隆山でほんとうにあった怖い話(前編) 投稿者:takataka 投稿日:8月30日(木)00時08分
「怖い話、聞かせてくれる?」
 響子さんは俺の方をいたずらっぽく見やった。

「ほんとはこんなの、怪奇雑誌の『アトランティス』の連中の仕事なんだけどね。夏場は
どうしてもこの手の特集組むのよね、一般誌でも。
 んで、せっかくだからこないだの事件がらみで怪奇特集一本上げろってデスクが言うの
よぉ」
「はあ」

 アイスコーヒーのカップを前に、俺はただぼんやりした返事を返すしかなかった。
 何の前触れもなく、『いま隆山なんだけど、ちょっといいかしら。重要な話があるの』
とかえらく深刻な声で電話されたんで、何事かと思って出てきてみれば。

「……帰ります」
「あ、ちょっと待ってよ」
「俺にそんな話ふられても困りますよ」
「いいじゃない。だってほら、柏木家の中でいくらかでも面識があるのって耕一くんだけ
なんだもの」
「面識って……だって俺、もともとココの地元民じゃないからそんな詳しくは知りません
よ。鬼伝説だって響子さんに言われて知ったくらいだし」
「だから、耕一くんから四姉妹の皆さんに聞いてみてくれないかなあ。出るんでしょこ
こ? 名所だって」
「出るって何がすか」
「これよ、これ」
 響子さんは手をだらーんとたらして、うらめしやーとやって見せた。

「まあつい最近あんな殺人事件があったばかりなんだからそういう噂が立つのもわかるん
だけどね……でも、実は調べてみると、案外あの事件とは関係ない噂もあるらしいのよ。
ほら、例の雨月山の鬼伝説がらみの。
 まあ、その辺も絡めて一本やっつけようかなーと」
 ぺらぺらと手帳をめくる。
「いや……でも、不謹慎じゃないですか、そういうの」
「そう?」
「俺はあんまり好きじゃないな」

 殺人事件がらみのことには正直もう触れて欲しくない。
 ついこないだのことなのに、まだ殺された人の家族や友達の心の傷もいえてないだろう
に。

「じゃいいわ。記事ではこないだの殺人がらみの幽霊話は一切載せない。それでいい?」
「あ……ああ」

 いやにあっさり引き下がる。

「でも、そうすると今まで集めたうわさのほとんどが使えなくなっちゃうのよね。関係な
いのが二つ三つ、それでおしまい。それじゃ記事になんないのよ。そこで耕一くんにお願
い。地元に伝わってる怖いウワサのたぐいを集めるのに手を貸して欲しいんだ。いいかし
ら?」
 頬杖をついて、俺の顔をじーっと眺める響子さん。
 ……なんか、嵌められた気が。
 ココにいたるまでの絵描いてやがったな。

「……まあ、いいすけど。それで例の事件のこと書かないでくれるんなら」
 観光地的にもあまり例のことを思い出させるのはイメージが良くない。でも、鬼伝説が
らみの怪談ならまあ許せる。むしろ名所めぐりのちょっとした味付けとしては悪くないト
ピックだろう。
 俺もこういう事から千鶴さんの役に立たなきゃな。

「でも、さっきも言ったけど俺ってそんなにこの辺のことに詳しくないですよ」
「だから、その辺は従兄弟さんたちに……ね?
 それにね、今回は強力な助っ人も用意してるから……あ、来た来た」
 からん、と扉の開く音がして、レジの前できょろきょろしていた女性に響子さんは手を
振る……って、なにぃ!?

「あ、柏木クンじゃない」
 じゃないってあんた!
「由美子さん……なんでまたここに?」
「ふふー。奇遇だねえ」
 なにやらいろいろと書類の入ったクリアケースを手に、由美子さんはへらーと笑う。

「へえ、知り合いなんだ?」
 響子さんがニヤニヤしながら言う。
 ……知らないはずない。全部知ってて仕組みやがったに違いないのだこの雌狐は。
 おおかた例の殺人事件の取材のとき、俺の身辺も洗ったに違いない。そのときのコネを
こう使ってくるとは……響子さんあなどりがたし。

「なんか隆山の記事書くのに、鬼伝説に詳しい人が必要って言われたんで……。滞在中の
宿泊費とか響子さんが持ってくれるって言うから、甘えちゃった。ついでにいろいろと調
べたいこともあるし」
「こちら、隆山の鬼伝説を調査してる学生の小出由美子さん……って、耕一くんには紹介
の必要はなかったかな?」
「ども、おひさしぶり……」
「そうだよねー、久しぶり。柏木クンって夏はいつもこっちだもんね」

 それからまた例の調子で由美子さんは語った。都市伝説として断片的に残っている鬼伝
説の残滓を調べることによって伝承の経路がどーのこーの、と。

「そういうわけで、よろしくね二人とも」
「はぁい」
「…………」

 先が思いやられる。



 そして、俺ら三人は駅前へ向かった。なんでもその手のうわさに詳しい地元の女子高生
をひとりつき合わせて、最初の心霊スポットに向かうらしいが……。
 なーんか、いやーな予感が。

「ああーーーーーーーーー!! 柏木耕一!?」

 ほら来た。。
 ズーレ女子高生日吉かおり。日ごと梓の胸を狙う名うての巨乳ハンターだ。
 響子さん、徹底的に俺の知り合いで固める気だな。

「何でこんなところにいるの!?」
「そいつは俺が聞きたいな、かおりちゃん」
「だってこの……響子さんが、怖い話集めてるって……」

 由美子さんといい、かおりちゃんといい。
 俺……というか柏木家にかかわりのある人間をかたっぱしから集めることによって、意
地でも柏木家を巻き込もうって腹らしい。その突破口が俺って訳だ。
 いや、ここは踏ん張りどころだ。千鶴さんだって忙しいところにこんな面倒事はごめん
だろうし、梓や楓ちゃんや初音ちゃんだって、いい気持ちはしないだろう。
 どうしても響子さんがやるってんなら、俺だけでとことん付き合おう。ある意味防波堤
のようなもんだ。四姉妹には手は出させないぜ。
 
「むー、その男が一緒ってのがなんかムカツクけど……」
「知り合いなんだあ? わあ、奇遇ねえ」
 響子さんが俺のほうを見てにへらーと笑う。くそう、雌狐めー。




「まずは一発目! 恐怖・皆殺しの家!」

 指をぴっと立てて、かおりちゃんは声をひそめた。

「実は、ここからそう遠くない場所に、すっごく不気味な家があるらしいんですよ……か
なり立派なお屋敷らしいんだけど、なんでも昔その家で一家皆殺しがあって、それ以来
『皆殺しの家』って呼ばれてるんです。
 今でもその家からはときおり断末魔の叫びがしてきて、そこをこっそりのぞいてみると、
血まみれになった死体が庭に横たわってたりするらしいですよ〜」

 手をだらーんと垂らして、いかにもおどろおどろしい口調で迫るかおりちゃん

「でも、それってたしかに見た! って人いないんでしょ? ほんとはそんな家ないんじ
ゃないかな」
 お、由美子さんがなにやら否定的な発言を。
「う……ほんとの話なんです! 人によっては顔面がザクロみたいになった惨殺死体を見
たとか、ばらばら死体がほったらかしにしてあったとか言いますし、家の場所だってちゃ
んとわかってるんですから! それにその家の周辺だけ、なんだか空気がひんやりしてる
って話なんですよ!」
「あのね、かおりちゃん……でいいよね。都市伝説ってそういうものなのよ。人によって
言うことが違うでしょ?」
「うっ……」
「そういうのって、発生源をたどっていくうちに、どんどん情報量が減っていくの。つま
りそれだけ尾ひれがついてるってことよね」
「由美子さん、幽霊とか信じないの?」
「柏木クン。なに言ってるの? 幽霊なんかいるわけないじゃない」
「いやあ、鬼伝説なんか調べてるくらいだから結構そういうの信じる方なのかなって」
「いやだ、柏木クン。そんなの信じてたら伝説なんか調べようって気にならないよ。たん
に信じてそれだけ、でしょ? 伝説の調査って言うのは、そうやって語り継がれた非現実
的な話が、もとはどんな現実から変化して出来てきたのかを調べることよ。鬼って言うの
も山賊かなにかが大げさに伝わったに決まってるじゃない」

 おお、以外に現実主義者だ由美子さん!
 かおりちゃんはぷーっとふくれている。
 
「むー。まあいまの失礼な物言いはその立派な胸に免じて許してあげますけど……」
「?」

 由美子さんは自分が狙われているのに気づいていないようだ。
 ああ、四姉妹だけじゃなく由美子さんもこっちの脅威から守ってやらなくちゃー。

「じゃあいいです、いまから案内してあげますから! 友達に地図かいてもらったし」
「ふふっ、現実主義者の学生さんにウワサ好きの女子高生か。面白くなってきたわね、耕
一くん?」
「へえへえ」



「えっと。ここを曲がって……ここ! この家で……あれ?」
 俺と響子さんはあっけに取られていた。
 なんとなれば、その家にはものすごーく見覚えが。
「……あらまあ」
「これまた」
「梓先輩んち……なんで?」

 しばらく途方にくれていたかおりちゃんは、は、と我に返ると、

「そ、そうよ! これは私たちの愛を見守っていた霊が二人を結び合わせたに違いない
わ! サンキュー霊! って訳であ〜ずさせんぷわ〜」
「逃げんな」
「い゛っ」

 むんず、と掴まえる。

「どこが皆殺しの家だって? かおりちゃん」
「で、でもでも! そんなはずないんです! う〜」

 口惜しがるかおりちゃんをよそに、俺は内心ほっとしていた。
 火のないところに煙は立たず。たしかに周囲の気温が三度下がればひんやりした感じも
するだろう。庭にバラバラ死体ってのもきっと誰か見た人がいるに違いない。
 千鶴さん……梓を血祭りに上げるときはも少しおとなしくやってくれないと……。

「えと、耕一くん……」

 あきれ顔の俺と響子さんとは違って、由美子さんは戸惑い気味だ。そういえば由美子さ
んって来たことなかったっけ。
 
「前に話したろ。ここが俺が厄介になってる、従兄弟の家」
「あー。鶴来屋の会長さんの……さすがに立派なんだあ」

 のほほんと世間話モードに入る俺たちをよそに、恭子さんは怪訝そうな目で香里ちゃん
をねめつける。

「かおりちゃん〜」
「でもでも、まだほかに聞いた話あるんです。今度はもっとすっごいの!」
「ほんと?」
「もちろん。これはもう究極の恐怖スポットなんですよ〜。
 教えてあげてもいいですけどぉ……」
 ちらりと響子さんを見やるその瞳、すでに獲物を狙う飢えた野獣のそれだ。

「おねーさん、ご立派なものをもってらっしゃいますね」
「……ご立派? 何が」

 いかん!

「離れろ響子さん! こいつは……危険だッ!」
「ちょっと邪魔しないでよ! 関係ないでしょ!」
「お前梓ひと筋じゃなかったのか!」
「くっ……それとこれ、これはこれよ!」
「梓に言っちゃおっかなー」
「なっ」
「梓の奴どんな顔するかなあ。きっと表面では『やっとあの子に狙われなくてすむよ〜』
とかほっと胸なでおろすだろうな、相当嫌がってたから。
 でも、ひとりになってから胸に浮かぶのは、あの日の思い出の数々。

(梓せんぱーい!)
(あっずさせんぱい♪)
(巨乳じゃ〜これじゃあ〜、これがええのんじゃあ〜)

 きゅん……
 おかしいな、あたし……どうして……?

『なんだか少し……淋しい、カニ……』

 と淋しがるに違いないぞ。カニ語で」
「そんな……せんぱいが、わたしのことを……。
 ……ってカニ語?」
「ああ。何せ奴はカニ座星雲からやってきた狩猟宇宙人へぶッ」
「だれが狩猟宇宙人かっ」

 頭を押さえる俺の目の前に拳を震わせるカニ座宇宙人が。
 あー、でてきちゃったか梓。

「あずさ先輩ぃ……」
「ってかおりぃぃぃ!? ちょっと耕一、これどういうことなんだよ?」
「話せば長くなるんだが……」

 ……最悪の展開になった気が。



「で、ほかの話って?」
 梓が入れたお茶をひとくちすすって、かおりちゃんは、
「はぁぁ……梓先輩の入れてくれたお茶、でりしゃす……」
「いや、感動するのはいいから話を」
 くるり、と振り返る。切り替え早え。
「じゃあこれはどうです? 『恐怖・隆山病院の怪』。
 繁華街のはずれに鉄板で囲われたでっかい廃ビルがあるんだけど、そこが出るってウワ
サなんですよ。なんでも昔病院だったらしくて、いまでも中に入ると昔のカルテやなんか
が散らばってるらしいんです」
「でも、それだけじゃありがちな廃墟じゃないの」
 響子さんが半畳入れるも、そこなんですよ! とかおりちゃんは身を乗り出す。
「そのカルテなんです! わたしの友達の従兄弟と同じ学校に通ってる人の後輩があると
きそこに面白半分に入って、記念にカルテを何枚かもって来ちゃったんですって。
 そしたら翌日の深夜、突然電話がかかってきて。
『……カルテを返してください……持ってったでしょう……』
 って不気味な声が!
 あんまりのことに返事が出来ないでいると、
『いまから取りに行きますから……』
 て言って切れちゃったんですって。
 その人、それから何日もしないうちに原因不明の高熱で死んだって話ですよ……」
 
 う……結構怖いな、それ。
 
「わたしその話インターネットで読んだことあるよー。もっともそれはほかの地方だった
けど」
「……くっ」
 由美子さんはにやにやしながら頬杖をついている。
「結構地域ごとにバリエーションあるのよね。もってくのがカルテじゃなくて標本だとか。
でも基本的な部分は一緒。都市伝説ってそういうものなのよ」
 むう……由美子さん、ある意味大槻教授的な役回り?
 でもプラズマとか言い出さないだけ、信憑性では上だ!

「じゃあ取っときのを! 梓先輩。鬼鳴峠の化けトンって聞いたことありますよね?」
「化けトン……って?」

 耕一の頭の中を豚の怪物の姿がよぎった。

「お化けトンネルだよ。……いや、聞いたことないけど」
 あきれたように梓が言った。なるほど。

「あのね、国道で市境抜けて隆山に入ってくるところで左に入る道あるでしょ? あれが
隆山入りするための旧道で、今みたいに隆山バイパスの新トンネルができる前はそっちが
メインの道路だったんですよ。今じゃほとんど通る人もいない山道だけど。
 で、そこの途中にトンネルあるんだけど、それが問題の場所でですねー。夜中通ろうと
すると、途中でなにか変な声が聞こえるんだって! 何かうめき苦しむような、何かを呪
うような……。そのまま走り抜ければ助かるんだけど、その声の方角を見てみると、トン
ネルに横穴があいてるんだって。声はそこから聞こえてきて、なんだろうと思ってそこに
入って、生きて帰ったひとはいないそうですよ〜」
「ウソだろ、それ」
「嘘ってどういう言い方ですかそれ!」
 由美子さんを真似て半畳入れる俺に、かおりちゃんはがーっとかみついてきた。
「生きて帰った人がいないんならそんな話どうやって伝わるんだ?」
「くっ……グータラ学生のくせに鋭いことをっ」
「誰がグータラじゃ! ……いや、グータラはグータラだ、それは認めよう……だがな!
 俺のグータラは一味違うぜ! いてっ」
「耕一、いらんこと言わないの」

 俺に拳固を食わせておいて、梓は身を乗り出す。

「かおり、それほんとなの?」
「ほんとですよー。そのトンネルで行方不明になってる人は何人もいるんです。だからト
ンネルの入り口のところに、行方不明人捜索の看板がいくつも立ってるって話ですよ」

 ……なんか、引っかかるものがある。
 梓も思うところあってか、地図を持ち出してきた。

「その旧トンネルってどの辺?」
「ココですけど」

 地図を指さした点は、貯水池の近く……。
 間違いない。俺と初音ちゃんが花火をした帰りに通った道だ。トンネルはその真下を通
っている。
 俺と梓は顔を見合わせる。
 ……やばい。その話、多分事実。
「なんかね、恨めしげな声で『憎しや〜』とか聞こえてくるらしいですよ」

 ビンゴ!



 みんなが帰った後。
 柏木家緊急家族会議は大いに紛糾した。

「言語道断です!」
 千鶴さんが言い放つ。
「どうする、みんな?」
 梓が眉根を寄せて見回す。
「……こうなったら……」
 楓ちゃんが何か言いかけた。
「わ、私やだよ! わたし怖いのいやだよ!」
 初音ちゃんが座布団をかぶってがたがた震えている。

「…………」
 俺は目を閉じて腕組みしている。
 響子さんのことだ。たとえ俺たちが全員で反対しても、きっとウワサの場所をくまなく
探索して回るに違いない。その先であの鬼たちの眠る山にたどり着いてしまったら。
 これ以上この土地で犠牲者が出るのは避けたかった。
 ほら、観光地としてのイメージもあるし。

「みんな。俺としては、このさい徹底的に見てもらうべきだと思う。とにかく自分が納得
しないことには響子さんは決して引き下がらないだろう。で、変にかぎまわられておかし
なものに出会ったりされると厄介だから、俺もついていこうと思うんだ」
「私も、それがいいと思います」

 楓ちゃんの凛とした声がひびいた。
 
「耕一さんの言う事だもの。正しいと思います。千鶴姉さんはどう」
「え? わ、私? えっと……まあ、いいんじゃないかな?」
 さっきまで言語道断とか言ってたくせにー。
「あたしは、まあ、別に……」
 ぽりぽりと後頭部をかく梓。
「ううぅ……お兄ちゃん、そんなのについていくの……?」
 初音ちゃんはやっぱり座布団をかぶって震えてる。俺としては、座布団から飛び出して
るアンテナが気になってしかたなかった。
 
 楓ちゃん……やっぱり。俺の気持ちをわかってくれてるんだな。
 そうなのだ。一度きちんと見て回って、何にも出やしないんだということを納得しても
らうほかないだろう。それが一番……。
 
「家族みんなで力を合わせて、あの人たちを徹底的に怖がらせるの」

 ……はい?
 
「二度と隆山に足を踏み入れようと思わないくらい、一生モノのトラウマを与えるのがい
いと思う」

 か、楓ちゃん? そいつは俺の意見と似て非なるというか、ほとんど正反対ですぞ?

「そうよ、そうだわ! さすがは楓、名案ね!」
「そうと決まったらさっそく準備だ千鶴姉! 腕が鳴るぜ」
 ぱしん、と拳を打ち付ける梓。
 なぜにお前ら超ノリノリ?

「姉さんたちは仕掛け人をお願いします。思う存分怖がらせる、一番楽しい役です」
「ふふっ、面白そうね」
「よーし、やってやるぜ!」
「いや……あの……みんな……」
 俺は……俺は決してそんなつもりじゃ……。
 楓ちゃんは畳み掛けるように役割配分を決めていく。
「私は耕一さんと一緒にツアーコンダクターを務めますから」
「そ、そんなああ……みんな、どうして?」
「初音」
 部屋の隅でがたがたふるえて神様にお祈りしていた初音ちゃん(座布団かぶり)は、び
くんと肩を震わせる。
「私は怖がらせ役。そして」
 ちら、と氷点下の流し目に、初音はいっぺんで縮み上がった。
「初音は怖がり役……」
「えええ?」
「単に怖がらせるだけより、周りで大げさに怖がる人がいたほうが効果的だから」
「でっでででも、かえでお姉ちゃん」
「がんばって、初音」
 ぽむ。
「最低二回は失禁してもらうから」
「に、二回も?」



 ――楓はわかっていた。これが逆効果でしかないことを。
 昔話じゃないんだから怖がらせて近づかないようにするなんて方法が通じるわけがない。
かえって評判になって人が押し寄せるかもしれない。
 本当なら、さんざん回った挙句何もありませんでしたというのが一番効果的だ。
 でも、そこをあえてやる。
 だって、とっても面白そうだから。
 ことに、今回は初音がいっしょ。
 泣き叫ぶ初音。
「きゃああああああ」
 しゃがみこむ初音。
「いやああああああ」
 初音失禁。
「……あ……」
 とっても楽しみ。



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