ねこっちゃ行進曲(「3月のお題:マーチ」サンプルSS) 投稿者:AIAUS 投稿日:3月1日(木)00時30分
 いけません。
 このままではいけません。

 いや、私が不感症だとかそういう話ではなくて、もちろん藤田先輩のことです。これまで
仕込み弁当、保健室のベッド、恥ずかしい写真などの正攻法(?)で攻め続けたのに、藤田先輩の
反応は今ひとつなのです。北海道名物ベアトラップの時は怒られちゃったし……葵さんで実験した時は
平気だったのに、なぜでしょう?

「私、そんなことしませんっ!」

 わっ、びっくりしたっ……。
 いきなり、目の前に喋る鏡が。

「鏡じゃありませんっ! 私は姫川琴音ですっ!」

 私、つまり姫川琴音の前でそう言い張っているのは、私とそっくりな女の子……人気が
出過ぎるのも困りますね。コスチュームプレイヤーというやつでしょうか?
「違いますっ! あなたが偽物なんですっ!」
 騒がしいですね……取り合えず、額に「偽」と書いておきましょう。
 ポンッ……キュッ、キュッ。
「なっ、なにするんです……ゆっ、油性じゃないですか、そのマジックっ!」
「「肉」と書かれなかっただけマシだと思ってください、偽琴音さん」
「ううっ……ひどひ」
 さめざめと泣く偽琴音さんは放っておいて、私はこの不思議な現象について考え始めました。
ドッペルゲンガー、分身というやつでしょうか? つまり、もう一人の私?
「そうです……あなたは抑圧されていた私の本心で、私が本当の琴音なんですぅ」
 「偽」の字を消そうと一生懸命ハンカチでオデコを拭きながら、偽琴音さんは涙目で私に訴えています。
「でも、本心なら、私の方が本物じゃないでしょうか?」
「うっ!?」
「どちらかというと、あなたが仮面の役割だったんでしょう。なら、偽物はあなたですよ」
「ううっ……そっ、そうなんでしょうか?」
 私の口車にあっさりと乗せられる偽琴音さんを見ながら、私は考えていました。

 この女、使える。

 色気が皆無の葵さんでは、刺身のツマぐらいにしか役に立ちません。
 しかし、清楚で可憐な私が二人いれば、どうでしょうか?
 これなら、いくら鈍感な藤田先輩でも……堕とせますっ!


「えっ、えっとですね、こういうことは高校生の私たちにはまだ早いと思うんです。琴音さん……」
「そんなこと言っていると蜘蛛の巣が生えちゃいますよ、偽琴音さん」
「にっ、偽じゃないんですけどぉ」
 私たち二人が今いる場所は、藤田先輩の家の前。
 時間は深夜二時。もちろんレオタード姿です。
「はっ、春になったとはいえ、まだ寒いのに。なっ、なんでこんな格好を……」
 歯をガタガタと言わせながら、偽琴音さんは私に文句を言っています。
「若い女の子が泥棒に入る時は、レオタード姿が正装なんですよ」
「どっ、どこの国の常識ですかぁ」
 偽琴音さんがうるさいので、さっさと藤田先輩の家の中に入ってしまいましょう。
 私はドアノブに手をかけました。
 ガチャ、ガチャ。
「鍵がかかっていますね」
「当たり前じゃないですかぁ」
 私は何もなかったかのように、鍵を取り出して玄関のドアを開けました。
「えっ? なんで、藤田先輩の家の鍵を琴音さんが持っているんですか?」
「藤田先輩を驚かそうと思って、密かに合鍵を作っておいたのです」
「そっ、それって犯罪じゃないでしょうか」
「愛の前では些細なことです。なんていっても地球を救っちゃうくらいなんですから」
「なにか違うような……」
 私は困惑している偽琴音さんの手を引っ張って、藤田先輩の家の中に入りました。
 先輩の部屋は二階にあります。
「足音を立てないでくださいね。先輩が起きちゃいますから」
「あの……こういうことはよくないんじゃないかと思うんですが」
「今さら遅いです。サイは投げられました。ルビコンを渡るしかないのです」
「そっ、そうなんでしょうか」
 ……私の偽者とはいえ、ここまでだまされやすくていいんでしょうか?
 う〜ん、後で再教育してあげましょう。

 ミシッ、ミシッ……。

 ガチャ。
「お邪魔しま〜す……」
 藤田先輩の部屋に入った私たちは暗視装置を使って藤田先輩の居場所を確かめます。
 まあ、この時間ならベッドで寝ているのでしょうが……。
 あれ? 

 クワンッ! クワンッ!
「きゃんっ!」
「いっ、痛いです……」
 私と偽琴音さんの頭に金ダライが落ちてきたのは、その直後のことでした。


 パチン……。
「うるせーなぁ。誰だよ、夜中に騒いでんのは……うげっ!?」
 あまりの騒がしさに起きてしまった藤田先輩は、枕元にあるスイッチで電気をつけてから、目の前の光景に
驚愕の声を上げました。
 なんと……私と偽琴音さんの他に、別の姫川琴音がいます。しかも、藤田先輩の上に馬乗りになって。
「どっ、どういうことなんでしょうか?」
「なんだよ、おめーら。あたしは今、ダーリンとメイキングラブの最中なんだから、邪魔すんなよ」
 そういって私たちをにらんだのは、私たちより少し目付きの悪い姫川琴音……取り合えず、額に
「不良」と書いておきましょう。
 ポンッ……キュッ、キュッ。
「なっ、なにすんだよ……あー!! そのマジック油性じゃねえかっ! なんてことしやがる!」
「あなた、騒がしいです」
 クワンッ!
 頭上から降ってきた一斗缶で不良琴音さんを黙らせた私は、パニックを起こしている藤田先輩に話しかけました。
「どっ、どうなってんだ、これ? 琴音ちゃんが三人?」
「夢ですよ。美しいけれど、はかない夢です」
 キュイーン……。
「ゆっ、夢? ……きゅう」
 バタン。
 私の視線を受けて、藤田先輩はわかりやすい効果音を立てて前のめりに倒れます。
「なにをしたんですか?」
「ただの催眠術ですよ。四人は趣味じゃありませんから」
「三人なら大丈夫なんですか?」
「主導権が握れる、最大の人数ですから」
 私と偽琴音さんは謎の会話をしながら、不良琴音さんを背中に担いで藤田先輩の家を後にしました。

 家路へと向かう道すがら。
「おっ、重いですね。不良琴音さんって」
「それは互いに禁句のはずですけど」
「あっ、そうでしたね。自分で自分の悪口言っているみたい」
 クスクスと笑う偽琴音さん。そして、笑顔は急に真面目な顔つきへと変わりました。

「でも、あまり笑えませんね。藤田先輩にお会いするまでは、私たちはずっとそうしていましたから」

 私はしばらくの沈黙の後、「もう一人の私」の言葉に答えることにしました。
「そうですね。自分で自分のことを悪く考えて、落ち込んでしまう。それが当たり前の日々でした」
「琴音さん、藤田先輩のことが好きなんですよね?」
「あなたと同じですよ」
「ずるいですね、フフフ……」
 私の前にあるのは、多分、今の私と同じ屈託のない笑顔。
 あの人がくれた笑顔。

 大事なものを思い出した瞬間、私の視界は暗転しました。


 チュン、チュン……。
 窓の外で鳴く小鳥さんの声。
 柔らかに窓からさしてくる春の日差し。
「夢、だったの?」
 変な夢を見たなあ、と思いながら、ベッドから身を起こそうとする私。
 フニュ。
 お饅頭のような柔らかい感触が、私の左手を包みました。
「ひゃんっ! へっ、変なところ触らないでくださいっ、琴音さん!」
 にょえ?
 私の目の前にあるのは鏡。額のところに「偽」と黒いマジックで書いてある……。
「なんだよ、うっせえなぁ……まだ七時じゃねえか」
 あれ? 額のところに「不良」って書いてある鏡まである……。
「琴音さん? まだ、目を覚ましていないのですか?」
 私を気遣ってくれるのは偽琴音さん……って、夢じゃなかったんですかぁ!?

 バコンッ!

 私が悲鳴を上げようとした瞬間、爆音を上げて私の部屋の扉が弾け飛びました。
「チャオー! あたし、姫川琴音、16歳! みんな、よろしくね〜!」
 そう耳に響くキンキン声で喋りながら、私の部屋に入ってきた軽薄そうな女の子は、
やっぱり私と同じ顔で……額には「明」とマジックで書いてあります。そして、彼女の後
から嬉しそうな笑顔で入ってきたのは葵さんでした。
「すごいんですよ、真琴音さん。明琴音さんって、格闘技の達人なんですよ〜。私、波動拳
って初めて見ましたっ!」
 私の目の前で拳を握り締め、興奮して喋っている葵さん。それは波動拳じゃなくて……。
 私の部屋に私が四人並んでいる風景は、まるで姫川琴音マーチのようで……。

 えっ? 真琴音さん?

「はい、鏡です」
 偽琴音さんに手鏡を渡された私は、恐る恐る自分の顔を見ました。

 真。
 私の額に見えたのは、油性マジックで大きく書かれた、漢字一文字。

「にょえええええええええええ!!!」
「ゲッターロボみたいで格好いいですよ、真琴音さん」
「嬉しくありませ〜んっ!!!」
 葵さんのありがたくないフォローを耳にしながら、私はハンカチで額をこすったのでありました。

               (完)
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※この作品は「お題:マーチ」のサンプルSSです。

え〜、この「お題」、とても難しいです(汗)
みなさまのご活躍に期待しております。

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