二人の秋(九月のおだい「〜の秋」サンプルSS) 投稿者:AIAUS 投稿日:9月1日(土)00時29分
 秋も深まる頃。
 柏木家の裏にある雨月山の木々も紅葉を迎え、山は燃えるような赤色に染められていた。
「すっかり秋になったなぁ」
「なにジジむさいこと言っているんだよ、耕一」
 縁側に座ってボンヤリと秋の山を眺めていた耕一に、後ろに立っていた梓が悪態をつく。
「いいんだよ、別に。おまえみたいにガサツな女に風流ってものはわからないだろうしな」
 従兄弟に悪態をつき返されて、梓は頬をひきつらせながら返事をした。
「ふんっ。その歳で、そんなもんがわかる方がおかしいんだよ」
「確かに、乱暴で凶暴で粗暴な梓には、一生わからない心境だろうな」
「こっ、このっ……」
 耕一のやたらに大きい背中を見ながら、梓は怒りで赤く染まった拳を握り締めた。だが、
耕一はその殺気に気付く様子もなく、物静かに真紅の雨月山を見つめている。
 暴力に訴えても耕一に余計に馬鹿にされることがわかっている梓は、言い返すことも
殴りかかることもできず、縁側に座った耕一の後ろで拳を握ったまま、黙って立っていた。
「……どうせ暇なんだろ? まあ、座れよ」
 耕一は座る位置を少し横にずらすと、梓も縁側に座るようにうながす。
「ちぇっ。こんなことしていたって時間の無駄だよ」
 やはり悪態をつきながらであるが、それでも梓は言われたとおり、素直に耕一の横に
座った。すると、それまで耕一の大きな体に遮られていた秋風が自分の体をなでていくのを
梓は感じた。
「あっ……」
 わずかに冷たいような、だが心地よい風を受けて、梓は思わず声を上げる。
「秋だろう、やっぱり?」
 梓の声の意味をわかっているのか、耕一は雨月山に目を向けたまま、そうつぶやいた。
「……まあね」
 ふてくされたような声だが、梓は耕一の言ったことを認めた。そして、耕一と同じように
紅葉した山を見つめてみた。

 リーン、リーン。

 山に続いて、空も赤く染まる頃。梓の耳に虫の声が響く。
「あっ……虫が鳴いている」
 梓の言葉に答えるように、庭に生えた草に隠れた虫は鳴き続ける。

 リーン、リーン。
「鈴虫だな。嫁さん探しに忙しいみたいだ」
 相変わらず、雨月山に目を向けたままで、耕一が言った。
「風情がないね、耕一」
 トンっ。
 悪戯っぽく、梓が耕一の肩を手のひらで押す。
「おっ、おい、梓?」
「黙っていてよ。虫の声が聞こえなくなるからさ」
 梓は頭を耕一の肩に預けて目を閉じ、虫の声に耳を傾け始めた。
「……そうだな。聞こえなくなるよな」
 耕一は自分の肩に寄り添っている梓の肩に腕を回して、静かに山を見続けている。
 秋も深まる頃。
 二人の時間は緩やかに流れていく。

http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/