約束 投稿者:OLH 投稿日:4月27日(土)22時01分
「浩之〜! ちょっと起きなさぁい」
「……うぅ〜」

 階下から聞こえてくる母親の声に浩之は軽く唸りつつ、もぞもぞと蒲団か
ら顔を出す。そして、そのまま頭の上の方に手を伸ばしぱたぱたと動かすと、
目覚まし時計を掴んだ。
 まだはっきりしない頭で時間を確認すると、時計の針はもう昼前を指して
いる。

「浩之〜! ほら、起きなさぁい!」
「うい〜」

 再度聞こえてきた母親の声に気の抜けた返事をすると、浩之はごそごそと
蒲団から這い出した。

=== 約束 ===

 眠い目をこすりながら階段を降りていくと、聞き覚えのある声が母親と話
しているのが浩之の耳に入ってきた。
 幼なじみの神岸あかりの声だ。どうやら玄関先で二人して話し込んでいる
らしい。
 欠伸をしつつ玄関まで出ると、確かにそこにはあかりの顔が見えた。
 そして軽く手をあげ、よっ、と挨拶しようとしたところで浩之の体が硬直
する。
 確かにそこにいるのはあかりだったが、それはまるで別人のように見えた
からだ。

「ああ、ほらほら、浩之。あかりちゃん可愛いでしょ」

 浩之の気配を感じたのだろう。母親が浩之のほうに振り返り、にこにこし
ながらそう言った。
 だが浩之は硬直したまま何も言えなかった。
 あかりは見慣れた中学の制服ではなく、この4月に入学する高校の制服を
着て来ていたのだ。

 少し野暮ったい感のある今までの制服と違い、明るい色調の真新しいセー
ラーは、初々しさと同時に大人びた雰囲気を漂わせている。その様子は、ま
るで目の前の女性は見知ったあかりとはまったく別の人ではないかという疑
問を浩之に抱かせた。
 同時に浩之は、まるで自分があかりに置いてきぼりにされたような、そん
な妙な感覚にも襲われる。

「ねぇ、浩之ちゃん。似合うかな?」

 あかりが照れながらそう問う。だが、その口調に今までと変わるところは、
まったくない。
 例えば、新しい服を買った時。
 例えば、新しい靴を買った時。
 そんな時に浩之に感想を尋ねる、いつものあかりだった。
 そして浩之はそのあかりの様子に、背伸びしたような、まだ身に馴染んで
いないところがあることに気がついた。
 今まで感じていたギャップが急速に無くなっていき、浩之はようやく感想
をぼそっともらした。

「……まぁ……馬子にも衣装ってか?」
「えへへ、ありがと」

 その言葉は、素直に誉めてくれたことのない浩之の最大の賛辞である事を
知るあかりは、照れながらも謝意を示す。

「んで、なんだよ。今日はまさか、それを見せに来たのかよ?」
「うん、そうだよ。だって、浩之ちゃんに早く制服見せたかったんだもん」
「……暇な奴」

 呆れたような表情になる浩之の頭を、母親がぺしんとはたく。

「『暇な奴』じゃないでしょ。せっかく、あかりちゃんがわざわざ新しい制
服を見せに来てくれたっていうのに」
「……だって、興味ねぇもん」
「まったく、これだから男の子は……ほんと、つまらないったらありゃしな
い。大体、なんで男の子はこんなに服の着せがいがないのかしらね」
「あーはいはい。そりゃ、悪ぅござんした」

 聞き慣れた文句を、慣れたもので浩之はさらっとかわす。

「ほんと、やっぱり女の子の方が良かったわよ……ね、あかりちゃん、今か
らうちの子にならない?」
「あ……えーと」
「なんだったら、そこでぼーっとしてるの、お婿さんにつけてあげるわよ?」
「……あはははは」

 やはり聞き慣れた台詞を、あかりはいつも通りに笑ってごまかす。

「……まったく……しょーがねーなぁ」

 そんな二人のやりとりに、浩之もまたいつもの言葉をもらす。

「それにしても、浩之ちゃん、まだ寝てたの?」

 話をそらすようにあかりが言った。

「いいだろ、せっかく久しぶりにのんびりできるんだし」

 弁解するでもなく。
 開き直るでもなく。
 さも当たり前のことをしていただけだという感じで浩之が答える。

「そんな調子じゃ、学校が始まっても遅刻しないか心配だよ」

 あかりは言葉だけでなく表情でも心配だということを浩之に伝える。

「そんなに心配ならお前がなんとかしろ」

 少し意地の悪い顔になって浩之が言った。

「それじゃ、私が起こしに来てあげようか?」

 だが、あかりはにっこり笑ってそう言う。

「ああ、んじゃあ頼んでやるよ」


 その後。
 その言葉が少なからぬ後悔を生む事を知らず、浩之は気楽にそう答えた。

=== 了 ===

えー、久しぶりの競作参加、2002年4月のお題『制服』です。
「制服」から連想していって、なんとなく、こーゆー過去があったんじゃ
ないかなーとゆーわけで。

話が練られてないとか、文体がイマイチだったりするのは恒常的なので、
あきらめてこれで提出です(涙)
まぁ、それに加えて、日ごろ文章を書いてないってのも原因なんでしょう
けど……
でも、まぁ。
もし、この話で楽しんでいただけるなら、光栄ですっつーことで。

いじょ。