?寄生虫が民間人にとりついて動かしてるだけってことは!?」
 雅史は振り返って大声で聞き返した。
「それはないわ!今すぐ屋上に急行して!」志保がさらに言う。
 葵はくっ…と傷ついた肩を押さえつつ呻いた。
「こんな状況でどうやって行くっていうんですか………」
 まさに多勢に無勢。
 いつどうやって寄生したのかは判らないが、通り中の人間が襲いかかってきていた。
「まさか隆山市全域の住民が寄生されてんじゃない………?」
 と理緒が物騒な憶測を口にした。
 五人にとってはここでひたすら敵を叩きつぶしてゆくので精一杯だった。
「うっ………私、もう…………」力を使い果たしつつある琴音が悲鳴を上げる。
 それが聞こえたわけでもないだろうが、敵が琴音に殺到してゆく。
 美加香は唇を噛みつつ、素早くその間に割ってはいると琴音の盾になろうとした………。
 そのとき信じられないような光景が展開された。
 琴音の前にいた男の頭が粉砕された。
 黄色い脳奬が飛び散り、地面を汚す。もっともこの混雑で電灯の光は遮断され、暗くて
見えはしないのだが……。
 さらに群衆は互いに攻撃を仕掛け、互いの身体を吹き飛ばしていった………。
 一体何事が起こったのか東鳩ssの面々は伺い知ることが出来なかったが……これを好
機と見ないわけがなかった。
 彼らは早速カレルレンとへーのきを回収し、ビルの屋上へと詰めかけた。


 >十月処理者派遣局

「今回の敵はどうも『パラサイト』らしいな」とルーンは言った。「人間の身体に寄生し、
ストーンエネルギーに反応してそれを叩きつぶそうとする習性を持つ…普通は寄生される
ことなんてないし、何もなければそのまま孵化せずに死ぬ弱い化物だ」
 セリスは腕組みしてその顔を睨み付けた。
「それで、どういうつもりだ?何故へーのき達を助けに行かせなかった?」
 ルーンは鼻で笑うとグラスに鮮血のように赤いワインを注ぐ。
 黄色がかった照明の中でそれを見つめているルーンは、中世貴族のような優美さを醸し
出していた。
「必要ないからだ、セリス」
「なに?」セリスは面食らったように聞き返す。
「必要ない、と言ったのだ。二人でそれぐらい切り抜けられないようでは十月には必要な
い」
 しばらくぽかんとしてセリスはその言葉を理解して行くにつれ、怒りを露にしていった。
「ルーン…貴様は何様のつもりだ!?局員を何だと思っている!」
 質問に答えずグラスをあおる。
 それから黙ってソファーに座っていたUMAを見やった。
「さて…UMA、お前は知っているか?」
「知ったことか」そっけなく返す。
 ルーンは両手を肩に掲げると、『お手上げ』をして見せた。
「だそうだ。俺にとっての局員はあくまでも部下でしかないし、局員達は自分たちがどの
ように扱われるべきか知らない。だから俺の好きなように使わせてもらう…そういうこと
だ」
 セリスは殺気のこもった目でルーンを睨み付けた。
 その怒りだけで周囲の空間が軋みをあげるように感じる。
「少なくとも俺は貴様の下僕になった覚えはない!」
 ルーンはそれに鷹揚に頷いた。
 さらにグラスにワインを注ぐ。
「そうか。次から忘れないように覚えておこう」
 ぎしっという悲鳴………確かにそれはセリスの周りの空間が軋んだ音だった。
 ルーンはそんなセリスに全く頓着しない様子でワインを飲む。
「どうした?お前は俺の指示に従っても、命令を待つ必要はない。下僕でないのなら、自
分の自由意志を行動で示せばいいだろう」
 それは二つのことを意味していた。
 一つにはセリスの行動が局員である範囲で行う行動を黙認するということ。そして、も
う一つはここに至っても断じて二人を助けに行くつもりはないということだった。
 セリスはもはや何も言わずに部屋を出る。
 そしてUMAもまた部屋を出ていった。

 一人残ったルーンは、グラスをただ弄びつつ独語した。
「そうとも、自由意志で行動できるというのは素晴らしいことだ。なあ、そう思うだろう?」
 その言葉は決してセリスに向けられたものではなく……ここにない他の誰かに発せられ
たものであった。


 >Cパート

 >隆山中央通り廃ビル屋上

 月のない闇の中に三人の少女が佇んでいた。
「来たわね…」彼女は呟いた。
 どうやら、下で十月の連中を救援にやってきた連中がこっちに向かってきているらしい。
 市民を操っていたのが自分だと目星をつけたのだろう。
 それは正解であるし、そして自分は彼らと戦うことを拒まない。
 いや、むしろ叩きつぶしてしまおうではないか。
 彼女にとっては…いや、あの人にとっては彼らは敵でしかあり得ないのだから。
「ねぇ、そう思うでしょう?由樹、美和子……」
 彼女の仲間は返事をしなかった。
 あたりまえだ、こいつらは自分の操り人形に過ぎないのだから。

 そして暗い暗い夜の中に五つのシルエットが浮かび上がる。
「案外遅かったわね」と彼女は呟いた。
 無言で東鳩一同は攻撃の態勢に入る。
 何しろあの気持ち悪い化物を操っていた奴だ、油断は出来ない。
 しばしどちらから話すこともなく、沈黙の帳が落ちる。
 表情を見せない三人の少女、緊張する東鳩チーム。
 そして先に帳の布を引き裂いたのは雅史だった。
「くらえっ!」叫びと共に足下にエネルギー弾が発生する。
 呻りをあげて闇を飛ぶ攻撃。
 が、少女はにっと口の端に嘲るような笑みを浮かべると、手を頭上にかざした。
 その途端、少女の横に立っていた娘がエネルギー弾に突っ込んでゆく。
「なにっ!?」と雅史が叫んだ。
 正気ではない。仮にもハンターの攻撃を身を挺して庇うとは。
 化物すらダメージを与える攻撃、生身の人間が喰らえば肉を引き裂かれて骨が砕けるだ
ろう。
 だが、雅史はさらにとんでもない光景を見ることになる。
 髪の長い娘がそれに振れた瞬間、ばしっという音と共にエネルギー弾が宙に拡散した。
「素手で弾いただとっ!?」雅史が驚愕の声を上げる。
(いえ、違うわ……手で弾いたんじゃない。彼女の表面にエネルギーの膜が見えたわ…)
 美加香はそう判断する。
 そんな解釈に関係なく、今度は髪の短い方の娘が突っ込んできた。
 そしてその目標は……
「え?え?」琴音は呆気にとられて目を白黒させた。
 後方に待機していた彼女は、とんでもないスピードで走り寄ってきた娘に気が付かなか
ったのだ。
「危ないっ!」理緒が叫んで体当たりを掛ける。
 二人はごろごろともつれ合って床を転がった。その上を空を切って拳が通り過ぎてゆく。
 一瞬闇がエネルギーの物体にぶつかる火花で照らされる。
 あまりのスピードに止まることを知らない娘は、そのまま屋上の入り口に突きを繰り出
した。
 閃光!そして轟音と共に、ぱらぱらと壁が崩れ落ちた。
 唖然として琴音と理緒は口を開ける。
 冗談じゃない。直接攻撃ごときであの破壊力とは………。
 しかも粉塵の中から現れた少女は、エネルギーの膜のおかげでさほど傷ついていないよ
うに見えた。
「うっそぉ………」さすがの美加香も腰がやや引けている。
 とにかく今ので敵の力量はわずかだが絶対的に知れた。
 スピード常人の三倍、パワー必殺技クラス、防御力並の化物以上。
 勝てるかこんな奴っ!
 少女は冷徹に笑うと、仲間二人に指示を出した。
「美和子!由樹の手伝いをしなさい!」
 言われた美和子は頷くと、こちらに向かって走り寄ってきた。
 由樹も埃を払いもせずこっちに突っ込んでくる。
 二人は拳を構えている………両側から殴られればそれで原形をとどめず砕け散ってしま
うだろう。
 もっとも………
「そうは簡単には行かないけどねっ!」雅史はそう叫ぶと、由樹の拳が迫るぎりぎりで腰
を落とし、攻撃を間一髪でかわした。
 そしてそのまま足を前にスライドさせる………。
 足払いをかけられ、由樹はそのまま床にもんどり打った。
 ほっとする雅史の後ろ側から美和子の拳が迫る。
「危ないですね!」横からとびだした葵のスライドキックで美和子もまたバランスを崩す。
 そこへ理緒のお札が叩きつけられた。
「爆っ!」
 お札から火薬を炸裂させたような爆風が撒き起こる。
 爆風は美和子を包み込んだ。
(お馬鹿さん!美和子と由樹に攻撃は効かないわ!)少女は余裕の笑みを漏らす。
 それは彼女の慢心だった。
 爆風で地面に積もり積もった埃が巻き起こり、風に乗って少女の視界を封じる。
「なっ…!?」
 そしてその煙幕の中から高速で二つの影が飛び出してくる。
「火辰裂鳳(かしんれっぽう)!」
「止まって下さい!」
 空間ごと凍結させるような束縛が少女の身に課せられ、ほぼ同時に腹から全身に伝わる
身体が弾けそうな衝撃。
 少女は声もなくのけぞった。
 完璧なコンビネーションからの、強烈な一撃。
 鍛えられた彼女でなければ今の一撃で失神している…。
(そうか、狙いは初めから……)
「あなたよ、化物使い」
 美加香の声にはっとして彼女は顔を上げた。
 琴音が息を呑む。
 まさか、人間が自分の念動力の網から抜け出すとは。
 精神力にしろ体力にしろ、並の人間を遥かに越えている。
 少女は美加香の顔を眺めて先ほどのセリフをよく咀嚼して…それから哄笑を上げた。
「化物?化物ですって?」
「違うとは言わせないわ。あなたが民間人にとりついた化物を支配していたんでしょう?」
「残念ながら大はずれよ」
 そう言うと、少女は嘲笑を顔全体に広げた。
「あたしが使うのは化物なんかではなく…」
 そのとき、確かに琴音は少女の頭の上に紫電が弾けるのを見た。
 同じく超能力者としてか…それともテレパスか、第六感か。
 とにかくそれが何か危険な能力であることに気付いていた。
 だが、それが判ったとして琴音にはどうしようもないことであった。
 少女の叫びと共に周囲に彼女の能力が発動する!
「あたしが使うのは、人間そのものよっ!」
 脳天を突き刺すような痛み!頭の中をかき乱す痛み!
 頭の中を何かが駆け回り、脳の血管一つ一つに至るまで埋め尽くし、破壊する!
 さながら水道管の中を水球が高速で流れてゆくような負荷が自分の頭蓋の内部で起こっ
ている!
 絶叫をあげ、東鳩チームはたまらず転倒した。
 葵、雅史、理緒、美加香。全員が意味のとれないわめき声をあげながら悶え苦しんでい
る。
 ただ琴音だけが地面にはいつくばり、痛む頭を抱えながら少女を睨んでいた。
「あなた…何をしたんですか…!?」
 少女は琴音に文字通り見下した視線を向けると、その頭を厚い靴底で蹴った。
 蹴り自身の痛みに加え、不可視の攻撃の衝撃を再び強く感じて琴音は顔をしかめる。
「あなたには耐性があったみたいね。これは電波の力。あの人があたしに与えて下さった
人を支配する絶対の力よ」少女はそう言い放った。
「電波………」琴音は目から自分の意志とは関係なく涙を流しながらおうむ返しに繰り返
す。
 少女は微かに笑みを浮かべる。氷より冷たい笑いだった。
「どうしてこんな雑魚をあの方々は恐れるのかしら……理解不能だわ。ともあれ」
 この場で殺して置いた方が良さそうね。
 心中で呟き、少女は電波の出力スイッチを強める。
 あの方の邪魔をする者全てに、死を。
 少女の能力は東鳩チームの精神を急激に侵食してゆく。
 あと少しで彼らの精神を完全に焼き切ることが出来るはずだ。
 肉体が生きていても…精神が砕ければ死と同じ。
(死になさい、東鳩ss!) 
 突然ジャミングがかかった。
 東鳩チームの痙攣が収まり、精神に鎮静が始まってゆく。
「そこまでだ、太田さん」
 少女は声のした方を振り向いた。
 幼さの残る顔立ちの少年が、崩れ去った入り口の奥に立っていた。
「祐介くん!」
 少年は少女の顔を見つめながら、ゆっくりと屋上に入ってゆく。
 目はどこか陰気だが、それでも湿ってはいない。確固たる意志を持った希望に溢れた目
だった。
「彼らをこの場で殺してはならない。そうボスの勅命が下ったんでね」
「あなたのボスは…久々野 彰と月島 拓也よ。それ以外にあり得ないわ。そうでしょ?」
 問いかけるというより自分に呟く、そんな震えた少女の声は祐介に皮肉な笑みを浮かべ
させただけだった。
「かつてはね」
「なら!」少女は勇気を振り絞るように叫んだ。「ボスの命令よ!死になさい!」
 叫びが終わらない内に由樹と美和子が突っ込んでゆく。
 華奢な少年の身体を打ち砕くべく、死神の鎌より鋭い一撃を繰り出さんがために。
 しかし彼の顔には未だ相手を喰った余裕が漂う。
「今のボスは紅だ!君たちは今や僕の敵なんだよ!」
 糸の切れた操り人形のように由樹も美和子も倒れた。
 琴音は徐々に回復してゆく知覚で、それもまた少女の言う「電波」の力なのだと知った。
 少女は唇を噛みしめると、きっと祐介を睨み付けた。
「祐介君!あたしはあなたを殺すわ!あの人のために!」
「それは…彼が狂っていると知っての事なのか?」
 祐介の声は青く燃えたぎる炎のような少女の声とは対照的に、落ち着いていた。
 少女はその眼にもまた青炎を宿らせて激情を抑え切れぬ声で少年を圧倒しようとする。
「そうよっ!あの人のためになら………あたしはこの命だって捨てられる!」
 だが少年は決して圧倒されることなどなく、呟いた。
「そうか。君も僕と同じく、狂っているんだな」
「あなたを、殺さなければならないっ!」それは悲鳴だった。
 少女は身体に張られた膜を輝かせると、祐介に飛びかかっていく。
 だが祐介は素早く飛び下がると瓦解した入り口に立った。
「太田 香奈子!君は僕を殺せない!君の相手はすぐ後ろにいるからな!」
「なにをっ…!?」
 香奈子の声は叫びをあげようとして、苦悶の声に変わる。
 エネルギーの膜は打ち破かれ、腹部から細い腕が生えている。
 それがあるはずのない所から生えた腕の、細い指先からは見慣れた色の液体が滴る。
 腕が引き抜かれる。
 香奈子は腹に風穴を空けたままゆらりと床に倒れる。
 祐介は哀れむような視線で香奈子を見ると、
「僕の仕事は終わった。……可哀想にな。もう君は二度と月島さんに名前を呼ばれること
はないんだ」
 そう言い残して入り口の闇の奥に消えていった。
 香奈子は全身の力を振り絞って体を起こすと、自分に致命傷を与えた者を省みた。
 無表情に由樹が血の滴る腕をぶら下げていた。
 そんな馬鹿な……香奈子は信じられない思いで由樹を見た。
 確かに祐介に電波を切られ、眠りに就いたはずではなかったか。
 精神の崩壊した者が勝手に行動するなどということがあり得るのか。
 由樹の向こうに、首をへし折られた美和子の亡骸が見えた。
 何故……こんなことが?
 香奈子は由樹の顔を見つめる。
 由樹はにまりと笑うと、歓喜に耐えぬと言った面もちで手刀を振りかざす。
 光の帯が走り抜ける。
 その首が切り離され、地面に転がる。
 スローモーションのように落ちた首が何度かリバウンドし、頭部を失った由樹は大量の
出血を伴って地面に倒れた。
 見上げれば一人の青年が立っていた。
 厳つい、間違っても善人には見えない顔立ちで、髭が深い。黒い暗殺服。手には短刀を
握っている。
 憮然とした表情でただ黙って立ちつくしていた。
「あなた……岩下の直属の……ウェイ………だったかしら?」
「そうだ。あんたを助けに来たが、間に合わなかったようだ」
 無愛想にそう答える。
 香奈子は内蔵を傷つけられていた。先はもう長くない。
 自嘲に満たされた精神の泉の中で香奈子はそれを漠然と認識した。
 その眼が突如見開かれる。
 倒れた由樹の身体が何度も何度も痙攣を始めた。
 それは次第に大きくなっていき………腹がぼこっと膨れ上がる。
 香奈子の鍛えられた精神ももはや度重なる事態に耐えきれず、彼女は悲鳴を上げる力も
なく顔を硬直させる。
 由樹の腹を食い破って現れた巨大な寄生虫がウェイに醜怪な口を向けてずるるっと飛び
かかってゆく。
「お前は正義ではないな」
 そんな声と共に短刀が煌めき、瞬間的にウェイは身をよじった。
 宿主を変えようとしてすかしを喰った寄生虫は、避けきれずに自らナイフに向かってゆ
く。
 巨大な寄生虫は体を縦に二つに裂かれ、もはや満足に動くこともままならずはね回った。
 取り出した布で体液を拭うと、黄色い軌跡を残しつつナイフを腰にしまう。
「悪は滅びた」
 その声と共に、巨大な寄生虫は宝石を残して塵と化した。
 香奈子は全てを理解して、失笑を禁じ得なかった。
 こみ上げる笑いに、理性が吹き飛んでしまいそうだった。
「そう、そうなの。つまりあたしの行動全ては無駄だったってわけね」
 ウェイは表情を示さず、頷いた。
「ああ。お前は寄生虫に寄生された者を電波で別の者に殺させていったが……その親玉は
お前の横で素知らぬ顔をして立ってたってわけだ」
「狼は仲間のハンターの振りしてたってわけね。道理で見つからないはずだわ」
 そう言うと、ふらふらと香奈子は鉄柵に向かって行った。
 ウェイは止めることもせず、ただ黙って見ている。
 やがて血のこびりついた手で柵を掴んだ香奈子は、振り向いて顔に不気味な笑みを浮か
べた。
「結局あたしのとった行動は何一つ報われはしないのね。あの人には振り向いてもらえな
かった。あの子は帰ってこなかった。使命は中座し、大失態を冒して…死んでゆこうとし
ている」
 香奈子はくっくっと腹の底から絞り出すように笑うと、焦点の合わない目でウェイを見
た。
「あなたは止めてくれないのね」
「お前は正義ではないのでな」
 それが香奈子にとってとどめとなった。
「そうね。あたしは、正義なんかじゃない。自分勝手なエゴイストだわ」
 笑いに顔を歪めて、香奈子は呟く。
「だけど、それは本当に悪いことなの?愛を求めちゃ、いけないの?あたしはただ愛され
たかっただけなのに」
 ウェイは何も言わなかった。
 言ったとしても、香奈子には届かない。
 既に香奈子は違う世界の住人になりかけていた。
「あたしは、愛が欲しかっただけなのに!」
 そう言うと香奈子は胸に掛けていたペンダントを引きちぎってストーンを掲げた。
 赤黒く輝くストーンは深淵の闇の中で香奈子の顔を照らす。
「笑わせないで…あなた達は何もわかっちゃいないわ!あたしの心も、あなた達自身が何
をやっているのかさえも!あなた達は他人を傷つけて生きているのよっ!」
 それは、誰に向けられたものであったのか。
 振り向かない月島に?その憎らしい妹に?自分を嘲弄した祐介に?自分を止めてくれな
かった由樹と美保子に?答えてくれない親友に?自分を断罪するウェイに?弱いくせに自
分よりあの人の心に住まう東鳩チームに?
 或いはそれら全員に?
「あたしは死にたくない!誰からも愛されないままで、死にたくなんてなかった!」
 そう叫ぶと。
 彼女は全体重を柵に掛けた。
 長年風雨に晒され手入れをされていなかった柵は耐えきれずにぽきりと折れる。
 そして香奈子は地上へとまっさかさまに落ちていった。
 何者にも聞き取れぬ呟きを残して…。

「哀れな女だ」ウェイは独語した。
「そうね。でも、本当に酷いのはあなたよ」
 背後に立つ殺気。
 ウェイは風を動かさずに振り向く。
 一人の少女が拳を堅く握り、怒りに身体を振るわせ立っていた。
「電波を受けてすぐに立てるか。ただ者ではないな」
「どうも、あたしも効き目が薄い体質だったらしいわね」
 黄色く煌めく刃、赤く輝く拳。
 お互いの攻撃はそれぞれの肩を軽く撫でる。
 美加香の肩が切り裂かれ、血が滲む。
 ウェイの肩が拳圧に裂け、血が吹き出す。
 一瞬の間をおいて、再び同時に攻撃が放たれる。
「正義よ、示されよ!」
「火辰裂鳳!」
 美加香の激怒の拳はウェイの短刀を捉える。
 存在自体にダメージを与える拳が短刀のエネルギーと拮抗し、ほぼ同時に弾き飛ばされ
る。
 スパークが散り、赤と黄色の光が一瞬闇夜を照らす。
「美加香………!?いやっ!」
「!?」
 ウェイはたっ、と風と同化した動きでさがると、美加香を睨み付けた。
「貴様、美加香ではないな!?美加香の姿を借りる者め、何者だ!」
「なんですって?」
 美加香は怪訝な眼でウェイを見た。
 ウェイは殺気すらこもった眼で美加香を睨んでいる。
「美加香はもはやこの世にいない……風見に殉じたのだ!奴の娘をも愚弄するか化物!」
「人を勝手に殺したり化物にしたりしないで下さい!私は赤十字美加香、東鳩SS社員で
す!」
 ウェイはぎりっと奥歯をすりあわせた。
 香奈子に対したのとではずいぶんとその対応に差があった。
「赤十字、だと?ふざけるなよ………貴様を、正義の名の下に誅する!」
 叫びをあげると、ウェイは短刀を振り上げた。
 だが、その瞬間短刀の刃は崩れ去り黄色いストーンは粉々に砕け散った。
 ウェイは舌打ちすると、短刀の柄を投げ捨てた。
「成る程、技も単なる裂鬼拳のコピーというわけでもないか」
 夜目に見ると、美加香のナックルにもひびが入っていた。
 しばらくこれは使えない。休ませないと、壊れてしまう。
 美加香は息を呑んでウェイの対応を待った。
「赤十字美加香。いずれその首、もらい受ける。それまで誰にも殺されるなよ」
 そう言うと、ウェイもまた屋上から飛び降りた。
 立ち直った琴音もまた美加香と共に駆けつけ、ウェイを探す。
 見ると、ウェイはゆっくりと重力を無視して降りてゆくところだった。
 二人は呆れて顔を見合わせると、ふうっとため息を一つ吐く。
 そして、どちらからともなく
「助かったね」
「うん」
 と呟くと………ばたっとその場に倒れ込んでしまった。


 >隆山中央通り

 意識を取り戻し、何度も礼を言いながら去っていくカレルレンとへーのき。
 綾香はそんな二人を見ながら缶コーヒーを啜った。
「結局、多大な被害が出ちゃったわね」
「それでも一応終止符は打てたわ」と志保が応じる。
 厳しい眼でディスプレイを睨んでいたが、やがてふっと胸をなで下ろした。
 綾香もそれを横から覗き見て、安堵の表情を浮かべる。
「何とか敵の親玉のストーンは回収、と。なんとか任務は成功ね」
「親玉を退治したから、市民に寄生してた子供達も全部死んじゃったわ。アレが全部孵っ
たらって思うと…冷や汗びっしょりだわね」
 うんうん、と綾香も頷く。
「なんとか精算もとれたし、めでたしめでたしよね」
 志保はそんな綾香に気付かれないように、白い眼を送った。
 彼女は知っている。
 精算がとれようがとれまいが、実績さえとれればどうだっていいということを。
 つまり、東鳩SSは営利団体でないということを。
 東鳩SSの真の目的は決して化物狩りでも金儲けでもないのだ……。
「志保?」綾香が振り向く。
「何?どったの?」と志保はにこっと笑いながら言った。
 綾香は志保の顔を見て、自分を納得させるように何回か頷いた。
「いえ、何でもないわ」

 闇は深く、手元を照らす光はなし。
 気付いているか、隣人の表情に。そして、自分の行動に。


 Mission2:「連続暴行事件鎮圧指令」COMPLETED………

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 次回予告!(未定)

 隆山温泉に出向いた東鳩チーム。
 だが彼らの今回の目的は湯治などではなかった。
 温泉で最近行方不明者が出るというのだ。
 無念の涙に泣き濡れつつ調査を開始する東鳩チームであったが、そこに忍び寄る黒い影。
 果たして奴の正体とは?
 おりしも十月も温泉旅行に訪れている!
 東鳩チームは無事に温泉に浸かることが出来るのか?
 そして、理緒はごちそうにありつけるのかっ!?

 次回!「大きな流れに身を任せながら」

 志保:「いやー、命の洗濯だわ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 …………どないしょ(汗)。