プレゼント 投稿者:OLH 投稿日:5月31日(木)23時22分
 そろそろ陽も落ち、闇が辺りを支配しようという時刻。
 柏木家の居間では、梓、楓、初音、それに耕一の四人がなにやら真剣な表情
で頭をつきあわせていた。

「そろそろだよ、準備いい?」
 ささやくように初音が言う。
「オッケー。大丈夫」
 わずかに緊張をはらみつつ、それでもにやっと笑って耕一が親指を立てた。
 その時。

=== プレゼント ===

「ただいまあ」
 からからと引き戸の音がして、玄関から声が聞こえてきた。
 続いてとんとんとんっと軽い足音が響き、すらっと障子が開かれ千鶴が顔を
のぞかせる。
「ただいま」
 そして、再度帰宅の挨拶をしながら居間に入ろうとしたところで、そのまま
立ち止まり、千鶴は目を丸くした。
 そこに彼女にとって予想外の顔があったのだ。
「……耕一さん、来てらしたんですか?」
 問われた耕一が、にこにことしながら答える。
「ええ、みんなから連絡もらったもんで。今日は大切な日だって」
 突然のことで少し呆然としていた千鶴だが、その耕一の言葉にぴくっと肩を
震わせる。
「はいっ、千鶴さん。これ」
 しかし千鶴のその反応には目もくれず、居間に集合していた四人を代表して
耕一が一辺8cm程のラッピングペーパーに包まれた箱を千鶴に向かって差し
出した。
「あの……これ、は?」
 目をぱちぱちとさせ、千鶴が尋ねる。
「今日は母の日だから。いつも母親代わりに頑張ってる千鶴さんへ、みんなか
らのプレゼントってことで」
 耕一がにこにこしながら、そう説明した。
「そうそう。みんなからの感謝の気持ち」
 続けて梓がフォローする。
「千鶴お姉ちゃん、いつもご苦労様」
 初音もにっこり笑って千鶴の労をねぎらう。
「あ、そ、そうなんですか? 私、てっきり……」
「てっきり?」
「い、いえ、なんでもありません」
 瞬間、残念そうな表情をした千鶴だが、耕一の問いかけに真っ赤になって首
を横にぶんぶんっと振った。
 そしておずおずと手を出し、耕一からその小箱を嬉しそうに受け取る。
「それじゃ、ありがたくいただきますね。開けてもいいかしら?」
「もちろん」
 耕一がにこにこ笑って答える。
 しかし、この時、耕一は気がついていなかった。
 いつのまにか他の三人が居間からじりじりと出て行こうとしていることに。

「いったい何かしら?」
 受け取った小箱の包み紙を丁寧にはがしつつ、千鶴は誰に言うでもなく、そ
うつぶやく。
 耕一は、その千鶴の心底嬉しそうな様子をただ優しく見守る。
 包み紙を畳むため一度テーブルの上に置いておいた紙製の小箱を改めて手に
とり、千鶴はそっとそのふたを開けた。
 そして、その中に入っていたビンをゆっくりと取り出す。
 柔らかいカーブの乳白色のそのビンはどうやら化粧品の類のようであった。
 いったいこれが、どのようなものなのか。
 千鶴はしげしげとそのラベルを見つめて確認しようとする。
 そして、その表情が次第に硬いものに変わっていった。

「……皺伸ばしクリーム?」
 千鶴がラベルに書いてある文字を読みあげた。
「…………」
 それまでにこにこと千鶴を見守っていた耕一の顔が緊張にゆがんでいく。
「……あの、これ、は?」
 硬くなった表情を押え込み、にっこりと笑いながら千鶴が尋ねる。
「え? あ、あの、俺、中身は知らなくて……」
 一見、柔らかな千鶴の態度に、冷や汗を大量に流して耕一は後ずさりする。
「この紙には『耕一より愛を込めて』って書いてありますけど?」
 一緒にはさんであった便箋を見せながら千鶴が耕一に詰め寄っていく。
「あああ、だからそれは梓がそうした方が千鶴さんが喜ぶって……」
 千鶴の背後に浮かぶ怒りのオーラに、耕一の身体は硬直する。

 ・
 ・
 ・

 その頃。三人の部屋の中で居間から一番離れた梓の部屋で。
 扉にしっかり鍵をかけ、梓、楓、初音の三人は一緒に布団に潜っていた。

「……耕一さん、ごめんなさい」
 遠くから聞こえる悲鳴に、楓が悲しそうに言葉を漏らした。
「……楓……それ、首謀者の台詞じゃないと思うんだけど……」
 梓のつっこみに、しかしまったく動じた様子も見せず、楓はくるりと梓に顔
をむけ、まっすぐその瞳を見つめる。
「でも、梓姉さんも、おもいっきり賛成してたじゃない」
「ああ……そうだったっけ?」
 そのするどい視線に堪え切れなかったか、梓は顔をそむけ、頬をぽりぽりと
かいた。
「だから、わたしは止めた方がいいって言ったのに」
 布団の中に潜っていてさえ絶え間なく聞こえてくる悲鳴に首をすくめつつ、
初音も一応といった感じで楓を非難してみる。
「あれを選んで買ってきたのは、初音」
 今度は初音のほうを向き、ぴしっと指を差して指摘する楓。
「あの、だって……多少は喧嘩ぐらいできないと本当の夫婦にはなれないって
楓お姉ちゃんが言ったから……」
 やはり初音もその楓の眼光から目をそらせ、もじもじと手をからませて弁解
する。
 その初音の言葉に、すかさず楓は自信たっぷりに言い放つ。
「そう、これは私達の姉さん達への愛なの。
 この試練を乗り越えてこそ、二人は本物の恋人同士、そして、やがては真の
夫婦になれるの。
 私達は涙をのんで、そのお手伝いをしただけのことなの」
『うーん……』
 楓のその論理に、しかし納得はいかず、かといって明確にそれを否定するこ
ともできず、梓と初音は冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべた。

「あ、そうだ。ねえねえ。耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんが将来結婚したら、
いったいどうなるのかなぁ?」
 その一種後ろめたい空気をごまかすように、初音が二人に尋ねる。
 そして、楓も梓も、さすがにこの空気には堪え切れなかったのか、即その話
題に乗ってきた。
「たぶん、今とそんなに変わらないと思う」
「うん。どうせ千鶴姉が家事なんかできる訳ないし。たぶん耕一もこの家に住
むことになって、あたしが今まで通り家の事とかをやらなきゃならなくなるん
じゃないかな」
「梓姉さん、まるで家政婦さんよね」
「まったくだよ」
 うんざりしたような顔で、梓は楓の言葉を肯定する。
「ま、もっとも、あたしはとっくに諦めてるからいいんだけどね」
「あ、それだったら、わたしももっとお手伝いするね」
 達観した表情の梓に、初音がすかさずフォローを入れる。
 が、それはどちらかと言えば梓のために、というわけではなかったらしく、
うっかり本音も一緒に漏らしてしまった。
「……そしたら耕一お兄ちゃん、喜んでくれるかな?」
「なんだ、初音は耕一のためにだけ家の手伝いをするんだ」
「え? そ、そんなわけじゃないけど」
 梓のその意地悪い言葉を、初音はあわてて、ぱたぱたと手を振って否定した。
 そして、とっさに話題の転換を試みる。
「で、でも、耕一お兄ちゃんと千鶴お姉ちゃんが結婚したら、耕一お兄ちゃん、
ほんとにわたしのお兄ちゃんになるんだよね」
「そういや、そうなんだよなぁ。あんまり実感ないけど」
 梓もそれ以上つっこむことなく、わずかなため息とともにそう答える。
「えへへぇ。そうなったら、もっと耕一お兄ちゃんに甘えちゃおう、かな?」
「初音は十分甘え過ぎだって」
 そう言いながら梓はこつんと初音の頭をたたいた。
 そのたたかれた頭に軽く手を当て、初音がぷくっと頬を膨らませる。
「もう……だったら梓お姉ちゃんだって耕一お兄ちゃんに甘えればいいのに」
「あたしは……ほら、そんなタイプじゃないし」
 少し頬を赤らめて梓が顔を横へと向ける。
 そして今度は梓が話をそらすように別の話題を口にする。
「それにしても、耕一も馬鹿だよねぇ。今日がどういう日か、ほんとにわかっ
てなかったようだし」
 それにうなずき、楓も言う。
「そうね。耕一さん、今日が千鶴姉さんの誕生日だって知らなかったみたいね」
「あ、それね、千鶴お姉ちゃんがわざと教えてなかったみたい」
 他に誰が聞いているわけでもないのに、あたりをはばかるようにし、わずか
に声をひそめて、そう初音が言った。
「なんで?」
「……誕生日を知らなければ永遠に23才だって言い張れるから、みたい」
「……まったく……何考えてるんだか」
 そう言って梓はおおげさに溜め息をついてみせる。
 そして、先程の千鶴の表情を思い出しつつ梓は苦笑した。
「そのくせ、あれが誕生日プレゼントじゃないってわかった途端、しっかり残
念がってるんだから。千鶴姉も困ったもんだよね」
「でも、私達からの『耕一さん』っていう最大のプレゼントがあったんだから、
千鶴姉さんも残念がる必要はないのにね」
 今度は、しれっとした表情で楓が言う。
「渡し方に少し問題あったけどね」
 その楓の態度に、初音が苦笑を浮かべて指摘する。
「いいのいいの。せめて、これぐらいのいじわるはさせてもらわなきゃ」
 開き直って梓がそう言った瞬間。
 ひときわ高い悲鳴が家中に響いた。

 そして、わずかの沈黙を経て、楓がぽつりとつぶやいた。
「……耕一さん、幸せそうね」
「そうか?」
「そうなの?」
 つっこむ梓も初音も、もしかしたらそうなのかも知れないな、と思った。

=== 了 ===

えー、一応5月のお題「母」の話です。
が、どっちかっつーと、「千鶴さんお誕生日おめでとうSS」です。
……どっちにしろ少々完成が遅すぎますけど(汗)

んで、最近文章書いてないもんで、なんかうまくまとまってませんが、
そこは大目に見てください、っつーことで(涙)