雨の贈り物 投稿者:OLH 投稿日:6月14日(水)01時27分
=== 雨の贈り物 ===

「は〜〜、やっぱり、ただヤックはおいしいわ〜〜」
「あー、言ってろ言ってろ」
 あ、ヒロのやつ、すねてるわ。
 ……へっへっへぇ。せっかくだから、もうちょっとからかってやろっと。
「ま、今回の結果は順当な線だったってことじゃないかしら」
「うるせー。次はおまえがおごる番だ」
「ふっふーん。そーなると良いわねぇ」
 いつものようにゲーセンで勝負して、ヒロのやつにヤックおごらせて。
 うーん、今日もいい一日だわ。

 ところが。そんな上機嫌なアタシに文字通り水を差すものが。
 アーケードを出たアタシの頬に、ぽつんと冷たいものがあたったのだ。
「あ、雨」
「ありゃ、降ってきちゃったか」
 ヒロはそう言いながらごそごそとかばんをあさって折りたたみの傘を引っ張り
出した。
「今朝の天気予報、信じといて正解だったぜ」
「あら、珍しい。ヒロでも天気予報見てから学校くることあるんだ」
「なんだよ。てめえだってどうせ、朝に天気予報なんか見る暇ないんだろーが」
「あら、学園一の情報通のこの志保ちゃんが、そんな基本的な情報を逃すと思っ
てるの?」
 なんてね。ほんとは今朝はたまたま早起きできただけなんだけど。
「嘘くせー」
「なによぉ。その証拠にほら、アタシだって傘ぐらい……」
 そう言いながらアタシもカバンから傘を……。
「……傘ぐらい?」
「あ、あれ?」
 アタシはカバンの中を探しながら下校間近の自分の行動を思い出そうとした。
 いったい傘は、どこにしまっちゃったっけ……。
「あーーーっ! しまった! 傘、ロッカーに入れたままだった!」
 あ、ヒロが呆れた顔してる。
「……なあ、志保。知ってるか? 情報ってのは役に立ててこそのもんだってこ
と」
「な、なによ、そんなの当たり前でしょ!」
 ……なによ、その哀れみの視線は。もう、むかつくわね。
「……ふう。いや、ね。『情報通の志保様』らしからぬ失態だと思ってね」
 そう言ってヒロのやつってば大げさに肩をすくめて見せた。
 うう〜〜。
 アタシは軽くうなって威嚇してみるけど、ヒロのやつってば横向いて口笛吹い
たりなんかして軽く無視。ほんとにあったまくるわね。
 あぁ、でも忘れちゃったのは仕方ないんだし。ここは一つヒロに借りを作るこ
とになるけど、そんな事も言ってられないか。
「アタシだってたまには失敗することだってあるわよ。それより、ヒロ。駅まで
よろしくね?」
「たまに、じゃなくて、ちょくちょく、だろ……って、なんだよ、そのよろしくっ
てのは?」
「……アンタかわいい女の子が困ってるってのにそれを見捨てるわけ?」
「……かわいい女の子? 困ってる? どこで?」
「ここよ、ここ!」
「もしかして自分の事言ってるのか?」
 ムッキー、ほんと腹の立つやつ。
「アンタも男なら、せめて駅まで送ってやるって、なんで素直に言えないのよ」
「いや、俺親切だから。わざわざ持ってきた傘を学校に忘れてくるようなやつに、
二度とそんな事を起こさないように体で覚えさせてやろうかなと思って」
「そんな親切あるわけないでしょっ!」
「いや、親切だと思うぞ。特におめえに関しては」
「……アンタ、もしかしてヤックおごらされた事、根に持ってるんじゃない?」
「そんなわけねえだろうが」
 よし、この感触。もう一息ね。
「いいえ、きっとそうよ。ヒロってばそんな心の狭い奴だったのね。ああ幻滅だ
わ。これはもうみんなに正しいヒロの姿を教えてあげないといけないわよね。こ
れ以上被害の広がらないうちに」
「ああ、もう、わかったわかった。駅までだったら入れてってやるよ。まったく、
しょーがねーなあ」
 やった。ラッキー。これで少なくとも駅までは雨に濡れずにすむわ。


 でもって見事、駅につくまでの傘を手に入れたのは良いけれど……。
「おい、そんなにひっつくな」
「なによ、アタシが雨に濡れちゃってもいいっての?」
 一つ忘れてたのよねぇ……。
「だからって、そんな無理矢理、中に入ろうとするこたねえだろ」
「そんなにアタシとくっつきたくないなら、自分が離れれば良いだけのことで
しょ?」
 そう、今のこの状態……。
「この傘は俺のなんだぞ。なんで俺がわざわざ雨に濡れなきゃならないんだ」
「だったら我慢しなさいよ。それに大体、なんでアタシがそばにいるのが嫌なの
よ?」
 いわゆる『相合傘』なのよねぇ……。
「ただでさえウルサイのがこの距離だと三倍ウルサイんだよ」
「失礼ねえ、ウルサイだなんて。志保ちゃんトークを独り占めにできてるのを、
なんで素直に喜べないのよ」
「喜べるかっ。もう、どうでもいいからもう少し静かにしろってんだ」
 ……そんな事できるわけないじゃない。下手に黙っちゃったりしたら心臓がこ
んなにドキドキしてるの、気がつかれちゃいそうなんだもん。
「そんな事言われてもねぇ……どんな時でも聴衆の皆さんにすばやく正確な情報
をお伝えするのと、トークで楽しんでもらうのがアタシの存在理由な訳だし」
「オレはおめえの聴衆になった覚えはない」

 でも、それでも。
 口だけじゃなく足も動かしてる以上、駅はどんどん近づいてきて。
 つまりそれは、この時間が終わるって事で……。

 そして無事に、アタシ達は駅に到着。
 いつもはもっと近い方が良いって思ってるここまでの距離も、今日ばかりは短
すぎるように感じる。
 はあ、残念。
 アタシは内心ため息を吐きながら、それでも身軽にひょいひょいと屋根の下に
入ってみせた。
 それにつられてか、ヒロの奴も傘をたたみながら一緒に駅の中に入ってくる。

「サンキュ、助かったわ。んじゃまた明日」
 さりげなくお礼を言って改札口に向かうアタシをヒロが呼び止めた。
「おい、待てよ。ほれ」
 そしてヒロは今たたんだばかりの傘をアタシに手渡した。
「え? 何?」
「天気予報だと夜には土砂降りだって言ってたろ」
「ヒロはどーすんのよ?」
「今なら降り方もそんなにひどくねえからな。走って帰ればそんなに濡れなくて
済むだろうし」
 ……ほんと、ヒロってばこんなとこでかっこつけるんだから。
 ……でも本人はきっとそんな風には思ってないんだろうけどね。
 これがコイツの隠れた良い所なのよねえ。
「ん、じゃあ借りとくわ」
 ほんとは飛び上がりたいくらい嬉しいのを隠して、さりげなく。
 それがアタシ達のスタンスだから。
「ちゃんと返せよな」
「わかってるって。きちんと洗濯してきれいにしてから返すから」
「馬鹿いってんじゃねえよ」
 とか言ってるけど、ヒロも笑ってる。

 この傘とこの笑顔と。独り占めにすることができて。
 うん、やっぱり今日は最高の一日だわ。