おれい 投稿者:OLH 投稿日:10月30日(火)23時08分
=== おれい ===

 映画。
 食事。
 ショッピング。

 密かに好きなあの人と。

 散歩して。
 手を繋いで。
 少し照れ臭そうに微笑みあって。

 とっても大好きなあの人と。

 夕焼け。
 公園。
 別れ際の……。

 ……なんてね。そんなのアタシの柄じゃない。
 でも……それでもほんの少し。
 そんな女の子を夢見るアタシも、ここにいる。

   −−−−−   −−−−−   −−−−−   −−−−−   

 それは週末を目前に控えた、とある昼休みのことだった。
 優雅に教室でお昼を食べてたアタシの前に、ふらっとヒロの奴が現れたのだ。
まるっきりないシチュエーションではないけれど、どちらかといえばアタシが
ヒロの所に行くことの方が圧倒的に多いわけで、ちょっと珍しいことだと言え
なくもない。

「よう、志保。今度の日曜ヒマか?」
 いつものひょうひょうとした、そのくせちょっと気だるそうな独特の調子で
ヒロがアタシに聞く。
「え、今度の日曜? ……そぉねぇ、それなりに予定が入って無いわけじゃな
いけど……アンタがどうしてもって言うならなんとかするわよ?」
 この時はどうせまた、あかりと雅史と4人で遊びに行こうっていう誘いだと
思ってた。だからアタシも、いつものように軽い憎まれ口で答えを返す。
 これが誘いにきたのがあかりか雅史なら、アタシだって素直に答えるのだけ
ど。でも相手がヒロなら、やっぱり何かと優位に立っておきたいところだし、
ちょっと恩を着せるぐらいのことはしておきたかったのだ。
「見栄張るなって。どーせ何の予定もねえくせに」
 しかし、さすがに相手も慣れたもの。ヒロの奴ってば、事もなげにそう言い
切ってみせた。そして悔しいことにそれは事実ではあったのだけど、でも、ア
タシはその言い草にちょっとムカッとする。
「……アンタってば、あいっかわらず超失礼な奴よね。はいはい、それじゃア
タシは忙しいから帰った帰った」
 もちろん、そんな言葉でヒロがあっさり帰るなんてことは……たまには……
いや、しょっちゅうあるけど。でも、どうせそうなっても後であかりが誘いに
来るだろうし。アタシはそこまで読み切ってヒロの奴を追い返そうとした。
「なんだよ。そんな痛いとこ突かれたからって、すねてるんじゃねーよ。せっ
かくデートに誘いにきてやったんだからよ」

 ぷぴ

 アタシは思わず口にしていたパックのコーヒーを吹き出した。
 ヒロに向かって。

「……きったねぇ奴だな……何かオレに恨みでもあるのかよ」
 服の袖で顔についたコーヒーを拭いながら、ヒロがアタシに文句を言う。
「そんなの数え切れないほどあるわよ! それより何よ、そのデートって!」
 でも、あんまり意外な言葉に慌てまくったアタシは、それを誤魔化すように
ヒロに向かって食ってかかるしかできなかった。
「なんだ、そんなことも知らねえのか? 天下の志保様ともあろうものが……
いいか、デートってのはな、仲の良い男女が二人で遊びに行くことだ」
 うぐぐぐぐ……ヒロの奴ってばアタシをからかおうって態度丸出しで。
「そんなことはわかってるってば!」
「あ、そうか。すまんすまん。どうせ志保のことだから、デートに誘われたこ
となんてないから、思わず慌ててしまったと。いや悪い悪い」
「何言ってるのよ! アタシだってデートの一つや二つ、したことぐらいある
わよっ!」
 くうううう……最初に失敗したせいで、今日は形成不利だわ。
「ああ、つまり、誘われた経験が無いわけじゃないけど、ほとんど無くて慌て
てしまったと」
「だからそうじゃなくてっ! なんでアンタとアタシがデートなんかしなきゃ
いけないのかって聞いてるのよ。恋人同士ってわけでもないのに」
 とにかく、なんとか話をそらさなきゃ。
「別に恋人同士じゃなくても、デートぐらいするだろ? っていうか、普通、
男女二人で遊びに行くことってデートって言わないか?」
「……まあ、そう言わないこともないかもしれないけど、普通はあんまり言わ
ないわよ」
 この件についてはあんまり深く突っ込むと、なんだか自分の心の奥底を見透
かされてしまいそうで。しかたなくアタシは声のトーンを少し落とす。
「だったら、オレは少なくともオメエを友人の範疇の片隅の端っこの先にはい
れておいてやってるんだし、別にデートって言ってもいいんじゃねーか?」
「……その言い分には非常に引っかかるものがあるけど……それより、あかり
は? 雅史は? あの二人は一緒じゃないの?」
「だからオレ達二人だけなんだってば」
 これまた、きっぱりはっきり言い切るヒロ。

 正直言えば、嬉しくないことはなかった。
 今までだってヒロと二人だけで遊んだことは何回もある。だけど、こう明確
に「デート」って言う言葉がついてくると……どうしても気負いというか、身
体に余分な力がかかってしまう。
 だからアタシは即答せずに、照れ隠しの言葉を出した。

「……で、どういう裏があるの?」
「ん? なんだ、わかっちまったか? いや、ちょっと練習台になってもらお
うかってだけだ」
 そのヒロの返事に、アタシは納得と失望と安堵と、様々な感情の渦にとらわ
れる。
 だけど少なくとも表面的にはヒロを小馬鹿にしたような態度をとって……
「練習台? デートの? あんたとデートしようなんて、そんな奇特な娘がい
るの?」
 一番の疑問をぶつけてみた。
「ああ。実は再来週の日曜に、マルチが丸一日自由時間が取れそうなんだとよ。
だからちょっとデートにでも誘ってやろうかと思ってさ」
 ……なるほどね。
 この春に試験運用とかで来てたあの娘が、追加の試験があるとかでまたこの
学校に来るようになってしばらくたつ。何故かヒロはあの娘のことをとても気
にしているようで、何かある度に嬉々としてあの娘の面倒をみてやっている。
ちらっと聞いたところによれば、開発主任って人から直々に、あの娘に色々と
教えてやってくれなんて頼まれたらしいってこともあるせいなんだろうけど、
元々変なところでおせっかいの気があるヒロのことだから、そんなことが無く
てもあの娘の面倒をみてただろうことは疑いない。

 とにかく、理由については納得できた。納得はできたけど、逆にそうなると
今度はアタシの中にムラムラと嫉妬心が沸き起こる。なんでアタシが、他の娘
がヒロとデートするのの練習台になんかならなきゃならないのかって。
 だからうっかり、そんな言葉が口をついてしまったのだ。
「だったらあかりにでも頼めばいいじゃない。そういうことだったら、あかり
の方がよっぽど適任だって思うけど?」
 ……言って、すぐに後悔。アタシはヒロに冷たい女だって思われたんじゃな
いかって。
 理由はどうあれ、せっかくヒロとデートできるチャンスだというのに、それ
をふいにしてしまうんじゃないか、なんてことは別にどうでもよかった。ヒロ
に愛想つかされたりしないか、そのことの方がよっぽど不安だった。
「いや、あかりだと何のハプニングも起きそうにないだろ? どうせなら、ど
んな不測の事態が起きても慌てないように、ハプニング慣れしといた方がいい
と思ってさ」
 だけど、ヒロは別にそんなことは思っていない様子で。アタシは内心、安堵
のため息をつく。のだけど……
「……それって、アタシとならハプニングが起こり放題ってこと?」
 その言い様は、それはそれでまたアタシの気分を複雑にさせる。
「ああ」
 さも当然というように大きくうなずくヒロ。
「……超絶失礼な奴ね、アンタってば」
 口では一応、文句は言ったけど、あくまでいつものままのヒロの態度に、ア
タシの心にも段々と平常心が戻ってくる。
「で、どうするんだ?」
 しっかり『アタシは気分を害してます』って態度と言葉を示したにもかかわ
らず、ヒロの奴ってばあっさりと無視。
 でもまあ、たぶんここら辺が潮時だろう。
 そう判断したアタシはヒロに返事をすることにした。
「しかたないわね。動機や目的は納得いかないけど、アタシも鬼じゃないし、
つきあったげるわよ」
「わりいな。じゃ、今度の日曜、9時に駅前な」
 ほんとに微妙な、ヒロの感謝の表情。
「オッケー」
 その表情だけで、アタシはなんとなく嬉しくなった。

   −−−−−   −−−−−   −−−−−   −−−−−   

 そして迎えた日曜日。
 場所は駅前、改札付近。
 時刻は既に9時5分。
 ちょっと待ち合わせに遅れたアタシは、珍しく時間通りに来てたらしいヒロ
に小走りで駆け寄り、軽く頭を下げて謝罪する。
「ごめんなさい、遅れちゃいました」
「……おい、志保……オメエ、何か悪いものでも食ったのか?」
 なのに、ヒロの返事はこうだった。
 ……まったく、せっかくこっちがちゃんと謝っているっていうのに。ほんと
失礼な男だわ。
「え? そんなこと無いですけど。どうして?」
「オメエのその格好と、それとその話し方だ」
 そりゃ、確かに。今日のアタシの服装はいつもと違うけど。
 だからって、そのまるであきれたような目つきは、なんなのよ。
「何かおかしいところ、あります?」
「おおありだ」
 ああっ!? 断定するっ!?
 ……いやいや……がまんがまん……
「そんなに変ですか?」
「……デートは中止して病院に行くか?」
 あああああああああああああああああああああっ! この超絶鈍感男っ!!
 もう、さすがにここまで言われては、アタシも態度を普段のものに戻さざる
をえないわよね。
「ああっ、もうっ! なんでそうなるのよっ!」
「オメエが柄にも無いことしてるからだろうが」
 アタシの言動が普段通りになったところで、やっとヒロもまともにアタシと
話そうって態度になる。
「何よ、せっかくアタシなりに気をつかってやってるって言うのに」
「気をつかってる? どこが?」
「今日はマルチとのデートの練習なんでしょっ? だから、わざわざそれっぽ
くなるようにしてあげてんのに」
「無駄。っつーか、無理。絶対不可能」
「う〜〜〜」

 そう。今日のアタシはいつもだったら絶対しないような服装をしてた。
 白のワンピースにちょっとだけヒールの高めの靴。肩から下げた小さめのか
わいいポシェット。小物にも気を使って、落ち着いた感じのをごくさりげなく。
これでつば広の帽子でもあれば完璧だったんだろうけど、さすがにこれは用意
できなかったのがちょっと残念かも。
 もちろん、こんな格好をした本当の理由は、いつもと違ったヒロとの『デー
ト』をしてみたかったから。まあ、ヒロに言った理由も、半分はこんな格好を
するのを恥ずかしがる自分を納得させるためで、まるっきりの嘘というわけで
もないけど。そんな理由でもない限り、アタシにこんな格好する勇気は、ない。
 でも、話し方を変えたのは、これはまったく別の理由。さすがにいつもと違
うこの服装が気恥ずかしくて。気がついたら、照れ隠しにこんな話し方になっ
てしまっていたのだ。

 しかし、それにしても……このヒロの態度には腹が立つやら情けないやら。
 これでもアタシはそれなりに美少女の方だという自信がある。だからこうい
う格好をすれば、少し気の強めなお嬢様風に見えないことは無い、とアタシは
思っている。実際、ここに来るまでに何人もの男の人の視線を感じているのは、
アタシの自惚れでも自意識過剰でもない、はず。
 だからヒロだってアタシのこの姿にちょっとはくらっとすると思ってたのに。
ほんと、この男はオトメゴコロってものをまったく理解できない奴よね。
 ……まあでも。それがコイツの、ある意味いいところなのだろうけど。
 実際、このままさっきの話し方なんてアタシには続けられなかっただろうし、
それを考えたら、ありがたいこともなくはない。

「ま、今さら着替えて来い、なんてぇのも無理だろうし……しょーがねぇ。今
日はそれで我慢してやるよ」
 なんてアタシが密かに思い悩んでるところで、ヒロの奴ってば額に手を当て
ため息一つつきながら、そうぼそりと言う。
 まったくこの男は自分を何様だと思ってるのかしら。今日はアタシがわざわ
ざ付き合ってやってるっていうの忘れてるんじゃないでしょうね。
 とはいえ、これ以上このことで話をややこしくするのもあまり得策ではない
だろうし。アタシもヒロに話をあわせることにする。
「まったく、我慢してるのはどっちだと思ってんのよ……で、どこ行くの?」
「まずは定番ってとこで映画だな」
「ふむふむ、ほんと定番よねぇ」
 アタシは素直な感想を口にした。
「……オメエ、オレのこと馬鹿にしてるだろ?」
 あらら、そう取られちゃったか。ま、いつものアタシ達の会話からすれば仕
方ないんだろうけど。
 おっと、それについて反省するのは後回しにして、今はとにかくフォローし
なきゃ。
「してないしてない。別にほんとに定番だなあって思っただけだって。それよ
り映画っていっても何観るのよ?」
「ま、せっかくのデートなんだし、それっぽくラブロマンスとか」
「……似合わないわねぇ」
 再度アタシは素直な感想を口にする。
「んなこた、自分でわかってるって。ただオレはマルチにだなぁ……」
 でも今度はヒロの方が自己弁護。まあ、ここであんまりいじめてもかわいそ
うだし、まずはとっとと映画館に向かいましょ。
「はいはい、わかってますって。ま、せいぜい寝ちゃわないようにすることね」
「それはテメエの方だ」
 そしてアタシ達は、いつもの様に軽口たたきあいながら映画館へと向かった。

 ・
 ・
 ・

 ……まあ。でもって。
 結論から言っちゃえば、アタシ達二人にはラブロマンスなんて似合わない、
と。映画館では、それがよく確認できただけだった。
「……で、次は?」
 これをネタに、またヒロと口げんかするっていう選択もあったけど、ここは
あえて穏便に済ませることにする。
「そうだな……とりあえず何か食うか?」
 どうやらヒロも同じ結論に達したようで、いつもの調子でそう答える。
「そうね。で、どこにする?」
「ヤックでいいだろ、別に?」
「ん」
 短く返事してアタシ達はテクテクと歩き出した。

 二人とも同じバリューセットを手にして席につく。
 そしてそのまま食欲に身を任せ、しばし会話のペースが落ちる。
 とはいってもメインディッシュのハンバーガーを食べ終われば、またアタシ
達の間に軽口が戻ってくる。
「それにしても、ヒロ。映画館でいびきはやめなさいよね」
 普段のペースを取り戻してきたところで、アタシはさっきの映画館でのこと
をネタにヒロをからかうことにした。
「いびきなんてしてたか?」
「してたわよ。ぐごごごごおお、ってな感じで」
「いくらなんでも、そんないびきしてたら自分で目が覚めるって。それに大体
オメエだって寝てたんだから、オレがいびきしてたとしても関係ないだろうが」
 抵抗するヒロに、アタシは一言、ぴしゃりと言ってやる。
「安眠妨害」
「オメエなぁ……何のために映画館にいってるんだよ」
「しかたないじゃない、寝不足だったんだから」
 これは、本当。
 もっとも、その理由なんか、ヒロにはまったく思いつかないんだろうけど。
「ええい、理由はどうあれオメエに言える筋合いあるかよ。大体、オメエだっ
て寝言がうるさかったぞ」
「アタシがそんなことするわけないじゃない。それになんで、ずっと寝てたア
ンタが、そんなことわかるのよ」
「ぐっすり寝てたらオメエの寝言で目が覚めたんだよ。そっちこそ安眠妨害だ」
「アンタだってアタシのこと、どうこう言う筋合いないじゃないのよ」
 うんうん。こういう会話を楽しむあたりがアタシ達流のデートよねぇ。
 ……ちょっと悲しいものが、ないこともないけど。
 でも、まぁ。これが純粋に楽しいんだからしかたないところよね。

 でもって。
 そんな、他愛ないおしゃべりの間で。
 アタシはとあることに気がついた。
「あのさ、ちょっと思ったんだけど」
「なんだ?」
「これってさ、アンタがマルチとデートするのの練習なのよね?」
「それが?」
 ヒロの奴は、まだアタシが何を言いたいのかわかっていない様子で。
「あの娘ってさ、何か食べられるの?」
「……」
「……うかつな奴」
 アタシは軽い軽蔑のまなざしをヒロに向ける。
「……まあ、少なくとも問題点を一つ発見できたわけで、事前に問題点を洗い
出しておこうというオレの目論見は正しかったというわけだな」
「はいはい、良かったわね」
 そう言ってアタシは肩をすくめてみせた。

 ・
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 ・

 お腹を満たしたところで、アタシ達はぶらぶらと街を歩き回ってウィンドウ
ショッピングを楽しむことにした。
 ……のは、いいのだけど……

「あ、あのイヤリング、きれいよね」
「そうか?」

「ねえねえ。この服いいと思わない?」
「そうか?」

「きゃーっ、あのペンダント素敵っ」
「そうか?」

 肝心のヒロがなんともやる気0で。
 全然会話に乗ってこないったらありゃしない。

「あのねぇ……アンタ、もうちょっとまともな返事はできないの?」
「できない」
 あ、即答。
 そりゃアタシの趣味にそってお店をまわってる以上、ヒロには少々退屈かも
しれないけど。だからって、その態度はないんじゃないかと思う。
「できないって……そりゃアンタに最先端のファッションとかのことがわかる
とは思えないけどさ、だったらせめて『じゃあ、これを君にプレゼントしよう』
とか、そういうことすらできないわけ?」
「あのなぁ……5桁もするような代物に、そんなこと簡単に言えるとでも思っ
てるのかよ」
 あ……もしかして、ちゃんとそういうことも考えて、値段も見てたんだ。
 むう、ヒロのくせにやるわね。
 と、いけないいけない。ここで引いたら女がすたるってもんだわ。
「それができてこそ、男の甲斐性ってもんでしょーが」
「一介の高校生に、んなことできるわけねーだろーがっ!」
「あら、来須川先輩なんて高校生だけど、毎週ウン万もする古書を何冊も買い
あさってるっていうわよ?」
「比較対象が不適切過ぎだっ!」
 ちぇっ。残念。どうやら今日の記念にヒロに何か買わせようって作戦は、あ
きらめなきゃだめみたいね。……でも、もう一押しぐらいしてみるか。
「ちっちっち。高みを目指してこその男ってもんでしょうが。ということで、
男を磨くためにも、ほれ。どう、あの指輪とか?」
「……どこをどうしたら、75万の物をオレが買えると思ったのか聞かせても
らおう」
「あははー、やっぱさすがに無理か」
「『あははー、やっぱさすがに無理か』じゃねぇっ!」
 あはははは。
 さすがに、これは無茶すぎよね、我ながら。
 でもこれも、うっかりヒロが買えそうな物を指定してヒロに負担をかけるよ
うなことになっちゃいけないっていう、アタシの優しい心遣いなのよ……たぶ
ん、きっと。

 ・
 ・
 ・

 いいかげん陽も傾き始めた頃になって。
 アタシ達は学校の近くの公園に向かっていた。
 ほんとはカラオケかゲーセンで勝負なんてところに行きたかったのだけど、
ヒロの奴が『マルチに勝負事は無理だし、やめとこう』なんてやけにきっぱり
言うもんだし、午後はアタシのお店めぐりに十分付き合わせたこともあって、
アタシもしぶしぶここまでの散歩に付き合ったのだった。
 ……まあ、いろんな景色を見ながら二人でゆったりと歩くのは、割と新鮮な
経験ではあった。……アタシの趣味から、少々はずれてはいたけど。……でも、
ほんの少しだけ……『デート』気分も味わえたし……ま、いっか。うん、いい
わよね。

 やがて、公園に入ったところで……ヒロが唐突にアタシの方を振り向いた。
「なあ、志保……」
 それは真剣な眼差しで。
 ちょっとだけデート気分を味わっていたアタシは、思わずぴくっとなる。
「……のど渇かねーか?」
 そして一気に力が抜ける。
 ああああ、アタシってば、一瞬、何を期待したんだろ。
 と、いけないいけない。平常心平常心。
「ん? そーね。ちょっと渇いたかな?」
「じゃあ、なんか買ってくるからそこで待ってろよ……何がいい?」
「ウーロン茶か紅茶がいいかな?」
「オッケー」
 そう言ってヒロは自販機の方へと向かった。

 ……ふう……。
 あー、危なかった。
 このアタシとしたことが、思わず雰囲気に流されそうになってしまったとは。
まったくもって不覚だわ。
 それにしても、ヒロの奴ってばなんてタイミングであんな見つめ方してくれ
るんだか。ほんと、心臓に悪いったらありゃしない。おかげでまだ、胸がどき
どきしてるわよ。
 ……と、文句を言ってる場合じゃないか。それよりヒロが帰ってくるまでに、
なんとか平常心を取り戻さなきゃ。
 まずは軽いノビをするふりして、深呼吸。

 すぅーーーーー……はぁーーーーー……
 すぅーーーーー……はぁーーーーー……

 ……ふう……よし、落ち着いた。
 ん? ヒロも丁度戻ってきたみたいね。グッドタイミング。

「お待たせ。ほれ」
 そう言ってヒロはアタシにそれを放り投げる。
 ぱさっと音をたて、アタシは両手でそれを受け取る。
 ギンガム模様の青い小さな紙袋。
「……何、これ?」
「お礼代わりの今日の報酬」
 アタシはがさがさと袋を開けて、中からそれを引っ張り出す。
 何の飾り気も無い、シンプルな腕輪。いかにもヒロの趣味らしい。
 アタシは無言でヒロを見つめる。
「ちょっとは甲斐性あるとこ見せとかねーと、後で何言いふらされるかわから
ねーからな」
 そう言ってヒロは、ひょいと肩をすくめてみせた。

 あ、いけない……
 また心臓が反乱起こし始めちゃった。

   −−−−−   −−−−−   −−−−−   −−−−−   

 えっと……ありがと、ヒロ。

=== 了 ===

 ……あああ、いつもながら、なんか志保の性格が違う(笑)
 まぁ、これも、この話が自分内シリーズ「可愛い志保」の一環であるせいで
して。ま、そーゆーわけです(笑)

 というわけで、(かなり遅れたけど(汗))2001年10月のお題「デート」の
作品でありました。
 いじょ(笑)