街の街路樹に、きらびやかなモールや電球が飾られるようになる季節。 柏木耕一は悩んでいた。 「うーん・・・みんなには、何をプレゼントしたら喜んでもらえるかな」 年の暮れ。 柏木家に戻った耕一は、世話になっている四姉妹に渡すクリスマスプレゼントを買うため、街まで 出ていた。そして、クリスマスセールで並ぶ色々なプレゼントの山を前にして、途方に暮れていた。 何を贈ったらいいのか、わからないのである。 ・・・何を贈ったら喜んでもらえるか? わからないならわからないなりに、街を歩いてみればいい。 そして、店に飾られている品を前にして、耕一の足が止まった。 「このエプロン、千鶴さんに似合いそうだけどな」 白いエプロンを付けた千鶴の姿を想像して、耕一はしばらく幸福な気分に浸る。しかし、その後で食卓に出されるであろう「恐怖」に気づき、激しく首を横に振った。 「・・・千鶴さんに料理用品は鬼門だ。無難に、万年筆にでもしておこう」 事務用品であれば、きっと仕事で使うだろう。 長女でもあることだし、耕一は少し奮発して、シックなデザインの万年筆を買った。 「すいません。プレゼント用に包装してもらえますか?」 「はい。ただいま、お包みしますね」 千鶴の喜ぶ顔を思い浮かべて、耕一は笑みを浮かべた。 「楓ちゃん・・・高校生だから、文房具とかの方がいいのかな? いや、千鶴さんに万年筆を贈るん だから、似たような品はよくないな。なら、こういうのはどうだろう?」 耕一が手に取ったのは、押し花で作った絵画集。 手作りなので値が張るが、いい品物である。 以前、楓が押し花の栞を使っていたのを思い出して、耕一はそれを買うことに決めた。 「すいません。プレゼント用に包装してもらえますか?」 「はい。ただいま、お包みしますね」 楓の喜ぶ顔を思い浮かべて、耕一は笑みを浮かべた。 「初音ちゃんは・・・そうだ。冬は台所で冷たい水仕事をしているしな」 耕一が探していた電熱マットは、すぐに見つかった。 値段は少し高いが、前に友人の家で使っていたのを見たことがある。 「すいません。プレゼント用に包装してもらえますか?」 「はい。ただいま、お包みしますね」 初音の喜ぶ顔を思い浮かべて、耕一は笑みを浮かべた。 「まずい・・・なんとも、まずい」 柏木耕一は悩んでいた。 特に計画することもなく、思いつきでプレゼントを選んでしまったため、次女の梓のプレゼントを 買うお金がなくなってしまった。 残りの金額は千円。 他の三人には遥かに高い品を買っているのに、梓にだけ安物を渡すわけにもいかない。 だが、残金はほとんどない。 どうするか悩んでいるうちに、雪が降ってきた。 街頭に飾られたテレビからは、お決まりのクリスマスソングが流れ始める。 「あいつ、へこむと長いんだよなあ・・・」 気が強くて乱暴者のくせに、妙に傷つきやすい梓の顔を思い浮かべて、耕一は憂鬱な気分になった。 耕一の肩に白い雪が積もり始める。 「よお、お兄さん。一つ、買っていかないか?」 しかめ面をして路にたたずんでいる耕一に声をかけたのは、露天商らしき外国人の少女。 ベースボ−ルキャップを反対にかぶって、もの珍しそうに耕一の顔をながめている。 彼女の前に広げられた布の上に並ぶのは、安っぽいアクセサリーの数々。 しかし、値段は手ごろだ。 ・・・仕方ないか。 腹を括った耕一は、梓に渡すプレゼントの吟味を始めた。 「これ、もらえるか?」 小一時間も経った頃。 耕一が選んだのは、簡素なデザインの銀色の指輪。安物の合金製だろうが、確かにデザインはいい。 「そんなに悩んで買い物をした客は、あんたが初めてだよ」 半分呆れ顔、半分嬉し笑いをしながら、外国人の少女は無地の紙袋に指輪を放り込んだ。 「・・・・・・」 耕一は無言で、軽く頭を下げた。 「プレゼントだろ? きっと、喜んでくれるって。そんだけ悩んで選んだんだから」 耕一は梓の喜んだ顔を想像しようとしたが、途中で首をかしげた。 「・・・大丈夫かな?」 「あったりめえだろ。その指輪、俺が作ったんだぜ」 外国人の少女は冗談めかしてそう言うと、耕一に紙袋を渡した。 クリスマスイブの夜。 美味しい御馳走とケーキを食べ、パーティが一段落した頃、耕一はプレゼントを取り出した。 「はい、プレゼント」 「わあ、ありがとうございます」 「・・・ありがとう」 「耕一お兄ちゃん、ありがとうっ!」 嬉しそうな顔をする三人の従姉妹。 それに対し、次女の梓は待ちかねたような、しかし、心配そうな顔で耕一の顔を見ている。そして、 耕一も心配だった。 ・・・果たして、梓は喜んでくれるだろうか? 「梓。左手を出して」 「えっ、なんで?」 梓の問いに答えないまま、耕一は梓の左手を取って、その薬指に安物の指輪をはめる。 「はい、プレゼント」 「・・・・・・」 梓が黙って肩を震わせているのを見て、耕一は驚いた。 「きっ、気に入らなかったか?」 「・・・・・・違うよ」 「えっ!?」 梓の腕が自分の胴体に巻きついているのを感じて、耕一は驚きの声を上げた。 「・・・嬉しい。すごく嬉しいよ、耕一」 「あっ、あはは・・・いっ、いや、そんなに喜んでもらえるとは・・・げっ!?」 感激のあまり、耕一を抱きしめて、その胸に顔をうずめている梓。 そして、それを恨めしそうに見ているのは、千鶴、楓、初音の三人。 「どっ、どうしたのかな、みんな?」 冷や汗を流しながら、耕一は聞いてみた。 「・・・万年筆でも、人を刺せるんですよね」 千鶴はそう言いながら、廊下の奥に姿を消した。 「ちっ、千鶴さ〜んっ!」 「・・・いいです。一人寂しく、押し花の材料を探しに、山に行ってきます。今は真冬ですけど」 楓はそう言いながら、山の奥に姿を消した。 「かっ、楓ちゃ〜んっ!」 「・・・いいよ。お兄ちゃんがいなくても、電熱マットがあったら暖かいから。お兄ちゃんは、梓 お姉ちゃんがいるから、寒くないよね?」 初音はそう言いながら、部屋の奥に姿を消した。 「はっ、初音ちゃ〜んっ!」 ・・・翌日。 外国人は露天を開くために地面に布を広げた。 そこにやってきたのは、昨日の冴えない風貌の大柄な青年。 「よお。昨日買った指輪、喜んでもらえたようだな」 外国人の少女がそう言ったのは、青年の腕にしがみつくようにして、ショートカットの少女が幸せ そうな微笑みを浮かべていたからである。 だが、大柄な青年は、青い顔をしてつぶやいた。 「・・・すいません。昨日の指輪と同じやつ、三個ください」 「はあ?」 教訓:プレゼントは計画的に買いましょう。 -------------------------------------------------------------------------------------------- この作品は、「12月のお題:クリスマス」のサンプルSSです。http://www.urban.ne.jp/home/aiaus/