雪の中のねこっちゃ(2月のお題「バレンタインデー」サンプルSS) 投稿者:AIAUS 投稿日:2月1日(木)00時12分
 ハァ。
 白い息が空に浮かんで消えていく。
 前にいた北海道と比べれば、大したことのない寒さだけれど。
 街は一面の雪景色。
 白いベールが全てを覆っています。

 ……ガチガチガチガチ。

 手を空に掲げてみれば、積もるのは白い粉雪。
 私の着ている水色のコートもまた、白いベールに覆われていきます。
 白は純潔を現す神聖な色。
 想いを告げる日には相応しい色です。

 ……ガチガチガチガチ。

「葵さん、歯の音がうるさいです」
 私の横でガタガタと大げさに寒さに震えているのは、ドテラやオーバーを何枚も着込んでダルマの
ようになった葵さん。この程度の寒さで、唇を紫にしてガタガタと震えるなんてだらしないです。
「ぞっ、ぞんなごと言ったっで……今日は大寒波が来ていで、気温がマイナス20度なんだよ。学校
も休校になっぢゃっだし……」
「だから、こうして直接、藤田さんのところにチョコレートを渡しに行くんじゃありませんか」
「あっ、明日でもいいんじゃないがなぁ……」
 何を言っているのやら。
 バレンタインデーのチョコレートは2月14日に渡すからこそ意味があるのです。それ以外の日に
渡したら、ただのお菓子と同じことになってしまいます。
「ごっ、琴音ぢゃんは、何で平気なの?」
「北海道では、マイナス20度なんて当たり前ですよ。ほら、普段から体を鍛えているんだから、
これぐらいのことで諦めては駄目ですよ」
「うぅ……人でなしぃ」
 まったく演技が上手なんだから。唇を紫にしても私はごまかせませんよ、葵さん。
 私は着太りと雪で雪ダルマのようになった葵さんの手を引っ張りながら、藤田さんの家へと急ぎました。

 ピンポーン!
 藤田さんの家の呼び鈴を押しています。
 ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン!
 ……おかしいですね?
「ねっ、ねえ。もしかじて、藤田先輩、留守なんじゃないの?」
「こんな雪の降る日に外に出るなんて非常識ですね」
「……あんだが言うなぁ」
 私はしばらく考え込んだ後、ドアノブに意識を集中し始めました。
「琴音ぢゃん? 何やっでるの?」

 ガチャ!

「さあ、これでドアは開きました。中で待たせてもらいましょう」
「ちょ、ちょっど待っで! それって泥棒……」
「このまま無収穫で家に帰ろうとして凍死の危険を冒すのと、藤田先輩が来るのを待ちながら、雪が止む
のも待つのと、どっちがいいですか?」
「うっ……」
 私の誠意が通じたのか、葵さんは不承不承うなづいてくれました。


 藤田さんの家の中に入り、暖房を付けると葵さんも落ち着かれたようです。
「ふぅ。死ぬかと思った。本当に、北海道ってあんな寒さが当たり前なの?」
「ええ。もっと寒い日もありますよ」
 葵さんは暖かいココアをすすりながら、首を服の中に引っ込めて私の話を聞いています。
 着膨れした服の間からのぞいているのは、奇麗にラッピングされたチョコレートの箱。
 葵さんは自分で作る自信はなかったのか、どこかの専門店で買ってきたようです。
 私のチョコレートはもちろん手作り。
 形こそ奇麗には整いませんでしたが、中には私の愛が詰まっています。
 ……そう、とっておきの愛が。
「うふふふふふ……」
「なっ、なに。琴音ちゃん?」
「なんでもないですよ。そう、なんでもないんです」
 
 ピンポーン!

 突然鳴る、呼び鈴の音。
「藤田先輩、帰ってきたのかな?」
「出てみましょうか」
 ガチャ。
 私達がドアを開けると、そこに立っていたのは真っ白いトンガリ頭の化け物。
「にょえええええ!!」
「きゃぁああああ!!」
 ……くい、くい。
 トンガリ頭の化け物は悲鳴を上げている私の袖を、いきなりつかみました。
 あれ? この引かれ具合、どこかで覚えがあるような?
 バサ、バサ、バサ。
 あわてて私が化け物にかかっている雪を払い落とすと、そこにいたのは来栖川芹香先輩でした。
 なんだ、三角帽子に雪が積もっていただけだったのね。


「………」
「それは寒いに決まっていますよ。あんな格好で、こんな天気の中を歩いていたら」
「………」
「どうしても手渡ししたかったからって……まあ、それについては私も芹香先輩のことをとやかく
言えないんですけど」
 暖かい部屋の中。葵さんは芹香さんと楽しそうに話しています。
 しかし、私は別のことを思案中でした。
 せっかくのバレンタインデーの夜。
 藤田さんと熱い一夜を過ごす予定だったのに、予定外の乱入者です。葵さんは「箸休め」になって
もらうつもりだったから構わないとして、芹香さんは計画の障害になってしまう恐れがあります。
 だって、その……ウエストは私と同じなのに、どう考えても胸は私より2サイズは大きいですから。
あくまで、メインデイッシュが私でなければいけないのに、そのつもりでアルファルファ級の葵さん
を連れてきたのに、いきなりフォアグラ級の芹香さんがやって来てしまうなんて……。
 いや、こうなっては仕方ありません。
 今夜は清い夜を過ごすことにしましょう。
 このチョコレートを食べさせられて、独り寝をしなくてはならない藤田さんには気の毒ですが。

 ガチャン……ブーン!
 突然、電灯が消えて部屋が暗くなりました。
「えっ、なにが起こったの?」
「電線が雪の重みで切れたみたいですね。つまり、停電です」
「………」
 芹香さんがエアコンのリモコンを一生懸命操作していますが、電気が通っていないんだから動くわけ
がありません。やはり、雪の恐ろしさを経験したことがない街は設備がヤワですね。
 そうしているうちに、冷気が徐々に家の中へと這い寄って来ます。
「どうしよう、琴音ちゃん。このままだと……」
「………」
 私は寒さに慣れていない葵さんと芹香さんの二人を連れて、藤田さんの部屋へと向かいました。

 パサッ……。
「なっ、なにしてんの! 私、そっちの趣味はないよ」
 私だって、そんな趣味ないです。
 肌着一枚になった私は、藤田さんの部屋の押し入れの中にある毛布をあるだけ出すと、ベッドの上に
積み重ねました。そして、その毛布の山の中に潜り込むことにしました。
「夕方の時点でここまで気温が下がるということは、夜にはさらに下がる恐れがあります。暖房が確保
できない場合は、狭い空間の中で、床の冷気が直接伝わらないところにいれば、死ぬことはありません」
「なるほど。さすがは琴音ちゃん」
「………」
 葵さんと芹香さんは私と同じように肌着一枚になると、すぐに毛布の山の中に潜り込んで来ました。

「うふふ」
「何を笑っているんですか、葵さん?」
「こうしていると、修学旅行みたいで楽しいなぁって思って。芹香先輩もしませんでした? 友達と
一緒の布団で寝るとか」
「………」
 フルフルと首を横に振る芹香さん。
「葵さん……もしかして、そっちの趣味ですか?」
「違うよぉ。だって、よくやったじゃない。好きな人のことを告白しあったりとか、理想のタイプについて
話し合ったりとか。琴音ちゃんはしなかったの?」
「同じ布団で、というのはないです。芹香先輩、どう思いますか?」
「………」
 なるほど。妹の綾香にチョコレートを送ったことがあるから、疑惑は大だ、とおっしゃるのですね。
「そっ、そんなことないってば! あの頃は中学生だったし。あくまで憧れの対象として。ね、わかるでしょ?」
 大げさに取り繕うところが怪しい。
「………」
 芹香さんも不安そうな目で葵さんを見ています。
「うぅ、誤解ですってばぁ」
 とりあえず、私は葵さんと密着しないように気をつけることにしました。

 蛍光塗料で光る時計の針を信頼するなら、今は午後10時。
 藤田さんはまだ帰ってきません。
「遅いですね……藤田さん」
「どこかに出かけて、帰れなくなっちゃったのかなぁ。今は交通機関も動いてないだろうし」
 グゥー。
 お腹を鳴らしたのは葵さん。
「えっ、えへへ。緊張して、今日は御飯食べて来なかったから」
「仕方ないですね。藤田さんのために持って来たチョコレートですけど、私達で食べてしまいましょうか」
「ええ!? でっ、でも、せっかく苦労して持ってきたのに」
「下手すると、命に関わりますよ。寒さを甘く見てはいけません」
 そうです。空腹と体温の低下は容易につながるものです。こうして三人の体温で暖めあっている以上は、
止むを得ないことでしょう。

「………」

 芹香さんは自分の持って来たチョコレートを胸に抱えてフルフルと首を横に振っていますが、例外を
認めては不平等になりますから。好きな男性のために持ってきたチョコレートですが、命には替えられませんし。

 パキン。
 モグモグモグ……。

 私、葵さん、芹香さんの三人は持ってきたチョコレートを割ってから平等に分け合うと、毛布の山の中に
入ったまま口の中に入れました。
 私の作ってきたチョコレートには「愛」が詰まっていますが、女性にはあまり効果がない薬ですし……。

 クラッ……。
「あれ?」
 眩暈がしたかと思うと、急に体がダルくなって来ました。
「うふ、うふふふふふ」
 そして、私の横で不気味に笑っている葵さん。

 ツツー。

「ひっ! どっ、どこ触っているんですか、葵さんっ!」
「ねえ、葵ちゃんって肌きれいだよねー。髪もサラサラしているし」
 変なことを言い出した葵さんの顔を見ると、酒に酔ったように赤くなっています。
「もっ、もしかして……」
 あわてて芹香さんの方を見ると、芹香さんも顔を真っ赤にしてフルフルと首を横に振っています。
つまりは……

1・芹香さんのチョコレートにも「愛」が詰まっていた。
2・琴音の愛+芹香の愛=2愛、2愛=いけない愛

になってしまったのでは!?
「ちょ、ちょっと待って下さい、葵さん! チョコレートに変なものが……」
 ガシっ!
 葵さんはその細腕からは信じられないような怪力で、私の腕を押さえつけました。
「せっ、芹香さん、助け……にょえ!?」
「………」
 芹香さんは顔を赤くしながら、葵さんに押さえつけられている私の肌着を脱がしています。  
 そして、葵さんは私の目をじっと見つめながら一言。

「私達、こうなる運命だったのかもしれないね」
 こくこく。
「にょえええええええええええええええ!!!」

 白い雪に覆われた街。
 白い雪は、私の絶叫も覆い隠してしまいました。


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(おまけ)

「ねえ、浩之ちゃん。さっきから変な声が聞こえない?」
「また近所の猫が騒いでいるんじゃないか」
「こんなに寒いのにご苦労なことねえ……げっ! やだー、ババじゃないの」
「シホ、自分で持っていることをバラしちゃダメだヨ」
 その頃、藤田浩之は隣りの神岸家で、平和にトランプに興じていた。

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このSSは、2月のお題「バレンタインデー」のサンプルSSです。

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