おべんと 投稿者:akia 投稿日:10月11日(水)21時51分
「あかり、休みなのか?」
「風邪だって先生が言っていたよ」
オレの問いに、クラスの女子はそう答えた。今朝はたまたま早起きしたので、一人朝早く
登校したのだが・・・HRも無視して寝ていたら判らないよな、普通。
「そう言えば藤田君一緒じゃないんだ」
「今日はな・・・具合、なんか言ってたか?」
「二三日休むかもって先生は言ってたけど」
女子はそう言い、オレから離れていった。
「!二三日もか・・・どうするオレ」
愕然とし、オレは頭を抱える。明日はサッカーの助っとなのだ。しかも朝早くから始ま
り、帰れるのは早くて12時だ。そうなると弁当を作っていかないといけない。しかも、
一番頼りのあかりは無理そうだ。
「しょうがねーな、めんどくさいが自分で弁当作るかな・・・誰か作ってくれると嬉しい
んだけどな・・・・・・・・・・・・!!!!!!」
異様な気配がし、振りかえる。HRを終えて、ざわつく教室内。廊下に目をやれば、移動
とかでこれまたざわついている。今の・・・気配なんだ?まるで暗がりで獲物を見つけた
かの様に笑う気配は一体・・・。
「気のせいだよ・・・な」
そしてオレは、嫌なもの感じつつ、席についたのであった。
〈 〉
夕食後。オレは台所に立ち、思考を巡らしていた。
「現時点で冷蔵庫の材料は皆無。調味料はあるとして、冷凍庫には凍らせたメシ・・・そ
れだけか、買いだしに行こうかな」

【経済力】『・・・・・・・・・』

「なんでだ!近所のスーパーからコンビニまで棚卸してるなんて」
十軒近く回ったけれど、どこも店が閉まっていて、何も買えずじまいだった。
「・・・仕方ない。ある材料だけでなんとかするしかないだろう」
台所に戻ったオレは、とりあえず調味料をとガラス戸を開け、醤油と塩のビンを取り出し
た。

【狙撃力】『HAHAHA・・・動いている獲物なら外さないね』

「おわっ!」
オレは何かの拍子で、ビンを二つとも落としてしまった。
「なっなんだ!?今、ビンがひとりでに弾けた様な気がしたが・・・」
落ちたビンを見てみる。見事に砕け散って、とても使える状況ではなかった。
「・・・調味料もなくなったか・・・」
どうしようか?とりあえず、秘蔵の卵でも使ってゆで卵だな。

【腕力】『いきます・・・どうだーっ!』

「あれ?・・・ガス出ないな」
カチカチッと回すが、火が着く事はない。
「変だ?」
取り合えずオレは、メシを暖めるため電子レンジに放り込むと、ガス栓の確認のため表に
出てみる。
「確かこの辺に」
暗がりの中懐中電灯で照らされたものは、
「ウソだろ」
鎖が巻きつけられ、得体の知れないオブジェとなったガス栓であった。とても人の力で
やったものとは思えない状態であり、オレは思わず頭を抱えながら、家の中へ戻った。

【知力】『ここ断線すれば、OKやな』

「とにかくガス会社に電話だな」
オレは受話器をとり・・・、
「?」
そのまま固まった。電話繋がってない。もしかして、この辺停電なのか?慌てて外を見る
が、オレの家だけである。
「まぁ・・・落ちつけオレ・・・そうだメシ!」

【超能力】『ん〜・・・・・・えーい!』

「ない」
電子レンジを開けてみると、そこには何もなかった。
「もう駄目だな」
そしてオレは改めて考え、家中の戸締りを確認した後、バットを抱えたままベットに入っ
たのであった。
〈 〉
翌日。
試合が終わったあと、オレは学校を徘徊していた。
「くう・・・腹減った」
「どうしたの浩之?」
「・・・雅史・・・弁当くれ」
「え?今日は姉さん達と食べに行くから、何も持ってきてないよ。それじゃお先に」
・・・何と言う運の悪さだ。オレが一体何をしたっつうんだ。
「ヒロユキ、お腹減ってる?減ってるよね?減ってるハズだよね?」
「ん、ああ減ってる・・・あれ、なんでレミィがいるんだ?」
声に力無く応じると、そこには私服姿のレミィが立っていた。
「えーと、ヒロユキの応援にきたんだよ」
「そうか」
「それより差し入れね。ヒロユキのタメだけのお弁当よ」
「何!本当か?」
「うん。それはスペシャルなランチね」
「・・・」
すぺしゃる?
「エイトマンスペシャルね。これを食べたらエイトマンすら適わない程、走り回れるよ」
「・・・オレ、用事が出来た。じゃぁな」
「え、えー!ヒロユキ待ってよ」
怪しげな包みを持って追っかけて来るレミィ。冗談じゃない。食ったら意識を失うまで走
り続けるに違いない。そしてオレは、なけなしの体力を使って、校舎に逃げ込みレミィを
撒いたのである。

「こない所におったんか、探したで」
「へ・・・委員長」
廊下で声を掛けられれば、やはり私服姿の委員長が立っていた。
「今日試合や聞いたから、差し入れ持ってきたで」
「お、おおナイス委員長!」
委員長の腕前は聞いたことないが、レミィよりアレな事はないだろう。
「まぁ弁当言うわけやないけど、特製のたこ焼きや」
そう言って委員長が差し出すのは、誰もが思い浮かべる立派なたこ焼き入りのパックだっ
た。
「おぉぉぉ、本場だ」
「まぁ食うてみぃ」
「んじゃま・・・・・・・・・・・・・・」
本能が告げた。食うな!そして、逃げろと。
「どや?」
「めろんぱんはいってる」
「メロンパンちゃう!サンライスや!」
「かるめらそーすかけてある」
「砂糖焦がしたほんまものや」
「ばにらのにおいがする」
「エッセンスやない!ほんまもののバニラビーンズ入りや」
「きじがふわふわしてる」
「メレンゲたっぷり入れてあるさかいな」
「でもたこもはいってる」
「本場の明石のたこや!」
「・・・」
「で、どや?」
「・・・じゃ!」
「あっ、ちょい待ち藤田君」
後ろに聞こえる声を無視しながら、オレはダッシュして逃げたのであった。

「いったい、あの甘さはなんだったんだ?」
頭が痛くなる程の甘さと、たこの新食感。
「先輩」
「藤田さん」
「え?」
ビクッと振りかえれば、そこには葵ちゃんと琴音ちゃんが、どうみても弁当らしい箱を
持ったまま立っていた。
「もしかして、オレに弁当?」
「はい」
「藤田さんどうして判るのですか?」
「いや別に」
何か、作為的なモノを感じてきたからとは言えないな。
「そう言うわけで」
「遠慮しないで食べて下さい」
「・・・どっちの?」
オレが一言いった瞬間。二人の顔に笑みとは別の何かが浮かぶ。
「私のエビフライを」
パッと琴音ちゃんがエビフライをフォークで取りだし、オレの方へと持ってくる・・・
が、次の瞬間、黒い何かがよぎると、哀れエビフライは廊下へとダイブしたのである。
「あ・・・」
今のは、フリッカージャブ?
「先輩、わたしのおにぎりをどうぞ」
横から、葵ちゃんがおにぎりを差し出してくる・・・が、突然おにぎりが葵ちゃんの手か
ら浮かび上がり、天井に激突した。
「あ・・・」
超能力?
沈黙。そして・・・
「あかぶるまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ねこっちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
何かのオーラが大充満し始める中、オレは命からがら逃げ出したのであった。

「いったい・・・何で」
つぶやき、オレはクラブ棟の廊下で立ち止まる。
「弁当一つで、オレは何を逃げまわってるんだ」
そして、視線の先には来栖川先輩がいた。しかも手招きしている。
「先輩・・・なんのよう?」
オレはビクッとしつつ、先輩からかなり離れた位置で立ち止まり、そう問いかけた。
「・・・・・・・・・・・・・」
「『お弁当箱のフタが逃げてしまいました。浩之さんを狙っているので気をつけて下さ
い』・・・え?」
オレは異様な気配を感じ、左右を見まわす。
「いない・・・いる!」
飛び退きつつ、オレは何かを避けた。オレの居た位置に天井から何かが落ちてきたからで
ある。
「何!?」
それはひっくり返った弁当箱であった。そして、その弁当箱の片方が少し持ちあがると、
ぼやっと浮かぶ一つ目が、オレを見たのである。
「せっ先輩!」
「・・・・・・・・・・・」
「『中身がないので、大丈夫です。箱をひっくり返せば元に戻ります。ただ早いので、顔
に被さられない様に注意してください』・・・ひーっ!フェイスハガーじゃないっつう
の!!」
そしてオレは、やはり弁当一つのため、逃げまわる羽目となったのであった。
〈 〉
「えらい目にあった」
体育倉庫の上でオレは寝っ転がっていた。そして、腹が鳴る。足元にはひっくり返った例
の弁当箱が一つあるだけで、結局何も食べていないのが現状であった。
「それにしても、腹減ったな」
もう動く気にすらなれない状況ではあったが、オレを探す声が聞こえるたびに、ビクッと
身を伏せ、やり過ごしていたのである。
「時間は・・・一時か」
良く考えてみる。駅でも立ち寄って帰ればいいじゃないか!ヤックも立ち食いそばもレス
トランだってある。
「決めた。駅寄って帰ろう」
「あら、帰っちゃうわけ?せっかく弁当持ってきてあげたのに」
「志保?」
声のするほうを見ると、志保が屋根の半分まで身を乗りだしていた。
「あかりがあんたのタメにワザワザ作ってあげたお弁当よ。しかも、この志保様が届けて
あげたんだから、感謝しなさいよ」
「あかりがか?だって風邪だろ」
「外に出歩ける程じゃないけど、月曜からは出られるって言っていたわよ」
話しつつ、志保は屋根の上にあがる。手には、あかりが作ってきてくれる弁当の包みが握
られていた。
「そうか・・・」
「さて、さっさと食べちゃってよね。わたしはまたあかりの家に弁当箱返しに行かないと
いけないんだから」
「あ、ああ・・・悪いな」
いつもなら悪口一つ言ってやりたいが、せっかく届けてくれたんだ、素直になっておこ
う。
「悪いと思うなら、さっさと食べる」
「おう」
そしてオレは弁当を受け取り、何十時間振りの食事に箸をつけた。
「うまいうまい」
もしゃもしゃとオレは食いつづける・・・が。
「ん?」
「どうしたのヒロ?」
「あ、いやな・・・何か違うなと思って」
「は?何が」
「コロッケがいつもの味と違うんだ」
「何言ってんのよ、コロッケなんてみんな同じでしょ」
志保が馬鹿にしたように言う。
「いや、いつもと違うんだ」
「何よあんた。いちいちコロッケの味も覚えてるの?」
呆れ混じりに言う志保。
「まぁな、あかりの作ったモノ結構食ってるから判るさ」
「そう・・・判り過ぎる程食べているものね」
オレの言葉に、志保は微かに笑う。そう自嘲めいた笑いにも似たそれで・・・。
「でもな、このコロッケは今まで食った中じゃ一番旨いぜ!なんか材料でも変えたのか
な?」
純粋にオレはそう思った。
「さぁね」
笑う志保。そこには、自嘲めいたモノはもうなかった。
「さて、食い終わったし」
「あ、わたし行くから」
「ん、一緒に帰らないのか?」
「馬鹿ね。あんた無事に帰れると思ってんの?」
「は?」
意味が判らずにオレが間の抜けた声を出すが、
「じゃ、あ・し・た・ね」
志保はそそくさと屋根から降りていってしまう。
「何が・・・無事なんだ・・・!!!!!」
つぶやきつつ、オレの視線はクギ付けになった。オレの視線の先には、まるで何かの幽霊
モノの様に、非難がましい視線を送る五つの頭が見えたのである。
『みつけた』
五つのの重なった声。そして・・・
『食べてね』
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・」
オレの絶叫が木霊したのであった。
〈 〉
「災難だったね浩之ちゃん」
「ああ」
登校中、オレは昨日の事をあかりに話していた。実際あのあと全員のを食べさせられ、結
局意識が遠のき、気がつけば、自分の家の玄関で果てていたりしたのである。
「ごめんね」
「あかりが謝る事はないさ、まぁ実際弁当は作ってもらったし・・・そうそう、あのコ
ロッケ美味しかったぜ!あれだけでごはん三杯はいけるくらいな」
「え?・・・」
きょとんとするあかり。
「えって、あのコロッケだよ」
今でも思い出せるほど、その味はオレの記憶に焼きついていた。
「・・・・・・ふふ」
何かを思い出したのか、突然笑うあかり。なんだ?君が悪いな。
「コロッケ、なんかおかしかったのか?」
「ううん、なんでもない。・・・きっとあのコロッケが美味しかったのは、愛情が入って
いたからだよ」
「愛情?・・・何気持ちの悪い事言ってんだよ」
ぺんとオレはあかりを叩き、走り出す。
「あっ、待ってよ〜浩之ちゃ〜ん」
後ろであかりの声が聞こえるが、とりあえず無視して、オレは坂を駆けあがった。
「まったく、何が愛情だよ」
よくそんな事を言えるよなアイツ。
「何が愛情なの?」
「おわっ、志保か」
振りかえれば、志保が立っていた。
「何が志保かよ、失礼しちゃうわね」
不満も露に言う志保。
「・・・」
こいつからだけは、愛情は貰えそうにないな。オレは当たり前の事に思いながら、
「たまにはお前、弁当でも作ってみろよ。そう・・・あかりでも見習ってさ」
いつもの風で言い放つ。
「わたしのお弁当は、大好きな人のためだけに時間を掛けて、愛情込めて作るの、だ・
か・ら・そう簡単には作れないのよ」
嬉しそうに笑いながら、志保はオレに言ってくる。
「なんだかな・・・」
オレがそう言うと、志保はニヤリと笑い、
「そんなにお弁当食べたいんだったら、今日も食べれるわよ。昨日じゃ決着が着かなかっ
たからって、あの五人校門で待ってるわよ。特製のお弁当持ってね」
人差し指を口に当て、おかしそうに言う。
「何!」
「どうするの?」
揶揄するように言う志保。
「愛情弁当以外オレは食わんぞーっ!」
オレは天を仰ぎ、そう叫んだのだった。

http://www1.sphere.ne.jp/retorono/index.htm