花火大会 投稿者:OLH 投稿日:7月18日(火)21時08分
=== 花火大会 ===

 ひゅるるるるる……どーん……ぱらぱらぱら

 はあ……

 ひゅるるるるる……どーん……ぱらぱらぱら

 ふう……

 ひゅるるるるる……どーん……ぱらぱらぱら

 ほへ……

 アタシってば、さっきから溜息ばかり。
 まあ、それもムリは無いんだけれど。
 遠くで聞こえる花火の音。
 しんと静まった家にはアタシ一人。
 いつもなら、もっとざわついているリビングルーム。
 なのにうちの家族ってば薄情な事に、アタシ一人を残してみんなで仲良くお祭
り見物。

 ……そうよ、お祭りよ、お祭りっ!!
 今日はせっかくヒロ達とみんなで、お祭りに行こうって約束だったのに……

 悲しみに沈んだ瞳で投げ出した足を眺めると。
 そこを彩るのは痛々しくも真っ白な包帯。
 ……ほんのちょっとひねっただけなのになぁ。

 う〜〜……それもこれも、みーんなヒロの奴が悪いのよっ!
 ちょっとアタシがからかっただけなのに、あんなに真剣に追い掛け回す事ない
じゃない。
 おかげで、ちょっとした段差を踏み外して転んだ挙句、ご丁寧にも右足捻挫。
 フットワークが勝負のこの志保ちゃんにとって、足はかけがえの無い商売道具
だっていうのに。
 あそこで珍しくヒロがアタシを追いまわそうなんてするから……
 だからアタシも調子に乗って……
 ………………
 …………
 ……
 ほんとは自業自得だっていうのはわかっているんだけど……
 ……でも、やっぱり心の中ではアイツにやつあたり。
 うん、決めた。この次会った時にはもうタダじゃおかないんだから。
 それぐらい……させてもらっても……

 ピンポーン

 と、アンニュイな気分にひたってるところに突然響くチャイムの音。
 こんな時間に来客?

 ピンポーン

 ああ、もう面倒くさいわね……いいわいいわ、どうせアタシは怪我人だし動け
ないんだから、居留守よ居留守。

 ピンポーン、ピンポーン

 五月蝿いねえ……今この家には誰もいませんよーだ。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン

 ああ、もう、しつこいなあ……

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン

 ええいっ! 五月蝿いっ! 居留守だったら居留守だったら居留守なのっ!!

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン

 ああああ、もう。わかったわよ。出ればいいんでしょ、出ればっ!!

 アタシは痛む足を引きずって玄関に向かう。
 その間も鳴り響くチャイムの音がアタシを余計にいらだたせる。

「はいはいはいはいっ! どなたっ? なんか用っ!?」

 うーむ、我ながら不機嫌な声ね。
 がちゃりと乱暴な音をたてて扉を開ける。
 するとそこに居たのは……ヒロだった。

「よっ! 元気にしてたか?」
「……『元気にしてたか?』じゃないでしょっ!!」
 瞬間ぽかんとしちゃったけど、ここで会ったが百年目。
 恨ミハラサデオクべキカ。
「なんだ、やっぱり元気じゃん」
 そう言ってヒロってばニヤニヤしてる。
「……アンタねぇ……喧嘩売りにでもきたの?」
「おう、いくらだったら買うんだ?」
「冗談じゃないわよ。アンタなんかからは、何にも買わないわよっ!」
「そっか、そりゃ残念だな。せっかく行商に来てやったのに」
 そう言ってヒロはその手に下げたビニール袋をすっとアタシの目の前に差し出
した。
「……何よ、それ?」
 突然の事でアタシは目をパチクリ。
「ま、な。ちっとは祭り気分を味あわせてやろうかと思って、さ。ほれ、差し入
れだ」
 そして、そのままアタシの手にその袋を押しつける。
 中にはヤキソバ、たこ焼き、リンゴ飴。ハッカパイプにトウモロコシ。その他
もろもろ、縁日の定番商品がてんこもり。
 もう、まったく……ヒロってば。
 これじゃ怒るに怒れないじゃない。
「あのねぇ……あんた、アタシがこんだけ一人で食べられると思う?」
「志保ならいけるんじゃないのか?」
「そんなの無理に決まってるでしょ。ま、いいわ。あがんなさいよ。せっかくだ
から一緒に食べない?」
 そう言ってアタシはヒロを家の中に案内した。

  〜 〜 〜

 ひゅるるるるる……どーん……ぱらぱらぱら

 ひゅるるるるる……どーん……ぱらぱらぱら

「ふーん……こっからでも花火見えるんだな」
「ほんの先っちょだけね」
 冷蔵庫から麦茶の入ったポットを出して、戸棚からはグラスを二つ。
 縁側にそれを置くとアタシはヒロの横にどっかりと座った。
「……つ」
 あんまりいつも通りに座ったもんだから、ちょっと足に響いて小さな悲鳴。
「足、大丈夫か?」
 なんでもないような、まるっきりいつもの調子でヒロが言う。
「ん……明後日にはもう全然大丈夫だろうって……今はちょっと腫れてて痛いけ
ど、たいしたことはないわよ」
「そっか……」
 それだけ言ってヒロは麦茶をぐびり。後はじっと夜空を眺めてる。
 さっきまで絶え間無く上がっていた打ち上げ花火も、なぜか今は全然上がる気
配も見せない。
 突然訪れた沈黙。その不思議な空間にアタシの鼓動も早くなる。
「さて……んじゃ食うか」
 と、ちょっとだけ夢みたいな気分を味わっただけで、もう終わり。まったくヒ
ロってば雰囲気ぶち壊してくれるし。
「あ、たこ焼きちょうだい」
「ほいよ」
 ま、いいか。せっかくヒロと二人っきりでの花火見物だもんね。
 せいぜい楽しまなくっちゃ。
「で、なんでこんなに食べ物ばっかり買ってくるのよ」
「あ? ああ。志保が腹すかして泣いてんじゃねーかと思ってさ」
 二人してもぐもぐと口を動かしながら、たわいない会話。
「まったく風情が無いわねぇ……せめて金魚すくいでもして持ってくるとかは考
えなかったの?」
「……なんだ、おめえ……金魚の踊り食いでもするつもりだったのか?
 気色悪い奴だな」
「なんでアタシがそんな事しなきゃなんないのよっ!」
 ……楽しむっていうのが口喧嘩っていうのも……まあ、アタシ達らしいけど。
それでも楽しいには違いないんだし。

 ぴんぽーん

 ……と、アタシがせっかく前向きになろうとしてるってのに、またもそれを壊
してくれるチャイムの音。まったくもう。なんなのよ、いったい。
「ああ、おめえは座ってろ。俺が代わりに出てきてやるよ」
 立ちあがろうとするアタシを制して、ヒロは玄関に向かった。
 ……ほんとせっかくヒロと二人っきりだっていうのに……なんで邪魔が入るん
だろ。

 ほどなくして。その『邪魔』が現れた。
「こんばんは、志保」
「お邪魔するね」
 やってきたのは、あかりと雅史。
 この二人だって、ほんとはまだまだお祭り見物してたはず。なのにわざわざア
タシの所に来てくれるなんて……ごめんね、『邪魔』だなんて言って。心の中で
小さく謝罪。
「ああ、いいわよ。アタシも丁度退屈だったし」
「……何が退屈だよ」
 あ、ヒロが拗ねてる。
「でも、やっぱりだったね」
 にこにこしながら雅史に言うあかり。
「何がやっぱりだったの?」
 それがなんだか気になって、アタシはあかりに訊ねてみる。
「うん、あのね。浩之ちゃんたらね、花火見るのにいつもの河川敷に行こうとし
たところで突然、『わりい、用事思い出した』って帰っちゃったから。
 だからきっと志保の所に行ったんだろうねって」
 あ。ヒロってば、そっぽ向いて知らんぷり。
「それから、きっと食べ物ばっかりいっぱいお土産に持ってってるだろうねって。
そしたらほんとに想像通りだったから」
 なるほどね。さすが、あかりだわ。『浩之ちゃん研究家』を自称するのは伊達
じゃないって事ね。
「……どーせ、おめえ達も後からくると思ったんだよ」
 ヒロはヒロであかりの行動読んでるし。
 ほんとこの二人、お互いのことを良く知ってるっていうか。
 それに比べて、アタシはまだまだヒロの事をわかってない。そりゃヒロと知り
合ったのはあかりよりもずっと後ではあるけれど。何せあかりはそれこそ物心つ
く前からヒロとつきあってるわけだし。でも、それでもアタシは……
 そんな事考えてちょっとブルーになったアタシを、あかりが心配そうに見つめ
る。
「志保。どうしたの? まだ足、痛む?」
「え? ああ、うん。まだちょっとね」
 勘違いだけど、ありがたい。ここはそういう事にさせてもらいましょ。
「それより、それは何? あんた達も何かお土産持ってきてくれたんでしょ?」
 すぐに気分を立てなおして、アタシは明るい声を出す。
「ああ。せっかくだからみんなで花火でもしようかって」
 横から雅史が答える。
「花火、いいわよねぇ……どっかの誰かと違って風情があるわよねぇ」
 言いつつ、横目でちらり。
「何が風情だよ……いつもは花より団子のくせしやがって」
「ま、いいわ。それじゃ、早速やりましょうよ」
 ふーんだ。そんな言葉は無視無視よ。

  〜 〜 〜

「ねえ。ロケット花火とか、もっと派手な奴なかったの?」
「……住宅街でそんなのやるつもりか、てめえは」
「いいじゃない。アタシああいうの好きなんだし」
「少しは近所迷惑ってのを考えろ」
「あはは、志保らしいね」
 ……あんまりフォローになってないわよ、雅史。
「らしいで済む問題じゃねーだろーが……ほら、あかりもそんな隅っこでしゃが
んで線香花火してるんじゃねーよ」
「え? だって私、こういうの好きだし」
「……この前の映画のマネだろ?」
 あ、この前みんなで見に行ったやつ。
「あ? わかっちゃった?」
「わからいでか」
「でもあかりちゃんなら、そういうの似合うんじゃないかな?」
「そうねぇ、確かにあかりなら似合うんじゃない?」
 確かにあのヒロインの子、雰囲気がちょっとだけあかりに似てたのよね。
「あかりはあんな可愛くねーよ」
「あうう……ひどいよ、浩之ちゃん」
 ヒロってば、なんかあの子を気に入ってたみたいだしねぇ。
「あ、わかった! ヒロってばきっと『お兄ちゃん』て呼ばれないから拗ねてる
のよ」
「え? そうだったの? お兄ちゃん?」
「だあああ、止めろ止めろ! だったら『浩之ちゃん』の方がまだマシだ!」
「うん、じゃあやっぱり『浩之ちゃん』って呼んでいいんだ」
「マシってだけだっ」
「あはは、諦めなよ、浩之」
「そうそう、人間諦めが肝心よ」
 うっふっふう。みんなしてヒロを集中攻撃ぃ。
「ええい、オレは諦めねーぞっ!」
「はいはい、じゃあせいぜい頑張るのね……あ、今度それ取って」
 アタシはヒロが話をそらしやすいように、言ってる間に終わっちゃった花火の
代わりをリクエスト。ほんと優しいわよねぇ、アタシって。
「……ちっ、まったく……ほいよ」
「不親切ね。ちゃんと火もつけてってよ」
「へいへい。ほらよ」
「さんきゅ」
 ふと閃いて、くるくる花火を回してみる。
「あ、こら! そんな近くで花火振りまわすな!」
「ええー? 綺麗じゃない、光のアートって感じで」
「あははは、綺麗だね」
「雅史ぃ、他人事だと思いやがってぇ」
「志保ぉ、もうちょっと離れた場所でやった方がいいよぉ」
 たまたまジュースを取りに近くに来てたあかりも悲鳴を上げる。
「ちぇ、綺麗なのにぃ」
「あははははは」
「雅史ちゃあん」

 ほんと、いいよね。こういうのって。
 ヒロと二人っきりの花火見物はつぶれちゃったけど、でも、四人で花火大会っ
てのもまた楽しいし。
 うん。今日は素晴らしき親友達に大感謝!

=== 了 ===

7月のお題「夏祭り」です。
ついでに「志保を如何に可愛く書けるか自己の限界に挑戦するシリーズ」3作目
だったりして(笑)
プロット自体はかなり初期のうちに出来てたにもかかわらず、細かい部分の描写
で完成まで結構かかってしまいました(涙)
……さらに、そのくせ、まだまだ練り足りないところが散見するのが非常に悲し
かったりして(涙)
とはいっても、これ以上は改良出来そうも無いし、あんまり発表が遅くなっても
しかたないのでここで妥協します(涙)
ま、こんなもんでも志保が可愛く感じられたなら……嬉しいとこです。