やきいも 投稿者:akia 投稿日:11月7日(火)21時19分
白い照明に照らされた控え室。
「・・・」
腕を組み、じっとしている人物が一人。自分以外誰の姿もない室内で、まるで彫像のよう
な人物・・・篠塚弥生は、スケジュールを手帳に写す作業を実行していた。
「すみませーん。森川さんの控え室はここですかー?」
廊下から声を掛けられ、弥生は視線を横に向けながら、
「はい。何かご用でしょうか?」
冷たい声でそう告げる。
「あのー、緒方さんから差し入れを持って行くように頼まれまして」
「緒方さんから?・・・どうぞ」
一瞬いぶかるが、弥生は返事を返した。
「失礼しまーす。えっと、これですね」
アルバイトらしい青年が、控え室のテーブルに下ろしたのは、50cm程の白い発泡スチ
ロールの箱だった。箱を見ると、見慣れぬロゴマークと共に、緒方のサインが張られた伝
達用のスタンプが押されていた。
「・・・中身は?」
「すみません。自分、緒方さんに届けてくれと言われただけで・・・」
済まなそうに言うアルバイトを横目に、
「一応立ち合いで、中の確認をしたいので」
そう弥生は告げ、テープを剥がすと中身を覗いた。
「・・・」
「ヤキイモですね」
アルバイトは見たままを言う。実際誰が見ても焼き芋である。そのホカホカの焼き芋が六
本、入れ物の中に鎮座していた。
「あ、すみません。自分、このあと撤収組みに回らないといけないので」
「・・・判りました。緒方さんには受け取ったと私の方から伝えておきます」
「それじゃ」
そしてアルバイトは部屋から出て行く。残されたのは・・・弥生と焼き芋だけであった。
「・・・」
とりあえず蓋をして、弥生はスケジュールのまとめに入る。すると、
「あれ、兄さん来てないの?」
問答無用で緒方理奈が部屋に入ってくる。
「理奈さん・・・緒方さんならまだ音響ルームにいらっしゃると思いますが」
「そう・・・あれ?それなぁに」
理奈が指差すのは、焼き芋の入った箱である。
「緒方さんからの差し入れです。中身は焼き芋ですね」
「え、お芋!わーっ食べても良いわよね」
「え・・・たぶん由綺さんへの差し入れでしょうから、由綺さんの分さえあれば構わない
でしょう?」
当然とも言える意見を弥生が言い終わったとき、その焼き芋の一本は理奈の手にあり、三
分の一ほど食されていたのであった。
「え・・・そうよね。構わないわよね。・・・おいしい・・・まったく兄さんたら、乙女
にこんなモノを差し入れるなんて・・・おいしいわ・・・なんて、デリカシーがないのか
しら・・・ん、ちょっと詰まった・・・」
口ではそう言いつつ、ホクホクとした焼き芋を食べるのを止めない理奈。
「お水、用意しましょうか?」
そんな理奈に、弥生は呆れつつ問いかけたのであった。

「それじゃ、兄さん見かけたら携帯に電話して貰える様に伝えてね」
「判りました」
しっかり一本食べ終わった後、理奈は控え室から出て行く。そんな姿を見送りつつ、なぜ
かチラと箱を眺め、弥生はため息をついた、そして、箱の蓋を閉じるとまた作業を始め
る。
しばしの間の後、
「森川さん居ますか?」
ドアの反対から女の声が掛かった。
「どちらさまでしょう?」
「あの先ほどの番組のアシスタントを由綺さんに頼まれた澤倉美咲と言います」
「・・・由綺さんのご友人の方ですね。どうぞお入り下さい」
弥生はそう納得すると、ドアから美咲を中に入れる。そして美咲に席を進め、
「由綺さんはまだリハーサルをしていて戻られていませんが、局内を歩き回られるより、
ここで待っていられる方がよろしいかと思います」
いつもの様に冷然とした態度でそう告げた。
「は、はい・・・」
いささか気圧されたのか、美咲は居心地が悪そうに視線をずらし・・・
「あれ?この箱、かもの家の焼き芋ですよね」
なんとか話題を探そうとしたのか、テーブルの上の箱を見ながら、美咲は明るく言う。
「『かもの家』?奇妙な名前ですね」
「この辺では有名な老舗なんですよ」
「・・・そうですか」
そう言い終わると同時にドアが開き、森川由綺と河島はるかが入ってくる。
「もう道に迷わないでね」
「ん・・・注意する」
いつもの風の会話をしながら入ってきた二人だが、向けた視線の先に弥生と美咲がいるの
に気がついた。
「美咲さん」
「ごくろうさま由綺さん。はるかさんも・・・」
ようやくできた話し相手に笑顔を振りまく美咲だったが、はるかのとった行動に閉口し
た。
「おいしいよ・・・うん。由綺も仕事休んで食べたほうがいい」
「・・・」
一同の視線がはるかに集まる。その視線の先には、問答無用で焼き芋を食うはるかが居た
のである。
「・・・」
弥生がずいと身を乗りだす前に、由綺ははるかに、
「ほんとうにおいしそう。緒方さんが言っていたのはこれだったのね。どうぞはるかさ
ん、遠慮なく食べてね」
なんとかフォローを入れたが、
「由綺さん」
冷たい弥生の声が上がる。
「・・・」
はるかから見えない位置で、由綺は手を合わせ、弥生に頭を下げた。
「・・・私は作業を続けさせて頂きますので、由綺さんはどうぞくつろいでいて下さい」
「ありがとう、弥生さん」
ペコリ素直に頭を下げると、由綺は美咲とはるかを交えて談笑を始める。もちろん手には
焼き芋を持ってである。
「!?」
談笑しつつも美咲は一人だけ、何かの気配を感じる様に視線を巡らせていた。
「・・・あと二本」
そんな三人を見ていた弥生だが、自分のつぶやいたセリフに気づくと、自嘲めいた笑いを
浮かべ、作業を開始したのであった。

そして十分も経った頃、
「お姉ちゃんいる」
声をあげ、理奈と同じように問答無用で入ってきたのは、観月マナだった。
「マナちゃん、どうしてここに?」
由綺が驚いた声を上げるが、
「今日の収録で出ていたの、それでね、局内を散策していたらココの部屋にお姉ちゃんの
名前が書いてあったから入ってきたんだけど、意外と局内のチェックって簡単なのね」
マナはさも自慢そうにそう言い返した。シンとする室内。
「弥生さん・・・」
チラと由綺は弥生を盗み観る。
「あとで緒方さんに話しておきます」
いつもの様な対応で弥生は言い、あくまで自分の仕事に戻ろうとした・・・が、
「あっコレ『かもの家』の焼き芋だ!」
マナのその声に思わず振りかえる。そこには既に焼き芋食べかけたマナと、二本目の焼き
芋を食すはるかの姿があった。
「!!」
キランと見開かれる弥生の瞳。
「!!!」
それを一人だけ目撃した美咲。
だが・・・
「おいしいよね」
「ん・・・うん」
そんな事も知らずに、はるかとマナがさも当然の様に食べ続けた。
「!・・・なんか寒くない」
マナが身震いし、
「ん・・・なんか寒いね」
はるかもそんな事を言う。
「そう?美咲さんは・・・」
由綺がそう話題を振るが、既に美咲はガタガタブルブルと振るえまくっていたのである。
「大丈夫、美咲さん!」
「だ、大丈夫・・・それより早く帰りたくなっちゃったから、わたし帰るね」
「え、もしかしてカゼ?だったら私送っていくわ」
そして由綺が弥生にもう一度手を合わせる。
「・・・・・・まだ仕事が残っていますが、送るくらいの時間なら作れますので、私が彼
女を送りましょう」
ごく当たり前の様に弥生が言うと、
「!」
ビクンと美咲は震え、固まった。
「わ、わたし一人で帰れるから」
精一杯の虚勢を張る美咲。
「みんな帰るなら、わたしも帰る」
「じゃ私も」
「・・・弥生さん・・・私、美咲さんを送って帰ります。知らない所じゃないですし、弥
生さんのお仕事を邪魔するわけにはいかないから・・・」
「由綺さん・・・」
うるうる状態の由綺にお願いされ、弥生は仕方なく閉口したが、
「それでは美咲さん・・・お気をつけてお帰り下さい」
冷たく、まるで突き刺さるかの様なトーンで弥生は、口元に微笑を浮かべながら美咲に話
し掛けたのであった。
「は、はひ、気をつけますぅ」
そんな二人のやりとりであったが、結局の所・・・残り三人は鈍感故か、美咲が恐怖に怯
えていたなどとは、最後まで気づかなかったのであった。
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一人残された弥生は、箱の前までくると思わず蓋を開いてみる。無論何も入っていない。
「・・・」
そして弥生は無言のまま、箱に書かれた電話番号を控えると、箱を部屋の隅の方に寄せて
ため息を洩らした。
「弥生さん居る?」
「!・・・藤井さんですか、なんのご用でしょうか?由綺さんならお帰りになられました
けれど」
いつもの風のまま、弥生はドアの向こうの藤井冬弥に返事を返した。
「あ、ちょっとね・・・入って良い?」
「?・・・どうぞ」
「ふー、寒かった。みんなもうほとんど帰ったから、スタッフルームの暖房止められ
ちゃってさ」
話しながら冬弥は部屋に入ってくる。
「温まりに来たのですか?」
いささか侮蔑の混じった声で弥生は言い、冷たい視線を冬弥に向けたが、
「別にそうじゃないよ。これを差し入れに来たのさ」
慣れか、別段と気にした様子もなく、冬弥は話を続ける。
「?」
弥生の見ている前で取り出されたのは、銀紙の包み。
「これ焼いてたら時間かかっちゃって、アチチ・・・ふー、気をつけて持って下さいね」
「これは・・・焼き芋ですか?」
「そうだよ。仲の良いADに貰ったんだ。なんか秋の味覚特集で使ったヤツの余りなんだ
けど、凄く有名な店とかにも卸しているお芋なんだって」
そして冬弥は、銀紙を器用にめくり、湯気の立ちのぼるそれを二つに割ったのである。
「『かもの家』ですか」
「え?知ってるの」
冬弥はびっくりした様に声を上げる。
「ええ、有名ですから・・・では、頂かせて貰いますわ。せっかくのご好意ですから」
目を細め、さも当然の様に言う弥生は、その慇懃な言葉と裏腹に、なぜかうれしそうに微
笑みを浮かべたのであった。


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