愛狩人・ユウヤ 特別編(上) 投稿者:DEEPBLUE 投稿日:12月25日(月)11時38分




  命令(オーダー)は唯ひとつ(オンリーワン)
  「見敵必殺(サーチアンドデストロイ)」

  以上(オーバー)。
  
                ──某宗教人







「じゃあ、悪いけど千鶴姉。留守番、頼んだよ」
「…それじゃ」
「ごめんね、千鶴お姉ちゃん」

「…………」

 殊勝な言葉のわりには全員、妙に嬉しげな表情で去ってゆく妹達の背を、柏木千鶴は切
なく潤んだ瞳で見送っていた。

 12月24日。
 全国世間一般的にはかつおぶしの日(毎月24日)だが、一部の宗教団体においては教
祖の記念日の前の日だとかいう謎な理由でお祭り騒ぎだ。

 それはともかくも、すでに学生たちは冬休み突入。
 そんな時期に、観光業である鶴来屋が──その会長である千鶴が、休みを取って東京星
に行こう。そして耕一にあちらこちらと案内してもらって楽しもうin柏木家ツアーへの参
加資格を、握れよう筈も無かった。
「……いいもん」
 一人には広すぎる柏木家の玄関で、千鶴は呟いた。
「お仕事がんばるもん。わたしはお仕事で充実してるの。ほんとよ」
 いったい誰に向かって言っているのか、それは千鶴自身にもわからないが。だが、たっ
た一つだけ、彼女にもわかっていることがあった。


 ごめんなさい、今の、全部強がり。


「でも、がんばらなくちゃ。がんばらなくちゃね。だってわたし、会長さんだもの」
 溢れる涙を拭いながら、出勤の準備を始める千鶴であった。

 しかし。
「吉野さん、お膳運ぶの手伝いますぅ」
「結構です」
 即答される。
「ど、どうして?」
「一週間前、そう言って運んでたお膳、つまずいて全部ひっくり返しちゃったの覚えてま
す?」
「そんな昔の話。人間て、一日ごとに進歩するっていうじゃない」
「それじゃあ、そのとき倒れてきたお膳の塔に襲われて後頭部を強打して、3日入院した
人物を覚えてます?」
「やだ吉野さん。それ傑作」

 軽く、ぎゅうっと首を締められてしまいました。


「やっぱり、この私が手伝うとすれば、お厨房しかないわね。感動のあまり耕一さんを夢
幻境にまで誘い込んだ、この得意の料理テクで」
 厨房の戸口をくぐる千鶴。


 5分後、屈強な料理長が猫のように千鶴の首根っこを掴んで、社長室のドアを叩き開け
ていた。
「足立さん、千鶴お嬢、ちゃんとつないどいてくれよ。この忙しいのに、また厨房で怪し
げな実験してやがった」
「料理長さん、それひどいー」
 吊り下げられたままで抗議の声を上げる千鶴。
「あー、……チョウさん、悪かったね、仕事の邪魔しちゃって。それその辺において、仕
事に戻ってくれていいよ」
「まったく、頼むよ?」
 身長2mの巨漢の料理長(=チョウさん)は、千鶴の体をソファに放るとでかい体をの
しのしと揺らせて去っていった。
「……ちーちゃん」
 アメリカ映画で融通の利かない部下(主に主人公)を叱る上司のごとく、こめかみに指
を当ててやれやれふーとばかりに首を振るボディランゲージを見せる足立。もっとも、こ
の場合怒ってる方が部下で怒られてるのが上司とくれば、さすがの千鶴もアメリカ映画の
主人公の如く熱血ぶったききわけの無さをスクリーンの向こうのお客にアピールするわけ
にはいかない。
「お、お手伝いしようと思って。ほんとよ」
「会長には会長の仕事があるだろう?」
「ハンコ押しって、なんかお仕事してるって感じじゃなくって」 
「ハンコ押しは、終わったのかい?」
「えーと、まあ、だいたい」
「んーと、じゃあ、あれ。帰っていいや」
「……」

 ここにきて戦力外通告っ!?

「い、いやでも、今日はみんな忙しいでしょ?」
「でも、ちーちゃんに手伝ってもらうと余計忙しくなりそうだし」

 昔っからの知り合いだからって、まったくもって拭う口無し。

「それに、あれだ。……いまからなら、まだ東京行きもまにあうんじゃないかな」
「え……」
「行っていいよ。ここはなんとかしとくから」
 ウインクしてみせる足立に、千鶴の表情がぱあっと輝く。
「は、はいっ」

 走り去ってゆく千鶴の背を、足立は穏やかな瞳で見送っていた。
「あなた……」
 千鶴と入れ替わるようにして、副社長でもある足立婦人が入室してくる。
「あいかわらず、うまいんですね。千鶴ちゃんの扱い」
「うん、まあ長いから」



「あー、無理」
「…………」
 駅員さんに、クールに言われてしまう千鶴。
 駅員さんもクールなら、外気もやけにクールだ。
 なにせ、豪雪。
 それでも、しかしここは北陸。電車なども、関東の軟弱な路線などとは根性が違う。1
0センチ程度の積雪で止まっていたら、ここに電車など通らない。
「うん、だから山までは行ける。その先が駄目なの。関東も大降りで、新幹線も止まって
るってさ」
「……そうですか」

 耕一のアパートに電話してみる。

 ただいま、留守にしております。ご用のある方は

 切る。
 どの道時間切れっぽかった。
「……」
 とりあえず、千鶴は──

──駅前の観光客歓迎用巨大クリスマスツリーに、わら人形を打ち付けてみることにした。
「ちょっとあんたっ、なにやってんの!?」
「止めないでっ!これをやらないことには、わたし一歩も前に進めない気がするのっ!!」
「いや前にっていうか、見る限り今のあんた、全速力で後ろ向きだよ!?」
「もー私のことはほっといてー!!」
「ほっとくとあんた釘打つでしょー!?」


 ……というわけで。
「……なにやってるんだ、貴様」
 千鶴は現在、柳川祐也と、テーブルと卓上ランプとカツ丼を挟んで相向かっていた。
「うっ、うっ、だって……」
 晴れのクリスマスに、警察の事情聴取など受けてしまう千鶴。
「まあ、町内会長さんも相手がお前ということで、少し説教して許してやってくれと言っ
てきたし、事情だけ聞いたら帰してやるが……」
「世の中、なんでこう不公平なのかしら。頑張ってる人間ほど報われないなんて」
「空回りしてるからじゃないか?」
「なんです?」
「いや」
 銀色に輝く千鶴の爪を喉にあてられて、真顔で首を振る柳川。
「とにかく、俺も暇ではないんだ。今夜は交通課のやつらの手伝いで、クリスマスに浮か
れた無軌道なガキどもの取り締まりにいかねばならん」
「そんなの、自衛隊にでも任せとけばいいのよ。マシンガンでひと撫ですれば、すぐに終
わるわ」
「……ず、ずいぶんな荒みようだな……いや、多分署内全員、それで済ませたいのはやま
やまなんだが……まあ、そんなことはどうでもいい。いまは貴様の無軌道な行動について
話せ」
「実は……」


「……そうか」
 千鶴の話す事情というか愚痴というか、そんなものを聞いて柳川は、眼鏡をあげつつふ
と真面目な顔をした。
 
 思えば……生活という日常に溺れ、久しく忘れていた気がするな。
──「正義」という、言葉の意味を。

「柏木千鶴。お前には二つの道がある。ひとつは、このまま柏木家へと帰り、平穏(でも
独り)のままに今夜を過ごすこと。もうひとつは──」


「真実を知り、俺とともに戦う道だ」










   愛狩人・ユウヤ 劇場版 ──Yuya the lovehunter millenium special──


    帰ってきた愛狩人   The revenge of lovehunter.








「ひ、ひろゆきちゃあん。こ、こわいよお」
「あー、もう何やってんだよ。そんなに急なところじゃねえだろ」

 ここは、来栖川家の私有スキー場。
 
──クリスマスを、来栖川の別荘で過ごしませんか?

 冬休みに突入した浩之たちに、そんな芹香たちの誘いを断る理由も無かった。

「ほれ、こうやって斜面に向かって、少しずつエッジを立てていくんだよ。そうすりゃ、
勝手に止まるだろ?」
「だってー、難しいよう」
 スノーボードに両足をとられたまま、雪面に尻餅をついているあかり。
 幼げな顔を半べそにさせて、浩之の顔を見上げている。
「あー、もう」
 ぽりぽりと頭を掻いてから、浩之は器用にボードを操りあかりの傍につける。
「ほら、手貸してやるから」
「あ……」
 途端に、あかりの表情が、それだけのことで、まるで全ての安寧を得たかのように笑み
崩れる。
「うんっ」
「ひーろーっ」
 あかりの手を取ろうとしたところへ、猛スピードで浩之の傍を駆け抜けてゆく影。
「うおっ!?」
 バランスを崩して、あかりのとなりに転倒する浩之。
「あーはっはっ。隙だらけねえ、ヒロ」
「てめえ、志保っ!あぶねえだろうが!」
  怒りをぶつけるも、その当の相手は、そのときもう遥か坂の下であった。
 怒鳴る浩之の傍らに、ざあっと雪を削る音がして、今度は別の何物かが立つ。
「あははっ、ちょおっとカッコ悪かったわねえ。大丈夫、浩之ぃ?」
 ゴーグルを引き上げて見せる、その顔は、綾香のものであった。
「うるせえ」
「ほら、いつまでも転んでないで。ねえ、どう?わたしと競走でもしてみない?」
「ほお?おもしれえじゃねえか……あ、いや」
 綾香の誘いに乗りかけて、ふと、隣のあかりの不安げな表情に気付く。
「ちょっと、待っててくれな。こいつが、ちっとはまともに滑れるようになるくらいには
してやらねえとさ」
「そう?」
 綾香の表情の翳りは、本当に微妙で、しかも一瞬ですぐにいつもの笑みの後ろに隠され
たから──ただでさえ疎い浩之は、それに気付くことが出来なかった。
「あの……」
 あかりが、おずおずと綾香に声をかける。
「ごめんね、綾香さん」
「ん?いいのいいの。じゃあ、またあとでね、浩之」
 綾香は、後ろ手を振って二人のもとを離れた。
「は、はわわ……せ、セリオさあん…す、滑ってますぅ」
「スキーは滑るためのものですから。もう少し腰を落として、スキー板の後方を広げるよ
うにするのです。……そう」
 前を見ると、平地に近いなだらかな斜面で、セリオがマルチにスキーを教えていた。
 そうだ、浩之の代わりに、セリオに相手をさせようか。
 マルチの方は、浩之にお願いして。
 
 ……それくらいの「イジワル」なら、許されても良いだろう。
 


「……なんて」
 頂上付近。
 スーツにコートという、まことにもってスキー場に相応しくない姿でもって立つ鬼二匹。
 彼等の背後には、警察備品の救助用4WD。今夜の、彼等の足である。
「いつまでライトな恋愛小説風をつらつらと続けてるつもりかしら?」
「誰に言っている…?」
 いわずとしれた僕等の希望の使者。
 柏木千鶴と柳川祐也のコンビである。
「で、どうするつもりなのかしら?」
「案ずるな。こんなこともあろうかと、実は秋の間に準備してある」
と、柳川は雪上から伸びる謎なロープを指差す。それは空に向かって伸びて行って、太い
木の枝のひとつにくくられていた。
「……なるほど」
「しかし、覚悟はいいか、柏木千鶴?相手は大企業。ばれたらただではすまん。流石の俺
も、今はためらいで手が震えているようだ……まして貴様には、とてもこれを決行する意
思力などなかろうが……」
 柳川の、嘲笑めいた口調に。
「……」
 ノーリアクションのまま、腕を振るってロープを断ち切る千鶴。
「って、ああっ!?」



 それは、山の神の声なのだと人は言う。

「なんだ?この音……?」
 あかりとマルチの手取り腰取り、スキーとスノボを教えてやっていた浩之の耳にも、そ
れは届いた。
 山の上の方から聞こえてくる、その雷にも似た音を見上げると……
「……おおおっ!!?」
 白いビッグウェーブが、いましもここに襲いかからんとするところだった。
「きゃああああああ、ひ、ひろゆ(音声途絶え)」
「ひいいい、な、流されてるですぅ!」
「こ、こりゃやべえ……って、綾香!?」
 自然の奔流に巻かれながら……浩之は見た。
 それはまさに、ビッグウェンズデイを支配した伝説のサーファーの如く──
 綾香は、その雪の大波を、今、乗りこなしていた。
「すげえ……すげえぜ、綾香!」
 自分の立場も忘れ、感動する浩之の姿に気付いたか。
 綾香が浩之の方を向いて微笑し、口を開く。

 どうしよう。

 良く見ると、ちょっと涙目。
「……」
 結局、綾香も単に流されてるだけのようだった。
 どうしようって、俺が聞きてえ。

 そのとき、浩之の脳裏に去来する昔の思い出。
 それは、父の語った言葉だった。

 浩之……お前も男なら、決して、流されるままに生きちゃあいかんぞ……

 親父。どうやら俺、ダメみたいだよ。その生き方は……俺には、辛すぎるよ……。
 物理的に。
 無力感に涙しながら、浩之は、とりあえず流されるしかどうしようもなかったわけで(
「北の国から」風)。



「……いや、仕掛けた俺がいうのもなんだが、もう少しためらいというか、熟慮というか
……」
 気弱な柳川の言葉に、ふう、やれやれと千鶴は首を振り、氷の刃を孕んだ瞳で柳川の瞳
を射抜いた。
「私を舐めないで下さいね、従僕」
「じゅ、従僕……?」
 千鶴の瞳は、平静そのものだった。微塵の躊躇も、一片の後悔も無かった。
 煙草一本分のためらいさえ、そこには無かった。
「命令は下しました。なにも変わりません。見敵必殺です。今宵全ての、日本人としての
貞淑を失いし国賊どもに血の粛清を」

 ──勝てない……この女には

 微笑で応えつつも──柳川の背には冷たい戦慄が張りついていた。
 千鶴は、今は何事も無く綺麗に雪で埋まった斜面を一瞥し、一声。
「グッドラック(戦闘妖精・雪風)」


「…………」
 ロッジで一人、本を読んでいた来栖川芹香は、その轟音に気付いて本を閉じた。
 窓を覗くと、そこは一面の銀世界。
 浩之達がいたはずのゲレンデも、いまはすっかり豪雪に埋もれていて。
「…………」
 芹香は、電話の受話器をとると、ひとつひとつ、確かめるようにダイヤルを回す。
『はいっ、こちら来栖川科学救助隊本部っ──あ、これは芹香様!』
「……」
『え?それは大変だ!わかりました、すぐに救助に向かいますのでっ!おい、みんな出動
だ!カレーなんぞ食ってる場合じゃない!』
「……」
 芹香は、とりあえず安心して受話器を置くと、再びゆり椅子に腰掛け、読みかけのペー
ジを開く。
 ほどなくして。

 ワンダバダバダバ
 ワンダバダバダバ

 大音響のテーマミュージックが、だんだんと近づいてくる。来栖川科学救助隊が、早く
も到着してきたのであろう。
  ちなみに、なんで「科学」がつくのか。それは芹香も良く知らなかった。
  雪崩の救助に来たくせに大音響でBGMを流して来るあたりに、その秘密が隠されてい
るのかもしれない。
 今、芹香の胸に去来する思い。それは。

 雪崩遭難者の捜索は、たしか皆で一列に並んでストックを地面に刺してゆき、先に血が
ついてないかどうかで確かめるのだと……

 うっとりと幸せそうに想像の翼羽ばたかせる芹香の姿を、だが彼女のペット兼生贄であ
る黒猫の他には、知る者はいなかった。