僕と、彼女は、コウサクする(1) 投稿者:ALM 投稿日:8月1日(火)00時11分
  薄暗い闇が近づいてくる。
 暑くも無く、寒くも無い。
 その時だけ、夕焼けがやけにきれいに見えるそんな夕方。
 ドラマは起こった




僕と、彼女は、コウサクする

第一回





「・・・悪いけど、要望には答えられないわ」
 暗めのバーのカウンターを挟んで、太めの女主人は口を開いた。
 癖のある茶色の毛をワンレングスのスタイルに伸ばし、肩を出した青いボ
ディスーツに身を包んでいる。
 化粧も薄く、普通の水商売の人間とは何故か一線を画した雰囲気をただよ
わせている。
 顔の作りがある程度整っているからだろうか、人を選びそうな派手目のス
タイルも何故か似合っている。
 彼女は、そんな人間だった。
「やっぱり駄目なの?」
 その言葉を受けて落胆しているのは、彼女よりも一回りも若い女性。
 内巻きのボブカットに仕立て上げた髪にゴーグルを架けている。
 ジーンズ製のスリップに、白いパンタロンと皮製のサンダル。
 活発そうな光を湛えた目が、困惑で曲がっている。
 そんな状況下で女主人は続ける。
「駄目も何も、学園祭でしょう?」
「子供のお遊びにつきあってくれるのなんて、いないと思うわ」
 客らしき女性の顔の曲がりが、険しくなる。
「遊びだなんて・・・!」
 唸るように呟く彼女をたしなめるように、女主人は続けた。
「志保ちゃんには悪いと思うけど、うちも商売だから」
「DJだって、ギリギリでつないでるの」
「助けには、なれそうもないわ」
 醒めきった口調に毒気を抜かれたのか、彼女の顔の険が和らぐ。
「分かってるけど・・・」
「それでも、やってみたいの」
 女主人の顔に軽い笑みが浮かぶ。
「何故、そんなにこだわるの?」
「内輪でもパーティーなら開けるじゃない」
 彼女は、直情的な表情から一点して複雑な表情を見せた。
「・・・今じゃなきゃ駄目なのよ」
 そういって視線を逸らす。
「・・・出て行くつもりなんだ、日本」
 女主人は先ほどとは幾分か和らいだ口調で彼女に話し掛けた。
 
 女主人と彼女の付き合いは二年ほど前から。
 昼夜を問わず飛びまわる彼女が、何故か引き寄せられるようにして入った
その店は、いつのまにか彼女の安らぎの場となった。
 その店の名前は”INDIGO”と言う名前で、最初来た時は夜遊び仲間とクラ
ブ遊びの中継店としてだった。
 後で、女主人の苗字が店の名前の由来であることを彼女は知った。
 昼間は静かなラウンジの顔を見せるこの場所で、彼女は女主人と語り合っ
た。
 女主人は、記者であった夫を事故で亡くしている。
 この喫茶店も夫と語り合った夢の中に入っていたものだという話であった。
 彼女は、いろんな事を女主人に話した。
 記者になる夢。
 高校を卒業したらすぐ日本を出て行くつもりであること。
 とにかく、いろんな事を話して、いろんな事を聞いた。
 だから、女主人とはそれなりの付き合いだし、事情も分かっている。
 彼女なら理解してくれるだろうと、相談をもちかけたのが先程の場面である。

 女主人は、少し悩んでいるような素振りを見せた後、彼女に話し掛けた。
「それなりのプレイ出来るコなら、空いてるけど・・・」
 彼女は、女主人の目をじっと見る。
 そのまま、弛緩した時間が二人の間を行き交う。
「・・・今、会えますか?」
「ええ、ちょうど今プレイしてもらってるから」

 彼女は気がついた。
 今流れている音楽と重なって、キーボードの生演奏が聞こえてくる。
 しかも、違和感をまったく感じさせられることなしに、である。
 ボリュームが絞り気味だったことをさし引いても、このパフォーマンスは驚
きに値する。
 彼女の軽い驚愕の表情を読み取った女主人は言った。

「彼女は、まだ自分で組み立てられるとこまでいってないの」
「でも、それなりの即興は出来るはずだから」

 素人目から見ても、複雑なキーボードの旋律。
 実力的に問題が無いであろうということは明白だった。

「彼女に足りないのって、場数なのよね・・・」
「彼女って・・・女の子なの?」
「ええ、そうよ」

 音楽がフェードアウトしていく。
 そして、少し経つと、ブースらしき部屋のドアが開き、中から小さな女の子
が顔を出した。

「ミズホ?終わったの?」
 女主人は女の子に声をかける。
「うん、ユウスケさんが来たから、つないでもらうよ?」
「分かった、じゃあ、こっちにいらっしゃい?」
 駆け足で、女の子がこちらにやってくる。
「はじめまして、常連の人ですか?」
 志保に向かってミズホは話し掛けた。
「このコが、いつも話す長岡さんよ」
「ああ、そうなんですか?」
「話すって、あたし話のネタにされてるんだ・・・」
 志保はちょっと複雑な顔をする。
 そして、二人の顔立ちを見比べて、志保は言った。
「もしかして・・・、娘さん?」

 その言葉が終わるやいなや、さっきの音楽とは毛色の違った音楽が流れはじ
めた。


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駆け足ですが、投稿します。
お題「夜の学校&クロスオーバー」
続き物ですので、最後にはちゃんと条件を満たします。

ご容赦願います。