格闘人生浩之三番勝負(上) (お題:三題話) 投稿者:DEEPBLUE 投稿日:7月25日(火)09時49分
   格闘人生浩之三番勝負





 格闘技同好会副将(全部員2名)藤田浩之は、疑問を抱いていた。


 …俺、いつになったら葵ちゃんに追いつくんだ?


 才能は葵をもしのぐ、と言われ幾星霜。
 葵との実力差は埋まるどころか、離れるばかりだ。
 決して気のせいではない。
 今日のスパーリングひとつをとってもそうだ。
 例えば浩之の放ったパンチひとつをブロックするのにも、葵ちゃんは半年前なら腕全体
を使っていたはずだ。
 
 いまじゃ指一本でいなされている。

 しかも、片手の。

 そのうえ、人差し指で浩之の全力のパンチをパリしつつ
「いいかたちですっ!」
とか
「速くなりましたね、センパイ!」
とか誉めてくるものだから、まるで嫌味でもいわれてる気分だ。
 いや、もちろん葵ちゃんは嫌味を言うような娘でないことはわかってはいるのであるが。
 
  …いや、どうなのだろう、実際?その辺のとこ。自分でも気付かないだけで、実はバカ
にされてるとか?

 練習をサボっているつもりはない。
 毎朝ランニングだってしているし、部活が休みの日には自主トレだってしている。まあ、
まれに気晴らしのために志保たちと遊びに行く日がないでもないが。
 日曜だって、時々(むりやり)雅志につきあってもらってトレーニングをしてる。
 なのに、だ。
 百歩譲っていつまでも平行線、ということはあるにしても、出会ったとき以上の今のこ
のぶっちぎりの実力差加減は納得不可能すぎ。
 おかしい。

 で、浩之は綾香に相談してみた。
「そりゃ、一言でいって練習の質の違いね」
「なんだそりゃ。質ったって、部活の日には俺も葵ちゃんもおんなじ練習やってるんだし、
休みの日だってさぼってるつもりはねえぞ」
「あんたにたりないのは、まあ、実戦ね。つまるところ」
「おいおい、町で喧嘩でも売って来いって言うのか?」
「まあ実際、前田日明とかはそうしてたし」
「今じゃ捕まるわい」
「ま、それはいいとして」
「良くねえ」
「なんなら、あたし達の特訓につきあってみる?」
「お。いいのか?…ていうか、やっぱりお前が関わってたのか」
「とくに何も教えてるわけじゃないわよ。ただ、一緒に練習してるだけだけど…それでも、
いい?」
「でも、その練習で葵ちゃんはあんなに強くなってるわけだろ。いいぜ、つき合わせてく
れ」
「ん。じゃあ、あとで詳細伝えに浩之の家にいくから」
「え、わざわざ?電話とかじゃダメなのか?」
「うーん、色々難しいのよぉ。じゃ、ま、あとでね」


 そして次の日、本当に綾香はやってきた。
 ただし、一人ではない。
 いや、運転手としてセバスチャンがお供にいるのはいつものことだが、今回はもう一人、
スーツ姿の見知らぬ人物を連れてきた。
「綾香様の専任弁護士を務めさせて頂いています、高橋と申します。よろしく」
 渡された名刺にも、名乗った通りの肩書きが記されていた。
(おいおい…娘一人づつに弁護士つけてんのかよ…)
 何のために、と一瞬考えたが、ふと頭に芹香と綾香についての色々が思い浮かぶ。
(………いや、やっぱ…必要かも)
 しかし、今はそんなことはどうでもいい。問題は、なぜその専任弁護士さんとやらが我
が家にいらっしゃってるのかだ。
「おい綾香、これはいったいどういう…」
「ん、すぐ済むわよ。高橋さん」
「ええ。それでは早速ですが、この書類に判をお願いします」
「判…?」






 契約者(甲)は来栖川綾香(乙)に対して、以下の事項を誓約いたします。


1.当期間(日本時間×月△日0:00〜○月☆日0:00まで)、甲は乙の求める全て
の指示に従います。

2.当期間に発生しうる一切の事象、及びそれによる2次的な事象に際して、甲及び関係
者は負傷、死亡、そのほかいかなる場合においても、乙及びその関係者に対して一切の保
証を求めません。

3.以上の契約は契約日当日をもって有効とし、以後契約履行日を過ぎるまでは取り消し
は出来ません。






「押せるかーっ!!」
「えー」
 やれやれ困ったわねとばかりに、だだっこを前にするように肩を上げて、隣の高橋弁護
士に苦笑してみせる綾香。ふう、やれやれ困りましたねえと言わんばかりに同じジェスチ
ャーを返す高橋弁護士。
 ふたりのアメリカナイズに洗練されたボディトークに、むかつく浩之。
「お前らなあ。いいからもう帰」
「悪いけど、子供のワガママに付き合ってるヒマはないのよ、浩之。高橋さん、例のあれ
を」
「わかりました。例のあれですね」
 なんだよ、その例とかあれとか──そう浩之が問う前に、高橋弁護士は先ほど書類を出
した封筒から、今度は別の紙片を出してくる。
「お確かめ下さい」
「あ?なんだよ、前のと同じ………何ぃ!?」

 たしかに、それは文面自体は先ほどのものと殆ど同じ書類であった。
 違うのは、せいぜいそこに保護者認印の欄があり、さらには既にしっかりと浩之の両親
の名前が印され判が押されていることくらいか。
「き、貴様らっ!まさか親父とお袋に拷問とか監禁とかっ!?」
「え?いや、別に会社通して『藤田さーん、この書類に判子お願いしまあす』とかでごく
普通に押してくれたわよ」
 素の顔で応える綾香。極めて意外そうに。
「えええ?そんな、交通費を申請するかのごとくあっさりと?」
 自らのアイデンティティに揺らぎを覚える藤田少年。
「『男は育ててもつまらんかったからな。今度こそ女の子かな?ええ母さん?頑張ってみ
るかネ今夜あたり?ええ母さん?』『いやだあなた、昼間っから…(ぽっ)』なんて、目
の前で微笑ましい日常の一コマを展開してくれましたよ。いや、良いものをみせてもらい
ました」
 ほろりときた瞼をそっと拭う高橋弁護士。対して浩之の方も実際ほろりときているが、
両者の涙の味が著しく異なっていたのは言うまでもない。
「しかし、やっすいわねえ、あんた。家のローンの残りくらいの金額で、あっさり実の両
親に」
「言うなー!」
 繊細な少年の心に生まれた傷を容赦なく抉る綾香に、泣きながら反抗する浩之。
「じゃあ、こうしましょうか浩之。この私に一本でも入れられたら、この話は全てナシっ
てことで。それでどう?」
 ふうやれやれ困ったわねお子様は、といった表情で妥協案を示す綾香。それはまさに、
今度の算数のテストで百点取ったらそのオモチャ買ってあげるといった按配で。
「…ほう」
 いままで迷子の子供のようだった浩之の表情が、綾香の言葉ににわかに男のそれに変わ
る。
 ついぞ綾香には(ついでに葵にも)勝ったためしなどない浩之であるが、彼とて男子。
 そして葵の元で格闘修行を始めてから、そろそろ一年近くになる。
 彼は今、この時期の格闘修行者が最も陥りやすい精神状態にあった。すなわち、根拠な
き自信。
「男を舐めちゃあいけないぜ、綾香。こちとら、日頃は窮屈なルールに縛られて100%
の力を出せずにいるが、本気となれば俺のこの拳、燃えて光るぜ?」
「くくく。素人に毛が生えた程度風情が、よく言うわ」
「その素人に、貴様は負けるのよ…我が技によって!」
「あたら才能を無に帰すか。惜しむべきは貴様の馬鹿さ加減よ」
「親は子に追いぬかれることを認めぬ…先達もまた然りか。その驕り…我が敵では無い!」
「ぬかしおるわっ、小童ぁ!」
 どんどん劇画タッチになってゆく浩之と綾香の顔。
「表に出ろ、小僧!」
「臨むところよ、典膳!」


((…典膳?))



 いつもの川原。
 どこだと言われても、PS版を知らないので描写できない。ご容赦願いたい。
「さ。ルールはわかってるわね。わたしに一本でも入れられれば、あなたの勝ち。投げ技、
サブミッション、打撃…なんでもいいわ」
「おう。承知の上さ」
 もう元に戻ってる二人の口調。
「では…始めるわよ」
 綾香の瞳がすうっと細まるのを合図に──音無きゴングが、二人の間で鳴らされた。


「綾香よ。貴様は知るまい…そして今宵、知ることになろう。俺がこの一年間、寝ていた
わけではないということをな」
 試合開始とともに、また怪しくなっている浩之の口調。しかも、今は昼間だ。
「見るがいい!」

コオォォォォォォォォォッ!!

(むうっ!?)
 綾香の表情に、初めて緊張が走る。
 浩之の内に溜まってゆく闘気が、ゆっくりと渦を巻きその量を増してゆくのが感じられ
る。
 それは、綾香の皮膚に、物理的な微風として感じられるほどの凄まじい気合であった。
(これは…!)
 笑みの形に歪められた唇に、冷や汗が伝った。

ひゅおおおおおおおおおおおおおっ

「これこそ俺が、葵ちゃんにも内緒で半年もの間特訓を積んで会得した必殺奥義…」




「コッカケ!」



 コッカケとは!

 沖縄空手の奥義であり、常人には為し得ぬ領域の技である。
 この使い手は、特別な訓練により、その腹筋力をもって男子最大の急所を腹の中に持ち
上げ、絶対的な防御を得ることが可能となる!
 なお、詳細は某漫画参照のこと。

「どうだあっ!」

 なお、無論のこと浩之は下を脱いでその部分を晒しているわけではないので、綾香の方
からは何がどうなのかちっともわからない。
 綾香にわかる、浩之の変化したところといえば、ちょっと内股になってることとちょっ
と顔が恍惚となっているところくらいのものだ。


「……」





 ローリング・ソバットとは!

 あの初代タイガーマスクが得意とした技であり、また、元UWFインターの高田伸彦選
手の持ち技でもある。

 相手に一瞬、背を向けるように回転し、その回転力を利用して相手の肝臓あたりをめが
け後ろ蹴りを加える、一見単純にみえてその実極めて高度な技だ。
 しかしそれだけに、見た目非常に美しく、また威力のある技なのである!


「はぐうっ!?」
 恍惚とした表情のまま吹っ飛ぶ浩之。

 僅差──そして、大技を繰り出した浩之の僅かな隙をついての、綾香の勝利であった。


「それじゃ、確かに。楽しみにしてるわよー」
 気絶したままの浩之の指を取って勝手に書類に拇印を押させ、満足げな顔で綾香は去っ
ていった。

 倒れ伏す浩之を、川原に置いたまま。





 圧倒的な光の洪水。
 浩之は、それが別に函館の夜景とかではないことを、心の底から惜しんでいた。
 光以上に浩之の感覚を圧倒させるのは、地獄の住人達の唸り声のごときバイクの排気音。
 そして高らかに鳴らされる、テーマオブゴッドファーザーのラッパ音。
 それらの全てが、強烈な悪意を伴って、綾香と葵──そして浩之ら、三人の前にあった。

 約束の日である、某日深夜。
 彼らは、とある国道の県境付近。その車道上、ど真ん中に立っていた。

「あ、ごめん。俺今日、たまひよの日だった」
 身を翻す浩之の襟首を、無言で掴む綾香。
「頼むっ!後生だ!てゆうか死ぬぞ、俺らっ!」


 関東最大の爆走グループ”羅武吏威☆炎是流(らぶりぃ(ほし)えんぜる)”。
 ただのグループとは違う。傘下に100以上のグループと1千人の成員を抱える、巨大
組織だ。
 今日は幹部会であるため、人数こそは少ないが、同時に一人一人がそれぞれ自分のグル
ープの頭、あるいは副番を張る、つわもの揃いである。

 中央に陣取るでかいバイクに乗った人物。それが彼らの頭である。。

 陸王にまたがるそいつは、ちょび髭をはやしたごつい顔と圧倒的な筋量のごつい体を併
せ持つ、いわゆるヒゲマッチョだった。
 ヒゲマッチョは、厚い唇を笑みの形にゆがめ、傍らの5分刈りの男に言った。
「沢ッチ。女は痛めつけてルーレット(※業界用語)。男は石ブーツ(※業界用語)。い
つも通りにお願いね」
オネエ言葉で。
 沢ッチ──本名沢村。おそらくは、副将格であるのだろう彼が頷きかけたところに、ヒ
ゲマッチョリーダーのはっと息をのむ音が重なる。
 その熱い視線は、浩之の引きつった顔をまっすぐ捉えていた。
「……いえ。やっぱ男も生かしてあたしのところにつれてきてちょうだい」
「…………はい」
 どうも浩之のなにかをみそめてしまったらしい。
 無表情に沢村は頷いたが、その心には大きな動揺があった。
(総長──あなたは…あなたは…)
 いや、むしろ、泣いていた。彼の心はいま、迸るが如く慟哭していたのだ。


 いつになったら…ワシの気持ちに、気付いてくれるんですか…。


 いえ。
 わかっています。あなたが、ワシなんかを心にかけてくれるわけのないことを。
 必要としてくれてるのは──ただ、この関東最大の爆走グループ”羅武吏威☆炎是流(
らぶりぃ(ほし)えんぜる)”の副将…軍師としてのワシだけだってことを。
 それでも──いや、それだけでもいい。

 ワシは、あなたに、どこまでもついていきます。

 すっ。
 手を上げる、沢村。
 213人の配下たちは固唾をのんで、それをまつ。

 綾香はそれを腕組みしたまま余裕の表情で、葵はいくさに臨む戦士の顔で、浩之は血の
気の抜けきった蒼白な顔で、これに相対していた。

「…綾香。俺に考えがあるんだが。てゆうか、逃がさせてくれないならせめて聞け」
「なによ?」
「とりあえずこの場は逃げよう。そして細い小路に三人で待ち構えて、入ってきた奴を順
番に殺る。どうだ?いや、どうだと言うか、どうしても戦うならこれ以外に生き残る手段
を見出せん」
「却下」
「なぜだあっ!」
「そんな待ちガイルの如き戦法を使って勝ったところで、ちっとも面白くないでしょおっ!
哭けないでしょおっ!?愛も哀しみも陵辱もないでしょおぉっっ!?」
「愛だけあれば、俺は哀しみと陵辱はいらんーーーーーーーっ!」

 二人が言い争う、まさに絶好のその隙を見逃すほど、敵は甘くなかった。
 というか、総勢215名、誰一人とっても一分の甘さなし。

「いけーっ!」
「犯れーっ!」
「殺せーっ!」

 襲い来る狂的な殺意の波。
「綾香さん!浩之さん!」
 葵の声が、残る二人の緊張を新たにさせる。
「いくわよう、浩之!」
「く、しかたがねえ…もうどうにでもなれい!やったらーっ!」



 30分後。

 アスファルトに横たわるバイクと人。
 そこかしこで爆炎と黒煙があがっている。
 宴は、収束しつつあった。

「152人んんんんっ」
「48人ですっ」
「ふふっ。まだまだね、葵」
「はいっ!頑張ります!」
 そのころ、浩之はとうに背中にタイヤの跡をつけて道路の隅に転がっていた。


「さ…沢ッ……チ…」
  朦朧とする意識の中で、少し先で自分と同じように倒れ伏している、自分の忠実な右腕
  を見つけた。
 炎のなかで、うつぶせに倒れ伏す沢村に手を伸ばす総長。
 沢村の瞳は、すでに穏やかに閉じられていた。
 もう──先に、逝ってしまったのだろう。
「ごめんね…沢ッチ。…あたし…あんたの気持ちに…気付いてた。気付いてて…知らない
フリ、してた…」
 マッチョの頬を、細い涙の筋が伝う。
「怖かったのよ…あんたのやさしさに、溺れてしまうのが。…いえ」
 必死で、沢村にむけて手を伸ばすヒゲ。
「一度優しさに包まれて…また…またそれを…失って、しまうのが…」
 動かぬ沢村の手に、もう少しで届く。
 もう少しで。
「沢ッチ…」
 彼のゴツい指先が…沢村の、手に、触れた。
 ヒゲマッチョの顔に、穏やかなものが広がる。
「沢ッチ…もう、ずっと…ずっと、一緒…だから…」
 
 その瞬間。

 今までにない爆音と爆炎とが、二人を包み込んだ。

「あーーーっはっはっはっはっーー!!!!葵っ!次は関西よぉっ!!」
「はいっ!綾香さん!」

 この世のものとも思えぬ、少女の高笑いとともに。



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まだまだ続くヨ!(あと15分)