バレンタインは手作りチョコで 投稿者:JUN 投稿日:2月12日(月)00時49分
                           To Heart SS
      Leaf図書館競作参加作品[お題:バレンタインデー]



                                  JUN



             バレンタインは手作りチョコで




「大ニュース、大ニュース!」
 今日も愛と正義と真実の使徒であるこのあたしは、今日も志保ちゃん情報を伝え
るべくB組の教室に入った。
「んあー、煩(うるさ)いのが来るかと思えば、なんだ志保か」
「なんだじゃないわ。私は校内に300人はいる志保ちゃん情報の愛好家のために、
今日もビックスクープを知らせに来たのよ」
「校内300人って、そんなに暇人いるわけねーだろ」
「ヒロ、お黙りなさい。みんな何気に言わないだけで、正義と真実のスクープに価
値を認めるサイレントマジョリティは確実にそれだけいるってことよ」
「『正義』と『真実』という言葉に『スクープ』という言葉が掛かる時点で信用で
きねーぜ」
「そういいながら一番興味津々のくせして。強がりもいい加減にしなさいよこの」
「違うぞ、志保。俺は志保の騒音を延々と巻き散らかされては周囲に迷惑がかかる
から、適当なところで折れてやってるんだ。大人の態度と言え」
「おい、長岡に藤田。いい加減痴話喧嘩はやめて本題に入れ」
 あらら。口喧嘩に夢中になって危うく本題を忘れるところだったわ。どうも相手
がヒロだと話がエキサイトするみたい。
 私とヒロの周りには既に人だかりが出来ていた。正義と真実の志保ちゃんニュー
スを期待している人がこれだけいるってこと、どうしてヒロは認めてくれないのか
しらね。
「そーだったわね。今回のネタはビッグニュースよ。特にそこの女子、聞き逃した
ら一生後悔するわよ」
「誰もしねーって」
「うっさいわねー。外野は黙って聞きなさい」
「へいへい」
 ヒロったら興味ないって言ってるくせにチャチャ入れてくるんだから。少しは素
直になったら可愛くなるのに。
 ……やっぱりやめ。自分で考えといてなんだけど、可愛いヒロなんて想像出来な
いわ。
「それじゃあいくわよ。E組の龍っちゃんいるでしょ、あの野球部の。結構女子の
間で人気があるけど、この前までずっと付き合っている恋人とかガールフレンドと
かいなかったのよね。これって本校の七不思議の一つに数えられていたけど」
「そんなのあったっけ」
「あったの! それでその龍っちゃん、去年の県大会の時に他校の女子生徒が応援
に来ていて、実は中学時代から付き合っている子がいたことが判明したんだけど」
「その話は以前聞いたぞー」
 ヒロ以外からも結構合いの手が入る。
 これって志保ちゃん情報の人気を如実に物語ってるわよねー。
 ふふんふん、でもこの志保ちゃんが、同じニュースを二回繰り返すとでも思って
いるのかしら?
「ところが!」
 ここで一旦声を止める。一旦声を大きくしたあとで拍子を置くことによって、聴
衆に次の話題に意識を向けさせるのは、志保ちゃんスピーチの基本ね。
「志保ちゃんネットワークに登録している有能なレポーターがこの間、とんでもな
い光景を目撃したのよ。龍っちゃんがその可愛い女の子と一緒に喫茶店にいるシー
ンを」
 みんな、なんだそんなことかと表情を曇らせた。
 そこへあたしは畳み掛ける。
「しかぁし、見てるとなんだか様子がおかしい。そのうち女の子が泣き出しごめん
なさいごめんなさいって謝りだした。龍っちゃんは女の子を慰めようとするんだけ
ど、そのうち女の子の方は席を立って帰って行っちゃったのよ。これは尋常じゃな
いってんで、そのレポーター、先日龍っちゃんのところに突撃取材しました」
 期待させといて一旦落すのも志保ちゃんスピーチのテクニックの一つ。これでそ
の後の事件がさらに聴衆に印象深くなるってわけ。
「うわ、迷惑な奴」
「うっさいわねー。これからがいいところなのよ。龍っちゃんは最初かなり渋って
たんだけど、見られたんなら仕方が無いってんで話を教えてくれたわ。それによる
と龍っちゃん、件(くだん)の女の子に振られたらしいの」
「えーうそー!?」
「やだー、信じらんなーい」
「龍っちゃん、振られちゃったんですかぁ」
「そうでしょそうでしょ。やはり学校が別々っていうのは無理あるわよねー。その
女の子、同じ学校のクラスメートの男子に告られたんだって。それで龍っちゃんと
どちらを選ぶかかなり迷ってたみたいなんだけど、先日ついに龍っちゃんに別れ話
を切り出したってわけ。だから龍っちゃん、今フリーなのよ」
 あたしが断ずると、きゃーとかうそーとか女の子の間から声が上がる。
「今の季節、バレンタインがあるからね。今なら傷心の龍っちゃんの心を癒して差
し上げれば、彼のハートをウォンチュできちゃうかも知れないのよ」
「えー、やだぁ。どうしようかな〜?」
「私、お菓子作り得意だし、龍っくんにアタックしようかなあ」
 女性陣たちが次々と声をあげる中、ヒロはつまらなそうにあたしを見ていた。
「なんだ、仰々しく人を集めたかと思ったら、結局の所バレンタインの噂話じゃね
ーか」
「いいじゃないの。バレンタインは女の子の一大事なのよ!」
 あたしの話に難癖つけるヒロに、ビシッと指を突きつけた。
 しかしヒロは全然動じた風もない。
 くそー、むかつくわねー。
「大体さっきの話のレポーターって誰のことだ? 志保ちゃんネットワークって一
体なんだ?」
「愛と正義と真実の情報を伝えるべく、この志保ちゃんが校内に組織した一大ネッ
トワークよ。なんならヒロ、今なら会員番号ナンバー2として特別待遇しちゃった
りするから入んなさい」
「要するに現会員は志保一人っことじゃねーか。そんな怪しげなもの、誰も入らね
ーよ。大体おめー、バレンタインとかいって人様の恋愛の噂話たてるのもいいけど、
そう言う自分はどうなんだ、出す相手でもいるのか」
「う、よく言うわねえ。やっぱり配当1.0倍、ガチガチの出来レースで本命馬が
いる御仁には、バレンタインにかける微妙な乙女心は分からないものなのね」
「乙女心は分からねーけどな、志保の心なら分かるぜ」
 え!?
 意外なヒロの返事に、一瞬言葉が詰まった。
 ちょっと、なんでこの高校のスーパーアイドル志保ちゃんが、ヒロごときの言葉
にドキッとしなくちゃなんないのよ!?
「やっぱデマと噂話が三度のメシより好きだからな、おめーは。彼氏作ってチョコ
を渡すよりも、人様の恋愛をネタにデマを広める方が楽しいんだろ」
「……」
 あまりのヒロの言い草に、二の句が一瞬あげられなかった。
「お、なんだ志保黙りこくって。まさか図星だとか」
「……ヒロの」
「なんだ?」
「ヒロのバカぁ!! あたしだってね女の子なのよ。好きな男の子の一人や二人、
いたっておかしく無いでしょ!?」
「そ、そりゃおかしくはねえぜ。いたとしてもな」
 いたとしても。その含みのある言い方にますます頭に血が登った。
「もういい。ヒロなんて知らない!!」
 あたしは大声を張り上げると、そのままドアから廊下へ走り去った。
「うわ、なんだぁあいつは」
「浩之、いくら志保相手でも今のは言い過ぎだよ」
 あたしが出てった教室からは、そんなヒロを窘(たしな)める雅史たちの声が聞
こえたが、そんな事はあたしには関係なかった。


「──というわけよ、あかり。あんたには悪いけどあの無神経男、今度会った時は
ぎったんぎったんにしてやるんだから」
「もう、しょうがないなあ浩之ちゃんは」
 放課後、あかりと一緒に帰ったあたしは、昼間の無神経男とのやりとりを話して
いた。
 自分の幼なじみの悪口にも関らず、あかりは嫌な顔一つせずに聞き役に徹してく
れる。ほんと、よく出来た親友だわ。
 あかりには悪いけど、ヒロへのうっぷんも少し晴れたみたい。
「本当にもう、あの男は〜。この志保ちゃんも女の子だってこと、全然意識して無
いわよ、きっと」
「そんなことないよ、浩之ちゃん、ああ見えても志保のこと、結構気にかけている
よ」
「いーや、絶対分かって無い。あたしだってその気になれば、ヒロなんか全然比べ
物にならないくらいいい男の一人や二人──」
 あたしが半分興奮しつつ叫んでるその傍らで、あかりがじっとあたしを見つめて
いた。
「なによ、あかり?」
「ねえ、志保。あたし今日、帰ったらチョコの手作りするんだ。良かったらうちに
来て手伝ってくれない?」
「ええー、あたしが!? あかり、あんただったら一人でもおいしいチョコ作れる
んじゃないの?」
 自慢じゃないが、あたしの料理の腕前はあかりには遠く及ばない。
「見てくれるだけでいいの。志保だってチョコレート作りの経験があれば、将来好
きな男の子が出来た時に困らないでしょ」
 あかりにしては鋭いところをついて来た。あたしにはチョコレートどころか、家
庭科の授業を除けばお菓子作りの経験もない。今までバレンタインといえば、義理
チョコとして一山百円のチョコキャンデーをヒロや雅史たちに配ったことぐらいし
かない。
「で、でもあかり。こういう手作りチョコは、自分だけで作った方が気持ちっても
んが」
 あたし自身、焦って自分でも何言っているのかよくわからなかった。
「ほら、志保。この近くに有名なチョコレートのお店屋さんがあるんだ。そこで材
料買うから付き合って」
 そんなあたしの困惑を無視して、あかりはあたしを繁華街に引っ張って行った。
 なんだかんだ言って、やっぱりあかりには敵わないところあるみたい、あたし。


 あかりはチョコの店でテキパキと買い物を済ませると、今度はあたしを自分の家
まで引っ張り回した。
 あかりは普段は結構トロイのに、何故か時々押しの強いところがある。あたしは
逆らう気にもなれず、あかりに連れられるまま現在、神岸家の台所にエプロンつけ
て立っていたりする。
 制服の上からでもあかりのエプロン姿は非常に似合ってるけど、行動派のあたし
にはエプロンがどうもしっくりとこない。あたしはなんだか居心地が悪い思いをし
ながら、あかりの作業を眺めていた。
 あかりはまず買って来た割れチョコを包丁で細かく砕くと、用意してあったステ
ンレスのボールの小さな方に入れた。大きなボールには沸騰したお湯を入れ、更に
温度計で温度を図りながら80度前度になるように水を加えていた。
「ほら、志保も見ているだけじゃつまらないでしょ。やってみて」
「う、うん」
 あたしはあかりに促されるまま、チョコレートを砕いた。あかりの慣れた手つき
に比べると、やはり手際が悪いのは否めない。
 あかりはお湯の入った大きなボールにチョコの入った小さなボールを入れる。湯
煎といってお湯の温度で間接的にチョコを溶かす作業だ。
 細かく砕いたチョコはすぐに解けるが、あかりはさらに温度計を確認しつつ、チ
ョコを木べらでかき混ぜている。
「ほら志保、チョコをかき混ぜる時は余計な水分が混ざらないように気をつけない
と、味が落ちちゃうよ」
「う、うん」
 60度前後のお湯による湯煎で50度前後までチョコを温めると、あかりは今度
は水の入ったボールでチョコを覚ます作業に入った。15度前後の冷水でチョコを
25度前後にまで冷ますと、今度は34度のお湯による湯煎で28度〜31度に納
まるように温めるのだ。この一連の作業をテンパリングといい、あかりは温度計を
注意深く眺めて作業を進めている。
「あ、あかり。温度計が32度を超えちゃった! どうしよう!?」
「落ち着いて、志保。そういう場合は、もう一度冷やしてから温め直すの」
 あかりの作業に見とれてたのか、再度の湯煎でチョコを温め過ぎたあたしに、あ
かりは手際よく指示を下す。チョコを温め過ぎると、固めた時にチョコの表面にマ
ーブル模様が生じ、味も落ちてしまうからだ。
 しかし……、あたしは一体何をやっているんだろう。
 あかりは温めたチョコを形に入れる。ホワイトチョコを形の表面に薄く付けて、
その上からスィートチョコを流し込む事によってチョコの表面にマーブル模様をつ
ける。そうかと思えば型の中にココナッツとチョコレートをバランスよく入れてロ
シェ風味にしたり、型から取り出した小さなチョコレートの表面に、ココアパウダ
ーをまぶしたりするものもあった。
 さすがはあかり、ただの手作りチョコレートでも凝った事をするわね。
 あたしはあかりの用意した大きめの形を取り出すと、そこにチョコレートを流し
込む。
「あれ、志保。その型は……」
「え、あ? ああーっ!?」
 何気に掴んだのであまり意識して無かったが、あたしが流し込んでいたのは大き
めのハートの形をした型だった。これじゃあどこから見ても本命のバレンタインチ
ョコレートじゃないの!
「あ、ごめんあかり。元に戻すから」
 慌ててボールに戻そうとするあたしを、あかりは手で押さえた。
「ううん、いいよ志保。そのまま続けて」
 そういうあかりの目は、まるでいつもヒロに向けているようなどこまでも深く優
しい目だった。
「うん……」
 あたしはそのあかりの優しさに甘えるかのように、そのまま作業を続けた。
 結局あたしはその大きなハート型のチョコを、そのまま持って帰ることになった。
 冷凍庫で固めたハート型のチョコを取り出すと、下向きになっていた表面には小
きく、『St.Valentaine’s Day』という窪みが出来ていた。そ
こに今度はホワイトチョコを流し込み、また冷凍庫で固めるのだ。本当はその下に
『for You』という文字列もあったのだが、さすがに恥ずかしいのであかり
に頼み込んでそこは埋めてもらった。
 貰ったチョコレートは箱にしまうと、そのまま奇麗に装丁する。
 しかし……。
 このチョコレート、どうすればいいの!?
 本当は自分で食べてしまえばいいのだろうが、それをするとせっかくのあかりの
好意を無下にしてしまうような気がした。
 贈る相手を考えていたらヒロの顔を思いついたが、アレだけバカにしてくれたヒ
ロに贈るのは論外だ。だからといってヒロ以外の相手を考えても贈る気にもなれな
い。
 家に帰って来たあたしは、チョコレートを冷凍庫に入れたままバレンタイン・デ
ーなんか来ないで欲しいと真剣に願っていた。


 でも時は無情に過ぎて、バレンタイン・デーの朝がやって来てしまった。
 家を出る時にあたしは、手作りチョコレートを持って行くかどうか悩んだ。贈る
相手もいないのに、あたしは一体何をやってるのかしら。
 なにかバカバカしい気がしたあたしは、取り敢えずチョコを持って登校した。渡
せなかったらその時はその時考えればいいし、もしかしたら運命的な出合いがあっ
てチョコを渡せる相手が見つかるかも知れないと思ったからだ。
 登校途中の坂道を登って行くと、あかりとヒロの後ろ姿が見えた。相変わらずヒ
ロは眠そうにしているわね。夜更かしして今朝もあかりに叩き起こされたクチなの
だろう。
 ヒロでもからかって陰鬱な気持ちを吹き飛ばそうと思って声をかけようとした時、
あかりがカバンから奇麗に装丁された小箱を取り出した。
 あれは……あかりの作ったチョコレートだ。
 あたしの知っている限りでは、あかりは毎年ヒロへのチョコレートには大きめの
ハート型チョコを送っていたように思う。しかし今年はあたしがその型を使用して
しまったため、一口チョコの詰め合わせになってしまったのだ。食い意地の張って
いるヒロは結構喜んでいるようだが、あたしはなんだかあかりに申し訳ない気持ち
になった。
 あかり達に追い付かないようにゆっくり歩き、あたしはあかりに遅れて教室に入
った。
「おはよー、志保」
「あ、あかり。おはよう♪」
 あかりは傍から見ても喜色満面といった面持ちで幸せそうに浮かれている。
「あかり、あんた今日は特に浮かれているわね」
「え、そう見える?」
「見えるも何も、さてはヒロでしょ。バレンタインチョコ、気に入ってもらえた?」
「うふふ。実はそうなの。今年は一口チョコの詰め合わせだよって言ったら、食べ
やすくていいじゃないかって喜んでくれたの」
「でも登校中に渡したのはまずかったわね。あのバカ、昼前には全部食べちゃうわ
よ」
「浩之ちゃんが気に入ってくれたんなら、それでいいよ」
「あー、こいつ。のろけちゃってー」
「やだー、志保ったら。みんなには内緒だよ」
「内緒も何も、うちのクラスであかりとヒロの間柄を知らない奴はいないわよ」
 いつもの調子であかりとじゃれあっていたが、あたしの頭の片隅にはなぜか冷め
ている部分があった。
 そしてあたしは、放課後になっても誰にもチョコレートを渡せずにいた。


 下校時、学校帰りの坂道であたしは足取りも重たかった。
 いつも元気な志保ちゃんが今日は大人しいって、クラスメートのみんなも結構怪
訝な目付きしていた。特にあの委員長ったら、今日は長岡さんがやかましく無いか
ら助かるわって言っていたわね。一言多いのはいつもの事だけど、だからクラスメ
ートのみんなに絡まれたりするのよ。
 ハイテンションになれなかったのは、あたしのカバンに納まっているハート型の
バレンタインチョコレートのせいだった。クラスのみんなも今日の話題はバレンタ
イン一色で、その話になる度に渡すアテのないチョコレートのことを思い出してテ
ンションが落ちてしまったのだ。
「よお、志保。いつもの元気はどうしたんだ!?」
「きゃあ!」
 バカっぽい声とともにいきなり肩を叩かれて、あたしは舞い上がった。
「ヒ、ヒロじゃないの。な、何よいきなり。レディの肩をいきなり叩くなんて失礼
じゃないの」
「誰がレディーだ、誰が。俺はさっきからずっと声をかけていたぞ。そっちこそ何
をぼーっとしてたんだ」
「え、そうなの? そうならそうと早く言ってよ!」
「お前なあ、話がムチャクチャだぞ」
 ヒロは呆れたようなような顔つきであたしを見つめた。
「まあいいや。志保、こないだは済まなかったな」
「え、何の事?」
「それはこの間の志保ちゃん情報のことに決まってんだろ。あの時は俺も言い過ぎ
だった、すまん」
 そう言いながら、ヒロは片手を前にあげて謝った。
「なんか誠意が篭(こも)って無い気がするけど、まあいいわ。あたしも気にして
ないから」
「そっか、許してくれるのか。そりゃありがとうな」
「それよりヒロ。あかりのバレンタイン・チョコは美味しかった?」
 いきなり話題を変えるあたしに、ヒロは迷った風もなく答えた。
「そりゃもう美味しかったぜ。今年は趣向を変えた一口チョコだったけど、一つ一
つが結構凝っててな。一つ食べるごとにほっぺたが零れ落ちそうだったぜ」
「やっぱりヒロ、昼前には全部食べちゃったってわけね」
「おう。ってなんでそんな事分かるんだ、おめー?」
「あんたの行動パターンぐらいお見通しよ。あかりの困ったような笑顔が思い浮か
ぶわ。ったく……」
「なんなんだよ、おめーは」
 言いながらあたしは、心のわだかまりが解けていくのを感じた。なんだかんだ言
ってもこのバカのことは、あかりが一番良く分かっている。それはあたしが一番よ
く知っていたことだ。
「そんなどうしようもないおバカさんにはいいものあげるわ」
 そういうとあたしは、カバンから例のハート型チョコレートを出してヒロに差し
出した。
「おい、志保。これって……」
「勘違いしないでね、ただの義理チョコなんだから。この高校のスーパーアイドル
志保ちゃんから戴けるだけでもありがたく思いなさい。」
「義理チョコ? これが?」
「いつかあんたなんか比較にならないくらいいい男を見つけたら、その時には本命
のバレンタイン・チョコをプレゼントしてやるんだかね。それはその時のための試
作品。あんたは大人しく、この志保ちゃんの試食係にになりなさい!」
 あたしが勢いよく言い切ってヒロにチョコを押しつけた。
 受け取ったヒロは最初は戸惑っていたようだけど、すぐにやりと笑った。
「そっか、試食係か。それじゃあ味見をしなくちゃいけないよなあ」
 そういうと包装をほどいて、箱から取り出したチョコレートを一口分割るとその
まま口に入れた。
「ど、どうよ味は……」
「……キメが荒いし味に少々ムラもあるな。まだまだ改善の余地有りだ」
「そ、そう。やっぱりあかりのようには上手くいかないわよね」
 そういえばヒロったら、あかりに餌づけされてて結構舌が肥えているんだった。
相手が悪かったわよね。
「だが手作りの愛情は込もっているよな。お前の未来の彼氏は幸せ者だろうよ」
 そういうとヒロは、あたしの頭をぐりぐりとなでた。
「な、何するのよ、ヒロ。恥ずかしいじゃないの!」
 そう言ってあたしはヒロの手を振りほどいた。それはヒロ流のスキンシップの証
だったんだろうけど、あたしの顔は、多分その時真っ赤だったと思う。
「それじゃあ俺ん家向こうだから。チョコレート、美味しかったぜ」
 そう言って別れを告げるとヒロは、駅の向こうの商店街へと歩いて行った。
 あたしはしばらくそのまま突っ立っていたが、やがてヒロが見えなくなると自分
の家に向かって歩きだした。
 不思議と足取りは軽くなった。


 次の日、あたしが教室に入ると、クラスメートの女の子が何やら噂話していた。
「ねえねえちょっと。みんな何の話してるの?」
「あれ、長岡さん? 今ちょうどあなたの話していたところよ」
「あたしの話って?」
「ふーん、でも意外だよねえ。仲悪いと思っていたんだけどさあ」
「だから何なのよ!?」
 うちのクラスのおしゃべりグループなんだけど、どうもさっきからあたしの方を
ジロジロと見つめている。なんか気味悪いわよねえ。
「長岡さん、あなたB組の藤田くんとデキているって本当?」
「へっ!?」
「あたし見てたのよ。昨日、長岡さんが藤田くんにチョコレートを渡すところを」
「えっ、えっ、ええー!?」
「でも意外だよねえ。私てっきり藤田くんは神岸さんとデキてるとばかり思ってた
んだけど」
「ちょ、ちょっと違うって。アレはただの義理チョコ。そんな深い意味なんてない
ってば」
「義理チョコにしては、結構立派だったけど。雰囲気も深刻そうだったし」
「あたしがヒロとじゃれ合っているのはいつものことでしょお!!」
「……あ、神岸さん」
「えっ!?」
 あたしが振り向くと、教室の入り口にあかりが立っているのが見えていた。
「おはよう、志保」
「あ、あかり。あんたまでまさか変な誤解していないでしょうね!?」
「なんのこと? 志保も浩之ちゃんにチョコレート贈ったんでしょ。さっき聞いた
よ。良かったね」
「良かったって、やっぱり何か誤解してない?」
「ううん、あたし気にしてないから」
 恐い、にっこり笑って答えているあかりが恐い。


 あたしが校内に広まった噂を打ち消すまで、二週間近くかかった。




           バレンタインは手作りチョコで (終)


==========================================================================

 [お題:バレンタインデー]

 久々に To Heart SSに挑戦。今回はみんなのアイドル、志保ちゃんを主役に書
いて見ました。
 私はSSは寡作なタチで、書こうと思っても全然アイデアが浮かばない事が多い
です。そう思ってネタを探して見たら、リーフ図書館競作のお題に『バレンタイン』
が。これだ! と思って前々から考えてた志保ネタを使ってみました。というか、
二月のSSにバレンタインネタを使わない人はいないと思う。
 志保と言うのはTo Heartのメインキャラの中で、一番複雑な心をしております。
その分人気も低いのですが、そんな志保の可愛らしい部分を描いて見たいなあと挑
戦して見ました。といっても中盤は志保のテンション下がりまくりですが。
 作中では明言していませんが、よく読めば分かる通りこのSSの作中時間は志保
たちが高校一年の頃であるとしております。つまり浩之は、志保とあかり(それと
レミィ)以外のヒロインとはまだ知り合っておりません。
 最後の落ちはそのまま本編に繋げるには多少無理がありますが、気にしないで下
さい。


http://www.tky.3web.ne.jp/~junhelm/