雨。待ち人 投稿者:UMA 投稿日:5月31日(水)23時05分
「遅いなぁ、お兄ちゃん…」
深くため息をついてそうつぶやいた初音は、耕一の傘をしっかりと持ち直すと
人の出入りの絶えない駅の階段を見つめた。

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RRRR…RRRR…

「はいはいは〜い。今出ますよー」

今からほんの少し前のこと。
初音は急に降ってきた雨であわてて洗濯物を取り込んでいると、家の電話が鳴
り出した。

がちゃ。

「もしもし、柏木ですけど」
『俺だよ』
「あ、お兄ちゃん。どうしたの?」

電話の相手は耕一だった。

『まいっちゃったよ。急に雨が降り出しただろ。でも俺、今日傘持ってきてな
いんだよ』
「朝の天気予報だと夕方頃かあ強い雨が降り出すって言ってなかったっけ?」
『言ってたけど、朝、駅について思い出した。それに、朝は思い切りよく晴れ
てたから、天気予報がハズれると思ったんだけど…』
「やっぱり天気予報が当たったってことだよね?」
『…うん』
「分かったわ。初音が駅まで傘持っていくよ」
『すまない。じゃあ今から1時間後くらいにに隆山駅に来てくれ。ついでに、
今晩はどっかで一緒に食事しようか』
「うん!」
元気よく返事をした初音は、電話を切ると急いで洗濯物を片づけて耕一の待つ
駅へと向かったのだ。

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・
・

「遅いなぁ、お兄ちゃん…」
また、ため息。
駅前の広場にある時計を見ると、耕一が電話してきてからすでに長針がふた周
りほどしている。が、耕一は未だに現れない。
周りからはレインコートのフードに隠れて見えにくいが、さすがに待ち疲れた
のか彼女の表情は暗い。
ちなみに初音の格好はと言うと、黄色いレインコートに黄色い長靴、そして小
さい黄色と大きい紺色の傘を一本ずつ、まとめて両手で握ってる。

「遅いなぁ、…」
「ごめん、初音ちゃん。待った?」
初音が幾度目かのため息をついたとき、ようやく耕一が現れた。

「あ、お兄ちゃん…」
「ごめん、ちょっと遅れたかな」
「『ちょっと』って…、1時間も遅れたじゃないの!」
「それは…って、初音ちゃん?」
さすがに1時間も待たされた初音は、怒って家とは反対の出口へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って。俺の話しを聞いてよ」
言いながら初音の肩を捕まえる。が、初音は嫌がって振りほどこうとする。

「イヤイヤ!離してよぉ、お兄ちゃんなんかキライだもん」
「あっ、初音ちゃん!」
強引に耕一の腕を振りきった初音は思い切り走り出した。
そして、通路の角を曲がろうとしたその途端。

「あ」
つるっ…どべし。

濡れた床で足を滑らせたようだ。
「ふぇ、ふぇ…。ふぇぇぇん」
我慢していたものが、転んだことでついに堪えられなくなったのか、とうとう
初音は泣き出した。
「はぁ、はぁ。大丈夫かい、初音ちゃん」
なんとか追いついた耕一が、床に座り込んで泣いてる初音に手を差しのばす。

「…ぷい」

しかし初音はそれを無視して耕一に背を向けると、泣きながら立ち上がった。
いや、立ち上がろうとして転けた。
どうやら転んだときに足を捻挫したらしい。
「痛っ…」
「しょうがないなぁ。ほら、俺の背中におぶさりな」
言って初音が負ぶさりやすいようにしゃがんで背中を見せる。
「イヤぁ。お兄ちゃん、キライだもん…」
「傷つくなぁ。そんなにお兄ちゃんのこと嫌いかい?」
「う…ううん…。嫌いじゃないけど…、嫌い」
「難しいなぁ。ま、いいや。まずは負ぶさって。話しはそれからだ。ね」
「うん…。でも、お兄ちゃん。このままじゃ濡れちゃうよ」
初音は雨に濡れたレインコートを着たままだ。
「いいよ面倒臭い。はい、おいで」
耕一は後ろに回した手で『おいでおいで』をする。
「…うん」

ようやく初音はのろのろと耕一の背中によじ登る。捻挫した足をかばいつつな
ので、多少動きがぎこちない。
なんとか耕一の背中におぶさった初音がそっと耕一の首に腕を回す。それを確
認して耕一が立ち上がる。
「よっ…と。大丈夫かい、初音ちゃん。足、痛くない?」
「うん、平気」
「じゃ、行こうか」
初音が痛がらないのを確認した耕一は歩き出す。
「え?どこに?」
「どこにって、電話で約束しただろ?『今晩はどっかで一緒に食事しようか』
って」
「そういえば、そんな約束だったね。ところでお兄ちゃん。1時間も遅れたの
ってどうして?」
「それは、食事しながら話すよ。結構凄いモノ見れたし」
「?」
「ま、後のお楽しみってことさ」
「ずっるーい!!教えてよー」
耕一の首を絞めるように揺する。
「はっはっはっ。苦しいって初音ちゃん」
多少苦しいが、初音の機嫌が直ったのが嬉しい耕一だった。



<耕一は何を見てきたのでしょう・おしまい>
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どうも『備えあれば憂え無し。折り畳み傘は常備しとくといいよ』のUMAで
す。

今回のイベントのお題が『雨』ということで『傘』をネタに書いてみました。
最初は耕一が遅れた理由まで書いてたのですが、単に長いだけになったので削
除。