おいもの味 投稿者:OLH 投稿日:11月1日(水)00時22分
=== おいもの味 ===

 い〜しやぁきいもぉ、おいもだよぉ
 おいしぃ、おいしぃ、おいもだよぉ〜
 い〜しやぁきいもぉ、おいもっ

 学校からの帰り道。公園を出ようとしたところでその声が聞こえてきまし
た。おいも屋さんの車の声です。
 ようやく涼しくなってきたかなあってこの前思ったばかりなのに、もうそ
んな季節なんですね。あんまん、にくまん、おでんにおなべ。暖かい食べ物
が恋しくなる季節です。
 そしてなんといっても石焼きいも。
 冷たい風が吹きすさんでいても、ほかほかのおいもを食べながらだったら
寒いお家の外も平気です。
 落ち葉を集めて焚き火しておいもを焼くのもいいんですけど、あのおいも
屋さんのおいももまた格別です。ほくほくとしたおいもを口にするだけで、
それはもう幸せを感じちゃいます。おいも屋さんのおいもって、なんであん
なにおいしんでしょうね。やっぱりおいもの種類が違うんでしょうか。それ
とも何か焼き方にコツがあるんでしょうか。
 なんて、あんまりおいものことを考えていたせいかもしれません。恥ずか
しいことに、おなかがきゅうって鳴っちゃったんです。

 ……決めました。これはもう、神様が今日はぜひおいもを食べなさいって
言ってるんですよね。だからわたしは、おいも屋さんの車を追いかけるべく
公園を足早に抜けようとしたんです。
 だけど、公園を出たところで……わたしの足はぱたりと止まってしまいま
した。
 少し先にいるおいも屋さんの車の方から、こちらの方に歩いてくる人影を
見つけてしまったんです。そう、その人影は藤田さんだったんです。

 わたしだって女の子です。
 甘いものは大好きですし、仲のよいお友達と一緒だとか周りに知らない人
ばっかりだったら、おいもを買うぐらいはちょっと恥ずかしくても我慢でき
ます。
 でも、大好きな人が見ている目の前でおいもを買うなんて……さすがにそ
んなところを見られるのは恥ずかし過ぎます。
 このまま藤田さんがわたしに気づかず通りすぎてくれれば……ううん、で
もそれじゃ、せっかく藤田さんと会うことができて一緒にお話できるかもし
れないのに。
 おいもか藤田さんか……神様はどちらかを選べと言うんでしょうか?

 そんな風にわたしが逡巡しているうちに、ついに藤田さんがわたしに気が
ついてしまったようです。
 はうう……おいもさん、さようなら。また会う日まで……
 今日はわたしは藤田さんとお話する日なんです、きっと。
 決して、おいもさんのことを嫌いになったんじゃないですよ。ただ藤田さ
んのほうが、ほんのちょっぴり大切なだけだったんです。だから、絶対また
会いましょうね。
 わたしはそう心の中で約束して、おいも屋さんの車を見送りました。

 悲しみに暮れたわたしの心の内を知ってか知らずか、藤田さんはいつもの
ように微笑みながらわたしに声をかけます。
「よっ、琴音ちゃん」
「こんにちは、藤田さん」
 挨拶をしてから気がつきました。藤田さんの方から漂うこの甘い香り……
 よく見ると藤田さんの右手には食べかけのおいもがあったんです。
「あの、藤田さん。それ……」
「あ? ああ、これ? ちょっと腹が減ったと思ってたらさ、ちょうど焼き
芋屋が通ったもんだから」
「下校途中の買い食いはいけませんよ?」
 わたしがおいもを食べられなかったのに藤田さんだけおいもを食べてるの
が少しくやしくて。
 だから、おすまし顔で藤田さんにちょっとだけ注意。
 なんて、わたしもほんとは買い食いしようとしてたところですけどね。
「まあそんな固い事言わずにさ」
 藤田さんも私が本気で注意してるわけでないのはわかってるみたいです。
「それよりせっかく会えたんだしさ、ちょっとそこで休んでかない?」
 軽く私の言葉を受け流して、藤田さんはわたしを公園に誘います。


 とりあえず公園に戻って、仲良く並んでベンチに座ります。
 するとそれを待っていたかのように、急に冷たい風がぴゅうっと吹いてわ
たし達を凍えさせます。
「うう、さみい……琴音ちゃんも焼き芋食うか? あったまるぜ」
 ふ、藤田さん、ありがとうございます。ほんと藤田さんてば優しい人です。
 それとタイミングよく吹いてくれた風さんにも感謝です。
 一度はあきらめたおいもですけど、こうしてまた食べるチャンスが巡って
くるなんて。今日はなんて良い日なんでしょう。
「ええと……それでは少しだけいただけますか?」
「ほいよ」
 そう言って藤田さんをおいもをそのまま差し出します。
「え?」
 わたしはてっきり、口にしていない部分を折り取って渡してくれるものと
思いこんでいたんですけど……
「ほれ。いいから好きなだけ食っていいよ。なんだったら残り全部でも」
「は、はい……」

 わたしは藤田さんからおいもを受け取ります。
 冷たくなった手に暖かいおいもが気持ちいいです。
 で、でも……藤田さんは気がついてるんでしょうか?
 これって……これって……間接キスになっちゃうんですけど……
 わたしはそんなことを思って、おいもを受け取ったまま固まってしまいま
した。

 それなのに藤田さんは、にこにこと笑いながらわたしを見守るだけ。
 その笑顔はわたしがおいもを食べて「おいしい」って言うのを待ってるみ
たいです。
 そうですよね。せっかくの藤田さんの好意なのに……だからわたしは勇気
を出して、ぱくっと一口。
 むぐむぐ、ごっくん。
 …………
 ……
 おいしいです。
 確かにおいしんです。
 でもそれよりも、藤田さんと間接キスしちゃったという事実がわたしの頭
を駆け巡って、そのおいしさを素直に味わうどころじゃありません。
 わたしは心の中できゃあきゃあと叫んでしまいます。

 あ、いけない。藤田さんが不思議そうな顔してわたしをみつめてます。こ
のままじゃ変な娘だって思われちゃうかもしれないですよね。
 ほんとはもう少し味わってみたかったおいもですけど、あんまりわたし一
人で食べちゃうのも藤田さんに悪いですし、何より今は他の事が気になりす
ぎて、おいもを味わうどころじゃありません。
 だから残念でしたけど、もう一口だけかじって、わたしは藤田さんにおい
もを返しました。

「ん? もういいのか?」
「は、はい……」
 きっとわたしの頬は、少し赤くなってるに違いないです。
 そんなわたしをまだ不思議そうに見ながら、藤田さんはがぶりとおいもを
かじります。
 わたしはその様子を見つめながら、また心の中できゃあきゃあと叫びまし
た。
 今度は藤田さんがわたしと間接キスです。
 藤田さんがわたしがかじったあとのおいもをもぐもぐとしてます。
 あ、今、ごくんてのみこんじゃいました。
 もうわたしはなんだか混乱しちゃってます。

 なのに藤田さんはまったく動じることはありません。気がついてないんで
しょうか?
 それとも、わたしのことなんか、それほど気にもしてないってことなんで
しょうか?
「ん? どうかした?」
 ほんとに藤田さんは何も気がついてないみたいで。わたしは、だから……
「あの……その……藤田さんは……その……なんともないですか?」
 だからわたしは、思いきって藤田さんに聞いてみました。なのに藤田さん
たら
「え? なにが? この芋、なんか変な味でもした?」
 だなんて……
「いえ……そうではなくて……」
「じゃあ、なに? あ、もしかして、琴音ちゃん焼き芋きらいだった?」
「いえ、好きですけど……だから……その……おいも……間接……キ……」
「ああ、そっか……」
 ようやく気がついたという風に藤田さんは苦笑い。でも、その頬がほんの
りと赤くなってるのは気のせいでしょうか。
「いつも雅史相手とかで回し食いするから。ごめん、気がつかなかった」
「あの、えと……いいです、はい」
 わたしもなんだか気恥ずかしくて真っ赤になりながら。
「でもさ……そんなに気にするなんて、琴音ちゃんはオレと間接キスは、イ
ヤか?」
「え? そ、そんな……わたしは、その……うれしい……です」
 あんまり恥ずかしくて、わたしは真っ赤になったままうつむいちゃいまし
た。
「そっか。オレも琴音ちゃんとなら別にうれしいことだしな……それじゃ、
キスは?」
「え?」
 なんだか予想してなかった質問でびっくりして、わたしはぱっと藤田さん
の方に向き直ります。
「オレとキスするのはイヤか?」
「……イヤじゃ……ないです……」
 そう答えたら。藤田さんは照れくさそうに微笑みました。
 それからちょっとだけまじめな顔になって。


 そして藤田さんの顔がゆっくり近づいてきて……


 気がつくと唇と唇が触れ合っていて……


 それは、おいもの味がしました。

=== 了 ===

11月のお題「焼き芋」です。今回は早々にプロットができたため、かなり早
めに提出することができました。

んで、えーと、琴音ちゃんのなんてことはない、日常風景的な話ですな。
……なんか、浩之に殺意覚えたりして(笑)

まぁ、なんてゆーか、自分の思い入れが強すぎるせいで、もしかしたら本来
の琴音ちゃんの性格からずれてる可能性はあります。
実際、この前の話(「早起きは三文の得」)とも微妙に性格違うっぽいです。
が!

あえて言いましょう。これも真実の琴音ちゃんです(笑)