7分間(お題:雨) 投稿者:NTTT 投稿日:5月22日(月)19時54分
来栖川綾香が目を覚ましたのは、その日の真夜中だった。

目覚めた瞬間の、かすかな時間の隙間。夢と現が意識の中で分かたれるその一瞬に、綾香はそ
の音を、感じた。

音とも言えないその音は、感じることはできても、聞こえはしない。余韻だけを切り取って、耳のそ
ばにそっと置かれたような、虚無へと消えていく振動の、わずかなブレ。

そして、目を開いた綾香は、その刹那、雷が遠くで鳴ったのを、知覚した。

綾香の開いた目に映る物は、薄暗がりの中、ほのかに白く浮かび上がる天井の模様。

綾香は、首を窓に向ける。

閉じられたカーテンの襞は、幾本もの陰影となって、重なり合う。吸収されながら、その襞を通り抜
けてくる、ごく、小さな音。

そして、綾香は、先程からずっと、雨音が聞こえていたことを、理解する。

2度目の雷の音は、大きい割に、現実感を喪失したような空虚な響きとして、綾香の耳に到達する。

枕元の時計を、綾香は見る。

薄い、輪郭のぼやけた翠の線が、2本。


2時37分


綾香は、ベッドから体を起こす。

重なり合い、不連続な線というより、面として聞こえてくる、重厚で、そして平坦な雨の音。そして、
その雨音のカーテンの中に、織り交ぜられた、微かな異音。

綾香は、素足をベッドから抜き出し、暗い部屋の中、窓へと、静かに歩む。


カーテンを、細く開く。

静かに、大きく開いていく。

窓の外、細い窓枠に、小さく身を縮めた黒い塊。

猫。

低く、鳴いた。

綾香は、窓の鍵を開ける。

ゆっくりと、開く。

封じ込められていた雨音が、なだれ込み、部屋を満たす。

そして、湿った微風が、雨音を追うように、綾香をすり抜けていく。

雨の匂い。

わずかに開いた隙間から、猫。

綾香の、胸に。

抱えた綾香の腕の中で、ブルブルと、身を、震わせる。

見えない滴が、頬に吹き付けられ、一瞬、綾香は手の力を緩める。

飛び降りる、猫。

部屋の、ドアへと向かう、猫。

暗い部屋の中、黒猫は影に溶ける。

ドアに、爪を立てる音。

そして、綾香の手が、後ろから猫を抱き上げる。

綾香は、猫の顔を見つめる。

暗い部屋の、ありったけの光を集めて、猫の目が光る。

光る目。

黒い顔。

猫は、また、身を、震わせる。

綾香は、掴む手に、力を、わずかに入れる。

鳴いた。


ベッドの上、綾香と猫。

ケバ立った猫の毛を、綾香は、シーツで拭う。

包むように。

守るように。

白いシーツ。

黒い猫。

拭い終えた綾香は、猫を、抱えて、ベッドから降りる。

ドアを、開ける。

暗い、廊下。

素足のまま、綾香と、猫。

ゆっくりと、廊下を、進む。

光。

遠雷の音が、くぐもって、響いた。


綾香は、静かに、ドアノブを掴む。

片手には、猫。

姉の部屋。

ドアノブを、慎重に、回す。

ドアを、静かに、ゆっくりと、開けていく。

丁度の隙間から、部屋へ入っていく。

まるで、大きな、猫のように。

そして、片手には、猫。

姉は、眠っている。

顔を、むこうに向けて、眠っている。

静かな、息遣い。

上下する、肩。

綾香は、姉の布団を、めくる。

猫を、布団の下に、そっと、滑り込ませる。

奥へと、潜る猫。

姉の、息遣いが、変わる。

姉の寝顔は、見えない。

綾香は、そのまま、部屋を出て行く。

静かに。

ゆっくりと。

廊下を抜け、部屋に入り、ベッドの中に、素足を入れる。

枕に頭を乗せ、目を閉じる。

唇が、微笑む。

既に、綾香は、夢を見ていた。


2時44分


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とりあえず、言い出しっぺから、第1作
次は、来月になったら、出してみようかな?とか、思ってます。
ま、期限も長いので、ゆっくりいきましょう^^