戦場のメリークリスマス 投稿者:ALM 投稿日:12月15日(金)17時13分
  
    最後に雪を見たのはいつだっただろう。
  そんな些細なことさえ僕は覚えていない。
  
  もっと記憶するべき事があるはずだと、回りから急かされるようになったのは最近のことだ。
  まわりだけが濁流のように流れ、動きを止めない。汚い水に揉まれているような気分。
  そう思っているのは、もう僕一人だけなのだろう。
  みんな、流されていることに気が付かない。
  灰色と悪意で腐りきった時間という濁流の上で、自分の手足を使って泳げる人の名前を挙げることなど僕には出来ないのだ。
  それでも、表顔では美しい人々を称える歌を歌ってみたい。
  自分が救われる為に。
  
  今日だけは僕の住む狭い町に音楽が溢れ、人々の心のなかに調和と不協和音が吹き荒れる。
  前者はともかく、他人の心のなかを感じることが出来るのは世界で僕一人。
  せいぜい楽しんでみようと思う。
  
  このクリスマスという日を・・・。
  
  
  
"戦場のメリークリスマス"



  僕の住む町は首都圏の少し外側にある都市群のなかにある。
  チェーン店もある程度揃っていて、最先端を追求しなければ娯楽には不自由しない。
  僕が小さい頃に作られた、町を見下ろせる位置にある公園が町の名物だ。
  僕の家族が住んでいる公団住宅から、徒歩で1時間くらいの場所にある。
  言うなればどこにでもある街。
  個性なんかかけらもない。
  目を楽しませてくれるものなど何もないのだ。
 ・・・・とはいっても、今日は特別な日らしくちらほらとおとぎ話の産物たるサンタ
 クロースの衣装を着た人々があちらこちらに混じっているのはご愛敬。  
 これもテレビで流されたステレオタイプな光景だ。
 耳を掠めていく雑踏の音は僕に何の意味も与えてはくれない。
 漫画にあるみたいに掏摸や掻っ払いの類いに出会えるわけでもない。
 うっとおしい位にコンクリート仕立ての現実が目の前にある気がしてならない。
 ちゃんと僕は自分の足で歩いているのに・・・。
 排気の音、靴の音、駄弁る話し声・・・。
 雑音を受け入れられないなら、ここに来るべきじゃなかったのかもしれない。
 
 声が響く。
 コンクリートの壁にぶつかり、跳ね返り、辺りに散らばっていく。
 目に見えたなら、違って見えただろうか。

 自動的に足が動いているような気がする。 
 
  あの日々は他動的で疎ましかった。
  今は自動的だがやっぱり疎ましい。
  
  時々、僕が出歩くようになったのは。あの事件の後からだ。
  
  動き続けないと窒息してしまう。
  そんな言葉が胸を掠めるようになったからだ。
  いろんな意味で、僕は病的なのかもしれない。
 
  ひどい話だ。
  赤い靴を履いた女の子は、死ぬまで踊り続けた。
  もう一人の赤い靴の女の子は、どこかの誰かに連れていかれた。
  
  僕のこの状況も、女の子達と変わらないのかもしれない。
  
  冷たく乾いた空気は、やっぱり変わらない。
  猥雑なホテル街を抜けて、飲み屋のネオンが煌めく道を行く。
  
  この道はあまり変わりがない。
  この世の道楽に取り残された人たちが自分を癒すために集まる堕落の具現。
  この街の中の風景に、僕がなるのは近いかもしれない。
  
  頭の中のノイズがやけに煩い。
"クリスマスだからいいじゃない。ママ・・・・"
"今日はあの子にケーキを買って帰ろうかしら・・・・"

  僕は人より幸せなはずなのに、人に取り残された。
  僕は人より不幸なはずなのに、人に取り残された。
  
  彼女が残していった人の心と僕の心を繋ぐアンテナは、僕に雑音しかくれなかった。 
  
  酷い。
  非道いよ。
  ひどいじゃないか。
  
  そして、ふと思うのだ。
  
「彼女も、この気持ちの嵐の中で生きてきたんだろうか」と

  もう何百回も繰り返してきた思考のループ。
  死ぬまで繰り返すのかと思うと、それだけで厭になった。
  


  煌めく街の灯に背を向けて、一段一段と石段を上っていく。
  左手には花崗岩。
  右手には青銅製の手すり。
  この道を、何人の人が、どんな思いで登り、下っていったのだろうか。
  そんなことを考えてみる。
  
  この公園は、この階段しか入り口がない。
  山を切り開いてコンクリートで固め、人々のいこいの場にしたからだ。
  下から見上げると真っ白な壁。
  地面の下には、芸術家きどりの奴等が自分の抱えた鬱憤をグラフィティに託して書きたくる。
  
  高さは約30メートル。
  ようやく人が死ねる高さだ。
  
  壁にまとわりつく蛇のような階段を登っていく際に、3組ほどのカップルとすれ違った。
  きっと自分達の世界を作る為に、世界を見下ろせるここを選んだのだろう。
  この街という、小さな世界を。
  
  ちらほらと人影が崖の上の灯で見える他は、やっぱり真っ暗だった。
  
  この状態は、僕と他の人間との関係を表しているように見える。
  彼女という太陽を無くした今、僕の存在を照らし出してくれる光さえもない。
  
  展望台から、街を見下ろす。
  
  今、この場所に見える人たちはこの風景がきれいに見えるかもしれない。
  だが、僕にとってはどうともない。
  


  今、僕が見下ろす全ての人を殺してしまおうか。
  罪のない人間なんかいないんだ。
  
  
  
  僕は、脂汗をかいていた。
  まだ朝日があるうちなら僕の一挙一動が白日のもとに晒され、僕は殺されるだろう。
  でも、今は闇夜だ。
  聖夜でも、闇夜は闇夜だ・・・・。
  
  脂汗と思い気分を抱えながら、僕は空を見上げた。
  今日は雪が降ると天気予報が言っていた。
  
  快活を装うアナウンサーの声が脳裏を掠める
  
"今日はホワイトクリスマスになるみたいです!楽しみですね!!"

  救われたかった僕は、もういない。
  重苦しい気分が残っただけだ。
  
  今日も、救済されそこなった。
  
  帰ろう。
  
  このままだと、僕はまた彼女を殺してしまいそうだから。
  
  
  
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(お題:クリスマス)
タイトル:戦場のメリークリスマス
コメント:彼はもがく。水桶に落ち込んだ溝鼠のように
ジャンル:シリアス/雫/祐介

  ども、こんばんわ。
  電波がまた来たので、ぱぱっと書き上げてしまいました。
  
  今、HP作るために悪戦苦闘中です。
  流石にこんな小説ばかりを目玉にするわけにはいかないので、コンテンツ作成に一苦労です(笑)