柏木家のお弁当づくり 投稿者:UMA 投稿日:10月31日(火)23時36分
「…っと、これで煮物は準備OKだね」
梓はキッチンで明日の弁当の支度をしているところだ。
明日は町内会のスポーツ大会の日で、柏木家も当然参加するのだ。
本当は楓と初音にも弁当づくりを手伝って貰う予定だったが、二人とも宿題が
あるらしいので、明日の朝の仕上げの段階から手伝うことになったのだ。

「梓ちゃぁ〜ん。お姉ちゃんが何か手伝おうかしら〜?」
と、そこへ千鶴が現れた。
当然のことながら千鶴は弁当作成チームから外されている。

「な、何の用だよ千鶴姉。弁当はあたし達に任せるって、この間決めたろ?」
梓のことを『ちゃん付け』で呼ぶ時は必ず何かある、と梓は思い切り警戒して
返事をした。

「うー…ん。そうなんだけどぉ…。せっかく耕一さんとご一緒するんだし、一
人だけお弁当作りに参加しないのって、悪いなーって思うのよ」

『いや、あんたが参加したほうが悪くなるって』と、梓は心の中で思うがクチ
には出さない。

「いいよ。千鶴姉はいつも仕事で疲れてるんだろ?だから、ゆっくりしててい
いんだ」
「でもぉ…長女だしぃ…」
なおも食い下がる千鶴。
姉妹だけで食べるなら『弁当?だったら梓、あなたが作りなさい』と、長女命
令を発動するに違いないのだが、耕一も一緒となると話しは違うらしい。
なお耕一は町内の人間ではないが、千鶴達の叔父にあたる耕一の父が夏に亡く
なったのでその代わりとして千鶴から呼ばれたのだ。ちなみに耕一は現在移動
中で、もう暫くすると隆山に到着する予定だ。

「ま、いっか。たしかにせっかく耕一も来るんだし、姉妹全員で弁当を作るっ
てのもいいかも…。千鶴姉がそこまで言うんなら手伝わせてあげるわ」
「本当?梓ちゃん、えらーい!」
「でも、千鶴姉に出来ることは…」
言いながら梓はキッチンを見渡す。

「どこを手伝ってもらおうか…って、千鶴姉。何を作ろうとしてるの?」
「えっと…ビーフカタストロフ…を作ろうかな、って」
気が付くと千鶴はまな板に肉をのせて切ろうとしていた。

「おい!それって、『ビーフストロガノフ』の間違いじゃないの?」
「あれ、そうだったかしら?」

『たしかに、千鶴姉が作る料理なら世界の破局くらい簡単に導けるような気も
するが…』

「…まあ、名前なんてどうでもいいけど…って、千鶴姉!それって鶏肉よね?
何で『ビーフストロガノフ』に『チキン』を使う訳?」
千鶴が今、まさに切ろうとしている肉はどう見ても鶏の手羽先だ。

「レシピ通り牛肉で作ってもつまらないでしょ?だから私流にアレンジしてみ
ようかなー、て」
「アレンジって、まともに作れないのにアレンジから初めてどうするのよ!そ
れにビーフストロガノフって汁っ気が多いわよね?そんなの弁当にどうやって
入れるつもり?」
「うー…んと、凍らせればOK、かな?」
「凍らせてどおするぅぅぅ!却下だ却下、やっぱり千鶴姉には料理は無理!!」
千鶴姉の発想の突飛さに目眩を覚える梓だった。

「えー…。梓ちゃぁん…。お願ぁい」
「駄目なものは駄目」
「おねがぁい」
「駄目っ!」
「どぉしても?」
「うっ…!」
千鶴は最後の『も』と同時に鬼の力を解放し、金色の眼で梓を見据える。その
眼は『私に手伝わせなさい。さもないと命を狩るわよ』と、語っていた。
たかが弁当づくりを断っただけで半殺しにされてはたまらない、そう判断した
梓は、

「わ、わかったよ!でも…」
梓はキッチンを見渡す。
厚焼き卵や鳥の唐揚げは明日作るし、手間のかかりそうな煮物やハンバーグの
下ごしらえはすでにもう終わっているのだ。

「…うーん、ごめん。よく考えたら今はもう手伝うことってないんだわ」
「え、そうなの?」
「だから、明日の朝手伝ってよ。明日は楓と初音も手伝ってくれるから、みん
なで作ろう」
「うん、分かったわ。じゃあ、梓も早くお休み」
「後かたづけが終わったらあたしも寝るから、千鶴姉こそ早く寝なよ」

・
・
・

そして次の日の朝。
「梓、おはよう」
「おはよう。早速だけど、千鶴姉はおにぎり握って。御飯はジャーに入ってる
から」
梓は卵を焼きながら千鶴に指示を出す。
ちなみに、楓と初音はすでに起き出しており、各々の役割分担に従って弁当の
おかずを作っていた。

「分かったわ、おにぎりね」
千鶴はキッチンの隅にあるジャーへと向かった。

『さすがの千鶴姉でもおにぎりならまともに作れるだろう。っていうか、変に
 なる要素ってない…こともない!!』
梓は一瞬だけ安心したが、千鶴がおにぎりの具に何を入れるのか心配になって
きた。

「千鶴姉。分かってると思うけど、おにぎりに変な具を入れるなよ」
「変な具、って?」
「たとえば、フルーツとか…って、ここにあったミカンの缶詰は…ああっ!!」
梓は、今まさに千鶴が握ろうとしている御飯の中にオレンジ色の物体を発見し
た。当然のように千鶴の近くにはふたの開いたミカンの缶詰がある。

「ち、千鶴姉!!おにぎりにミカンなんか入れるなぁぁぁ!!」
「ええっ?でも、栄養のバランスが…」
「バランスはほかのおかずで補う!それに、そのミカンはタッパに入れて食後
のデザートにする予定なんだよっ!!」
「でも、御飯とオレンジって以外とイケるかもよ?」
「イケててもあたしはいらない!おにぎりに具は梅干しでいいからっ!ふう、
まだ1個目でよかった…。あ、今作りかけてるおにぎりは、千鶴姉の朝ご飯だ
からね」

・
・
・

「…ふう、あとは冷ましてお重に盛りつければOKだな。みんなはどんな感じ
かな…?」
最後の揚げ物を終えた梓は、他の姉妹の進捗を見る。
楓と初音の二人はもう、ほとんど終わりにかかっていて、盛りつけ方を話し合
ってるようだ。

「で、千鶴姉は…。あれ?おにぎりこれだけしか握れてないの?」
千鶴の前には、1個しかおにぎりが並んでいない。今握ってるのを含めても2
個だ。
時間的に考えれば、梓なら10個くらいは握れそうなものだ。
不審に思いながら梓はおにぎりの一つに手を伸ばす。そして、手に取ろうとす
るが、手を滑らせてしまっておにぎりを落としてしまった。

ごとっ!!

するとおにぎりは、おにぎりらしからぬ轟音をたてて床にめり込んだ。

「え?『ごとっ』?」
梓は恐る恐る、落としたおにぎりを拾い上げる。

「…重い…」
そのおにぎりは見かけは普通のおにぎりだが、その重量がハンパじゃない。
中に何が入っているのか心配になった梓が二つに割るが、なかなか割れない。
凄まじく堅いおにぎりだ。
梓が鬼の力を80%ほど解放してようやく二つに割ると、もはや米粒が原型を
とどめていないほどにつぶれていた。
どうやら千鶴姉が鬼の力で思い切り握った産物のようだ。

「…千鶴姉?」
「なぁに、梓ちゃん。どうかな?お姉ちゃんの自信作のおにぎりだけど」
「ど、どうかな…って、こんなもん食えるかぁぁぁ!」
梓は叫びながら超人硬度10のおにぎりを千鶴に突き返した。その声に驚いた
楓と初音はキッチンの隅の方で震えている。

「ええ〜っ、自信作なのにぃ」
「自信作でもなんでも、こんなに堅いおにぎりなんて、どうやって食べるんだ
よ」
「えっと…さあ?」
天井を見つめて暫く考えたが、いいアイデアが思いつかなかったようだ。

「さ、さあってあーた…。もういい…。やっぱり千鶴姉は弁当らなくていいか
ら居間でゆっくり休んでいてくれ…」
梓は思い切り疲れた様子で、がっくりと肩をおろしたまま居間を指さす。

「ええ〜、でもぉ…」
「でもじゃないっ、さっさと行けぇぇぇ!!」
「ひんっ!」
再び梓が叫ぶと、千鶴はびくっとなってキッチンから出ていった。

「梓お姉ちゃぁん…」
涙目の初音が楓にしがみついたまま梓に声をかける。

「あ…。ごめん、二人とも驚かせちゃった?もうあがっていいから、先にご飯
食べてて。お姉ちゃんはもう一回ご飯炊いてるから」
にっこりと妹に笑みを向けると、梓はもう一度ご飯を炊こうと米びつへ向かっ
た。

・
・
・

暫くすると、起き出してきた耕一がキッチンにやってきた。
匂いにつられたようだ。

「よう梓おはよう」
「耕一か。今日は一人で起きられたんだな」
「まあな。それでも、みんなは俺より早いんだから偉いよ。ところで、庭の木
が枯れてるんだけど、どうしたんだ?昨日、俺が来たときは真夜中で気づかな
かっただけか…」
「そんな訳あるかい!」
「おい、梓…!」
梓はそう叫ぶと庭へ駆け出す。耕一も仕方なしに梓の後を追う。
庭に着いた頃にはいつのまにか、梓と耕一の横には楓と初音もいた。キッチン
から庭に行く途中で居間を通った時についてきたのだろう。
梓たちが庭に着くと、たしかに耕一が言うように庭の木の一部が枯れている。
そして、その枯れ木の範囲の中心にいたのは…。

「ちっ千鶴姉っ、そこで何作ってんだよ!居間で休んでろって言ったろ!!」
「え?」
千鶴は、ブロックを組んで作った炉の上に乗せた鍋で何かを煮ていた。

「えっと…何…かな、みんな」
千鶴が振り向くと、お玉に付いた雫が地面に落ちる。

ぽたっ。ぢぅぅぅ…。
鍋の内容物が地面に落ちた瞬間、地面から煙が上がった。

「じ、地面が燃えてるじゃないか!千鶴姉、それは一体なんだよ!!」
「当然、料理よ。食べる?」
「地面が燃えるようなもの、どうやって食べるんだよ…はっ!鍋、鍋は大丈夫
なのっ!?」
千鶴が作ってる鍋にはなみなみと謎の物体が入っている。アレが全部こぼれた
ら庭どころか、家が全部燃えてしまうかもしれない。

「それなら大丈夫よ。シルバーストーン加工の鍋だから。で、こっちのお玉は
テフロン加工よ。凄いでしょ」
そういって千鶴は威張る。

「威張ることじゃねぇだろぉぉぉ!!!」
千鶴を除いた全員が叫んだ。

・
・
・

その後千鶴が作った「それ」は、石灰で中和してから厳重にドラム缶にコンク
リートで固めた後、産業廃棄物として処理したという…。



<おしまい>
----------------------------------------------------------------------
どうも『かなり久しぶりの梓メインのSS』のUMAです。

今回は2000年10月のイベントSSのお題である
『お弁当』
で書いてみました。

今月の頭に再録として一本アップしたけど、やっぱり新作もアップしたいなぁ
って思いまして1本書いてみました。

一応、千鶴さんの料理の元ネタはありますが分かる…かな?

ぢゃ、そういうこって。でわでわ〜(^^)/