雨。死に人 投稿者:UMA 投稿日:5月31日(水)23時05分
「あ、もうこんな時間。浩之ちゃん、そろそろお夕飯の買い物行こっか」
洗濯物を畳みながらあかりはリビングにいる浩之に話しかけた。



「そう…だな。でも、天気悪そうだし、あかり一人でいけ」
返事はしたものの、ソファに寝ころんでいる之は面倒くさそうに答える。リビ
ングから見える空は真っ暗で、今にも降り出しそうだ。

「えーっ。浩之ちゃん、さっきは私と一緒に買い物行くって言ってたよ」
「さっきはさっき。気が変わった」
「一緒に行こうよ。ね?」
「や」
「もー…。あ、そうだ。ねえ浩之ちゃん。一緒に来てくれたら今日の夕ご飯は
浩之ちゃんの好きなのにしてあげるよ。ね?」

ぴくっ。
その言葉に浩之は反応し、ゆっくりと起きあがる。

「俺の好きなもの…だな」
「うん」
「本当に本当だな?」
「うん。でも『豚の丸焼き』とかは駄目だよ」
「分かってる。俺が好きなのは…」
「うん?」

あかりが無防備に聞き返したのを確認して、浩之はあかりに飛びかかった。

「それは…、あかり!おまえだぁぁぁ!!」
「きゃっ、浩之ちゃん…!!」

どさ…。

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「あー、ひどい目に遭った」
靴を履きながら腹をさする浩之がつぶやく。

「しょうがないよ。あれは浩之ちゃんが悪いんだよ」
降り出した雨に浩之が濡れないように、傘を差してあかりが答える。

「だからって昇竜拳で迎撃すること、無いだろーが。しかも、根本でヒットさ
せるし…」
「だって、つい、反射的に体が動いちゃって…」
『つい』でしゃがみから昇竜拳を放つだけでもさすがだが、その昇竜拳もぎり
ぎりまで引付けて浩之の腹に根本でヒットさせるとは、見事としか言えない。

「ったく…」
「ところで浩之ちゃん。改めて聞くけど、今日のお夕飯、何がいい?」
「任せる」
「え?」
「晩飯はあかりに任せるって言ったんだ」
「でも…。一緒についてくるなら浩之ちゃんの好きなのでいいって…」
「そうさ。あかりが作る料理なら、俺は全部好きだぜ」
「あ…」
かぁぁぁぁ。

「ん?どうした、あかり。顔が赤いぞ」
「ななな、なんでもないよ」
「そうか…って、急に走るな!俺が濡れるだろ!!」
「なんでもない!」
「『なんでもない』って、おい、あかり!待てって!!」

・
・
・

「ようやく商店街についたな」
「うん」
浩之達が訪れたのは駅前の商店街だ。
ここは生鮮食料品から家電やCDなど、たいがいのものが手に入る上に駅に近
く交通の便もいいこともあり、地元の人はよく利用しているところだ。
浩之達がCD屋の前に
アーケードをくぐり商店街の入り口から少し奥へ進むと、

「あ、そうだ。あかり、先に行っててくれ。俺、ちょっとCD屋に用があるん
だ」
と浩之が言った。

「え?浩之ちゃん、なんかCD買うの?」
「CDじゃなくってLDさ。さあ、行った、行った」
「何のLD買うの?私もついていっていい?」
「え゛?いいいいや、ああああかりは、さささ先に行ってていいぞ」
浩之は明らかに動揺している。

「どうしたの?浩之ちゃん」
「いいいいや、ななななんでも…」
「じゃあ、ついていっていいのね?」
「そ、それは…」
「いいよね?」
「はい…」
渋々承諾した浩之だが、心の中では
『しまった!こんなことなら俺、一人で買いに来ればよかった。そもそも、買
ってもどうやってブツをあかりに見つからないようにすればいいんだ…?』
と、かなり後悔してるようだが後の祭りである。

「で、浩之ちゃん。何のLD?」
CD屋の自動ドアをくぐったところで、あかりは聞いた。

「え…っと…」
ここで浩之は考える。
『まてよ。別に今日買わなくってもいいんでは?理由はいくらでもあるし。う
ん、そうしよう』
と。

「いや、今日はやっぱやめておこう。雨も降ってるし荷物になるだけだろ。そ
れに、あまり持ち合わせもないし」
『もっともな言い訳だ。これなら、あかりも納得するだろう』浩之はとっさに
思いついた言い訳のすばらしさに酔いしれる。

「あ、そうだね。今日はこれからお買い物に行くんだもんね」
「そうそう。じゃ、さっさとスーパーに行こうか」
そういいながら急かすようにあかりの背中を押す浩之。が、

「あ、お客さん。『さくら』のLD、入手しましたよ」
と、素晴らしくナイス過ぎるタイミングで、素晴らしくナイスなコトを店員が
ほざく。

「え゛?お、俺?」
ぎこちなく店員の方を振り向く浩之。
そう、浩之が今日買いに来たLDというのは『カードキャプターさくら』であ
る。あかりには黙っていたのだが、コレで思い切りバレた事になる。

「そう、お客さん。えーっと、ご予約の『藤田浩之』さんでしょ?」
『ちっ、コレだから地元の店は…』浩之は心の中で舌打ちをする。地元の店と
いうこともあり常連客の浩之は顔を覚えて貰っていたようだ。

「先日はすいませんね。ご来店されたとき、ちょうど予約の保管期間を越えて
しまってて、取ってなかったんでしたっけ。でも、お客さんの血の涙を流して
『ヲレに初回特典版をくれぇぇぇ!!』っていう心の叫びに、ワタクシ心動かさ
れましてね。それから、方々に手を回してようやく納入できたんですよ」
店員は嬉しそうに予約棚からLDを探しながら話す。
だが、当の浩之はというと、あかりに首を捕まれ失神寸前だった。
「浩之ちゃん…。さくらのLDって?さくらに堕ちないって、前に言わなかっ
たかしら…?」
「ぐ、ぐるじぃ…。は、話せば分かる、話せばぁぁぁ…!!」
「どうしました、お客さん。買わないんですか?」

浩之はお花畑をさくらとスキップしているビジョンを見ながら考える。
『さすがに、あかりの目の前で買うと命が危ないのは確実だ。かと言って、買
わないとなると初回特典がなくなるから、それはそれで死ぬほどイヤだし…。
そうだ、今日は持ち合わせがないってことで、おいておこう。うん、そうしよ
う』
と。

「か、買います。買わせていただきます…!!」
なんとかあかりの手から抜け出した浩之は店員にそう告げ、財布を取り出す。
そして、
「あー、おしーなぁ。持ち合わせがないやー。仕方ないなー、あかり。今日の
ところは帰るぞー」
浩之は超棒読みで言うと、再び急かすようにあかりの背中を押す浩之。
『完璧だっ!これで明日買いに来れば万事OKだっ…!!』
あかりの背を押しながら浩之は勝利を確信した。

だがそのとき。
「なんだ、浩之。金がないのか?しょうがないなぁ、何なら、諭吉先生のブロ
マイド貸すぞ。十一で」
今まで気がつかなかったが、DVDコーナーにいた耕一が浩之に話しかけてき
た。

「げぇっ!こ、コーイチさん!?いつの間に?」
「いつの間に…って、俺達は浩之たちが来る前から店にいたぜ。なあ初音ちゃ
ん」
「うん。初音達、さっきからいたよ」
ひょっこりと棚の影から顔を出す初音。濡れた黄色いレインコートは、脱いで
手に持っている。

「ところでお兄ちゃん。諭吉先生のブロマイドってなぁに?」
「ああ、それはこれさ。日本銀行ってプロダクションが発行してる福沢諭吉大
先生のブロマイドでな、ほら会員ナンバーもついてるんだぜ」
「…お兄ちゃん、それって『一万円札』って言わない?」
「そうとも言うな。で、浩之。ブロマイド、どうする?」
「ははっ…、ははっ…」
浩之は引きつった笑いを浮かべながら完全に退路が断たれたことを知った。
つまり、どう転んでもあかりからボコられるという、あまり望ましくない未来
が確定したということだ。

「ひぃろぉゆぅきぃちゃぁぁぁん…」
「ははっ…、ははっ…、はぁ…」

かかっ!ごろごろごろ…。

店の外で雷鳴がとどろくと同時に、浩之には血の雨が降った。

<おしまい>
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どうも『雨は雨でも血の雨を降らせてみました』のUMAです。

今回のイベントのお題が『雨』ということで『血の雨』をネタに書いてみまし
た。

なお後半のCD屋での浩之達の行動のモデルは、特にいません(という事にし
ておこう)。