今日もまた涙の雨、もしくはクリフハンガー(6月のお題「傘」サンプルSS) 投稿者:AIAUS 投稿日:6月3日(日)21時45分
シト、シト、シト。
 今日もまた雨が降っています。
 六月は梅雨の季節。
 暗い雨雲と大地を打つ雨の音が全てを覆ってしまう、そんな季節。
 こんな日はせめて、明るいピンク色の傘でお出かけして、少しでも晴れやかな気分
になりましょう。
 私はウインドウショッピングでも楽しもうと思って、お出かけの準備をしていました。

 むずむず。

 にょ?
 なにか、足と足の間から変な感触が・・・。

 むずむずむず。

「えっ・・・まさか」
 人に言いづらい場所から発生する、執拗なまでの痒み。
「もしかして、また・・・」
 私は予定を変更して、お医者さんに行くことにしました。


「んー。今年もインキンになっちゃったみたいね、姫川さん」
 がーん!
 行きつけの女医さんの言葉に、私は視界がブラックアウトしそうになりました。
「うっ、嘘です! ちゃんと4月から剃り続けていたのに!」
 断言します。薄幸の美少女である私が、白せん菌なんかに攻略されるはずがありません!
 なにより、白癬の牙城となる柔毛は私自らの手で駆逐したのです。
 そんな私に、女医さんは心から同情した顔で、首を横に振りながら言いました。
「こういう病気は完治が難しいものなのよ。姫川さんは人よりも抵抗力が弱いから、
気長に治療を続けるしかないわね」
 がーん!
 ああっ・・・今年もまた、そんな目に会うなんて。
 女医さんは倒れそうになった私を両手で支えると、静かな声で告げたのです。

「とにかく、患部を清潔にして乾燥させておくこと。他に治療方法はないわよ」

 そ、そうしていたんですけど・・・。
 私は神様に呪いの言葉をつぶやき続けながら、意識を闇の底へと飛ばしてしまいました。


 ぽりぽりぽり。
「琴音ー! 起きなさい、もう学校に行く時間よー!」
 ぽりぽりぽり。
 痒みは本格的に侵攻を開始しました。昨年と同じく、見事な電撃作戦です。先生からカユミ止めを
いただきましたが、やはり効果は薄いみたいで。
 私はベッドの中で、薄幸の美少女にはあるまじき行為をしていました。

 ・・・うう、やっぱり掻かないと我慢できなひ。

「起きなさい! 遅刻する気なの?」
 私が患部を掻くのに夢中になっていると、ママが私の部屋に入り込んできて、布団をはいでしまいました。

 ですが、今年の私には秘策があります!

 ゴホッ!
 私はばっちりのタイミングで口から赤い液体を吐き出して、青ざめた顔でママの顔を見ました。
「……わっ、私、もう駄目みたいなの、ママ」
 よし、バッチリ!
 これで入院は確実。白癬菌が戦線を拡大し尽くした後、反撃して完治するまでの時間を
充分に稼ぐことができます。 
「・・・どれ」
 ママは愛娘の必死の演技も無視して、私の口から滴る赤い液体を舐めました。

「昨日、冷蔵庫から持ち出していたケチャップ。これがどうしたの?」

 策を読まれていたー!!
「思いっきり仮病じゃないの。ほら、早く起きて学校に行きなさい!」
 まっ、ママの鬼! エルクゥ! もしくは強化兵って感じです!
 何を言っても無駄でした。
 私は押し出されるようにして、不治の病を抱えたまま学校へ行くことになってしまったのです。


 学校の教室、授業中でも白癬菌の攻勢は止まりません。 
「・・・えー、ですから、この時の作者の気持ちは」
 むずむずむず。
「姫川さん? 気分が悪いの?」
「いっ、いえ。なんでもありません」
 駄目です。
 やっぱり滅茶苦茶かゆいです。人間が耐えられる限度を超えています。
 だからといって、みんながいる教室でぽりぽりと掻くわけにもいけないし・・・。
 こうなったら・・・えい!

 ブゥン!

 クラスの中で私の次に体が弱い眼鏡の女の子に、私は「ちから」をぶつけました。
糸が切れた人形のように、彼女は意識を失います。
「きゃあ! 大丈夫?」
「おっ、おい!? また貧血かよ」
 ごめんなさい、ごめんなさい。
 今年もこんなことになってしまうなんて。
 でも、あなたも女ならわかってくれますよね。こんな行動に出なくてはならなかった
 私の気持ちを。

「私が保健室へ連れていきます」

 気絶した病弱な女の子を抱えて、私は教室の外に出ました。
 こうして、私は昨年に続いて急場をしのいだのです。

 気絶した女の子を保健の先生におまかせすると、私はすぐにトイレに駆け込みました。
 ぽりぽりぽり。
 あー、やっと落ち着いた・・・うっ!
 思わず涙ぐんでしまいます。こういう病気にかかるのには、もっとふさわしい人が
 いるはずです。なんで私がっ!

 ・・・そう、もっとふさわしい人がいるはずです。
 いつも藤田さんの側にいて目障りな神岸先輩とか、藤田さんにくっつき過ぎな宮内先輩とか、
藤田さんに気のないフリをしていながら実はやる気満々な保科先輩とか、やる気あるのかないのか
わかんないけどダークホースな来栖川先輩とか、私のすんごい噂をばら撒き続けている長岡先輩とか
 ・・・そうそう、雛山先輩も菌とか黴とか似合うかもしれません。
 なにしろ、この美麗な私に感染しているくらいなのですから・・・。
 その時の私は、悪魔チックな幻想に浸っていたのです。


 学校から帰る途中の下り坂。
  
「みんなでプールに行きませんか?」
 私は満面の笑顔で藤田先輩に告げました。
「プール? この前、先輩と一緒に行ったからなあ」
 いっ、いつの間に。
 やはり、来栖川先輩はダークホースです。  
「新しい水着を買ったので、藤田さんにもぜひお見せしたいんです。ほら」 
 そう言いながら、私はカバンの中に入っている黄色いビキニのブラをチラリと藤田さんに見せました。
 そのブラを見た途端、藤田先輩の顔色が変わりました。
 そして、五分ほど立ち止まって悩んだ後、藤田先輩は赤い顔で私にこう言ったのです。
「・・・まっ、まあ、琴音ちゃんがそこまで言うのなら」
 よし、これで第一作戦成功です。
 布というよりはほとんど紐に近い形状のブラを選択した甲斐がありました。
 私は藤田さんと楽しくお話して帰りながら、作戦が次の段階に入ったことを確信していたのです。 


 翌日。
「レミィ。このワンピースなんかどうかなぁ?」
 時間をかけて選んだ水着を宮内先輩の前で広げてみせる神岸先輩。
「アカリにはちょっと胸が大きいんじゃないデショウカ?」
「そら言えているなあ。確かに、ちょっと神岸さんには大きすぎるわ」   
「胸のところが開いているから水が入ってきて凄いことになるんじゃないの、あかり?」
「ううっ。みんな、ひどいよぉ」
 宮内先輩、保科先輩、長岡先輩に好き勝手なことを言われていますが、神岸先輩も楽しそうです。
 デパートの水着売り場コーナー。
 今、藤田先輩に呼ばれたみんなが、プールに着ていく水着を選んでいます。
「一番安いから、これにしようかな・・・」
「・・・」
「そっ、それも安いけど、布地が少なすぎるんじゃ・・・」
 あちらには来栖川先輩に型遅れの超ハイレグ水着を渡されて困っている雛山先輩。
「うーん・・・スクール水着じゃ駄目なんですか?」
「あのね、葵。せめて競泳用の水着じゃないとトレーニングなんかできないわよ」
 なんか選ぶ基準が違うとは思いますが、こちらでも坂下先輩と葵さんが楽しそうに水着を選んでいる
ところです。

 うふ、うふふふふふ・・・。 

 標的がそろったことを確認した私は、含み笑いをしながら、こっそりと水着売り場の裏に回りました。 
 そして、私はみんなには見えないように気をつけながら、胸元にしまっていたシャーレを取り出したのです。
 もちろん、シャーレの中にいるのは私から採取した白癬菌。
「みんなが同じになれば、恥ずかしいこともなくなりますよね・・・」
 うふ、うふふふふふ・・・。
 私は怪しい含み笑いを続けながら、ペタペタとみんなが選びそうな水着の股間にシャーレの中身を
塗りつけたのでした。
 一通り塗り終わった頃、私は重要なことに気付きました。
 そういえば、葵さんと坂下先輩は予防のためにあらかじめ「剃っていた」はずです。
 とすると・・・塗りつけるのは練りワサビくらいにしておきましょうか。
 
「それでは試着してみましょうか?」
 服装には無頓着な坂下先輩と葵さんが競泳水着をレジに持っていくのを確認してから、私は
満面の笑顔でみんなにそう言ったのです。
 うふ、うふふふふふ・・・。
     

 日曜日になって。
 藤田さんは佐藤さんを連れて、私は神岸先輩達を連れて待ち合わせ場所に着きました。
 白癬菌さんがみなさんの人に言いづらい場所に付着してから一昼夜。
 潜入に成功した白癬菌さんが攻勢を開始するのはもうすぐでしょう。
「おう、琴音ちゃん。今日は思いっきり泳ごうぜ」
「はい、藤田さん。それではみなさん、バスに乗りましょうか」
 私はドキドキしながら、誰が一番先に発症するのか心待ちにしていたのです。


 室内プールに着いて、更衣室に入ったみんなは早速、着換えを始めました。
「ねえ、あかり。あんた、またちょっと太ったんじゃない?」
「志保〜。更衣室に入る度に同じこと言わないでよ〜」
 おそらく中学生の頃からと同じように、神岸先輩と長岡先輩は楽しそうにオシャベリを
しながら着換えをしています。
「トモコってナイスバディなのネ。いつも更衣室の隅で着替えているから、わからなかったヨ」
「あんたに言われると、嫌味みたいに聞こえるわ」
「・・・」
「あ、来栖川先輩もキレイな体をしているのは見てわかりますから・・・ううっ、やっぱり
栄養の差なのかなあ」
 ・・・あれ?
 誰も痒そうにしていません。これはおかしいです。
 同じ白癬菌に感染している私は、仲間ができることだけを心の支えにして、今も襲い続けている
痒みに耐えているというのに・・・。
「ねえ、琴音ちゃん。早く着替えないと藤田先輩が待っているよ」
「そっ、そうですよね」
 塗りつける量が足りなかったのかしらん。
 私は疑問に思いながら、普通のワンピースに着替えるために上着を脱ぎました。

 モゾモゾモゾ・・・。

 みんな、水着に着替えるために服を脱いでいるのですが、誰も兆候を見せる人はいませんでした。
 どうしても気になった私は、思わず聞いてしまったのです。
「あの〜、神岸先輩。どこかが痒かったりしませんか?」
「えっ?」
「あっ、なんでもないんです。ちょっと気になっただけで・・・」
 慌てて目を伏せる私を、神岸先輩はちょっと怒ったような顔で見ています。

「こんなことしちゃ駄目だよ、姫川さん」

 えっ?
 突然の神岸先輩の言葉に、私は顔を上げました。
「水着売り場で何をしていたか、私はちゃんと見ていたよ。だから、ほら」
 ピラ。
 すでにスカートを脱いでいた神岸先輩は、腰に巻いていたタオルをめくって見せました。
 そこは・・・。

 ツルリン。

 そこには、何も生えていませんでした。
「あんたがつらいのはわかるけど、人に伝染(うつ)したって楽になるわけないでしょーが」
 あっ・・・長岡先輩も。
「そーだヨ、シホの言うとおりだヨ」
「そやそや。苦しいからって簡単に負けたらアカン」
「そう。苦しくたって、笑顔じゃなきゃいけないんだよ」
「・・・」

 ツルツルリン。

 先輩方は次々とタオルをめくって、自分達が私の策を読んでいたことを示しました。
 駄目・・・せっかく藤田さんが頑張ってくれたのに、やっぱり嫌われちゃう。
 私は座り込んで泣き出したい気分になりましたが、ぐっと堪えて神岸先輩の言葉を待ちました。
   
「ほら、姫川さんも早く着替えなきゃ。浩之ちゃん、きっと待っているよ」

 えっ?
 私がひどいことをしたのに、神岸先輩は笑って私が着替えるのを促してくれています。
 他の先輩方も同じように、私が着替えるのを待っています。
 ・・・私、なんて愚かなことをしてしまったのでしょう。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
「もうええって。はよせんと、藤田くんスケベエやから、いろいろといらんことを考えはじめるで」
「そうそう。ヒロってムッツリスケベだよね〜。普段もムッツリしているけど」
 こくこく。
「そっ、そんなことはないんじゃないかなあ・・・多分」
 私は先輩方に許されたのを信じられない思いで受け止めながら、急いで手に持ったワンピースに
着替え始めました。 
 ですが・・・。

「「ぴぎょええええええ!!」」

 あれ? どうして、坂下先輩と葵さんが悲鳴を上げているのでしょうか?
「なっ、なにこれ!? なにか塗ってある!?」
 ・・・私はすっかり、練ガラシのことを忘れていました。



「うぉおおおおおお!!!」
「いっ、生きていてよかったね、浩之・・・」
 鼻血を吹かんばかりに喜んでいる藤田さんと佐藤さん。
「あっ、あの、これって恥ずかしすぎるんですけど・・・」
 私は必死に両手で体を隠しています。なぜなら、大事なところに練りガラシを着けられて
激怒した坂下先輩と葵さんによって、無理やり「藤田さんひっかけ用」の紐のようなビキニに
着換えさせられてしまったからです。 
「駄目ですっ! これは悪戯の罰なんですからっ!」
「そうよっ!」
 あうううう・・・坂下先輩も葵さんも優しくない〜。
「さあ泳ごうぜ、琴音ちゃん! 俺がバタフライの正しいフォームを教えてやるよ」
 いつも以上に元気なパワーを発揮しながら、鼻の下を伸ばした藤田さんが私に近寄って来ます。
 うう・・・因果応報ってこのことでしょうか?

 私は自分の愚かな行為を後悔しながら、その日を過ごしたのでした。

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 おまけ

「・・・なあ、気になって原稿描けないから、変なところをポリポリ掻くのはやめないか?」
「うっさいわね、ポチ! 痒いもんは痒いんだから、しょうがないでしょうが!」
 琴音の作戦は意外なところで成功していたりしていた。

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