秘密の野営、もしくはクリフハンガー(八月のお題「キャンプ」サンプルSS) 投稿者:AIAUS 投稿日:8月3日(金)22時37分
「琴音ちゃん。みんなでキャンプに行かないか?」
 藤田先輩がそんなことを言い始めたのは、一学期も終わろうかという暑い盛りのこと
でした。集団行動が苦手な私は、初めは遠まわしに断っていたのですが、藤田先輩は
おせっかいというか、強引というか……まあ、最終的にはOKしてしまったわけです。
 今はバス停でみんなが来るのを待っているわけで。
「キャンプが楽しみだよね、琴音ちゃん」
「ええ。そうですね」
 私の気のない返事に嬉しそうな顔でうなずいているのは、友人の松原葵さん。
 神社の裏でサンドバックを蹴り飛ばすのが日課の豪快な青春を送っている葵さんは、
アウトドアが性にあっているみたいです。
 でも、正直に言うと私は……あまり、屋外で何かをするのは好きではありません。
「粉っぽいカレー。食事中にお皿に飛び込んでくる虫。夜中に背中から這い登ってくる
地面の湿気……ああ、楽しみだなぁ」
 全然、楽しそうではありません。
 せめて、山ではなくて海だったら、イルカさんに会えたかもしれないのに。
「よおっ。お待たせー」
 ブロロロロロ……。
 藤田さんがやって来ました。
 なぜか、メイドロボのセリオさんが運転するジープの助手席に乗って。
 後部座席に座っているのは、同じくメイドロボのマルチさんと、藤田先輩のクラスメイトの
宮内レミィ先輩。
「お待たせしました。予定時間よりも五分ほど経過してしまっています。急ぎましょう」
 ハンドルを握りながら、いつもの無表情でそう言ったのはセリオさん。
「セリオさんが運転するんですか?」
「飛行機の自動操縦のようなものだと思ってください。実験中ですが、法的な問題はクリア
しております」
 不安そうな私の質問に、セリオさんはやはり無表情で答えました。
「私も運転できるんですよぉ」
「ダメだヨ、マルチ。さっき、ダッドの車を壁にぶつけたジャナイ。壁の方が壊れたから
よかったけど、車を壊したら怒られるヨ」
「あうぅぅぅ」
 それは器物損壊といって、日本では立派な法律違反です。
「よし、琴音ちゃん。行こうよ」
 自分の体と同じくらいの大きさのリュックサックを背負った葵さんは、軽々とジープの
空いている後部座席へと飛び乗りました。
 ああ、これはもう行くしかなさそう……。
 私は秘密道具が入った小さなバックパックをジープの荷物置き場に置くと、仕方なく
葵さんの横に座ることにしたのです。

 ガタガタガタ……。
「けっ、結構揺れるねぇ、この車ぁ」
「葵さん。あんまり喋っていると舌を噛みますよ」
「そうですよぉ、危ないから……」
 ガチ。
 あっ、マルチさん、舌を噛んだみたい。無言でうずくまっている。
 険しい山道を軽々と登っていくジープに揺られながら、私達六人は目的地へと向かっています。
「うーん、キャンプって久しぶりだヨ。昔、ダッドと一緒にキツネをハンティングしに行ったのが最後カナ」
「レミィ。日本では狩猟をするのに許可がいるからな。ハンティングはNGだ」
「What!? ソウナノ?」
 レミィ先輩は驚いた声を出しながら、自分が座っている座席の下に置いてあるものを残念そうに撫でました。
そこにあったのは……黒光りする、長い棒状のもの。後ろには木製の台座がついています。
「じゅ、銃刀法違反だよね?」
「言わないでおきましょう。撃たれたくありませんから」
 葵さんと私はコメカミに冷や汗をかきながら、そのことを見なかったことにしたのでした。


「うわぁああ! すっ、すごいよ、琴音ちゃん。絶景って言うんだよね、こういうの?」
 目的地についた私達を待っていたのは、一面に広がる山脈のパノラマ。
「確かにそうですね。素晴らしい景色です」
 少し車酔いに悩まされたことで湧き上がってきた後悔は、壮大な風景を見渡すことができた
ことでどこかに行ってしまいました。
 葵さんは手を広げて深呼吸をし、コダマがどこまで響くのかを試しています。
 私はマルチさんと一緒にジープの中に置いた荷物を降ろしながら、子供のようにはしゃぐ
葵さんを見守っていました。
 ザクザク……。
「あれ? 藤田先輩、何をしていらっしゃるのですか?」
「ああ。今からテントを立てるから、溝を掘っているんだよ。通り雨とかで水が流れ込まないようにさ」
 スコップを地面に突き立てながら、藤田先輩はそう答えます。
「テントを広げますので、場所を空けてもらえますか?」
 あっ、いけない。セリオさんの邪魔をしてしまったみたい。
 テントの布と支柱を抱きかかえたセリオさんに場所を空けると、私はマルチさんの手伝いを
続けるために、元の場所へと戻ったのですが……。
「はうぅぅう。たっ、助けてくださぁい」
「……何をやっているんですか。マルチさん」
 私がそこに見たのは、自分で降ろした荷物に押しつぶされて動けなくなっているマルチさんでした。
「たっ、助かりましたぁ。ずっと、あのままなのかと思ってドキドキしましたぁ」
 ……本当にメイドロボとして、役に立つのかな?
 ちょっとひどいことを思いながらも、私はマルチさんを手伝って荷物を全部降ろしたのでした。
 ところで、レミィ先輩はどこに行ったのでしょうか?
「ヒロユキ〜。設置終わったヨ〜」
 噂をすれば影が立つ。
 レミィ先輩は森の奥から、元気よく手を振って姿を現わしました。
「おつかれさ〜ん。夕方までには冷えそうかな?」
「バッチリだヨ。山の水って冷たいからネ」
 どうやら飲み物を冷やしに行ってくれていたようです。
「テントの設営、終わりました」
 私達が色々と準備を整え終わった頃に、そうセリオさんの声が響いたのです。

「ううん。キャンプって感じだよね」
 設置されたテントの中に敷かれた布の上でゴロゴロと転がっている葵さん。
 なにか、本当に子供みたい。
「ああ、琴音ちゃん、笑ったぁ。琴音ちゃんもやってみなよ。楽しいから」
「えっ?」
「ほら。これをやらなくちゃキャンプじゃないよ」
 葵さんは強引に私の手を引っ張ると、テントの中へと私を引き入れました。
「きゃん……もう。乱暴なんだから」
 でも、テントの中は最初に思っていたよりも落ち着いた雰囲気で好感が持てました。
敷き布も厚くて柔らかくて、何かいい感じ。 
 ゴロ。
 試しに横になってみましたが、すぐにでも眠ってしまえそう。
 クーラーの室外機で蒸された街と違って、山の空気は涼しくて、私の心を穏やかに
してくれます。
 ゴロゴロ。
 葵さんの言った通り、試しに転がってみました。
「……ちょっと、面白いかも」
「ね? 私の言ったとおりでしょ?」
「うふふ……」
 ゴロゴロゴロ。
 すっかりテントの中が気に入った私は、葵さんと二人で楽しそうに笑いながら、
ゴロゴロとテントの中を転がっていたのですが……。
 スッ。
「「えっ?」」
「……」
 そんな私達を見て固まっているのは、テントの入口に掛かっている垂れ幕を押し上げて
中を覗いてきたセリオさん。
「お二人がそんな仲とは露知らず。お気になさらず、お続けになってください」
「「はぁ?」」
 セリオさんはどこかから携帯式ビデオカメラを取り出しながら、やはり無表情で
私達を見守っています。
 ……その時になってようやく、ゴロゴロと転がっていた私と葵さんが重なった状態で
固まっていることに気付きました。ちなみに、私が下で葵さんが上。
「お〜い、セリオ。葵ちゃんと琴音ちゃんは?」
「静かにしてください。今から、いいところなんですから」
「「ちっ、違いますぅ!!」」
 セリオさんの誤解を解くのに30分ほど費やしたのは、後の話でした。


「あれ? 粉っぽくないなあ?」
「マルチさんには作らせませんでしたから」
 なぜか残念そうに、美味しいカレーをつんつんとスプーンでつついている葵さん。私は
半分だけ御馳走になって、食後の落ち着いた雰囲気を楽しんでいました。
 ピト。
「ひゃあああああ!!」
 急に頬っぺたに冷たい感触を感じた私は、思わず大声を上げたのです。
「アハハ。スゴい声あげるネ、コトネ」
「れっ、レミィ先輩?」
「ハイ、これはコトネの分。よ〜く冷やしてあるヨ」
 私に缶ジュースを手渡すと、レミィ先輩は嬉しそうに藤田先輩の横へと座りました。
 ……やはり、この中では一番のライバルはレミィ先輩ですね。
 今の藤田先輩はナントカイエローのごとくカレーに夢中ですので、勝負の分かれ目は
夜になってからです。
 おそとでふたりえっち。
 この権利だけは、どうしても譲ることは出来ません。
 とはいえ……相手はカリフォルニア製。私は純国産品……どうしても藤田先輩の目は
前者に向かってしまうでしょう。
 となれば、多少の強引な手段は止むを得ない、ということになりますね。


 ホーホー。
 どこかでフクロウが鳴いています。
 みんながテントの中で寝静まったことを確認すると、私は藤田先輩が眠っている、もう一つの
テントの中へと忍び込みました。
「あの……藤田先輩?」
 グゥグゥ。
 藤田先輩はわかりやすい擬音を口にしながら、幸せそうな顔で眠っています。
 起こして御免なさい。でも、今からもっと幸せにしてみせます、この姫川琴音が、できれば一生!
(既成事実を作って、最後までもつれ込む作戦のようです)。
「藤田先輩、起きて下さい」
「……うん? 琴音ちゃん?」
「ええ、私です。ちょっと付き合って欲しいんですが……」
「えっ、なに?」
「とにかく、こっちへ。みんなを起こしてしまいますから」
 私はまだ眠そうな目をしている藤田先輩の腕を引っ張ると、先輩を連れて森の奥へと忍んでいったのでした。


「え〜っと……何かな、琴音ちゃん?」
 困ったような顔をしている藤田先輩。
 でも、私も困ってしまいました。
 夜の森の中で、若い男女が二人きり。
 こうなってしまえば、自動的に事態が進んでくれるものと期待していたのですが、
エッチなわりには奥手な藤田先輩は、頬を指先で掻きながら私の言葉を待っています。

 ……やはり、一枚くらい脱いだ方がいいのでしょうか?(おひ)

「あのですね。向こうを向いていてもらえませんか?」
「……あっ、ああ。そういうことね。わかった。耳を塞いでおくから。安心して行って来てくれよ」
 藤田先輩は何か勘違いしているようですが、結果オーライっぽいのでよしとしましょう。
 私は藤田先輩が向こうを向いたことを確認してから、スカートに手をかけて、ホックを外そうと
したのですが……。

 ガサ。

「あれ、何か物音が?」

 ガサガサ。

「琴音ちゃん。あんまり遠くに行くんじゃないよ。沢に落ちるからね」
「いえ、私が立てた音じゃないんですが……」
 木陰から姿を現わしたのは……。
    
( ゚(エ)゚ )

 ……熊さん?
「にょ、にょええええええ!!」
「どっ、どうしたんだ、琴音ちゃん!」
「くっ、クマっ! クマですっ、藤田先輩っ!」
 私は藤田先輩の手を引っ張ると、慌てて逃げ始めました。
「ガウウ!」
「くっ、クマぁ!?」
「そうです、熊さんですぅ!」
 あまりのことにパニックを起こした私は、藤田さんに訳のわからない返事を返しながら、
下り坂を全力で駆け下りました。  
 ですが、熊も逃げる私達に刺激されたのか、ドッカドカと足音を立てながら追ってきます。
「どっ、どうせ食べられるなら藤田先輩に食べられたいですぅ!」
「こっ、琴音ちゃん! 夜中にそんなことを叫ぶんじゃないっ!」
 やっぱりパニックを起こして訳のわからないことを言っている私達。
「ガオオウ!!」
 熊さんはやっぱり、夢中になって私達を追いかけています。
 こっ、このまま、私達は月の輪熊の遅めの夕食のメニューになってしまうのでしょうか?
 そんな私達を救ったのは、夜の森の中に響く凛とした声でした。

「Stop! Bear!」
 そこにいたのは、ジープに積んでいた銃を持って仁王立ちになっているレミィさん。 
 Bang!
 レミィさんが手に持った銃から銃声が響きました。
 熊はその音に驚いたのか、私達を追うのを止めて木陰の中へと飛び込みました。
「ふぅ……危ないところだったネ、コトネ」
「危なかったなぁ、本当に」
 そして、腰を抜かした私は藤田先輩に背負ってもらってテントへ帰ったのでした。
 ……やっぱり、私はアウトドアって苦手です。

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