ばっど☆こみゅにけーしょん(九月の御題「つき」サンプルSS) 投稿者:AIAUS 投稿日:9月1日(土)00時25分
 夜空には月が高く昇っている。
 その頃、千堂和樹と高瀬瑞希はある事情により、苦境に立たされていた。
「……もう、こんな時間だな」
「……終電なくなっちゃったね」
 二人が呆然とした顔で見上げているのは、駅の時刻表。
 すでに駅の入口は鎖で閉じられている。
 誰もいない駅の前で、秋の冷たい風に吹かれながら、和樹と瑞希の二人は
ただ立ちすくんでいた。

 事の発端は大学のコンパだった。
 いつにも増して飲み過ぎた瑞希が先輩(空手三段)の後頭部に延髄切りを
食らわせ、怒った先輩を和樹が間に入ってなんとかなだめることができたの
だけれども、そうしている間に時間が過ぎてしまい、終電を逃すことになって
しまったのだ。

「もぉ和樹の馬鹿、どうすんのよ。歩いて帰れる距離じゃないわよ」
「いや、今日の件は全面的に瑞希が悪いと思う」
「うっ……ちょっと目測を誤っただけじゃない。本当は和樹に当てるつもり
だったのに」
「スキンヘッドで190cmの大男の先輩と俺を見間違えるぐらいに飲み過ぎた
瑞希が悪いと思う」
 もう酔いから覚めた瑞希は、上目遣いに自分の横の和樹の顔を見る。
「……もしかして怒っている?」
「いや。今はどうやって今夜を凌ぐかで頭が一杯。瑞希のことをかまっている
暇なし」
「ぐっ……タクシーで帰るっていうのは?」
「先輩をなだめるためにおごった高い酒で金はほとんどない。瑞希は?」
 和樹に言われて財布を開けてみる。
「……あっ、あはははは」
 瑞希のごまかし笑いを聞いて、和樹は天を仰いだ。
「仕方がない。どこかに泊まるしかないか」
「えっ!?」
 ぎょっとした表情で、瑞希は和樹の顔をまじまじと見つめた。
 驚きの顔が徐々に羞恥に染まり、瑞希は再び下を向く。
「あっ、あの……私、別に高い所でなくてもいいから」
「ん? 今の時間だと、ビルの鍵は閉まっていると思うんだけど?」
「はっ?」
 瑞希の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。
「どこかにダンボールが落ちてないかな? もう夜は結構冷えるから」
「えっ!? そっ、外!? いきなり!?」
「いきなりって、仕方がないだろう、この場合は」
 ゴミ捨て場をあさって比較的きれいなダンボール紙を拾ってきた和樹を
見て、瑞希は大きな声で抗議をした。
「そっ、そんなの嫌よ! 私、初めてなのに……」
「俺だって初めてだって。わがまま言うなよ。他に方法がないだろ?」
 ダンボール紙を小脇に抱えた和樹は冷淡に答える。
「えっ、あの、だって、その……「ご一泊」ぐらいなら大丈夫なんだけど」
 瑞希は財布の中身を確認して、和樹に懇願した。
「はあ? 野宿するだけだろ?」
「のっ、野宿?」
 和樹は当然のように首を縦に振る。
 羞恥でピンクに染まっていた瑞希の顔が、今度は怒りで真紅に染まった。
「ばっ、バカァ!」
 バガシッ!
「ぐはあ!!」
 瑞希の延髄切りが、きれいに和樹の延髄へミートした。

 翌日。
 塚本印刷の中にて。
「にゃー。お兄さん、どうしたんですか? 車に追突でもされたのですか?」
 首にギプスをはめた和樹を心配しながら、千紗が話し掛けてきた。
「聞くかい、千紗ちゃん? 涙なしには語れない物語だぞ」
「にゃー。おはなし聞きたいですぅ……」
 急に千紗の動きがピタリと止まる。和樹の横にいる瑞希が、物凄い顔で
自分をにらんでいることに気付いたからだ。
「ひいぃ。ちっ、千紗、なにか悪いことしましたか?」
「ううん。なんでもないのよ、千紗ちゃん」
 瑞希はそう言ってにっこりと微笑んだが、千紗の野生の勘はその背後にある
殺気を感じ取っていた。
「にゃあああ……本当はおはなし聞きたいですけど、我慢するです」
「それが賢明みたいだね」
 和樹はそう言いながら、瑞希の「つきあい」も大変だなあ、と心の中で苦笑
をしていた。

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