後半戦、突入! ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「いやだよう。もうやめてくれよう」 病院のベッドで毛布を被ってぶるぶる震えていた浩之をひきずって、その日綾香と葵の 二人はセバスチャンの車で神奈川県某所に向かっていた。 某所とはどこなのかと言われても、色々差し障りがあるため詳しくは説明できない。 とりあえずそこは、高い塀と厳重な警備に囲まれ、入り口では軍服とライフルとサング ラスを装備した白人さんがガムを噛みつつ立っていた。 奥からは、ジェット機特有の空気を切り裂く音が断続的に響いてくる。 「いや…ほんとに、何処なんだよ…」 「だから、某所だってば。詳しくは言えないのよ、色々あって」 「言えよ。ちゃんと俺の目を見て、はっきり言ってみろ」 「大丈夫よ、初めてじゃないんだから。ね、葵?」 「ハイッ、綾香さん!」 「初めてじゃないって、オイ」 抵抗する浩之を、力づくで引きずり出す綾香と葵。 「さ──行くわよ。戦闘開始!」 「はいっ!」 「許してくれぇぇぇっ!」 「綾香さま…どうぞ、ご武運を」 三人の背を見送って、セバスチャンがそっと涙を拭った。 『なんだ貴様ら…ぐぅっ!?』 門をガードする兵士に向けての、綾香の華麗なるブルドッキング・ヘッドロックが戦い の開始を告げた。 敷地内の全施設に、エマージェンシーコールが鳴り響く。 『状況C?侵入者だと!?』 『おいおい!畜生、ここは世界で一番平和ボケした島じゃあなかったのかよ!?』 口々に叫びながらも、統率の取れた動きで持ち場に走る兵士達。 自分の定位置に落ちつきライフルを構えたとき、彼らのその目は、すでに一個の機械の 如くに冷静なものとなっていた。 総合司令室では既に全職員が動き出し、室内はキーを叩く音、レッドランプのブザー、 そして状況を告げる職員達の怒号じみた喧騒が充満していた。 『敵性体、unknown(未確認)…いやっ』 『こ、これはっ!』 この基地に就任して半年以上の者が、口々に恐怖と驚愕の叫びをあげる。 『半年前の、悪夢…』 『人の姿を借りた女悪魔ども!また来やがったのかっ!』 そして彼らは、思い出す。 半年前の、悪夢の出来事。たった二人の少女──そう見える存在に、基地の戦力の80 %が破壊された、あの日のことを。 無論、その事実は、外交圧力によって日本側に全面的に情報封鎖させたため、外部には 漏れていない。 その折、『”あれ”は一体なんだね!』と厳しく問い詰める米側外交官に対して、日本 側の回答が 「あー、えっと、それゴジラです。ええと、多分」 だったため、映画フリークでもある外交官は 『違うだろ!ゴジラはああじゃないだろ!』 と本気で激しく怒ったという逸話が語り継がれているが、真偽のほどは定かではない。 『ビル!以前に、この基地があの女悪魔達に全滅の憂き目にあったというのは、本当のこ となのか!?』 1ヶ月前にこちらに赴任してきたばかりのグレッグは、ちびたタバコを吐き捨てながら 同僚に問い掛ける。 『ああ──しかしあの時は、油断もあった。確かに俺達は一度、敗北した…昔はな。しか し、アメリカに二度の敗北はない。そうだろう?』 グレッグは、そう言って微笑む親友の瞳をまっすぐに見返して、そして、同じように微 笑んだ。 『ああ…そうだ。そうだとも。最後に勝つのは、常に我々だ!』 「へえ…」 『『!?』』 とつぜんに割り込んできた、女の声。 それに驚き顔をあげた二人の視界に、黄色い肌の少女、その鋭く輝く双眸が映った。 「ビィィッチッ!」 吐き捨てて銃を構えるビル。 「だれがビッチよっっ!」 少女の前蹴り。その一発で、ビルの90Kgある体重は5mほども吹っ飛び、そのまま 背中を壁に打ちつける。 続けての、左フック。側頭部を捉えたその一撃はグレッグの身体を、臍を軸に文字通り 反転させ、グレッグは頭部を地面に打ち付けて意識を失った。 「あははーーーーーーっ!どうしたのっ!やってみなさい!この私の首を、カッ切ってみ なさいよおっ!」 腹の底から、楽しげな笑い声を上げる綾香。 のち、浩之は語る。 あの時の綾香は、まさにブレーキの壊れたダンプカーだった。 ああ。やつは心底、破壊と殺戮を楽しんでいたよ。 ん?俺かい? ふふふ。舐めちゃあいけないぜ。おれはある意味、綾香以上だった。 ブレーキどころか、すでにアクセルさえも壊れていたさ── なお、現在浩之の身は葵の背にあった。 浩之が、まるで欲しいおもちゃの前の幼児の如く動こうとしないのを見て、綾香が命じ たのである。 実にみっともないが、浩之自身、現在腰が抜けている状態のため、今更降ろしてもらっ ても何もできない。 プライドと命ならば、命を択ぶ──それが真の戦士たるものの選択である。 『第3小隊、全滅!』 『第5小隊、全滅!』 『すみません…第2小隊…残存戦力、0…』 『こちら第7小隊、援護、援護を…うわあああっ』 2時間後。 すでに基地側は人的戦力の70%を失い、また中枢である司令室をも墜とされ、兵達は 各小隊ごとに集まりゲリラ戦へと移行していた。 『う…畜生…』 『リチャードの怪我が酷いっ!看護兵、看護兵はまだか!』 兵達の呻きと、怒号。 それすらも今、第一小隊が陣取るこの食堂にあっては、静けさを誇張するものとしか感 じられなかった。 『俺達…死ぬのか。こんな島国で…』 『馬鹿なことを言うんじゃない』 隊長である、マイク・ヒラオカ少尉(日系3世)が部下の弱音を窘める。 『お前達は死なせない。きっと、生きて祖国の土を踏むんだ。いいな──』 『隊長──』 『隊長…』 マイク隊長──。 軍学校を卒業し、自分達の上官としてやってきたこの若すぎる少尉殿。 ”試験”と称して、自分達ははじめ、この上官をいびりぬいた。 珍しいことじゃない。どこでも慣習的にやっていることだ。 しかし、自分らの数々の嫌がらせに、この隊長はよく耐えた。 それどころか。 ある日、酒場で乱闘騒ぎを起こした自分達。ところが、それが嫌われ者の中佐殿のお気 に入りの店ときたから、自分達も運が悪い。 全員、営倉入りという必要以上に厳しい罰が与えられようとしたところで、身体を張っ てかばってくれたのが、今までいびっていた当のマイク隊長であったのだ。 今まで、若僧と侮っていた隊長。そして、自分達── ここに初めて、両者の結束が生まれたのである。 『アメリカは、負けない』 『ダニー…』 俯いた顔から、搾り出すような声を出したのは、新兵のダニーである。 『アメリカは、負けない──そうですよね。そうですよね、隊長…』 『──ダニー』 ダニーだけではない。トム。ケン。アーサー。マクレイン──総勢15名。第一小隊の 残った部下と、他隊の残存兵を集めた即席部隊の全てが、隊長の顔を見ていた。 自分達の望む、たった一つの答えを求めて。 『ああ──』 マイクは、部下ひとりひとりの顔を見渡して、笑顔を浮かべた。 『ああ、そうだとも。負けない。アメリカは、俺達は決して負けはしないさ』 マイクの言葉に──全員の間に、歓声が沸いた。 『楽しそうなところ、お邪魔するけどねェ──』 外国人特有の、固い英語。しかも少女のものである声が、食堂内に冷たく響く。 『かくれんぼは、もうお終いよ──』 死神の声そのものの冷たさに、百戦錬磨、屈強であるはずの兵士達の背が震える。 まるでそれは、遺伝子そのものに刻まれた恐怖であるように──。 『逃げろ!』 隊長が、マークが銃を手に少女の姿の悪魔へと突進していた。 『た、隊長!?』 『隊長ーーーーーーーっ!』 『逃げろ!そして、お前達は生きろ──生きるんだっ!』 叫びながら構えた、銃口の先に──少女の姿は、無かった。 『何!?』 『遅いわ。隊長さん』 背後から、肩を叩かれたその次の瞬間── 自分の体が、ふわりと浮遊する感覚を、マイクは味わっていた。 スープレックス技至高の芸術品、ジャーマン・スープレックス。 綾香の細い腕に抱えられて、82Kgの鍛えられた肉体が、浮いた。 スープレックスは相手を臍の上に乗せて、投げるのではなく、落とすんだ。 相手にすれば、石につまづいて転ぶのと同じだ。 ──カール・フランク・ゴッチ げちょ。 湿った音。 『……………』 『た──』 『隊長ーーーーーーーーーっ』 一人立ちあがって、にやりとこちらを見詰めてくる女悪魔の姿に、兵達は戦慄を新たに する。 そんななか──何かに突き動かされるかのように、ただ一人、銃を握り走り出す者が居 た。 『うあああああああああああああっ!!!』 『ダニエル!?やめろ!』 『もどれ!ダニィィィーーーーーーーーーーーーー!!!』 僚友たちの制止をふりきって、若者はM16を片手に女悪魔たち(+1)へと突進して いった。 ……母さん。 母さん。僕は軍人になるよ。 なんてことを…!やめておくれ!マークは…お前の父さんは、戦争で死んだんだよ!こ の上、お前まで戦争に奪われてしまったら…私は、どうしたらいいの… だからだよ、母さん。 僕は、この国が…アメリカが好きだ。父さんが守って死んだ、この国を愛してる。 だから僕も、この国を…友達を。母さんを。…父さんが誇りをもって守ったこの国を、 守りたい。 どうか…親不孝なこの僕を、許して欲しい…。 ダニー……。 『アメリカはっ!』 駆けるその足も止めないまま、銃を構えるダニエル。 『父さんが守った、この国は!!』 いつしか、ダニエルは落涙していた。 背中に、微かに温かみを感じる。幼い頃に抱かれた、父のぬくもりを。 『お前達にっ!悪魔なんかに!!絶対に負けたりはしないぃっっっ!!』 M16の銃口が、火を吹く。 数十発もの鉛弾が、少女の形をした悪夢に終わりをもたらす──はず、だった。 全弾を打ち尽くし、呆然とした表情の新兵の、その瞳に映ったものは。 まさに悪魔としての本性をさらけ出したかのようににい、と唇を笑みにゆがめ、握った 右手を軽く掲げた、傷ひとつない少女の姿だった。 少女の握られた右手が、小指からゆっくりと、ほどかれる。 そこから…手のひらから、まだ火のように熱いままのはずの弾がぱらぱらとこぼれてい く様を、ダニエルは思考の停まったような両目で見ていた。 続いて、怪鳥のごとく、十数メートルの距離を一息で跳んで襲い来る女悪魔の姿を、彼 は他人のそれをみるように、動くこともままならず、ただ、待っていた。 父さん…母さん…ごめん。…僕…守れなかった… 「えっと…ここ、日本よ…一応」 最後に悪魔が何か言ったような気がしたが、もちろんダニエルには悪魔語はわからなか ったので、その意味もまた、知ることはなかった。 コキャ。 「葵。いまのが、あまりの威力にあのライガーも封印したという殺人技、シューティング スタープレスよ」 「す、すごいですっ!」 五分後、第一小隊、全滅。 そしてそれは、そのままこの基地内の全戦力の敗北を意味していた。 「フィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 片手を高く掲げた綾香の勝利の雄叫びが、広い基地内にこだました。 帰り道。 夕日の落ちかける川伝いの道を、綾香と葵(浩之装備)は楽しげに語りながら歩いてい た。 「いやー、楽しかったわねえ。やっぱあれよ。格闘技の練習には、実地訓練がイチバンよ ねえ」 「わたしは、先輩を背負ってたんであんまり戦えなかったです」 「あ、そうそう。浩之、あんたいつまで葵に背負ってもらってんのよ。そろそろ降りなさ い」 「先輩。もう終わりましたよ、先輩──」 「せん、ぱい…?」 「…浩之?」 浩之は、葵の背中で、穏やかに息を引き取っていた。 その顔は──本当に、ただ、眠っているだけのように──静かな、ものだった。 藤田浩之。享年、17歳。 死因:ショック死。 「なに弾もあたってないのに死んでんのよ」 ごす 「おほうっ!?」 脇腹への痛打に、思わず抜けかけていた魂を戻してしまう浩之。 「て…てめえ綾香!それが死人を扱うやり方か!」 「生きてんじゃないの」 「やだあ、先輩。びっくりしましたあ」 「びっくりもなにも、おれボス(犬)に逢ってたよ…」 「それはよかったですね、先輩!」 「よくねえぇっっ!」 夕日に照らされてきらきらと輝く川面に、綾香と葵の楽しげな笑い声と、浩之の本気の 怒声が、いつまでも響き渡っていた。 「浩之っ」 突然、綾香が浩之の(正確には浩之を背負った葵の)前にぴょこんと飛び出る。 浩之の顔を見上げてくる、その頬がほんのり染まって見えるのは、夕日のせいだろうか。 「お、おう…なんだよ」 つられるように赤面して、応える浩之。 「今日のあなた…」 「すっごくみっともなかった…」 「…………」 あなたのまえでは、素直でいたいから──とでも言い出しそうな涼やかな微笑で語る綾 香に、浩之は、何も応えることが出来なかった。 <完> 次回予告 最強ロードを突っ走る綾香&葵(+浩之)の前に、ついにあの伝説の四姉妹が立ちふさ がる。 かつてない最大最強の戦いの予感に、震撼する日本社会。 長き沈黙を破り、自衛隊対G部隊に出動要請が下る。 人類の生存と威信をかけて、今再び東京の夜空に、スーパーXが舞い上がる! 次回『綾香ちゃんファイト!』、「恋のヨカン?!転校生はセバスチャン!」お楽しみに! (書きません)