やまい(5月のお題「病気」サンプル作品 投稿者:AIAUS 投稿日:5月4日(金)23時52分
 ゲホ、ゲホッ!
 同人界の女王、大庭詠美は病で倒れて寝込んでいた。
「熱い〜。鼻が詰まる〜。咳が出る〜。クラクラする〜」
「風邪をひいているんだから当然だろ。それよりも、おとなしく寝ていろよ」
「まだ、原稿完成してないのに〜」
「こんな状態で描けるわけないだろ。ゆっくり休んで早く治すのが一番だよ」
「う〜。そうしてあげるわよ……」
 詠美は、サークルパートナーである千堂和樹の看病を受けている。
 態度はいつもどうりの傲岸不遜だが、頬が緩んでいるところから見ると、まんざら悪い
気分でもないらしい。
 
「う〜……ポチ、桃缶食べたい」
「まったく。無理して原稿を書くからだぞ。ほら、口開けろよ」
「なっ、なに言ってんのよ、恥ずかしいってば……ゴホッ、ゴホッ!」
「無理すんなって。ほら」 
 和樹にフォークに刺さった桃を差し出され、詠美は照れ臭そうに口を開ける。
「あ〜ん……」

 バンッ!
「おいっ〜す! 見舞いに来たで〜!」

「「ほっ、ほえ?」」
 急に部屋の扉を開けられ、詠美と和樹はフォークに刺さった桃を挟んで固まってしまった。
部屋に乱入してきたのは猪名川由宇。詠美の宿敵である。
「バカは風邪ひかん言うけどなぁ。夏にはまだ早いし。ほんま、どうしたんやろか?」
「あっ、あんたねえ……ゴホッ、ゴホッ!」
 言い換えそうとして、詠美は咳き込んだ。それを見て、さすがに和樹も由宇を咎める。
「由宇。今日はよせって。詠美の奴、風邪ひいているんだからさ」
「そっ、そうよ。詠美ちゃんさまは病気なんだから」
「甘い!」
 由宇にいきなり決めつけられ、再び詠美と和樹の二人は固まる。
「マンガ道を志した者が風邪を引くなんてことはあってはならんのや。『〜先生は急病のため、
お休みです』っていう表示は、あくまで原稿を落とした時にだけあるんやで」
「いっ、いや、本当に病気の時もあると思うんだけど……」
「阿呆言うたらあかん! ほら、詠美! チャッチャと起きて原稿書かんかいっ! うちも
バッチリ手伝ったるで〜!」
「ふっ、ふにゅ〜んっ!」
「おいおい……」
 かくして。
 同人会の女王、大場詠美は39度の熱を抱えながら、原稿を書くことになってしまった。
 原稿は落とさずに済んだが、マンガ道の厳しさを再認識させる事件であったと言えよう。
 だが、物語はこれで終わったわけではない。

 猪之坊旅館。
 猪名川由宇の実家である。
「ゲホ、ゲホ……あかん。風邪ひいてしもうた」
「ほんまになあ。由宇が風邪ひくなんて。鬼の霍乱って言うんやろうか?」
「いらんこと言わんといて、オカン。それよりも今日はゆっくり寝て治すから、うるさくしたら
あかんよ」
「わかっとるって。ほな、ゆっくり寝ときよ」
 部屋から出て行く母親の背中を見送り、由宇は布団を被りなおした。
 風邪を引いた時には無理をしないで寝ておく。
 これが一番の養生だ。

 ガラッ!。

 何者かによって、障子が勢いよく開けられた。
「温泉子パンダ〜! 詠美ちゃんさまが、お見舞いに来てあげたわよ〜」
「なっ、なっ、何しにきたんや?」
 ずかずかと由宇の部屋に上がりこんだ詠美は、ニヤリと笑いながら執筆道具を差し出す。
「『〜先生は急病のため、お休みです』っていう表示は、原稿を落とした時にだけあるのよね」
「ど、どひ〜!」
 同人少女の戦いはまだ、当分終わりそうにない。


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