怪談の後始末 投稿者:JUN 投稿日:8月30日(木)02時08分
                           To Heart SS
          Leaf図書館競作参加作品[お題:怪談]



                                  JUN



                 怪談の後始末




「これは俺が知人から聞いた話なんだが……」
 その夜の最後の話は、この切りだしから始まった。


 俺達は今、夏休みを利用して来栖川家の別荘に遊びに来ている。
 先輩と綾香が強引に俺たちを誘ったのだ。
 もちろん俺は即座に了解した。
 何しろほとんどタダで避暑地に遊びに出かけられるとあっては、帰宅部で夏休み
の予定ががら空きの俺にしては断る理由も無い。
 しかしこの話が歩く人間拡声器(東スポでも可)に伝わったのがいけなかった。
あっという間に同行者が増えてしまった。しかもその全員が女子とあっては、ここ
に来る途中までに先輩や綾香から散々浴びせられた視線の痛さに耐えなければなら
ない俺としては辛いところだ。
 この時ばかりは部活を理由に同行を断った雅史を恨んだぜ。
 しかしその陰鬱な気分も、別荘についた時には吹き飛んだ。なにしろ天下の来栖
川財閥だけあって、その別荘も十分に広い上に環境もいい。おまけに客観的に見れ
ば、今の俺はきれいな女の子を大勢引き連れて避暑地にやって来たお坊っちゃまみ
たいなもんだ。
 これで文句を言ったらバチがあたるかもしれん。
 少なくとも一人、いや二人は本当にバチをあてそうな輩がいるし。
 近くの浜辺で遊泳したり、スイカ割りや花火大会なんかで俺達は別荘気分を味わ
った。
 その後、消灯前の夜のお約束でみんなと駄弁っているうちに、話が怪談の方向へ
流れて行ったってわけだ。


「……それから半月後、知人が夜中にふと目を覚ますと、きちんと鍵をしめたはず
の玄関から足音がひたひたひたと近付いて来たんだ。恐ろしくて声もあげられない
内に、その物音は寝室の前を通り過ぎて仏間の方に向かっていくと、そこですっと
消えていったんだ。
 翌朝仏間を尋ねて見ると、仏壇の前が水で湿気っていた。
 数日後に警察から電話があって、その叔父さんが水死体になっているのが発見さ
れたそうだ。実家から縁を切られたはずのその叔父さんは言われた通り、死んでか
ら家に帰って来たのではないかと親戚中で噂話になったそうだ」
 そういうと俺はふっと目の前の蝋燭を消した。
「「「きゃああ!」」」
 何人か女子から叫び声が上がる。
 怪談噺でさんざん恐怖感をあおったところで、話の締めに前ぶれもなくいきなり
蝋燭を消したのだから驚くのも無理はない。
「どうだ、そんなに恐かったか?」
 パチっと部屋の電気をつけると、俺は何事も無かったかのように尋ねてみた。
「せ、先輩。心臓に悪いです」
「藤田さん、ちょっと意地悪ですよ」
「ほんと。女の子を恐がらせたり驚かせたり、ちょっと悪趣味よねえ」
 順に葵ちゃん、琴音ちゃん、綾香だ。しかし綾香よ、怪談で人を恐がらせられな
かったら、意味が無いと思うんだが。
「ふっ、ふん。この科学万能の時代にこのあたしが、そ、そんな与太話に本気でこ、
恐がってるとでも思っているのかしら」
 そういいながら声が震えているぞ、志保。
「…………」
「え、それはただの幽霊ではなくてその時点では生霊だったかもしれないって。だ
としたら約束違反だと。そ、そうかもしれねーよな」
 さすがに先輩はオカルトが専門なだけあって、この程度では恐がってくれない。
冷静にツッコミを入れてくる。
「ふえ〜ん、浩之ちゃん。その話って本当?」
「さあ、俺も人づてに聞いただけだからな」
 あかりの奴は本気で恐がってたらしい。お約束通りの反応を返す奴だ。
 ……っと、さっきから向こうの方でずっとうずくまっているのは誰だ?
「ふ、ふええええん、びろゆぎさ〜ん。お話しはもう終わりましたか〜〜〜」
 マルチだった。
 さっきからずっと、耳カバーをふさいでうずくまっていたようだ。涙と鼻水で、
見ていて情けない顔をしている。
 現代科学の技術の結晶のくせに、幽霊話に恐がっててどうする。
「わ、わたし、今夜は一人でトイレに行けそうにも無いです〜」
「ロボットがトイレに行ってどうする!!」


 その夜中。
 俺が一人で寝ていると、ドアからノックが聞こえた。
 女子は全員広間に布団を並べて寝ているが、さすがに男子が女子の中で寝るわけ
にもいかないということで、俺一人だけが別室を与えられていたのだ。
 まったく、こんな紳士を捕まえてケダモノだなんてよく言えたもんだ。
 だが俺が女子の寝ている広間に夜這いをかければ、別の意味でヤバいのは火を見
るより明らかだろう。
 はっきり言って身の安全が保証できん。
 だから俺はそんな寂しい夜をモンモンと過ごしていたのだ。
 そこへノックである。
 はっきり言って期待してしまったぜ。
 だがドアを開けて見て驚いた。そこに立っていたのはある意味一番意外な人物だ
ったからだ。
「あ、あかり……」
 顔を赤らめてもじもじしながら突っ立っていたのは、幼なじみのあかりだった。
「ひ、浩之ちゃんのせいだからね。あ、あんな話するから……」
 今の俺はおそらく、傍目からみれば情けない顔をしていただろう。俺はあかりが
こんな事をする奴だとは思ってもいなかった。だからとっさに、どういう態度を取
れば良いか分からなくなっていたのだ。
 そんな俺の態度を知ってか知らずか、あかりは意を決したように顔を上げた。
「浩之ちゃん、その……」
「あ、あかり……」
「い、一緒にトイレ付いて行ってくれない!?」
「……………へっ?」
 俺は、何を言われたのか分からなかった。
「ひ、浩之ちゃんのせいだからね。寝る前にあんな話するもんだから、恐くて一人
で行けないよ」
「……………」
「あー。浩之ちゃん、今呆れてたよねえ。でも恐いんだから」
「あー、はいはい。トイレね」
 すまん、あかり。俺はあんまり意外な展開に一瞬思考が硬直していただけだ。
 断じてお前に呆れていたわけではないぞ。
「まったく、しょーがねえなあ」
 俺は、あかりを連れてトイレに行く事になった。
 さすがに来栖川家の別荘だけあって、広間からトイレまでの距離も結構長かった
のだ。
「お前もけっこう恐がりだったんだよなあ。忘れていたぜ」
「もう、浩之ちゃんたらあ」
「しかしそれじゃあ困るよなあ。今俺たちがいるのは芹香先輩ん家の別荘なんだぜ」
「えっ、どういうこと」
「いや、いつ先輩のお友達の幽霊がやって来ても不思議じゃないよなあって」
「や、やだあ浩之ちゃん。また恐がらせないでよう」
 まったく、こうまでお約束通りの反応を返すとからかいたくもなるぜ。
「あっ、でも先輩のお友達だからな。かわいい動物のオバケとかが現われたりして」
「え、本当!?」
「もしクマのオバケとかが現われたら、お前どうする」
「えっ、えっ、どうしよう」
 マジに悩むな。
「あ、でもかわいい浩之ちゃんのオバケだったら……」
 それはやめい。


 その夜中。
 俺が一人で寝ていると、ドアからノックが聞こえた。
 さっきのに比べると幾分やかましい鳴らし方だ。
 誰だ一体。
「なんだおめーか」
「なんだとは何よ。あたしが来ちゃ悪い?」
「たりめーだ。まったく、夜這いならもう少しおしとやかに来るもんだぜ」
「誰が夜這いよ」
 ドアの向こうに突っ立っていたのは、志保だった。まったく、今日は色々と珍し
いものが見れる日だぜ。
「あ、あのさ、ヒロ……」
 急に志保の奴がモジモジしだした。何のつもりだ。
「何だ、実は愛の告白か?」
「誰が告白よ、自惚れるんじゃないわよ。まったくあんたって人はデリカシーって
ものはないわけ?」
「あいにくお前ほどじゃねえけどな。何なんだよ一体」
「……トイレ」
「はぁ?」
「ひ、一人でトイレに行くのも寂しそうだから付いてってあげるって言ってるのよ。
来るの、来ないの」
「……………」
 日本語としては主客転倒のムチャクチャな志保の言葉だったが、どうやら俺にト
イレに着いてきて欲しいと言っているようだ。
「あーっ、ヒロ、今、呆れてたわね」
「いや、一瞬なんかデジャブーに陥っただけだ」
「嘘、何か哀れむような目をしていた。私には分かるんだから」
 いや、そう簡単に分かられても困るんだが。
 事実違ってるし。
「いやあ、しかし志保がここまで幽霊とか怪談とかが苦手だったとはなあ。恥も外聞
も捨てて俺のところに来るなんてな」
「あー、あんた人の事言えるの。『初音のないしょ!!』のおまけシナリオで、一
緒に醜態さらした仲のくせに」
「な、そんな昔のことを持ち出してくるとは。お前だって『LeafFight97』
ではダーク長岡なんちゅう恥ずかしい名前を名乗ってたじゃないか」
「あ、あれは厳密にはあたしじゃなくて」
 トイレに着くまでの間、俺と志保はこんなつまらない言い合いをしていた。
 ……しかし夜中にこんなに騒いでしまっていいのだろうか。


 その夜中。
 俺が一人で寝ていると、ドアからノックが聞こえた。
 控え目な、それでいて力強い音。
 全く、今夜は千客万来だぜ。
 俺がドアを空けると、そこに立っていたのは葵ちゃんだった。
「よ、葵ちゃん。どうした、こんな夜中に」
「先輩、あの……」
 もじもじうつ向きながら、葵ちゃんは俺にどうやって切り出そうか迷っているみ
たいだった。
 俺も今度は茶々を入れたりせず、相手が打ち明けてくるのを待つ。
「あの、一緒にトイレに着いて来てもらえませんか」
 本当に真っ赤になりながら、葵ちゃんは俺にそう持ちかけて来た。
 ここまで初々しいと、なんだか可愛らしくなってくる。
「オッケー」
 軽く承諾すると、俺は葵ちゃんと一緒にトイレに訪れた。
「すると、葵ちゃんもやはりオバケとか苦手なタチ?」
「あ、はい。変ですか」
「う〜ん、どっちかって言うと、葵ちゃんならてっきりオバケが現われても朋拳で
倒してしまいそうなイメージだったからなあ」
「先輩、私だって女の子ですよ」
 葵ちゃんはちょっとむくれてしまったようだ。
 考えて見たら、葵ちゃんも格闘技が得意なだけで、それ以外は普通の女の子とあ
まり変わらないところがあるからなあ。
 幽霊とかが苦手でもあまりおかしくはないよな。
「襲ってくるのがちゃんと足のある相手だったら、筋肉ムキムキの大男でも恐くは
無いんですけどね」
 いや、それはそれで恐い気がする。


 その夜中。
 俺が一人で寝ていると、ドアからノックが聞こえた。
 おしとやかなノック。
 俺は、今度は誰だと思って乱暴にドアを開けた。
「あ、あの、藤田さん。こんな夜中にごめんなさい」
「あ、琴音ちゃん」
「もしかして寝てましたか」
「いや、ちょっと眠れなかっただけだから」
「す、すみません。起こしちゃったみたいで」
「琴音ちゃんのせいじゃないって」
 琴音ちゃんは、その不幸な能力のおかげか過剰に自分に内罰的なところがある。
今はだいぶ性格も明るくなって来てはいるが、未だに時折自分を責める部分が見ら
れるのが気になるところだ。
「ところで琴音ちゃん。こんな夜遅くに何」
 俺が水を差し向けると、琴音ちゃんは顔を真っ赤にしてモジモジとうつ向いてし
まった。
 このパターンは、やっぱり……
「藤田さん、その、あの……」
「あ、琴音ちゃん。俺トイレに行きたいと思ってたところなんだ。一緒についてき
てくれない」
「え──」
「着いて来てくれないの」
「え、いや、その、いきます」
 琴音ちゃんは一瞬きょとんとしたが、ようやく俺が気を効かせたことに気付いた
ようだ。
「すみません、藤田さん。わざわざ」
「いいって。やっぱり琴音ちゃんも、オバケとかは苦手なタチ?」
「はい。特にこういう古びた別荘は、いかにもオバケが出そうじゃないですか。私
が言うのもおかしいかもしれませんが」
 そうだよなあ。琴音ちゃん、この前の四月まで、疫病神とか霊媒女だとか言われ
てたんだよなあ。
 でも今はその問題もあらかた解決している。あとは本人がどれくらい自分の能力
を使いこなせるかだ。
「琴音ちゃんなら心配ないよな。オバケが来てもバリアーで跳ね返しちまうって」
 俺は半分冗談めかして言った。もっとも冗談抜きで琴音ちゃんのバリアー能力に
は侮れないものがあるが。
「もし現われたら、不幸の予知や力の暴走で吹き飛ばしてあげます」
 それはマジで恐いぞ、琴音ちゃん。


 その夜中。
 俺が一人で寝ていると、ドアからノックが聞こえた。
「やっほー、浩之ぃ〜、恐いから一緒にトイレ付いて来てくれない?」
 嘘だ。てめえはぜったい嘘だ!


 翌朝。
 目覚ましのベルに無理矢理叩き起こされた俺は、案の定睡眠不足状態だった。
 ある意味昨晩の怪談噺のせいだと言えなくもない。
 つまりは自業自得か。
 着替えてから広間に向かうと、何やら人だかりができていた。
 女子たちがだれかを囲んでいるようだ。
「お前ら朝から何やってるんだ」
「あ、ヒロ。実は……」
 そう言って志保が指差したのは。
「はわわ〜〜〜、浩之さん。もうじわげありまぜ〜〜〜ん」
 マルチだった。
 見るとマルチの寝ていた布団が濡れていた。見事な世界地図だ。
「……って、なんでマルチがおねしょしてるんだ」
「マルチちゃんがどうしても一緒に私たちと寝たいって言ってたから」
「夜中に一人で充電するのが恐かったんですぅ〜〜」
 おひ。
「で、でもきれいな水ですから」




               怪談の後始末 (終)


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 [お題:怪談]

 仕事でずっと忙しくて、山場を越したと思ったら今度はどっと疲れがでて、創作
にまで力が回らない状態になっていました。
 今回のネタを思いついたのがなんと29日未明。競作の締切まであと3日しかな
いじゃんという状態で書き始めました。
 そのわりにはなんとかまとまったという感じですね。筆力不足のため肝心の怪談
部分があまり恐そうにできなかったので、思い切って省いてしまいました。
 半年ぶりのSSになりましたが、お気に召しましたらご照覧ください。



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