雨の日、傘日より。 投稿者:akia 投稿日:6月9日(土)11時28分
【3:05】

「もう、部活中止なら中止で早く言ってくれればいいのに」
鞄を抱え、沙織は廊下を走る。辺りを見回しても誰もいない廊下。無理もない、先ほどか
ら突然降り出した雨のせいで、ほとんどの生徒は我先にと帰ってしまったハズ。沙織だっ
て帰りたかったが、部活の練習があったため、何人かと残っていたのである。そうしたら、
突然部活は中止との連絡が入り、片づけをしていたタメ・・・気がつけば最後の一人にな
っていたのである。
「あーっもう!」
いらいらしつつも、沙織は鞄の中にあるハズの折りたたみ傘に手を伸ばし・・・固まった。
「なひ」
汗が出る。一息つき、鞄の中をひっくり返さない程の勢いで中を調べるが、やはり傘はな
い。
「・・・あ、」
脳裏に浮かぶのは、家の机の上。朝、忘れないように出しておいた傘。
「あああぁぁぁぁぁぁぁ」
崩れ落ちそうになりながらも、沙織は下駄箱を目指す。もしかしたら・・・誰かいるかも
知れないし、入れていって貰えるかも知れない。そんな淡い期待に胸ふくらませ、沙織が
下駄箱まで来た時、人影が目に入った。もちろん傘を持ってである。
「よかった」
安堵の声を出し、
「ごめんなさい、もしよかったら一緒に入れてってくれる」
その人影に近づく。
「雲・・・多いけど・・・受信できるよ」
その人影はそう言うと、男物の大きな傘を逆さに掴み、パラボラアンテナのように広げた。
そして・・・硬直する沙織の方を見ると、
「一緒に入る(受信する)?」
人影はそう問いかけた。
「う」

結局、雨の中を全力疾走で帰った佐織は、次の日風邪で休んだのであった。

【3:13】

「ふぅ」
千鶴は前を見る。いつにない大雨。これからまだ鶴来屋に戻らなければいけないのだが、
この雨では身動きすら出来ない。それでも気合いを入れて走っていく人も見受けられるが、
時間を潰す方が賢明であろう。
「誰か、傘を持ってきてくれたらいいのに」
恨みがましく言ってみても、誰も来るはずもないし、雨音だけは止まる事を知らなかった。
「耕一さんが迎えに来てくれたりしたら、相合い傘で帰れるのに・・・それで、肩を寄せ
て二人して、雨宿りを」
妄想一歩手前までいきかけたが、視界の隅に人影を見つけ、千鶴は自制する。
「あの人も雨宿りかしら・・・!」
道路の反対側。ウィンドの前で空を仰ぎ見る姿。その姿には見覚えがあった。
「柳川」
千鶴の口から、息とは違う何かが漏れる。冷たい目で千鶴が柳川を見ていると、大きな傘
を差した青年が走ってくる。向かう先は柳川の方。普通なら、こんなどしゃ降りの中で会
話など聞こえるハズもないが、千鶴の耳にはしっかり聞こえていた。
『柳川さ〜ん』
『おお、貴之』
『柳川さん、迎えに来てあげたよ。柳川さんが風邪を引いたら、僕心配で心配で夜も眠れ
そうにないから』
『ははは、コイツ、可愛いこと言って』
『可愛いだなんて、僕照れちゃう』
『ははははは』
『ははははは』
「ははははははははははは」
千鶴の乾いた笑い。そして・・・
「サイワイ、アタリニヒトカゲナシ」
千鶴の姿は空へと舞い上がったのである。

「あれ、こんな男物の傘なんてあったっけ?」
玄関脇の傘立てを見て、耕一は首を傾げたのであった

【3:24】

「うわっ、スゲー雨・・・どうするかな」
浩之の頭の中に、傘を持っていそうな名前が列挙するが、この時間ではそもそもいなさそ
うな感じが強かったりする。
「止むと思って居眠りしちまったけど、傘がないってみんなに言ったんだよな」
つぶやき、それでも下駄箱付近に誰かいないか見る。雨音だけが響き、他には誰もいない
・・・
「浩之ちゃん」
「お、あかり」
下駄箱の角からあかりが顔を覗かせた。
「ちょうどよかった傘持ってないか」
「うーん、私一本しかない」
困った風に答えるあかり。
「なら一緒に入れて行ってくれないか?」
「いいの?」
「ああ、4時から見たい番組あるんだ」
「それじゃ行こう。浩之ちゃん」
白地に赤い水玉の傘を広げるあかり。浩之はそれを手に取り、二人は雨の中へ・・・。そ
んな二人の後ろでは、傘を手に持ち、苦悶の声を漏らす複数の姿があった。そして、あか
りの傘は雨に打たれ、赤い水玉は流され消えていったのである。

【3:38】

「傘持ってきてて正解だったな」
商店街を歩きながら、冬弥はそう洩らす。大学の帰り道。天気予報では夕立があるかもと
の予報で持ってきた傘だったが、今日は役にたったな・・・そんな事を考えつつ、冬弥は
ショーウィンドウの方を見る。結構雨宿りの客が多いなとか思っていると、CDショップ
の中に見知った姿を見つけた。
「あれマナちゃん」
こっちが視線を送ると、向こうも気づいたらしく、ラッキー的な表情を浮かべる。
「まぁ仕方ないよな。この雨だし・・・」
方向を変えようとした時、突き刺さる様な視線を感じ、思わず視線を向ける。そこはオー
プンカフェの一席。冷たい視線を送るのは弥生だった。手にスケジュール表を持ち、殊更
時間がないのをアピールするかの様な仕草で冬弥を見る。
「や、弥生さん・・・」
たじろぎ、一歩引き視線を外すと、ファーストフードの二階の窓に、まるで死人のような
疲れた目で、こちらを見る彰の姿を見つけた。
「ど、どうする」
たじろぎ、冬弥は視線を外す。そして・・・電話BOXで雨宿りしている理奈を見つけて
しまう。
「・・・どうして、一癖も二癖もある人しかいないんだろう」
四人の突き刺さる視線を受け、冬弥は魂が抜けそうな感じでつぶやき、
「・・・」
無言で地面に傘を置くと、雨の中でも判る視線から、ずぶ濡れになりながらも逃げるよう
に走り去ったのであった。

「冬弥君、肺炎だって?」
「はい・・・この間の大雨の中、傘も差さずに帰ったみたいで」
「そうか、お見舞いにいかなくちゃな」
「ありがとうございます。緒方さん」
数日後のTV局の廊下で、由綺と緒方はそんな事を話したのだった。


【3:47】

「まったく、なんで私がこんな場所にいなくちゃいけないのよ」
目の前を通り過ぎる人並みを、瑞希は恨めしそうに見る。色とりどりの傘の列。そもそも
ほんの一時間前はあんなに晴れていたのに、今やバケツをひっくり返したかの様な雨。
傘などあるわけもなく、『時間があったら行くかもしれない』としか言っていなかったタ
メ、和樹との連絡もしていないし、非情な事に携帯も繋がらなかったりした。
「・・・和樹が、いけないんだから・・・」
力無く洩れる言葉。橋の下で雨が止むのを待つ自分。空は雨雲。ぼんやり眺めれば、雨音
で何も聞こえなくなってくる。
「私じゃ・・・ダメなのかな」
脈絡の無い言葉。そして・・・頬を伝う熱いもの。
「和樹・・・」
つぶやき、いっそこの雨の中を駆けだしていこうと思った瞬間、雨が止んだ。
「え?」
上を見ると、傘があった。
「濡れるぞ」
「和樹!」
振り返れば和樹が居た。
「来ていたんだったら連絡くれれば良いのに」
「私は・・・電話した」
小さな声。
「そうか、みんないっぺんに携帯掛けるから繋がらなかったんだな」
和樹はそう言い、瑞希を引き寄せる。
「あ」
「ほら濡れるって」
「ありがと」
「それにしても、凄い雨だな。さすがに二人じゃ移動出来ないか」
「あ、私は別に」
「もうイベント終わったし、撤収は大志達に任せたんだ」
「そう・・・なんだ」
なんとなく視線を外し、瑞希は和樹を見る。和樹は・・・濡れていた。どう見ても傘を差
していた風ではなく、ただひたすらこの雨の中を走り回っていた感じだ。
「和樹・・・濡れてる」
「あ・・・風が強かったからな。それより、雨が止むまでどうする?」
「・・・しばらくこのままでいて」
瑞希は囁き、和樹に体を寄せたのだった。

【3:53】

「退屈〜」
店内をあてもなく彷徨い、スフィーはふらふらしている。外は豪雨。ちょっと先の風景す
ら見れないほどの雨。
「健太郎は帰ってこれないよね」
レジ脇の傘を見る。
「お店・・・閉じちゃて、迎えに行ってあげようかな」
ちらと目に入る傘。
「うん。迎えに行こう」
つぶやき、出かける準備を済ませると、再び傘に目が行く。
「二本か・・・」
二つ出そうとするが、スフィーは一本の大きな傘を選び、それを差して、嬉しそうに店を
出たのであった。

【3:59】

「雨か」
建物の陰に雨宿りをし、蝉丸は空を見上げた。
「・・・」
短く息を吐き、視線を辺りに向ける。辛うじて残る山の稜線。変わってしまった水平線。
「ここは・・・」
俺の居た時代ではない・・・改めて痛感する。それでも人は生活をし、営みを続けている。
「俺達が守ろうとした事は・・・無意味だったのだろうか?」
独りでに出てきた言葉。自分の存在自体を疑う言葉。それでも、答えは出てこない。肯定
も否定も・・・。
「ん」
気配を感じ、蝉丸は視線をあげた。向こうから歩いてくるのは月代だ。たぶん傘を持って
迎えに来てくれたのだろう。
「この答えを出してくれるのは・・・きっと、誰彼のあと・・・日の光を受けて歩く月代
なのだろう」
確信に満ちた言葉で蝉丸が言うと、まるでそれを肯定するように、雨が止んだ。
「あ、蝉丸ーっ!」
嬉しそうに走ってくる月代。その背には日の光が差し込む。そう・・・誰彼を歩くのは俺
達だけで良いのだから・・・。

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