投稿者:akia 投稿日:6月19日(月)18時49分
 雨の音。
 単調なリズムを聴きながら、オレは校舎を出る。昼頃から雨が降るかも知れないとか言
っていたが、そんなことのためにわざわざ鞄を重くするつもりはなかった。どうせ数回に
も満たない登校でオレは卒業するのだから。
 「藤田君」
 「!よっ、委員長」
 校門から少し下がったところで、赤い傘を差した委員長に呼び止められた。
 「天気予報を見なかったん?卒業式まであと何日もないんや、風邪でも引いて最後に出
られなかったらどないするつもり?」
 呆れまじりに言う委員長の傘にオレは飛び込み、
 「委員長に面倒見て貰う」
 そう言い、グッと委員長ごと傘を引き寄せた。
 「あ…藤田君!」
 かあーっと顔を赤くして委員長は怒るが、
 「なあ、委員長…これからどうするつもり?」
 オレの問いにきょとんした顔に変わる。
 「?……まぁ、どっかに寄っていってもええし」
 「じゃなくてさ、卒業したらって事」
 「え?…とりあえずは大学に行くって事しか…まぁ、藤田君も一緒やし」
 なぜか下に視線を落とし、委員長はそうつぶやく様に言う。
 「それにしてもウチと同じ大学に入るなんて、最初は頭がおかしくなったのか思ったわ。
絶対に無理やと思ったし、神岸さんも佐藤君も、みんなあんだけ止めたのにな」
 可笑しかったのか、委員長はくすりと笑う。
 「委員長が、オレに会わせようとしたからさ。せっかくあんなにがんばったのに、オレ
に合わせて三流大学に行こうとするから」
 「…」
 ふと、委員長と視線が合う。ガラス越しの瞳。けれどガラスの壁で委員長の本心は見え
ない。
 「オレは委員長と肩を並べて歩きたいんだ。だからがんばって」
 「藤田君」
 オレの言葉を委員長が遮る。
 「藤田君はそれで良かったん?ウチの為なんかに自分の人生合わせて良かったん?」
 「委員長…」
 静かに言う委員長をオレは見つめる。
 「ウチな…怖いんや。…誰かの為に合わせようとする人を見るのが!あんだけ好き合っ
ていた同士でも、いつかは変わってしまう…それが怖い…藤田君が変わってしまうのが!」
 傘を投げだし、委員長はオレから離れる。そして振り返った顔に雨が…流れる。
 「せやからウチは、ウチはがまんして、藤田君に嫌われないように…しようと思った…
思ったのに」
 「あのな、智子。変わらない人間なんていないし、人の心が判る人もいない。…智子の
両親が離婚したのは事実だけれど、二人がどういった心境で別れたのか、智子は知らない
んだろ?」
 委員長を諭すように言えば、委員長は小さく頷いた。
 「はっきり言うけど、永遠と変わらない生活なんてまっぴらだぜ。同じだけの愛。同じ
事の繰り返しなんて地獄だよ」
 「ウチだって…そう思いたい…けどな」
 「なら、オレはままごとの中の人形か?」
 「ちが、う…ごめんなさ…い」
 何か言い募ろうとする委員長だが、
 「オレを信じろ…とは言わないけどさ」
 その前に、オレは雨に濡れる委員長を抱き寄せた。
 「人生は神様に任せて、運命はオレ達の手で開いていけばいいんじゃないか?」
 「藤田…君」
 「本当はさ、大学行ってからあげるつもりだったんだけれど」
 そしてオレはポケット中にある、なんの入れ物にも入っていないそれを掴むと、委員長
の左の薬指にはめた。
 「え?」
 驚く委員長。それは委員長の細い薬指には合わなかったが、それでも雨の滴より確かに、
委員長の指の上で輝いていた。
 「これ…」
 「その指輪、バイトしてようやく買えたんだ。今のオレじゃコレが精一杯。けど…今度
はめて貰う時には、サイズを必ず直すから…」
 そして、今度こそ強く委員長を抱きしめた。
 「こんな事で智子の心が安らぐとは思わないけど、今までの三年間。これからずっと先
の時間も、オレ達二人が離ればなれにならないタメの…おまじないだ」
 「…藤田君…」
 委員長がオレから離れ、まるで舞うようにメガネを外した。それは心を守るための壁。
 「ウチ…ウチも…変わる。変わってみせる。これのサイズが私に合うまで」
 指輪を優しく撫で、委員長は飾らない微笑みを浮かべた。やがて、オレと委員長はどち
らとでもなく口づけを交わしたのだった。

 そしてオレ達は、肩を並べ歩き出した。

 大事な、これからの一歩を…