早起きは三文の得 投稿者:OLH 投稿日:10月24日(火)00時34分
=== 早起きは三文の得 ===

 その日は本当に気持ち良く目が覚めました。

 すーっていう感じで意識がはっきりして、ちょっとだけ目をぱちぱちさせた
ら、もうそれだけで完全に頭もすっきりと。
 なのになんとなく違和感があって、でも上半身を起こして軽く伸びをしたと
ころでわたしはその原因に気がつきました。いつもだったら目が覚めたら窓か
ら日が差しているはずなのに、それがないんです。
 外はまだ明るくなり始めたばかり。時計を見ると5時にもなっていません。
 せっかくの日曜の朝。本当ならもっと遅くまで寝ているつもりだったのに、
なぜこんなに早く目が覚めてしまったんでしょう。昨日の夜も深夜ラジオの
「ハート・トゥ・ハート」を聞いてから寝たから、こんなに早く目が覚めるな
んてことはあんまり考えられないのに。

 愛用のイルカの目覚し時計とにらめっこしながらわたしは考えます。
 このままもう一回寝ちゃうのも悪くないです。そうすればきっと、さっきま
で見ていた藤田さんの夢の続きを見られるに違いありません。お布団に潜って
5分もすれば、またわたしは夢の中にいることでしょう。
 でも、それもちょっともったいない気もします。せっかくこんなに気持ちよ
く目が覚めたのに、何もしないで寝ちゃうのも。かといって別にすることもな
いし……
「……散歩にでも出てみようかな?」
 ふと呟いてみて、実際にその言葉が耳に聞こえたことで、わたしはそうする
のが良さそうな気分になっていました。なんとなく何か好いことがありそうな、
そんな予感がしたんです。

 なるべく物音を立てないように、静かに静かに着替えます。そうっとそうっ
と廊下に出て、抜き足差し足忍び足。ちょっとだけイケナイコトをしてるみた
いで、どきどきします。
 玄関の扉についたベルを『力』で押さえて鳴らないようにします。こんなに
朝早く『ちりんちりん』なんて音がしたら、パパとママがびっくりして起き出
しちゃいます。二人ともせっかくのお休みの日ぐらい、ゆっくり寝ていたいで
すよね、きっと。
 ゆっくり扉を閉めてカギをかけて。そして『力』を抜いて、ほうっとため息。
うん、大成功。無事にお家を脱出(?)できてわたしは心の中でVサインを出
しました。
 ふふ。こんなことができるようになったのも藤田さんのおかげですね。あ、
パパとママに黙ってお出かけなんてことができるようになったってことじゃな
いですよ。わたしの『力』のことです。
 藤田さんがわたしの『力』のことを解明してくれて、さらにそれをきちんと
コントロールできるように特訓してくれたおかげで。わたしはこうやって有効
に『力』を使えるようになって。
 ……まるで家出みたいなことが『有効なこと』かどうかはちょっと疑問です
けど。別に今は散歩に出るだけだからいいですよね?


 朝の清々しい空気の中、わたしは公園の方に足を向けました。
 手を後ろに組んでぶらぶらと。ゆっくりゆっくり歩きます。
 朝のひんやりとした空気を胸いっぱい吸い込んで。
 誰もいない街並みを。いつもと違った顔を見せる街並みを。
 少しでも長い間、楽しめるように。


 そして公園について。わたしはちょっとがっかりしちゃいました。
 さっきまで歩いていた街並みと同じように、誰もいない公園を独り占めにで
きると思っていたのに。公園にはもう、先に人がいたんです。
 でも、もしかしたらあの人もわたしと同じように、誰も人のいない公園を独
り占めにしたかったのかもしれないですよね。だったらお邪魔をしちゃ悪いで
す。それに街の中をお散歩するだけでも、わたしは十分満足です。
 そう思って今きた道をまた帰ろうとした時。
 わたしはその人が誰だか気がつきました。
 相手の人も同時にわたしに気がついたようです。
「よっ。おはよ、琴音ちゃん」
 相手の人……藤田さんが手を振り上げてわたしに声をかけました。

「おはようございます……あの、藤田さん、どうしたんですか? こんなに朝
早く?」
 さっきまでに比べれば、ほんの少しだけ早足で。でも、いつもよりもゆっく
りと(だって、こんなゆったりした気分の時に駆け足するのも変じゃないです
か?)わたしは藤田さんの所まで行ってご挨拶。藤田さんも、のんびりとした
雰囲気でわたしを待っていてくれます。
「それを言ったら琴音ちゃんも同じだろ。琴音ちゃんはどうしたんだ?」
「あの、わたしはなんだか目が覚めてしまって……ちょっと散歩でもしてみよ
うかな、って」
「オレも一緒だよ……なんだか気が合うな」
 そう言って藤田さんは微笑みます。
「ええ、そうですね。わたしもそう思います」
 わたしもにっこり笑って答えます。
「立ち話もなんだし、ちょっとそこのベンチででも話さないか?」
「はい」
 そしてわたし達はすぐそばにあるベンチに腰掛けました。

 ベンチに座って、わたし達はごく自然に身体を寄せ合います。肩に回された
藤田さんの腕から、優しいぬくもりがわたしに伝わります。わたしはもっと藤
田さんを感じたくて、藤田さんの胸に頭を預けます。
 『話さないか』って言ってたのに、藤田さんは何もしゃべりません。わたし
もただ、藤田さんと並んで座っているだけで幸せで。だからわたし達はしばら
くの間、黙って公園を眺めてすごしました。


 お日様が完全に顔を出して、ようやく街に喧騒が戻り始める頃になって。
「こういうの……」
 わたしはふいにぽつりと言葉を漏らします。
「え?」
「こういうの、『早起きは三文の得』って言うんですね」
「ん? 違うな」
 わたしは不思議そうに藤田さんを見上げます。
「?」
「三文ってそんな大した金額じゃないだろ? オレなら琴音ちゃんに会えて三
万円ぐらい得した気分だけどな」
 藤田さんは生真面目に、でもちょっと照れた感じでそう言います。
 わたしは一瞬きょとんとして、くすりと笑います。そしたら藤田さんが
「なんだよ、琴音ちゃんはやっぱり三文ぐらいしか得になってないか?」
 なんて、すねたりして。
「いえ、わたしも三万円ぐらい得した気分です」
 すかさずフォロー。でもそうですね。わたしも確かに藤田さんに会えて、三
万円ぐらい得した気分です。
 だけど、すぐに閃いたことがあってわたしは言葉を続けます。
「あ、でも、三文ぐらいの得でもいいかもしれません」
「? なんで?」
 今度は逆に、不思議そうな顔の藤田さん。
「だって、わたしが三文で藤田さんが三万円の得だったら、きっと藤田さんが
わたしに何かおごってくださいますから」
 なんて、ちょっとだけイジワル。そしたら藤田さんが案の定『うへえ』って
困ったような顔つきで。でも、すぐに『にやり』として。
「……うーん、そうだなぁ……だったら今日はこれからデートして、最後はホ
テルのレストランでも行ってフランス料理のフルコースにでもするか?」
「え? そ、そんな……」
 今度はわたしがイジワルされ返されちゃいました。
 ここでうっかり『はい、お願いします』なんて言っちゃったら、藤田さんは
絶対、無理してでもそれを実行しちゃいます。そんなことになったら、かえっ
てわたしの方が困っちゃいます。
「え、えーと……」
「冗談だよ、冗談」
 わたしがどうすればいいか困っていると、藤田さんがそう言ってくれました。
「もう、藤田さんてイジワルです」
 そう言って、ぷいと横を向いたわたしの頭を藤田さんが軽くこつんと叩きま
す。
「最初にイジワル言ったのは琴音ちゃんだろ。これであいこだ」
 ちょっとだけ怒ったような口調。でも、わたしには見なくてもわかります。
藤田さんは絶対に優しく微笑んでいます。
 わたしも怒ったふりはすぐに止めて藤田さんの方に振り向いて。
「はい。では、おあいこということで」
 そしてわたし達は、お互いの顔を見てぷっと吹き出しました。

 ひとしきり二人でくすくすと笑った後。
「でも、そうだな……今日は無理でも、いつか一緒にホテルでディナー、なん
てしたいよな」
 と、藤田さん。
「ええ」
 と、わたし。
「もちろん、その時はオレがおごるから」
 ふふ。藤田さん、こだわってる。
「でしたら……先にお返ししますね」
 わたしはそう言って藤田さんの頬に唇を寄せて。
 不意打ちのキス。
「!?」
 藤田さんてば、目を白黒させてます。
「……もうお返しはしてしまいましたから、約束ですよ?」
「……まいったな……これじゃ今日の得、三万じゃすまなくなっちまった……
こりゃ、満漢全席でもおごらないと駄目かもな」

 それからまたしばらくの間、わたし達は二人で笑いあいました。

=== 了 ===

とゆーわけでっ。
今回は何とか参戦することができました、競作ですっ。
……結構ぎりぎりになっちゃったけど(汗)
十月のお題は「ことわざ」より「早起きは三文の得」でいってみましたっ。
……まぁ、結果、誰でも考えつけるシチュエーションになってしまいましたが
(汗)
実際、琴音ちゃん以外でも作れなくはないんですよね、大筋は同じ話。
ただ、自分なりに琴音ちゃんの魅力を出せるように努力はしたつもりです、は
い。

んで、この話は最近横行してる崖琴音(命名:実行:主犯AIAUSさん(笑))
に対抗すべく、「真実の琴音」ちゃんを世に広めるためのものでもあります。
崖ではない「正統派」な琴音ちゃんが……描けてればいいなぁ(汗)
まあ、判断はこれを読んでくださる皆さんにおまかせするしかないですが、こ
の話でちょっとでも琴音ちゃんの「正しい」魅力が伝わることを祈ります(笑)