隆山でほんとうにあった怖い話(後編) 投稿者:takataka 投稿日:8月30日(木)00時06分
『鶴来屋主催・隆山めぐり心霊体験バスツアー』

 麗々しい横断幕が、鶴来屋の大型ワゴンに張られていた。
 なんか……話が大げさになってる気がする。

「俺、二種免許なんか持ってないのにお客載せちゃっていいのか?」
「旅館の送迎バスは二種なくても大丈夫なんですよ」
 人数が多いんで、千鶴さんの計らいで鶴来屋のワゴン車借りられたのはいいが。
 
「うえ〜。梓先輩来ないんですかぁ?」
 かおりちゃんは滂沱の涙を流していた。
「ちぇーっ。せえっかく先輩と暗がりで二人っきりで、あーんなことやこーんなこと…
…」
 すでに目的がどっか行っていた。
「せっかくだからこの機会を利用して、いろいろ調べてみるね」
 由美子さんはなにやら何冊かノート持参。研究資料だろうか。
「この分ならかなりページもらえそうね……『心霊調査隊 隆山を行く』なんてどうか
な」
 響子さんは記事のたたき文句考えるのに余念がない。

「みなさま、日も暮れてまいりました。夕暮れ時は逢魔が時とも申しまして、常日頃は閉
ざされている異界への扉が開く刻限ともされております。
 このたびは鶴来屋主催・隆山めぐり心霊体験バスツアーにご参加いただきまことにあり
がとうございます。みなさまのご案内を務めさせていただきます私、柏木楓と」
「うう……かしわぎ、はつねです……」

 無口に似合わず流暢に語る楓ちゃんをよそに、初音ちゃんすでに半べそ。

「むう……奇しくも初ないと同アングル……」
 ハンドルを握りつつ唸る俺。場所が温泉だったらバッチリなのだが。
 でもまあ、可愛い二人のバスガイド姿が拝めたのでよしとしよう!

「それでは出発いたします」



「ふっふっふー」
 走り去るバスを見送って、腕組みで不敵な笑いを浮かべる二人組。
「先回りするわよ、梓!」
「おう!」

 車に乗り込んで、はた、と気づいた。

「あれ、足立さんは?」
「なに言ってるの、足立さんは忙しいのよ? こんなところでふざけてられないでしょ
う」
「あの、それじゃ、運転手さんは……?」
「私用には使えません! 公私混同はいけないのよ、梓」
「だってどうするんだよ、あたし免許なんか……」
「ふふー」
 ニヤリ、と笑みとともに差し出すカード。
「じゃじゃーん!」
「な、なにぃぃいいいーーーーーー!!」
 なんと、柏木千鶴は運転免許を持っているのだ。
 どんなこずるい手を使って入手したのだろうか。
「運転は、私!」
「いやだぁーーーーーーーーーーー!!」
 脱出するまもなく、黒塗り高級車はロケットスタート。



「ついたわよ、梓」
「千鶴姉 とめてください とめてください もっと ちゃんと」
 目が死んでいた。
「……梓?」
「ごめんなさい すみません だめ 死にます」
「ちょっと」
 目の前で手をひらひらさせてみる。
「ああーーー おじいちゃんが おじいちゃんが」
「行くわよ、梓」
 首根っこ引っつかんで、ずるずる。
「にげてーーーーーーーー!!」



「え、右手にご覧になれますのが、鬼伝説で名高い雨月山でございます。
 この鬼伝説と申しますのが、宇宙の果てからやってきた狩猟宇宙人の皇女と地球人の間
に花咲いた一編のロマンスでございまして……」
「ガイドさん、そこ違うよー」
 さっそく由美子さんからダメ出しだ。
「宇宙人じゃなくて鬼の娘でしょ。恋物語伝承もあるけど、宇宙人ってのは聞いたことな
いよ」
「…………」
 楓ちゃんは無表情のままだが、そこはかとなく不服そうだ。
 俺と初音ちゃんは顔を見合わせて苦笑する。
 
「まあ、ここは由美子さんの言うことが正しいだろうな。一応民俗学者の卵だしな」
「そ、そんなでもないよー」
「……わかりました」


 耕一さんまで、あんなことを。
 楓はこのメンツを一目見たときから引っかかるものがあった。
 ズーレはまあ除外するとしても、あの二人の、胸。
 ちょっとばかり胸があるからって……。
 覚えていなさい。きっとこわーい目にあわせるから……。


 いっぽう胸といえば忘れてはならないのがこのお方。
「うふ。うふふふふ……」
 日吉かおりは右に左に視線を走らせた。
 右手に見えますのは、やり手女性記者相田響子の、胸。
 左手に見えますのは、眼鏡っ子巨乳というマニアックな属性の小出由美子の、胸。
 バスが大きく揺れるたびに、えも言われぬ振動が。
 おっぱいが、いっぱい。
 うれしいな、さわーりたいー。
 ……はっ! だめよダメダメ! 私は梓先輩ひと筋っ! ……くう、でもちょっとだけ
なら! 先っちょだけなら!

 人それぞれの思いを乗せ、バスは目的地へ向かう。



「まずは隆山市内隋一の怪奇スポット、隆山病院跡でございます……」

 暗闇の中にぼう、と浮かび上がる巨大な廃墟。
 その頂点、かすかに闇に融けて赤十字の形が浮かび上がっている。

「さあ、ご順にどうぞ……」

 楓ちゃんの先導で、囲いの破れ目からぞろぞろと入る俺たち。
「う……」

 しかし、廃墟という奴はどうしてこんなに不気味なんだろうか。コンクリートにいく筋
も走るひび割れと、雨で汚れた黒いすじ。
 そこここにスプレーでかかれた落書きがまたいや応なしに荒れてすさみきった雰囲気を
演出している。
 この、何もいないくせに人の気配がするというか、絶対何かいそうな雰囲気がなんとも
言えず不安感を煽り立てる。

 だというのにそんなところに平気でずかずかと足を踏み入れる女性陣。

「へえ、まだそんなに古くないのね」
「響子さん、何も感じないんすか?」
「ま、ね。職業柄こういうのは慣れてるし」
「……由美子さん、意外と度胸あるんだな」
「だって、大学も夜遅くまで残ってるとこんな感じだよ? あの校舎、大正時代の古い建
物なもんだからそりゃもう不気味よぉ」

 さすがだ。俺はこんなとっぷりと夜が更けるまで大学に残ってたことなんかない。

「うう……お兄ちゃん! 今度は絶対どこかに行かないでね! 怖い話するのもやだよ…
…」
 俺の腰に手を回して、初音ちゃんはじーっと見上げてくる。そうだ、あの時は悪乗りし
て怖い目にあわせちゃったからな。
「大丈夫だよ初音ちゃん。君を怖い目になんかあわせやしない。約束する」
 心霊体験ツアーとかに連れ出した時点でそんな約束すでに破ってるじゃねえかという心
の声は俺内却下。
「お、お兄ちゃん……」
 懐中電灯の薄暗がりの中でも、初音ちゃんの顔がぽっと赤らむのがわかった。ぎゅ、と
回された腕に力がこもる。

「ど〜るげ〜」

 ぼう、と闇夜に浮かぶおかっぱ頭。
「ひぃぃぃいいいいいいい!! …………っあ……」
「か、楓ちゃん! 心臓に悪いだろ!」
「怖がってもらうのが目的のツアー……」

 ぱち、と懐中電灯を切り替えて、楓ちゃんはつぶやいた。
 
「ペドを深めるための企画ではありません。ゆめゆめ勘違いなさらぬよう……」
「ぺ、ペドって言うな!」

 めちゃめちゃ失礼なことを言って、楓ちゃんは先へ進む。

「――頼みます、姉さんたち」
「さあ、行こう初音ちゃん……どうしたんだい? そんなに離れて」
「え? ううん、なんでもないよお兄ちゃん、なんでもないんだよ!」




 一方、『巨乳&ズーレをこわがらせTai!』(新規結成)二名。

「うふふ、来た来た……」
 診療室にひそんだ隊長柏木千鶴は廊下の向こうの気配にほくそえんだ。
「いいわね梓。まずはお手並み拝見させてもらうわ」
「ああ! やらいでかー!」

 隊員ナンバー1号柏木梓はとっても気合が入っていた。
 ここで心霊ツアーご一行さまを逃げ帰らせることができれば、そこで隊は現地解散だ。
幸いにもまだ終電はある。あの地獄の殺人ドライバーのマッドドライビングから逃げ出す
ことも可能だ。
 ――耕一、初音、悪く思うなよ! すべてはあたしの為だー!
 すでにコスチュームに身を包んだ梓は、ぐい、とキャップをかぶりなおす。



「ここが問題の診察室です……」

 廊下を抜けて、かなり広くなっている部屋に入った。ベッドがない代わりに棚や机が雑
然と置かれている。診察室に付き物のついたてがいくつも倒れていた。
 楓ちゃんが床を照らすと、白い紙片が床を埋め尽くすように散らばっている。

「これが問題のカルテ……さあ、手にとってみる勇者はいますか?」
「じゃ、言い出しっぺの法則ということで、私」

 響子さんが一歩踏み出して、紙片を拾い上げる。

「ふーん……たしかにカルテみたいね。この手の個人情報ってちゃんと処分しないといけ
ないんだけど、いいのかしらね」
「……カルテを」
「いま、何か言いました?」

 由美子さんがぴくりと肩を震わせた。
 ふるふる、と全員首を振る。

「カルテを……返してください……」
「!」

 闇から溶け出すようにしてあらわれたのは、白い姿。
 その上から、まるで頭から血でもあびたかのようなあざやかな赤が彩っている。
 パシッと一瞬の光。響子さんが写真を撮ったのか。
 そこに浮かび上がったのは、全身血まみれのナースが、ゆっくりと歩を進めてきている
姿だった。
 うつろに伸ばされた両腕が、俺たちを招くように震えている。

「返して……」
「いやああああああ!! やだやだやだよぉぉぉ!」

 大丈夫だ、と声をかけるかわりに初音ちゃんをぎゅっと抱きしめてやる。
 さすがに肝の座った女性陣も青ざめて腰が引けて……いないのが、ひとりだけ。
 
「ひ、日吉さん?」
「かおりちゃん!」
「フッ……笑止」

 ザシャア、と一歩前に進み出るかおりちゃん。

「カルテを……かえして……」
「もちろん返しますよ、セ・ン・パ・イ」

 な、なにぃ!?
 かおりちゃんその幽霊の後輩なのか?
 だが、その言葉に血まみれナースはぴたりと歩を止める。

「たとえ血のりで顔を隠しても、私が見分けられないとでも思ったんですか……?
 先輩の、その乳を!」

 がびーん。
 よくよく目をこらしてみれば、血に染まった白衣を押し上げるその双球は!

「言われてみればたしかに巨乳だぜ!」
「「そうね! 私ほどじゃないけど!」」

 なんかハモッてる人たちがいる。

「この私の前でそれほどまでにマニアックな衣装を着てくれるなんて……やっぱり、先輩
は私のことを……」
 ばきばきぼきっと、関節を鳴らす音。
「いや、待てかおり! 違うんだ、これは千鶴姉の命令で!」
「先輩〜〜〜〜!! 好きじゃあああ〜〜〜」

 魔の気配ただよう満月の夜。
 闇にそびえる白い巨塔に、哀れな巨乳の悲鳴がとどろく。

「きぃやあああああああああああっあンッ」

 微妙に感じてる様子。



 やれやれって感じでバスに乗り込んだ俺たち。
 梓はかおりちゃんの魔の手から命からがら逃げ出したようで、どっかに行ってしまった。
「先輩のいけず〜」
 ぐずるズーレはさておき、さしあたって次の目的地に向かうことにした。まあここまで
来たんだし。

「さあ、盛り上がってまいりました……」
 楓ちゃんはまだまだやる気だ。

「ところで初音。出る前、トイレ長くなかった?」
「わ、わたし? そんなことないよ! 絶対普通だよ! いつもこのくらいだよ!」
「……なぜ初音が『ちょっとトイレが長い』と指摘されたくらいでこれほどまでにあわて
るのか……世の中には科学では解明できない謎がまだまだ残されております」

(初音ちゃん……あンた、まさか……)
 俺は初音ちゃんの底知れぬ謎の空白時間に恐怖した。あのときの『……っあ……』とか、
恐怖の叫びとはまた違う微妙な声と、びくんという身震い。さては。

「お、お姉ちゃん……それは……」
「初音がパンツを替えている間皆さんにはお待ちいただいたわけですが」
「わーわーわー! わ、私ぱんつなんか替えてないよ!」
「初音、パンツ替えてないの? 毎日替えなくてはだめ。不潔だから」
「なっ……そ、そういう意味じゃなっ……う、うわーん!」
「楓ちゃん、その辺にしといてやれ」

 泣きつく初音ちゃんをよしよしとなだめつつ、俺は楓ちゃんをたしなめる。

「だって、初音ばかり……」
「うう……今日の楓お姉ちゃん、なんだかいじめっ子……」
「初音こそ」
「?」
「耕一さんにあんなにくっついて……」




「さて、いよいよやって参りました今回のハイライト……」

 狭い林道のつづら折れを何度もくぐりぬけた先にあったのは、異様にじめついたトンネ
ルの坑口。かなり古いものらしく、石積みが施されている。
 そのところどころに白いものがぼうっと光っているように見える。

「鬼鳴峠の、お化けトンネルでございます……」
 楓ちゃんが下から懐中電灯で照らす。
 『鬼鳴隧道』という毛筆書体の銘板が読み取れた。
「お兄ちゃん、ダメだよ! ここ絶対ダメだよ! 帰ろうよぉ……」
 初音ちゃんは俺の腕の中で震えている。
 さっきまでとは明らかに様子が違う。暗闇でよくはわからないが、額に異様な汗が浮い
ている。尋常な怖がりかたじゃない。
 実を言うと俺もなにか、とてつもなくいやなものを感じる。ここには明らかにいけない
ものがある、という正体の無い確信。
 いやーな記憶がよみがえる。

『……お……お兄ちゃんの中から出てけぇ……』

「よーし、どんどん行くか!」
「お、お兄ちゃん!?」



「看板ですね……」
 楓ちゃんが懐中電灯で照らすと、白い看板の文字が読み取れた。

『××年5月、この近辺でタケダテルオちゃん(9つ)が行方不明になりました。
 情報をお寄せの方は……』

 男の子の似顔絵と隆山署の署名が入った、たしかにそれは人探しの看板だ。ほかにもい
くつか似たようなものがある。
「どうやら本物ね、これは」
 響子さんがごくり、と息を飲む。
「でも、単なる行方不明ってことかも」
 由美子さんはしれっとそんなことを言う。
「これ……なんかダメです。すっごくやばい感じがする……」
 自分を抱くようにして、かおりちゃんはあとずさる。彼女も何か感じているのだろうか。
「何言ってるのよここまで来て。いまさら帰るなんてのはなしよ」
 響子さんはしいて強がって見せる。
「ではさっそく中へ……」
 楓ちゃんがツアー旗をはたはたと振った。



「話によると、歩いてるうちにふと横穴があいてるのに気づくそうですが……」
 トンネルの中はひんやりとして、外であれほどうるさく鳴いていた虫の声すら聞こえな
い。
 時おり、ぴたん……と水音がするのは、しずくが滴っているのか。

「トンネルの銘板見たんだけど、明治時代のものね。もっと名前が知れてれば、産業遺産
か重要文化財クラスかもしれない」
 由美子さんが誰にともなく言う。
「トンネルに横穴があるのはそれほど珍しいことじゃないのよ。昔は換気技術が未熟だっ
たから、わざわざ空気穴を掘ったりしてたの。そこに外からの音が変な風に反響すれば、
不気味な声って言うのも説明がつくわ」
「でも、いつもはそんな横穴ないって……」
「車で通るから気づかないのよ。歩きじゃないと。トンネルの壁なんて見ながら運転しな
いからね」
「ま、どうなるかしらね〜。鬼が出るか蛇が出るか」
 響子さんが呑気に言う。
 ……そりゃ、鬼が出るんだろうさ。



「うふふ……さあ、早く来なさい……」

 乳おどかしTai(めんどいので略)隊長柏木千鶴じきじきの出陣だ。
 トンネル内に実際に横穴があることはすでに調査済みだった。横穴といっても奥行き2
mそこそこの壁龕のようなものだった。
 そこに潜んで、獲物を待つ。
 梓はなぜか仔犬みたいにぶるぶる震えて真っ白に燃え尽きていたので、車において来た。
 ちょっと峠道を攻めたくらいで、大げさな子。
 ――さて、長女の実力を見せてあげないと。
 梓は姿を見せたのが失敗だった。そんなへまをするつもりはない。
 脆弱な人間どもをおびやかすくらい、鬼の力が発動する際の、あたりを圧するプレッシ
ャーでじゅうぶん。
 ――さあ、狩猟の始まりよ……。
 かなり先祖返りしてるっぽい様子。



「なんだか、寒くないですか?」
 かおりちゃんが肩を抱いていった。
「そういえば……」
「山の夜は急に冷え込むから。それにトンネルの中だもの、なおさらよ」
「……夢がないわね、あなた」
「現実主義者なんですよー」
 意外だな。俺は響子さんのほうが現実主義者っぽく見えると思ってたんだけど。
「……しかし寒いな」
「ね、お兄ちゃん。これ千鶴お姉ちゃんかな」
 初音ちゃんが声を潜めていった。
「かもな。おおかた3度低いんだろ、温度」
「でも、それなら怖くないよ……」

 かち
「――は〜うでぃ〜」

「ひぃやああああ! ……ぁあっ……」
「か、楓ちゃん! やめろってそのパターン!」
「初音、甘すぎ」
「な、何がなのぉ?」
「だって、ほら」

 楓ちゃんの指さす先には、闇のなかでもより黒々と、横穴が口をあけていた。
「こいつは……」
「――静かに」
 楓ちゃんが耳をそばだてる。

	『憎しや〜』
	『恨めしや〜』

「聞きましたか」
「…………」
 初音ちゃんはもう声も出さず、ただ俺にしがみついて震えている。

「これは……いよいよ本物ね……
 カメラを胸の前に構えて、響子さんは一歩踏み出した。
「やだ、ほんとに入るんですかぁ? 私、外で待っててもいいですか?」
 かおりちゃんは不安そうにあとずさった。
「いいけど……トンネルの中で、ひとりで?」
「ううっ……」

 ダメだ! 俺たち柏木家の人間ならともかく、この人たちを中に入れちゃいけない!

「いや、やっぱり危険だ。響子さん、この辺でやめにしよう」
「どうして! ほんとに声がするのよ、一体なんなのか確かめなきゃ!」
「危険なんだよ! ここは古いトンネルだ、しかも長いこと使われてない。それにほら、
この横穴って素掘りじゃないか。うかつにこんなところに入ったら、幽霊に出くわす前に
落盤に巻き込まれるぞ」
「……でも」
 落盤と聞いて、さすがに響子さんも怖気づいたようだ。たしかに見るからに崩れだしそ
うな気配である。
「な、そうだろ由美子さん」
 響子さんも由美子さんの言うことには一目置いてるようだし、由美子さんさえ同意して
くれれば。
「行こう、柏木クン」
「え?」
「知ってる? ここあたり一帯って鬼と呼ばれていた一団が住んでいた辺りなのよ。鬼が
突然あらわれたって言うのも、洞窟の中に隠れ住んでいて、それが姿をあらわしたとすれ
ば説明がつくわ」
 懐中電灯の光を跳ねかえして由美子さんの眼鏡が光る。
 もう目の表情も読み取れない。
「……これは、もしかしたらすごい発見かも! 耕一くん、私たち、鬼伝説のもとになっ
た野盗集団の隠れ家跡を発見したのかもしれないよ!」
 まずい! 由美子さん得意の方面のスイッチが入っちまったのか!?
 わき目もふらずどんどん中に歩いていく。
「由美子さん、待てって! ここはいったん引き返してきてから……」
「大丈夫! それより響子さん!」
「は、はい!?」
「カメラの用意! 怪談どころか歴史的発見の大スクープですよ!」
 及び腰でついていく響子さんと、とどまる俺とを何度もくるくると見比べながら、かお
りちゃんはえいやとばかりにきびすを転じて穴の中へと踏み入れた。
 俺はよほど頼りにされてないらしい。

「しかたない、行こう初音ちゃん」
「えええっ? そ、そんなあ……」
「彼女たちをほっとくわけには行かないよ」
「なんなら、初音だけここで待っててもいいけど。ひとりで。暗闇で。ずーっと」
 氷のような楓ちゃん、いや楓さんの一言。
「い、行く! 行くよぉ……」
 おずおずと足を踏み込む初音ちゃんの背中を押す。
「――雄っ蛇ヶ蛇ヶ蛇ヶー♪」
 楽しそうだな楓ちゃん。



「……まだかしら……」
 千鶴はじりじりしながら、声の近づいてくるのを待っていた。
「なんかあっちの方が妙に騒がしいけど」



『憎しや〜』
『恨めしや〜』
「すごいわ! お化けトンネルは本当だったのね!」
「そんなのどうでもいいです! これ写真撮ってください、明らかに未知の文明の言葉を
刻んだ石版が!」
「いやあああああ! 助けて先輩!」
「幽霊ってはじめて見たわ! あ、増えた! ぶ、分身?」
「こ、これはキリストの血を受けたという聖杯? やっぱり日本にキリストの墓があるっ
て話はほんとだったのね!」
『我が名はダリエリ……』
「こ、これがボスキャラね! 耕一くん、バッババズーカ早くバズーカ! コルトパイソ
ンでも可!」
「こんなところに失われた聖櫃が!? しかも中身は冬物のカシミヤセーター?」
「いーやー出してええええ! こんな、こんな乳が足りない所はいやああああ」

 ……中、すんごいことになってる。

「……お兄ちゃん……」
 きゅ、と俺の手を握る初音ちゃん。
「ど、どうしよう……」
 そんなこといわれても、俺こそどうしようってとこだ。

「バッバズーカだっつーの!」
 響子さんが何やらえらいことに。

「私は人間をやめるわよ柏木クンンンンンン!」
 おい! 何見つけたんだ由美子さん!

「楓ちゃん、ここはツアコンの権限でひとつ何とか!」
「なんとかってどうするんですか、次郎衛門」
「はい?」
 くすり、楓ちゃんは小さく笑う。
「耕一さん。ここがわたしの最終目的だといったらレゼ……メギデゼ……ネガレム……ラ
ダ?」
「途中からエルクゥ語になられてもわかんねえよ!」
「ウツクシ……ナ……?」ぽ。
「言ってないそんなことひとことも」
「ジローエモン……」
 むー、とふくれっつら。

「雨月山中に眠る超古代文明は幽霊の巣窟? もーどんな記事書いたらいいやら! てい
うか武器ないの武器は!」
「これがッ……”力”なのねーーーーッ」
「乳よこせー! かえせー戻せー乳ほりだせー! うわーん」

 ひくっ、と俺のとなりでしゃくりあげる声。

「う……」

 初音ちゃんが、真っ赤な顔をして――

「うわあああああん! もうやだよおぉ!」
「初音ちゃん!?」

 とたん、目もくらむような光に包まれ……。



 その後のレディジョイ編集部。
「ほんとなんです編集長! 雨月山に謎のUFO文明の痕跡が!」
「アトランティスへ行け、アトランティスへ」

 大学では特に何も起こらなかったが、小出由美子がドクターコースをもう一年やること
になった。
 論文『鬼伝説と超古代文明〜室町時代にUFOあらわる〜』が教授会一致でダメ出し食
らったのがおもな原因という。

「でもまあ、みんな無事で帰ってこれてよかったよね」
「それも初音ちゃんのおかげさ」
「――ノーパンでがんばった甲斐あったわね、初音」
「の、のーぱんじゃない! のーぱんじゃないよ!」
「私がおどかしたあと、暗闇の中でこっそり脱いでたのはちゃんとチェックしてたから」

 ……まあ、聞かなかったことにしよう。

「でも、千鶴お姉ちゃんどうしたんだろうね」
「そうだよなあ……」



 ざくざくとスコップの食い込む地面に、ぼこっと穴があいた。
「おーい、亀姉。生きてる?」
「……ぐすん……」

 旧トンネルの落盤事故が報じられたのはそれから三日後のこと。鶴来屋会長の不在はそ
の間ずっと足立社長によって伏せられていた。
 いなくても特に困らなかったという事実は、当の本人にはナイショ。



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