僕と彼女はコウサクする (4) 投稿者:ALM 投稿日:8月31日(木)20時56分
  悪い子たちじゃないんだけどね。
  何かが足りないのよ。


僕と彼女はコウサクする (4) 


「・・・まあ、やる気になってくれて嬉しいわ」
  女主人は事の顛末を聞いたあと、はにかみながら口を開いた。
「じゃあ、瑞穂も祐介君ももうOKなわけね?」
「うん、いっしょにテーブル作ったの」
「・・・一応、大丈夫です」
  それぞれが答えを返すと、脇から志保が口を挟む。
「まあ、やってくれるのはうれしーんだけど」
「大丈夫なの?あんた」
  瑞穂は少し表情を凍らせた。
  だが、それと対照的に祐介は落ち着いた表情で受け答える。
「まあ、これも修行ですから」
「心配してもらわなくても大丈夫です」
「心配なんかしちゃいないわ」
「ただ、気に食わないだけよ」
「いつもこんな感じなの?友達できないわよ」
  立て板に水を流す如く、彼女は喋る。
  それでも祐介は表情を変えなかった。
  険悪な空気が流れる。
「じゃ、早速やってもらいましょうか」
  割り込むように女主人は彼らの間に入り、彼女の娘に言葉をかけた。
「・・・ちょっと、愛ちゃん、まだ話が」
  女主人に話を割り込まれたので、志保は不満そうな声を上げた。
「いいじゃない。そんな心の狭いこと言ってると幸せ逃げるわよ?」



  まずは瑞穂。
  二人とも同じブースの中にいる。
  音楽を担当していないほうは他の演出を担当する。
  VJ、照明、その他、出来ることは山ほどある。
  弱めの照明の色が代わっていくなかで、英語の歌詞が響く。
  日本人では追いつけない領域にある、選ばれたものの歌声。
  彼女の料理の材料は、言うなれば天使だった。
  天使を切り裂き、必要な所をより分ける。
  それを香辛料で味付けして、客の耳を楽しませるのだ。

"UST another night,another vision of love"
"You feel joy,Youn feel pain"

"I talk Italk-I talk to you in the night"
"in your dream of love so true"


  照明が暗くなっていく。
  彼女の横に彼がついた。
  彼はレコードに手を伸ばす。
  スクラッチテクニックで同じ部分を繰り返す演出。
  リズム感が必要になる部分だ。
  
  彼は物怖じすることなく細かい手さばきでリズムの下敷きをつむぎ出す。
  その上に彼女の電子ピアノが重なる。
  
  彼女の単独行動から、共同作業に移ったのだ。
  今の時代の協奏曲。
  たった二人だけの観客は、光と音の渦の中にいた。
  
  曲調が変わる。
  耳を突くキックドラムの音、一味違って棘のある電子ピアノ。
  光の波長が細かくなる。ミラーボールが光の方向をかき混ぜる。
  その空間が現実離れを起こす瞬間に、彼は力を注ぎ込む。
  彼が夢見た色の無い世界を目の前に呼び出すために。
  彼は、自然の音とかけ離れた音が大好きだった。
  それらを出来るだけ時間単位の中に詰め込む。
  彼は感じるのだ、フォアグラが作り出される瞬間のように空間が悲鳴をあげるのを。
  そしてそれは歓迎される。
  
  観客が音の波に簡単に乗れるからだ。
  
  彼女は光の洪水を操りながら、彼が呼吸不全を起こす寸前まで陶酔する様を横で見ていた。
  
  
  
  リハーサルを終えた後、女主人は渋い顔でフロアーを見ていた。
  ブースの扉が開き、二人が出てくる。
  志保は口をひらく。
「私はこれでいいと思う・・・」
「でも、最後のほうがちょっときついかな・・・」
  彼女は明らかに音に威圧されていた。
  その様子を横目で見ながら女主人は何かを考える素振りを見せていたが、不意に口を開いた。
「長瀬君、テクノ無しで本番組んでみて」





  祐介は一人で喫茶店にいた。
  目を血走らせながら白紙を埋めようと苦心しているものの、その作業は捗らなかった。
  不意に店内の音楽に耳を傾ける。
  店内はアナログ盤が古めかしい蓄音機で再生されていた。
  
  ジャズ。
  
  その渋みをふんだんにきかせた哀愁の音色が彼を包み込む。
  そして、彼は思い当たった。
「祐介くん、どうしたんだい?」
  知り合いらしいその喫茶店の店員は彼の表情を怪訝に思ったらしく、恐る恐る何が起こったのかを聞いてきた。
「彰さん、このレコード借りることは出来ませんか?」
  その一言は、店員を驚かせるのには十分だった。